3 / 25
1
1-3
しおりを挟む一高の唯一の美点は図書室だ。普段から数えられるくらいしか利用者がいないからだ。
その上、私立高校だけあって設備が充実している。
図書室も例には漏れず、自習スペースは個室とまではいかないけれど区切りがあるし、日当たりの心地よい窓際には八人がけのテーブルが四台も置いてある。天井は広く、蔵書の数も文句ない。書架は美しく陳列され、清潔で手入れが行き届いている。おまけに一階で東向き。
「あんた、早速来たわね」
カウンターで事務作業をしていた司書が、控えめに図書室に入ってきた二葉の姿を見つけて声をかけてきた。
彼女は一高の図書室の名物司書で通称カミナリ司書だ。図書室利用のマナーに厳しすぎて、少しでもマナー違反をすると容赦なく雷を落とす。
だからカミナリ司書。口が裂けても本人には言わないところまでがマナーだ。
二葉の母親よりも少し若いくらいの年齢の女性で、眉が太くて目つきが力強い。いつもしなやかで真っ直ぐな黒髪を一つに結んでいて、芯の強さがにじみ出ている。
「……こんにちは」
二葉は何故か彼女に気に入られているらしく、気温が高くなり始めた頃から、たまにこうして声をかけられることが増えた。
「ご飯は食べたの?」
四限目の鐘が鳴り終わってすぐにやってきた二葉を、司書は訝しげな様子で見る。
食べていないとも言いづらく、だからといって嘘を吐くことも後ろめたい。
無言は否定と捉えられたようで、短いため息を吐かれた。
「食べてから来なさいよ。あんた、そんなだから細っこいのよ」
「お、お腹が減らなくて……」
「高校生は食べて動いてなんぼじゃないのよ」
そんなことを言われても本当に空腹にならないのだから仕方がない。
朝と夜は食べているし……あまりあのクラスで昼食を摂る気分にはならないし。
「また勉強?」
「は、はい」
「ふうん。学生の本分は学業とは言ったものだけど。たまには本でも読んで息抜きすれば? 顔色悪そうだし。顔、全然見えないけどね」
カミナリ司書が眉間に皺を寄せて困ったような顔をする。
「せめてマスクくらい外したら?」と言われたが、これ以上不調にはなりたくないのでそういうわけにもいかない。体が弱いので、熱が出たら復帰に時間がかかってしまう。
「……解きたい参考書が、あるので」
またため息を吐かれてしまった。
「そう。まあ頑張んなさい。図書室では静かにね」
彼女はどの生徒にも最後にこう釘を刺す。声量は控えめだが語気が強い。口癖だ。
図書室には人っ子一人いない。素晴らしい。二葉にとっては願ってもない幸運だ。
それに、過ごしやすい場所を作ってくれているカミナリ司書には感謝してもしきれない。
二葉は優しい日差しが差し込む窓辺の、八人がけの大きな机に荷物を置いて腰掛けた。一人で悠々と使うのがお気に入りだ。
一階の図書室の窓からは第一グラウンドが見える。このグラウンドはサッカー部と野球部とテニス部がよく部活動をしている。
早速テニスコートでラケットを振っていたり、キャッチボールをしていたりする生徒の姿が目に入ってきた。運動部の活動は今日も活発だ。
最近は少しずつ蒸し暑くなってきて、窓から入る風が心地良い。風に揺れる重くて長い前髪を指で払いながら、とりあえず先ほど終わらなかった自習プリントを終わらせることにした。
なにをしていたんだっけ。筆記用具を取り出しながら思い出す。和訳だ。和歌の。
マスクの下の頬がピク、と痙攣する。
(やっぱりこれ、嫌い……)
勉強だし仕方ない、ともやもやしながら現代語訳で空欄を埋めていく。
……人に知られないように、ずっと心に秘めていたけれど。
窓側からコツン、となにかが当たる音がした気がしたが、気にせずシャープペンシルを走らせる。
……人に尋ねられるくらいに、顔色に出ていたみたいだ。
今度はドン、と強い音がした気がしたが、顔を上げている暇などない。
……『恋の想いごとでも、しているのですか』と、聞かれてしまうくらいには——。
左側のほうで、ガラガラッ! となにかが鳴った。直後に爽やかな初夏の風が二葉の髪を揺らす。
「あのさあ!」
突然の大声。ガシッと左肩を掴まれた。
「っ……!?」
心臓が飛び出るのではないかというくらいバクバクしている。顔を上げたら窓の方からたくましい腕が伸びていてもっと面食らう。
見たことのない男子生徒が窓から乗り上げて二葉の肩を掴んで話しかけてきていた。
「佐藤二葉くんだよな? 中間考査満点一位だった! 一Aの佐藤くん、だよな?」
「……っ、は、はい? ……え……?」
来栖に劣らないくらい背が高く、すらっとしているのに力強い、大きな手の力に困惑する。衣替えもまだだというのに、彼のシャツは半袖だ。万年長袖の二葉には理解できない。
びっくりしすぎたのか腰が抜けてしまって全然動けなかった。
手を払おうにも腕に全く力が入らない。
「そうだよな! やっぱりな! よかった!」
髪は短く爽やかで、笑顔が太陽みたいに明るい。にっ、笑うと白くて綺麗に並んだ歯がきらりと光るようで眩しかった。日焼けした肌は健康そのものといったふうで、二葉からすると全く別世界の人間でしかない。
そんな男子生徒に声をかけられているという状況に、気持ちが全く追いつかないでいた。
「俺、北見耀士! 野球部! 一C!」
呆然としている二葉なんかそっちのけで、耀士は話し続けている。
「……な、なに……?」
肩から耀士の手が離れ軽くなったのも束の間、耀士はぱちん、と空気が震えるくらい大きな音を立てて手を合わせ、二葉に向かって頭を下げてくる。
「頼む! 俺に勉強教えてくれ!」
「え、っ……え……?」
後ろから「うるさいわよ! バカタレー!」というカミナリ司書の怒声が聞こえてくる。
10
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
元カレ先輩に、もう一度恋をする。 ━━友だちからやり直すはずだった再会愛【BL】
毬村 緋紗子
BL
中学三年になる春。
俺は好きな人に嘘をついて別れた。
そして一年。
高校に入学後、校内で、その元カレと再会する。
遠くから見ているだけでいいと思っていたのに……。
先輩は言った。
「友だちに戻ろう」
まだ好きなのに。
忘れられないのに。
元恋人から始まる、再スタートの恋。
(登場人物)
渋沢 香名人 シブサワ カナト 高1
山名 貴仁 ヤマナ タカヒト 高3
表紙は、生成AIによる、自作です。 (替わるかもです。。)
イケメンに惚れられた俺の話
モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。
こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。
そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。
どんなやつかと思い、会ってみると……
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※この物語はフィクションです。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2025.12.14 285話のタイトルを「おみやげ何にする? Ⅲ」から変更しました。
■2025.11.29 294話のタイトルを「赤い川」から変更しました。
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
君に不幸あれ。
ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」
学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。
生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。
静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。
静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。
しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。
「好きになられるからあいつには近づかない方がいいよ。」
玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。
それから十年後。
静は玲に復讐するために近づくが…
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
刺されて始まる恋もある
神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる