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君と手にする明日は血の色
[ネルフィ]の決意
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――ネルフィ視点――
いよいよ、朝が来た。
私はそっと、硬いベッドから起き上がる。
いよいよ、今日が来た。
目覚めるなり、私はさっと、真剣を握った。
「あらネルフィ。もう起きたの?」
「うん。興奮で目が覚めちゃった」
「そうなの? ママと同じね、ふふ! といっても、ママはこっちだけど」
そう笑いながら見せてくるのは、小瓶に入った白い液体だ。
右手でヒラヒラと揺する瓶の中には、猛毒エルヴィ・ナハムの幼体から抽出した、ドロリとしたモノが入っている。
私のママは、これでおかしくなった。
いや、違うか。
私のママは、これで心の平穏を保っている。
「ネルフィも要る?」
「ううん。私はいいや。ありがとうママ」
ママはあの日以来、おかしくなってしまった。
オルドの父親、覇世王ハース・レインチェンバーが、セニア以外のすべての町を滅ぼした、あの日から……。
ママはクスリを使ってから、また昔のようにニコニコと笑うようになった。
だけどこんな仮初の笑顔は、本当のママの笑顔じゃない。
「絶対に、また、昔みたいに……」
私の夢は、世界中を本物の笑顔で満たすこと。
その目的は、パーパとママと私の3人が、笑顔で日常を送ること。
そのために、今日まで頑張ってきた。
そのために、今日がある。
「私は、負けない」
ぐっと力をこめて、私は剣に、願いを込めた。
――
「いってらっしゃい、ボクの可愛いネルフィ」
優しい声色でそう言って、パーパは私のおデコにキスをした。
いつもなら、「何してんのパーパ! 止めてよ!」とか言って、照れ隠しで怒るだろう。だけど私は、今日だけはと、素直にそれを受け入れた。
「ありがとう、パーパ。……大好きだよ」
「ぼ、ぼくもさ……」
”今日だけは。”それがパーパにも伝わったのだろう。
パーパの優しい目は、だんだんと涙で溢れていった。
そして、私をぎゅっと抱きしめた。
「絶対に、絶対に勝つんだぞ! パーパはいつまでもネルフィの味方だからな……っ!」
「うん」
パーパも、ママも、私も、分かっている。
これが、今生の別れになる。
儀式で負ければ、私は死ぬ。
儀式で勝っても、この世界に残されるパーパとママには、2度と会えない。
過去に戻っても、その世界のパーパとママは、私のパーパとママじゃない。
必ずこれが、今生の別れになる。
「うっ、うぅう……う……くそ、泣かないって、決めてたのになぁ……」
パーパは、今までに見たことがないくらいに泣いていた。
なんだかそれが可笑しく感じて、私はふふっと笑い、パーパの背中を優しく叩く。
「大丈夫だよ、パーパ。必ずまた、会えるからね」
きっと、そんなことはないのだろう。
そんなことは百も承知で、私はそう告げる。
「ネルフィ、ネルフィ……!」
パーパも分かっているはずだ。
だけどパーパは、私の言葉にひたすら首を縦に振る。
「あたしとパパとネルフィは、たとえ過ごす時空や時間が違っても、ずっと、一緒なんだからね」
私とパーパを優しく包むように、ママも私たちに抱きついてきた。
パーパはずっと泣いているけど、ママはニコニコ笑顔だ。
名残惜しく思いながら、私は2人からそっと離れる。
「それじゃあ、行ってきます!」
なるべく2人が悲しまぬよう、私は朗らかに、笑って手を振った。
気持ちが揺らがぬうちに、背を向けて、歩き出す。
だけど笑っていたはずの私の目からは、パーパと同じように、いつの間にか、大粒の涙が溢れていた。
