好きな人に「喘ぎ声汚そう」って言われたから可愛い嬌声を目指します

このえりと

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後編

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 翌日、土曜日。しばらく寝付けないでいたけど、朝方近くに寝落ちて目覚めたのは昼過ぎ。慌ててスマホを確認すると、翠から18時に駅集合という内容のメッセージが届いていた。

「……え、ここって……」

 俺の記憶が正しければ、指定された駅は翠の住むマンションの最寄り駅だ。

(ま、まあ……深い意味はないだろうけど……家から近いとこがよかったとか……)

 それに翠の家に近いからといって、飲んだあと彼の家に行くわけじゃない。誘われたわけでもないんだし。
 自分に都合のいい解釈をしそうになる思考を振り払いながら、俺はトークアプリに文字を打ち込む。

『ごめん今起きた。りょーかい』

 送信すると、すぐに既読がつき、おはよう、というスタンプが送られてきた。そしてすぐに、またメッセージが送られてくる。

『遅れてもいいからね。じゃあ、またあとで』
『ありがと。またあとで』

 翠のメッセージに返信して、俺はトークアプリを閉じる。ぐぐっと背伸びをして、大きく深呼吸をした。

「……とりあえず、飯食うかぁ」

 そわそわとした気持ちを抱えながら、俺は遅めの昼食を取ることにした。

 *

 時刻は18時――15分前。俺は翠が指定した駅に到着し、改札を出る。家にいても落ち着かなくて、のんびり向かおうと出発したらこんなに早く着いてしまった。
 どこかで飲み物でも買って待ってようかとあたりを見渡しながら歩き出すと、手に持っていたスマホが震えた。立ち止まってスマホを確認すると、翠からのメッセージ。

『うしろ』

 頭にハテナマークを浮かべながら後ろを振り返ると、駅の出入り口の方からにこにこと微笑みながらイケメンがこちらに歩いてくる。俺の目の前で立ち止まったイケメンは、もちろん翠だ。

「翠……早いな」
「明良こそ早いね。先に着いて待ってようと思ってたのに」
「あはは、なんか気づいたら早く着いてて……」

 テキトーな言い訳を口にする。翠はくすくすと笑い、彼が今来た方向を指さす。

「ふふ、そっか。じゃあそろそろ行こ」
「ああ」

 歩き出した翠に続いて駅を出る。夕飯時で賑わう駅前を抜け進んでいくうちに、俺はふと気づいた。

(あれ、ここ……前に翠のマンションから帰るときに通ったな……)

 半年くらい前までの――まだ翠の誘いに乗って彼の家で何度か飲みなおしていた頃。彼の家から駅に向かうために何度もこの道を通った。
 まあただ単に店への道がこっちなんだろう。つい期待しそうになる気持ちを否定しながら、俺は翠に尋ねる。

「そういえば、今日の店何系?」

 メッセージではどの店に行くか書いていなかった。苦手な食べ物は少ないし翠と一緒ならどこでもいいけど、何気なく聞いてみる。
 翠はこちらを向いて、にこりと微笑んだ。

「あ、そうだった。ごめん、お店どこも空いてなくてね……いろいろ用意したから、うちで飲も?」
「……えっ」

 予想外の答えが返ってきて、思わずぴたりと足を止める。驚いて固まる俺の顔を翠が覗き込んだ。

「どうかした?」
「あ、いや……ちょっとびっくりしただけ。店だと思ってたから……」

 ある記憶が頭を過っていく。気まずい思いをしているのは俺だけだとわかりながらも、家に行くのはまだ躊躇してしまう。それに、先週のこともあるわけで。
 今からでも俺が探そうかと尋ねようとすると、翠が先に口を開いた。

「ふふ、がっかりした?」
「いや、全然。がっかりなんて、してない。全然、まったく」

 尋ねられた言葉に反射的に答えると、くすっと翠が笑う。

「よかった。じゃあ行こ。お酒も結構買ったから、飲むの付き合ってね?」
「……ああ、もちろんっ」

 酒を買ってくれたなら、いまさら別の店に行こうなんて言えない。もったいないし、翠の厚意を無下にしたくないからな。俺は心の中で自分に言い訳を並べていく。
 再び歩き出す翠についていく俺の頬は、燃えるように熱くなっていた。

(期待するな……! 絶対、普通に飲むだけだから……っ)

 翠はあの日のことも、先週の発言も覚えていないのだから。純粋に飲むために家に呼んだだけ。
 そう頭の中で何度も繰り返しながら、彼のマンションへと向かった。
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