病弱を理由に婚約破棄されました ~私、前世は狂戦士だったのです~

呉マチス

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52 プロポーズ

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「私の妻になって下さい」

ヴァレリー王太子は美しい顔に華やかな笑顔を乗せて、跪いた姿勢で私の手を取ったまま、じっと見上げた。

あざとい!
上目使いがあざといぞ!!

私が硬直して動けずにいると、手の甲にキスをした!

早い早い早い!
私と殿下の関係はまだ何一つ進展していませんが!?

手袋の上からのキスとはいえ、衆人環視の中での求愛行動だ。
早鐘のような鼓動に私は極度に緊張しているのだと理解する。
緊張など、滅多にしたことないのに!

「今日も素敵な装いですね。良く似合っています。私の色だ」

ハッとしてビクトリア様を振り返る。
ニヤニヤ笑顔の大公様の横で、ビクトリア様は両手を口に当て、頬を高揚させ、瞳をキラキラと輝かせている。
こういう趣向だったのか!
白に金、青い宝石、全てが王太子の色だ。
今日の主役は私とばかりに、ビクトリア様の装いはシックである。

「お受けいたしますわ。ルイーズは王妃教育も完璧な成績で終了しております。婚約期間など必要ない程に」

左のお母様が勝手に了承する。

「もちろん承知です。ルイーズが良ければ、最短で婚姻式への段取りを組みましょう」

ヴァレリー王太子は立ち上がりながら言う。
私の手は離さない。

「ちょっと待って。わ、私は、騎士として生きていくと決めたのです。ガルガンから継承した力を生かし、ブルージュの名に恥じない戦士になるのです。今まで押さえつけていた力を開放して、自分に一体何が出来るのか、どこまで強くなれるのか、それを試す事が、今は楽しくて仕方が無いのです」

私は必死に言い募る。

「いいですよ。王妃が戦っちゃいけないという決まりはない」

「は?」

「いざ戦となれば私も先陣に立つのだし、一緒に戦いましょう」

「ええ?」

何を言っているのだろう。
だって王や王妃が戦争に行くの?
訳が分からなくなって大公様を仰いだ。

「王室典範に王や王妃が戦場で戦ってはいけないなどと書かれていないんだな。むしろ過去の王たちは先陣を切って戦をしていた。戦って、倒して、その地を治める。それが王家の歴史だよ」

それはそうですが。

「ルイーズ嬢のお父上からの条件なのです。王妃が戦場に行くのに王が宮殿で王座に座っているのは許さないと」

私は右のお父様を見る。

「王子が戦場に行かなくてもルイーズは私が守りますがね」

お父様は渋い顔で答える。

「安心してください。いつだって私は『白ユリの騎士』の馬になりますよ」

また馬呼ばわり来た!

「つまりだ。騎士団の上に居るのは常に王家だ。過去には戦を好んで戦場を駆け回った王も多い。ヴァレリーとルイーズ、未来の王と王妃が騎士団の上に立って戦場に出向いても、何もおかしくないんだ」

大公様が説明する。
ふうん。王太子に嫁いでも戦場に立てるのか。
せっかく受け継いだガルガンの力を殺して、息を潜めるように生きる必要はないと。

「どうですか? 結婚したら私と一緒に国境を駆け回りましょう。ルイーズ一人いれば、隣国三カ国なんて可愛いもんです」

ヴァレリー王太子の口説きは治まらない。

「あ! 全てを回避する秘策って、このことですか?」

大公様はやっぱりニヤニヤ笑っている。
ヴァレリー王太子は流れるように私をソファーに誘い二人で並んで腰かける。
完全に外堀を埋められている。
罠にはまるように、私の言い分は絡めとられていく。
いやいや、流されてはいけない。

「それは、素敵なお誘いですが、私の能力は未知数です。いつ暴走して殿下を傷つけるとも知れません」

もっとも危惧する部分はそこだ。

「そんなこと、絶対にありませんよ」

「う~、なぜ解るのです?」

「だって、実際翡翠宮の戦いではそうだったじゃないか」

翡翠宮の戦い。
あの、不思議な光の空間で起きた時間のマジック。
あれ以来、同じような現象が起こる事は無かった。
どういう事だろう。
考え込む直前で私の額がギュンと熱くなった。



『お前は馬鹿か』

男の声が聞こえる。
頭に直接語り掛けて来る。

『俺の力が王を傷つけるはずがないだろう』

ええ!
ガルガン!?

『俺の力は王のためにある。例え王に剣を突き付けても、王を傷付ける事は一ミリも出来ない。そういう縛りで俺は強さを手に入れたのだ』

縛り?

『とにかく、お前がお前の忠誠を誓う者を傷つける事は、万が一も無い』



私は額に手を当てて俯いた。

「どうしたルイーズ? 具合が悪いのか?」

お父様が駆け寄って来る。

「ちょっと話が急展開過ぎたかしら」

お母様も私の肩を支える。

「いいえ、大丈夫です」

私が顔を上げると、隣に座っているヴァレリー王太子が、笑顔で訊ねて来る。

「今、何かあったでしょう?」

「何で解るのですか?」

「何かある時は、つまりガルガンの力が働いた時は、ルイーズ嬢の額に眩しい光が見えるんだ。翡翠宮でもずーっと輝いていたよ」

私はバッと額を押さえた。
見回すと、王太子以外にはその光が見えないらしく、会話の内容が掴めない様子だ。

「今も額が光っていたよ。何があったの?」

私はもう逃れられないのを覚悟する。

「今私、久しぶりに、ガルガンとお話ししていました。こんなの十年前の覚醒の時以来です」

室内に居た者たちが騒ぎ出す。

「おお、やっぱりガルガン卿は「居る」のだな!」

大公様は大喜びだ。
ガルガンのファンなのである。

「で、ガルガンは何て言っていたの?」

ヴァレリー王太子が口説くように私に聞く。

「……ガルガンの力は、決して王を傷つけないように出来ている……って」

私の言葉に、ヴァレリー王太子は大輪の花が咲くように微笑んだ。

「ほら、私とルイーズ嬢の間には何の障害も無い」
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