フレキ=ゲー編ガップ民話集

神光寺かをり

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鴻鵠の君(あるいは「大きな鳥と王子様」)

王子様、「宝箱」を開けようと試みる。

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 王子様はあの手鞠歌の最後の一節の所を、三度くり返して歌いました。

「♪『お前がいないと寂しいよ。
   ずぅっとここに居ておくれ』
     瑠璃色鳥を宝箱に入れた」
 
 王子様の声は反響して、天井や壁から生え出ているような水晶の結晶が、バリバリと音を立てました。
 大きな、人の頭ほどもある丸い石の塊が天井からこぼれて、王子様の鼻先を通り抜けて床の上に落ち、百舌鳥が鳴いたような大きな音を立てて割れました。
 さすがに王子様もこれには気が付いて、

「わっ!」

 っと叫んで飛び退き、心臓が飛び出そうな胸のあたりを手で押さえて、落ちた石塊に目をやりました。
 粉々に割れた石の塊は、外側は普通の石のようでしたが、割れた中は、上からもしたからも前からも後ろからも水晶の結晶がびっしりと生えた、

「まるきり、この洞穴を小さくしたような」

 そんな形になっておりました。
 その、小さな洞穴の割れた所から飛び出した小さな水晶の結晶が、床にこぼれ落ちて、音も立てずに縦長に割れた所を見た途端、王子様は思いついたのです。

「水晶を砕けばよいのではないか!」

 王子様は「これ以上ない名案だ」と、ご自分の考えの聡さに大いに感激しました。
 その「これ以上ない名案」をどうして実行せずにおられましょう。
 王子様は、瑠璃色鳥が閉じ込められている、寝棺ひつぎのような大きな水晶に向き直ると、帯びていた剣の柄を握りました。
 それより他に水晶を割る道具を思いつかなかったのです。

 実のところ、これまでに王子様は、ご自身が剣を鞘から抜かなければならないような目には遭ったことがありません。
 ですから、抜き身の剣を振ったこともありません。
 どれほどの力で振ったとき、どのような物が切れたり割れたり壊れたりするのか、ちっともご存じないのです。
 ですから王子様は立派な飾りの付いた剣を大きく高く振りかぶり、ご自分が出せる力の全部を使って剣を振り、寝棺ひつぎのような水晶に刃を叩き付けました。

 耳が壊れそうな音がしました。
 剣が弾き飛ばされ、王子様も一緒に吹き飛ばされて、ドスンと尻餅をつきました。

 剣が水晶に当たった音と王子様尻餅の音は反響して、天井や壁から生え出ているような水晶の結晶が、ゴウゴウと音を立てましたが、王子様はまるで気を取られませんでした。
 王子様は立ち上がろうとしましたが、腰が痛くて立てません。猪のように四つ足で、たった今ご自身が殴りつけた水晶の所へ這い進むより手立てはありませんでした。
 ですが床の上には、壁や天井から割れ落ちてバラバラと散らばった小さな水晶の小さな破片が、沢山落ちています。
 破片は鋭く尖っていましたから、王子様の膝小僧に刺さったり、掌に刺さったりしました。
 王子様は血まみれになりましたが、それでもまるで気を取られませんでした。

 美しい瑠璃色鳥が、水晶の中から現れると思うと、他の何事も考えてはいられないのです。

 床の上に血の色の筋を四つ引いた王子様が、大きな水晶の寝棺の側にようやくたどり着いた時でした。
 水晶の、王子様の剣が当たったところから、小さなひびが走りました。

「ああ、水晶が割れる。瑠璃色鳥が解放される。声を出しておくれ、話を聞かせておくれ。笑っておくれ、舞っておくれ。ああ、空を飛んでも良いけれど、僕の側から離れないでおくれ」

 王子様が喜びにあふれた声色で、叫ぶように仰った刹那――。

 鼓膜が裂けてしまうほどの大きな悲鳴を上げ、水晶が割れました。
 真っ二つに――。

 水晶の割れた所から、赤い飛沫が上がりました。
 飛び散った小さな破片はことごとく赤く濡れております。
 床は真っ赤に染まりました。
 どこが王子様の血の跡なのか、どこが水晶から噴き出た血の跡なのか、全く区別が付きません。

 鼓膜が裂けてしまうほどの大きな悲鳴を上げ、水晶が割れました。
 粉々に――。

 ああ、そうして、水晶の洞穴の奥の奥の広間は、砕けて飛び散った「それら」によって、美しい色に満ちたのです。
 透明な水晶がキラキラ。
 瑠璃色の羽毛がヒラヒラ。
 赤い血潮がポタポタ。
 白い骨がチラチラ。

 それらはやがて、床の上に落ちました。
 向こうの隅に、なだらかな肩。
 あちらの角にほっそりとした指。
 部屋の真ん中に閉ざされた瞼。

 王子様はへたり込んで、ぺたりと床にお尻を付けて座りました。
 その膝先に、握りこぶしほどの真っ赤な「破片」が転がってきました。

 熱く紅い心臓は、大きく一度だけドクンと波打つと、それきり音を立てることもなく、動くこともありません。

 そして水晶の森は、空を飛べなくなった鳥と、空の下に戻れなくなった人と、その上にくずおれる大地の、魂の尽きる大きな悲鳴おとを腹の中に含んで、真っ暗な静寂の中に埋没したのでした。
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