――――
……儀式は、森の中で行われる。
由緒正しい、ウィップラードの祭殿……とかいう場所だ。
だけど、なにがどう由緒正しいのか、ウィップラードが誰なのか、村長以外は誰も知らない。その村長も教えてくれないから、その場所は未知の場所だ。
私の予想としては、ゼニアに泊をつけようとして付いたウソが、訂正できぬまま今日まできたとか、そんなところだと思う。
とにかく、儀式はウィップラードの祭殿で行われる。
儀式に公平を期すため、直接関係がない者の祭壇への立ち入りは禁止されている。
祭殿に来るのを許されているのは、儀式の第1から第6、あとは術の執行者である村長と、審判役のシンゴラさんだけだ。
……そういえば、第6のオルドは、ちゃんと来るだろうか……。
昨日までは私も、儀式の重圧に負けそうになっていた。
そのせいか、つい喋りすぎてしまった。
だけど、だからこそ今日こうして、こんな気持ちでいられるのは彼のおかげだ。
「って、自分のことに集中しなくちゃ」
これ以上心を許しても、生き残れるのは、ただ1人。
私と彼は、敵同士だ。
「おぉ来たか、……これで残るは第6のみじゃな……。さて遅刻か逃げたか……。幸いにも、初戦の2人は揃っておるの。なれば、ヤツを待たずして儀式を始めようかの」
長老が告げる。
そうして、半壊した石の祭壇のまえで、儀式は始まった。
儀式はトーナメント形式だ。
優勝者だけが異次元の過去に飛び、生きながらえる。
初戦は、第4のヒューザ対、第3のアルポロン。
第2戦が、第5の私対、第1のユズラ。
第3戦が、第2のリー対、第6のオルドだ。
だけど、第2のリーは儀式には参加できない。
昨日の不祥事が長老の耳に入って、儀式参加の権利を剥奪されたらしい。
おそらく、村長の横にある樽には、彼の死体が入っているのだろう。
よって、儀式に間に合えば第6のオルドは不戦勝で次のステージに進出だ。
もっとも、儀式に選ばれた私たちには、村長による追跡魔術がかかっている。
不慮の事故や逃亡がないよう、隠れて護衛している者がいるとも聞くし、必ず間に合うはずだ。
もっとも、自分の意思でこなければ、死体となっているかもしれないが。
「ではヒューザとアルポロンは前へ! それ以外は下がれ!」
審判役のシンゴラさんが声を張る。
「降参はなしだ! どちらかが死ぬか、戦闘不能となるまで儀式は続く! 諸君の健闘を祈る! ではー―始め!」
初戦は、1分とかからなかった。
ヒューザは剣を構えるも、呆けた目で空の方を眺めていた。
きっと、心を失った彼には儀式なんてどうでも良かったのだろう。
私と同じ志をもつアルポロンの手によって、彼の体は2つに分かれた。
惜しむらくは、アルポロンの腕が未熟だったことだろう。
彼女の剣が未熟だったために、本来は一太刀でよかったものを、余分な痛みを3回も感じるハメになった。やはり、アルポロンではユズラに勝てない。
なにがなんでも、私が勝たなければ。
私が勝って世界を、パーパとママを、もう1度、笑顔で満たすんだ。
「勝者アルポロン! では次、ネルフィとユズラは前へ!」
ヒューザの死体を片付けながら、シンゴラさんは言った。
1歩、足を踏み出す。
赤茶色の地面は、ヒューザのおびただしい量の血で濡れていた。
「君もああなるんだよ」
クソみたいなゲスの男、ユズラが微笑む。
「言ってろ」
手が震える。虚勢を張り、剣を握る手に力をこめる。
「では、第2戦、始め!」
シンゴラさんの声と同じくして、私は血塗られた地面を蹴った。
あっけなかった。
それは、本当にあっという間だった。
油断していたわけじゃない。
