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しおりを挟む最寄り駅を降りると、二葉と同じ制服を着た生徒がちらほらと電車から降りてくる。
背の高い男子高生が視界を掠めると、反射的に体が強張ってしまった。昨日、突然詰め寄られた衝撃がフラッシュバックする。
(あの人……なんだったんだろう……)
動悸を抑えながら改札を抜け、俯きがちに歩きながら物思いに耽ける。
北見耀士、一年C組。同級生で野球部。背が高くて、力が強くて、すごくうるさい。
図書室で「勉強を教えてほしい」と言われた時は困惑した。
だが、直後にカミナリ司書が怒鳴りにやってきて二葉も我に返ることができた。耀士が司書に気を取られている隙に荷物をまとめ全力で逃げた。
あの態度で拒絶だと受け取ってもらえるといいのだが。耀士の強引さは心臓に悪い。気持ちの起伏は少ないに越したことはない。
正門から校舎に入り、靴を履き替えて中に入った。
教室はがらがらだ。HR二十分前である。大半の生徒は、駆け込み登校がデフォルトだ。
人が少ないと自然と肩の力が抜ける。藤木が自分にちょっかいをかけてくるせいで、最近はちくちくと肌を刺すような視線を感じていた。無視してくれればいいのに。
一限目は古典。昨日の予習プリントの答え合わせがあるはずだ。勉強道具を机の上に置き、すかさず教科書を開く。この時間は教科書を読んで視界を狭めるに限る。
文章を目で追えば、すうっと教科書に神経を集中することができる。一度そういうモードになると多少がやがやしていても気持ちがぶれることはない。
昨日のように丸めた紙を頭に当てられない限りは。
意識の向こう側でガラガラッ、ドン……と大きな音が鳴った気がしたが、和歌と混ざりあって鈍い音のように二葉には聞こえた。
「佐藤二葉くんいるかー!?」
「っ……!?」
誇張なしに椅子から腰が浮くほど体が跳ねた。あからさまに反応したのが二葉だけだったのだろう、声の主――耀士がすぐに二葉の方に視線を向ける。
いつの間にかクラス全員が登校していた。HR五分前。二葉はさっと俯きながら、昨日より激しく緊張する心臓を必死でなだめた。
しん、と教室中が静まり返っている。
「佐藤くんおはよう! 昨日は話が途中で終わっちゃってごめん! 勉強教えてくれ!」
足音が近づいてくる。力強いのにリズムが一定で洗練された足取りだ。
顔を上げることができない。揺れる長い前髪の向こうにある教科書の文章を、ただひたすらに滑る目でなぞった。
机に影が落ちてくる。怖い。
「……佐藤くん?」
顔を覗き込まれそうになり、二葉は慌てて身を引いた。無情にも顔を上げる結果となってしまい、無視することができなくなる。
朝練終わりなのか、耀士のシャツのボタンは二つほど空いている。急いで制服に着替えて来ましたというような湿った艶のある爽やかな雰囲気だ。元気さに圧倒される。
「あ、い、いや……」
どうすればいいのだろう。
積雪の早朝のように静まり返ったクラス中から、強い視線を向けられて灰になりそうだ。動悸も収まらず、こめかみにじんわりと汗が浮く。それなのに指先は凍えたように冷たい。
助けを求められる人は誰もいない。耳が拾う音は鈍くなり、視界がぼやけてきた。
無音のクラスにチャイムが響き渡る。
「あー。鳴っちゃったか。また来るから!」
耀士は風のように踵を返し、教室のドアの前で振り返った。
「またなー!」
彼が一Aに向かって大手を振り笑顔を向けると、「耀士くん、ばいばーい!」「また来てね」「今度キャッチボールしようぜー」とクラスの何人かが嬉しそうに手を振り返す。
強めの音を立てて扉が閉まった。
クラス中、呆気にとられたように物音一つ聞こえない。さざ波が寄せるように、じわじわと会話が再開されていく。
「なんでガリ勉メデューサが耀士くんと?」
藤木の鋭い眼差しが斜向かいから突き刺さってきた。彼女の取り巻きが「は?」「なんなのあいつ」「嘘だろ」と口々に話し、険悪ムードが広がっている。
目眩がしそうだ……。今日一日乗り切れるか不安になってくる。
「メデューサ、なんでヨージとつるんでんだよ」
俯いて呼吸を整えるように胸を抑えていたら、隣の席の来栖が二葉に聞いてくる。体に風穴が空くような衝撃だ。いつも命令ばかりだったから、乱暴でも質問されたのは意外だ。
「つ、つるんで、ない……」
「嘘吐くなよ。じゃあさっきのあれはなんなんだ。別人だっていうのか?」
そんなこと言われても……と肩を落としたくなる。
「有名な人なの……?」
気づけば逆に質問していた。普段なら絶対にできないことだが、今の来栖には話しかけてもいいと思える謎の雰囲気がある。
「は? 知らねえのお前くらいだっつの。なんで知り合ったんだよ」
「き、昨日急に、声かけられて……勉強教えて、ほしいって……」
たどたどしく答えたら、頭上から信じられない音が聞こえてきた。
「はは、ウケんな」
わ、笑っている……?
「あいつ野球は神だけど成績はバカだもんな」
思わず前髪の向こう側の目を見開く。そしてすぐにやりきれない思いがこみ上げた。
……そうか。いつも邪険に扱われているが、今日は二葉のことを面白がっているのだ。
(人の気も知らないで……!)
モヤモヤするが、目下の問題はそれではない。耀士をなんとかしなくては。
「ヨージに目つけられるとか、終わったな」
来栖の弾むような一言に背筋が凍る。
「お……終わったって、どういうこと?」
「しつこいんだよ、あいつ。うるせえし。納得するまで食い下がらねえから。逃げてると一生追いかけられるぞ」
「そ、そんな……僕、どうしたら……」
「知らねーよ」
無愛想にそっぽを向かれた。
きゅう、と胸が潰れるように痛む。
カラカラと静かな音を立てて、担任教師が教室へ入ってきた。
それで来栖との会話は終わった。
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