マミルとマモル(改稿版)

舟津湊

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マミルとマモルの買い食い

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 うちの中学は、授業中の居眠りには甘いけど、何事にもユルユルアマアマ、というわけではない。例えば買い食い。校則で禁止されている。下校中に何かを食べてるところを見つかったら、こっぴどく叱られる。ボクも前科がある。コンビニでオニギリを買い、お家で食べようと思ったけれど、本能には勝てなかった。明太子入りのを一口かじった瞬間、背後から「コラ、何食ってる!」と恐怖の声が振ってきた。学校一怖いと恐れられる、隣のクラスの川田先生だ。ボクはびっくりして、おにぎりの具の明太子を落としてしまった。ボクの「悲しい出来事ランキング」では、オニギリの具を落とすことは、第三位にランクインしている。おまけに翌日、川田先生に職員室に呼び出され、十分ほどお叱りの言葉をいただいた。隣の席では、担任の渋川先生が、ちらちらボクの姿を見てはクククッと笑いをこらえている。趣味悪いと思った。
 買い食いは蜜の味である。どんな危険が待ちかまえていようとも、中学生は、チャレンジする。わがクラスメイト、玲花(以下、レイ)をリーダーとする女子グループは、「勇敢な買い食い戦士達」だ。通学途中にある滝見駅商店街が、彼女らの主戦場である。コンビニ、和菓子屋さん、パン屋さんの三店舗をターゲットとして、週に一回は買い食いしている。制服姿で堂々と店先で食べているが、不思議と先生に見つかったことはないようだ。いつもそれが不思議だったけど、ある日、ぼくの弁当のミニハンバーグと引き換えにその謎を教えてくれた。彼女らが戦地に赴くのは、決まって水曜の放課後。毎週その日は、一時間ほどかけて職員会議があるのだ。レイから聞いて、何だそんなことかとミニハンバーグを損した気分だが、すでにレイの胃袋に収納されてしまっていた。
 九月の第三水曜。駅前のコンビニで毎週楽しみにしているマンガ雑誌を買い、カバンの中に隠して店の外に出ると、買い食い戦士達が、おしゃべりしながら歩いている。なんと、そこにマミちゃんの姿も。 
「アタシたち、これから和菓子屋さんで栗入りのどら焼き買って食べるんだけど、マミちゃんもいっしょにどう?」
 まさに今、マミちゃんがダークサイドに引き込まれようとしている。
 ぼくは救い出そうかどうか迷った。
「ありがとう。でも今日、お財布、お家においてきちゃったから。」
 マミちゃんはすまなそうな顔をして、歩を止めた。
 貸してあげるよー、うんいいの、などのやりとりのあと、
「じゃあ、わたしのお家、こっちだから。」
 とバイバイしながらマミちゃんは戦列を離れた。買い食い戦士達は、和菓子屋さんに吸い込まれるように入っていった。
 一人ぽつんと残されたマミちゃん。その前には、道路から引っ込んでいて目立たないが、パン屋さんがある。ビニール製のひさしに「ラ・セーヌ」と小さく店名が書いてある。マミちゃんはフラフラと店先まで近寄り、ウィンドウを眺めている。ここのお店は、どのパンもふわっとしていて美味しい。ちょっと高いけど、ぼくはシナモンロールが好きだ。

 まてよ。ぼくはふと思った。これは、お弁当のおかずを勝手に食べたり、カエルのおもちゃでびっくりさせたり、数々の非礼を詫びる絶好の機会ではないか? 幸い、お小遣いが出たばっかりで軍資金もある。あとは、勇気を振り絞るのみ。

「マミちゃん。」

 あ、しまった! ぼく、今までマミちゃんのことを名前で呼んだことがなかった。咄嗟に謝る。
「あ、ごめん!」
 マミちゃんは、急にびっくりして振り向き、そして首をかしげる。ぼくが何で謝ったのか、いまいちピントきてないようだった。
「あの、林田さんのこと、名前で呼んでいいかな?」
 その場の勢いを借りて聞いてみると、マミちゃんは「エヘヘ」と笑い、
「いいよ、同級生の女の子、みんなそう呼んでるし。」
 と許可してくれた。ケガの功名だけど、脳内だけの呼称を口にすることがおおやけに認められ、嬉しい。