侮っていたわけでもない。
浮かれていたわけでも、高揚感に、踊らされていたわけでもない。
それは、単純に力の差だった。
私と、ユズラの、圧倒的なまでの、暴力の使い方の差だった。
「くそっ! 負けたくない……! 負けたくないんだよおっ!」
苦し紛れの斬撃は、ヤツには届かない。
鍛錬は毎日欠かさず行った。血なんて腐るほど吐いた。
ヤツラが好き勝手している間、私はひたすら剣を振り続けた。
なのに、型通りの攻撃も、型破りな意表をついた斬撃も、すべてがかわされる。
叩き落とされる。現実を、突きつけられる。
「こんな、やつに……!」
涙が溢れそうになるが、敵前で視界を失うわけにはいかない。
なんとか堪え、ユズラを睨みつける。
「そんな怖い顔で見ていないでさあ、笑おうよ、ね? それが目的なんでしょ?」
戦闘を好み、殺人に快楽を感じる悪魔の申し子、ユズラ。
差は、圧倒敵だ。
だけど、彼らしくない。
彼はまだ、1度も攻撃をしかけてきていない。
ただひたすらに私の攻撃をよけ、叩き落とし、いなすだけだ。
まるで、時間稼ぎをしているかのようにも思える。
でもそんなことをするわけがない。この儀式で、そんなことをする意味がない。
……ああ、分かった。きっとユズラは、楽しんでいるんだ。
決して届かない私の剣を嘲笑い、いつでも殺せる敵を、気分次第で生かしている現状を。……ああ。……ダメだ。絶対にダメだ。
例えユズラが、ハース・レインチェンバーを倒したとしても、コイツが第2の悪になる可能性がある。私には分かる。
そんなヤツを、過去には送れない。
だけど、私にはコイツを止められない。
だったらせめて、せめて手傷ぐらいは……!
「……あれ……?」
おかしい、さっきまで晴天だったのに、雨が降っている。
でも、体は濡れていない。おかしい。
混乱したまま、剣を振り続ける。
「なによ、これ……」
それに気づかせたのは、頬を伝う冷たさだった。
「嫌よ……。せっかく気づかないフリをしていたのに、どうしてよ……」
左目から溢れた涙は、次第にその量を増やしていく。
ハッとしてみれば、私は両目から涙を流していた。
流れる涙から遅れて、気づかないフリをしていた感情が、洪水のように押し寄せる。
私じゃ、ユズラに傷を負わせることすらできない。
私の努力は、無駄だったんだ。
そんな意識が、今まで私を支えてきた私の心を、粉々にして踏み潰す。
私じゃ、パーパとママを救えない。
そんな意識が、私から意欲と活力を奪い取っていく……。
「…………は……」
私は、そうして、剣を振るうのを止めた。
「あ、きた」
それと同時に、ユズラがそう呟いた。
私との闘いに飽きたのか、それとも、誰かが来たのか。
私のことなど、本当にどうでも良いのだろう。
戦闘中にも関わらず、ユズラはあっさりと後ろを振り返った。
私とユズラの視線の先には、1人の男性がいた。
薄い水色の瞳、青い肌、黒い髪。ヌファイレ族の最後の生き残り。
しかし混血の、オルド・レインチェンバーだった。
「やぁ、待っていたよ。今すぐ終わらせるからね」
振り向きざま。ものすごい速さで、普通では有り得ない角度で、ユズラは私に剣を振るった。ほとんど、曲芸の動きだった。
「あぁぁああぁぁあッ!」
耳から聞こえてきたのは、誰の悲鳴だろう。
一瞬、そんな疑問が頭に浮かんだ。
ストン、と、私の目線が落ちた。
瞬間。
私の太ももを、強烈な熱さが襲った。
「あ、あぁあ……?」
そんな、ウソだ。
イヤだよ。ねえ、だって。
私の、足が。
ユズラの剣が、頭上に迫る。
私の周りから、音がなくなる。
咄嗟に、私は剣で頭を守った。
だけど、きっと守りきれない。
怖い。
死ぬのが怖い!
怖い!!
恐怖心から、目をつむった。
そうして私の――肘から先の重さが、両腕ともに無くなった。
ぼとり――と、私の腕が地面に落ちる音がした。
その音が、私にはやけに、小さく聞こえた。
いよいよ、朝が来た。
私はそっと、硬いベッドから起き上がる。
いよいよ、今日が来た。
目覚めるなり、私はさっと、真剣を握った。
「あらネルフィ。もう起きたの?」
「うん。興奮で目が覚めちゃった」
「そうなの? ママと同じね、ふふ! といっても、ママはこっちだけど」
そう笑いながら見せてくるのは、小瓶に入った白い液体だ。
右手でヒラヒラと揺する瓶の中には、猛毒エルヴィ・ナハムの幼体から抽出した、ドロリとしたモノが入っている。
私のママは、これでおかしくなった。
いや、違うか。
私のママは、これで心の平穏を保っている。
「ネルフィも要る?」
「ううん。私はいいや。ありがとうママ」
ママはあの日以来、おかしくなってしまった。
オルドの父親、覇世王ハース・レインチェンバーが、セニア以外のすべての町を滅ぼした、あの日から……。
ママはクスリを使ってから、また昔のようにニコニコと笑うようになった。
だけどこんな仮初の笑顔は、本当のママの笑顔じゃない。
「絶対に、また、昔みたいに……」
私の夢は、世界中を本物の笑顔で満たすこと。
その目的は、パーパとママと私の3人が、笑顔で日常を送ること。
そのために、今日まで頑張ってきた。
そのために、今日がある。
「私は、負けない」
ぐっと力をこめて、私は剣に、願いを込めた。
――
「いってらっしゃい、ボクの可愛いネルフィ」
優しい声色でそう言って、パーパは私のおデコにキスをした。
いつもなら、「何してんのパーパ! 止めてよ!」とか言って、照れ隠しで怒るだろう。だけど私は、今日だけはと、素直にそれを受け入れた。
「ありがとう、パーパ。……大好きだよ」
「ぼ、ぼくもさ……」
”今日だけは。”それがパーパにも伝わったのだろう。
パーパの優しい目は、だんだんと涙で溢れていった。
そして、私をぎゅっと抱きしめた。
「絶対に、絶対に勝つんだぞ! パーパはいつまでもネルフィの味方だからな……っ!」
「うん」
パーパも、ママも、私も、分かっている。
これが、今生の別れになる。
儀式で負ければ、私は死ぬ。
儀式で勝っても、この世界に残されるパーパとママには、2度と会えない。
過去に戻っても、その世界のパーパとママは、私のパーパとママじゃない。
必ずこれが、今生の別れになる。
「うっ、うぅう……う……くそ、泣かないって、決めてたのになぁ……」
パーパは、今までに見たことがないくらいに泣いていた。
なんだかそれが可笑しく感じて、私はふふっと笑い、パーパの背中を優しく叩く。
「大丈夫だよ、パーパ。必ずまた、会えるからね」
きっと、そんなことはないのだろう。
そんなことは百も承知で、私はそう告げる。
「ネルフィ、ネルフィ……!」
パーパも分かっているはずだ。
だけどパーパは、私の言葉にひたすら首を縦に振る。
「あたしとパパとネルフィは、たとえ過ごす時空や時間が違っても、ずっと、一緒なんだからね」
私とパーパを優しく包むように、ママも私たちに抱きついてきた。
パーパはずっと泣いているけど、ママはニコニコ笑顔だ。
名残惜しく思いながら、私は2人からそっと離れる。
「それじゃあ、行ってきます!」
なるべく2人が悲しまぬよう、私は朗らかに、笑って手を振った。
気持ちが揺らがぬうちに、背を向けて、歩き出す。
だけど笑っていたはずの私の目からは、パーパと同じように、いつの間にか、大粒の涙が溢れていた。
――――
……儀式は、森の中で行われる。
由緒正しい、ウィップラードの祭殿……とかいう場所だ。