「あの。こないだのお詫びをしようと思うんだけど。ぼくが出すから、好きなパン、買っていかない?」
 マミちゃんは「こないだ」が何を指すのか、思い出すのに時間を要したようで、口を開くまで少し間があった。
「あ、気を遣わなくていいよ。わたし、全然気にしてないし。それに・・・買い食い、禁止でしょ?」
「あ、でも今日は職員会議の日だから大丈夫らしいよ。」
 ぼくは、マミちゃんを悪の道に引きずり込もうとしている。
「ぼくも食べたかったんだ。今日は、ミートパンを食べようかな。マミちゃんは何が好き?」
「えーと、カレーパンが好き。カレー味の食べもの、何でも好きなの。」
 カレー味何でも好き、と脳内メモをとりながら、ぼくはパン屋さんのドアを開け、マミちゃんを手招きした。

 それぞれ好みのパンを小さな紙袋に入れてもらい、ぼくたちは商店街を歩き始めた。
「マモル君・・・あ、町村君のこと、マモル君て呼んでいい?」
 ぼくは自分のほっぺたが熱くなるのを感じながらいいよと言った。
「マモル君、お金はあとで返すからね。」
「うーん、じゃ今度ね。」
 と適当にお茶を濁す。
 さて問題だ、買ったはいいが、このパン、どこで食べよう?

 一、歩きながら
 二、持ち帰ってそれぞれお家で食べる
 三、野々川の緑地公園まで言ってベンチに座って

 一、はぼくは時々やるが、マミちゃんをここまで悪の道に引きずり込むのはよくない。
 二、だとせっかく二人で買ったのに、という残念な気持ちになりそうだ。
 三、これは、照れる! 
 この町は、野々川という小川が流れていて、川沿いに緑地公園が広がっている。ここは、初めて訪れた人は、都内にもこんな所があるのか、と驚くほど自然が豊かな場所だ。家族連れが遊んでいたり、ジョギングする人がいたり。そして、デートにも持って来いの場所だ。

 ぼくが勇気を持って「オプション三」を提案しようと息を吸い込んだとき、マミちゃんの背後に、「買い食い戦士」の女子達がワラワラとその勇姿を現した。隣の和菓子屋さんで目当ての兵站を調達して店を出てきたところにエンカウント(遭遇)してしまったようだ。
 一行は、ぼくたちの姿を認めると、それぞれ手に持つ紙袋に視線を注ぐ。そして、何かを察した。

「あ、そういうことか!」
 戦士のリーダーのレイは不敵にニヤリと微笑み、さてどう冷やかそうかと策を練り始めた。
その時。
「マモル君、う、後ろ!」
 マミちゃんがぼくのシャツを引っ張る。戦士達の背後に目をやると。
「やばい、川田先生だ。」
 咄嗟にぼくは、マミちゃんの手を引っ張り走り出す。戦士達は冷やかす。「コラコラ、ニゲルナー。ヒューヒュー!」
 その後。少し間を置いて、女子生徒の悲鳴が聞こえたが、ぼくらは後ろを振り返ることなく、走り続けた。多分職員会議が早く終わってしまったのだろう。

 結局、ぼくらは野々川の緑地公園まで逃げ、巡回する先生達がいないか気にしながらも買い食いを敢行した。
「ちょっぴりスリルがあって、楽しいね。」
 マミちゃんはカレーパンを片手に「エヘヘ」と微笑んだ。

 今日のマミちゃんの観察&反省文ノートには、いいことが書けそうだ。もちろん、勇敢にも犠牲になったソルジャーたちへの追悼文も寄せる予定だ。

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