だけど、なにがどう由緒正しいのか、ウィップラードが誰なのか、村長以外は誰も知らない。その村長も教えてくれないから、その場所は未知の場所だ。
私の予想としては、ゼニアに泊をつけようとして付いたウソが、訂正できぬまま今日まできたとか、そんなところだと思う。
とにかく、儀式はウィップラードの祭殿で行われる。
儀式に公平を期すため、直接関係がない者の祭壇への立ち入りは禁止されている。
祭殿に来るのを許されているのは、儀式の第1から第6、あとは術の執行者である村長と、審判役のシンゴラさんだけだ。
……そういえば、第6のオルドは、ちゃんと来るだろうか……。
昨日までは私も、儀式の重圧に負けそうになっていた。
そのせいか、つい喋りすぎてしまった。
だけど、だからこそ今日こうして、こんな気持ちでいられるのは彼のおかげだ。
「って、自分のことに集中しなくちゃ」
これ以上心を許しても、生き残れるのは、ただ1人。
私と彼は、敵同士だ。
「おぉ来たか、……これで残るは第6のみじゃな……。さて遅刻か逃げたか……。幸いにも、初戦の2人は揃っておるの。なれば、ヤツを待たずして儀式を始めようかの」
長老が告げる。
そうして、半壊した石の祭壇のまえで、儀式は始まった。
儀式はトーナメント形式だ。
優勝者だけが異次元の過去に飛び、生きながらえる。
初戦は、第4のヒューザ対、第3のアルポロン。
第2戦が、第5の私対、第1のユズラ。
第3戦が、第2のリー対、第6のオルドだ。
だけど、第2のリーは儀式には参加できない。
昨日の不祥事が長老の耳に入って、儀式参加の権利を剥奪されたらしい。
おそらく、村長の横にある樽には、彼の死体が入っているのだろう。
よって、儀式に間に合えば第6のオルドは不戦勝で次のステージに進出だ。
もっとも、儀式に選ばれた私たちには、村長による追跡魔術がかかっている。
不慮の事故や逃亡がないよう、隠れて護衛している者がいるとも聞くし、必ず間に合うはずだ。
もっとも、自分の意思でこなければ、死体となっているかもしれないが。
「ではヒューザとアルポロンは前へ! それ以外は下がれ!」
審判役のシンゴラさんが声を張る。
「降参はなしだ! どちらかが死ぬか、戦闘不能となるまで儀式は続く! 諸君の健闘を祈る! ではー―始め!」
初戦は、1分とかからなかった。
ヒューザは剣を構えるも、呆けた目で空の方を眺めていた。
きっと、心を失った彼には儀式なんてどうでも良かったのだろう。
私と同じ志をもつアルポロンの手によって、彼の体は2つに分かれた。
惜しむらくは、アルポロンの腕が未熟だったことだろう。
彼女の剣が未熟だったために、本来は一太刀でよかったものを、余分な痛みを3回も感じるハメになった。やはり、アルポロンではユズラに勝てない。
なにがなんでも、私が勝たなければ。
私が勝って世界を、パーパとママを、もう1度、笑顔で満たすんだ。
「勝者アルポロン! では次、ネルフィとユズラは前へ!」
ヒューザの死体を片付けながら、シンゴラさんは言った。
1歩、足を踏み出す。
赤茶色の地面は、ヒューザのおびただしい量の血で濡れていた。
「君もああなるんだよ」
クソみたいなゲスの男、ユズラが微笑む。
「言ってろ」
手が震える。虚勢を張り、剣を握る手に力をこめる。
「では、第2戦、始め!」
シンゴラさんの声と同じくして、私は血塗られた地面を蹴った。
あっけなかった。
それは、本当にあっという間だった。
油断していたわけじゃない。
侮っていたわけでもない。
浮かれていたわけでも、高揚感に、踊らされていたわけでもない。
それは、単純に力の差だった。
私と、ユズラの、圧倒的なまでの、暴力の使い方の差だった。
「くそっ! 負けたくない……! 負けたくないんだよおっ!」
苦し紛れの斬撃は、ヤツには届かない。
鍛錬は毎日欠かさず行った。血なんて腐るほど吐いた。
ヤツラが好き勝手している間、私はひたすら剣を振り続けた。
なのに、型通りの攻撃も、型破りな意表をついた斬撃も、すべてがかわされる。
叩き落とされる。現実を、突きつけられる。
「こんな、やつに……!」
涙が溢れそうになるが、敵前で視界を失うわけにはいかない。
なんとか堪え、ユズラを睨みつける。
「そんな怖い顔で見ていないでさあ、笑おうよ、ね? それが目的なんでしょ?」
戦闘を好み、殺人に快楽を感じる悪魔の申し子、ユズラ。
差は、圧倒敵だ。
だけど、彼らしくない。
彼はまだ、1度も攻撃をしかけてきていない。
ただひたすらに私の攻撃をよけ、叩き落とし、いなすだけだ。
まるで、時間稼ぎをしているかのようにも思える。
でもそんなことをするわけがない。この儀式で、そんなことをする意味がない。
……ああ、分かった。きっとユズラは、楽しんでいるんだ。
決して届かない私の剣を嘲笑い、いつでも殺せる敵を、気分次第で生かしている現状を。……ああ。……ダメだ。絶対にダメだ。
例えユズラが、ハース・レインチェンバーを倒したとしても、コイツが第2の悪になる可能性がある。私には分かる。
そんなヤツを、過去には送れない。
だけど、私にはコイツを止められない。
だったらせめて、せめて手傷ぐらいは……!
「……あれ……?」
おかしい、さっきまで晴天だったのに、雨が降っている。
でも、体は濡れていない。おかしい。
混乱したまま、剣を振り続ける。
「なによ、これ……」
それに気づかせたのは、頬を伝う冷たさだった。
「嫌よ……。せっかく気づかないフリをしていたのに、どうしてよ……」
左目から溢れた涙は、次第にその量を増やしていく。
ハッとしてみれば、私は両目から涙を流していた。
流れる涙から遅れて、気づかないフリをしていた感情が、洪水のように押し寄せる。
私じゃ、ユズラに傷を負わせることすらできない。
私の努力は、無駄だったんだ。
そんな意識が、今まで私を支えてきた私の心を、粉々にして踏み潰す。
私じゃ、パーパとママを救えない。
そんな意識が、私から意欲と活力を奪い取っていく……。
「…………は……」
私は、そうして、剣を振るうのを止めた。
「あ、きた」
それと同時に、ユズラがそう呟いた。
私との闘いに飽きたのか、それとも、誰かが来たのか。
私のことなど、本当にどうでも良いのだろう。
戦闘中にも関わらず、ユズラはあっさりと後ろを振り返った。
私とユズラの視線の先には、1人の男性がいた。
薄い水色の瞳、青い肌、黒い髪。ヌファイレ族の最後の生き残り。
しかし混血の、オルド・レインチェンバーだった。
「やぁ、待っていたよ。今すぐ終わらせるからね」
振り向きざま。ものすごい速さで、普通では有り得ない角度で、ユズラは私に剣を振るった。ほとんど、曲芸の動きだった。
「あぁぁああぁぁあッ!」
耳から聞こえてきたのは、誰の悲鳴だろう。
一瞬、そんな疑問が頭に浮かんだ。
ストン、と、私の目線が落ちた。
瞬間。
私の太ももを、強烈な熱さが襲った。
「あ、あぁあ……?」
そんな、ウソだ。
イヤだよ。ねえ、だって。
私の、足が。
ユズラの剣が、頭上に迫る。
私の周りから、音がなくなる。
咄嗟に、私は剣で頭を守った。
だけど、きっと守りきれない。
怖い。
死ぬのが怖い!
怖い!!
恐怖心から、目をつむった。
そうして私の――肘から先の重さが、両腕ともに無くなった。
ぼとり――と、私の腕が地面に落ちる音がした。
その音が、私にはやけに、小さく聞こえた。
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