フレキ=ゲー編ガップ民話集

神光寺かをり

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鴻鵠の君(あるいは「大きな鳥と王子様」)

お城の学者、古い手紙を読み解く。

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「王子様はまだお戻りになられませんか?」

 お城の学者が、二枚の紙を大切そうに抱えて、王様に尋ねました。

 王様が不安げ眉根を寄せて仰ることには、

「昼も過ぎ、夕も過ぎ、日も暮れたというのに、未だ帰ってこないのだ。今、兵を出して、探しに向かわせようとしておる」

 王様の傍らでは王妃様が血の気の失せた顔をなさって立っておられます。
 お二方のご様子に、学者も首を傾げて、

「王子様のご命令で励んでおりました古文書の解析が、たった今し方済みましたので、急いでお見せに上がりましたのですが……」

 お城の学者は、王子様が幼いご時分から々昔話や俗謡ぞくように関する質問を繰り返し繰り返しなさるので、できうる限りそれに応えようと、ひまを見ては古い書物を調べ、使われなくなった文字を解読しておりました。
 もっとも、それは「お城の学者」という職業がするべき仕事の一つでもあるのですけれども。

 不安げな学者に王妃様が、

「一体どんな古文書ですか?」

 そうご下問なさいました。

「『鳥の国』の王から、『小さな国』の王子に宛てられた書簡です」

 学者が二枚の紙の内の一つを広げました。それは、今にも破れそうな古い羊皮紙ヴェラムで、王様にも王妃様にも見慣れない文字がぎっしりと書かれております。
 文字は、硬くて先のとがった、しかし少し太めの筆記具で書かれらしく見えました。それがどんな筆記具かは判りかねますが、その筆跡はまるで鉤爪の引っ掻き傷か、鳥の足跡のような形をしています。

「『鳥の国』とは、聞かぬ名だな」

 王様は小首を傾げました。

「遠い昔に滅びたか、あるいは今は別の名で呼ばれているのでしょう。書簡を読む限り、猛禽もうきんから家禽かきん、鴻鵠おおとりから燕雀ことりいたるまで、あらゆる鳥をたくみに操り、狩りや書簡の遣り取りを行うのを得意としていたようです」 

 学者は続いて、残りのもう一枚の紙を広げました。
 今き上がったばかりのような真新しい紙には、王様にも王妃様にも見慣れた文字が、見慣れた学者の筆跡でびっしりと書かれていました。
 柔らかで先の丸まった、しかし少し細め筆記具で大急ぎに書かれたらしいその文字は、まるでインクが流れたか、ミミズがったような形をしています。

「まず礼をべ、めいを求め、最後に脅迫きょうはくしております」

 学者は苦労して翻訳ほんやくしたものを、ゆっくりと読み上げました。

「『私の娘を助けてくれたことを感謝する。
  貴君のごとく小さな者を愛する者がべる国とは、今後も交流を続けたい。
  しかし貴君の申し出では受け入れることができない。
  当初の約定やくじょう通り、娘の怪我けがが治り次第、帰国を許されたし。
  約をたがえたる場合は、我が国の全軍をもって貴国を滅ぼすことをここにせんするものである』」

 学者がそれを読みあげ終えたすぐ後です。

 お城の外で強い風か吹きました。
 強い風に乗って、遠くで何かの割れる音、壊れる音、そして人の悲鳴が聞こえた……気がしました。
 ですけれども、そんなかすかな音はすぐにかき消えてしまいました。
 たくさんの「何か」が窓に叩き付けられている……いいえ、窓に、扉に、壁に、お城に、何かが体当たりをする、そんな音がし始めたからです。

 その痛々しい音は次第に大きく激しくなり、お城の中の人々も、お城の外の人々も、窓や、扉や、壁や、お城が、壊れてしまうのではないかと思い始めました。
 そして実際に壊れたのです。
 最初に壊れたのは、お城の壁の一番高いところにまれていたかざり窓の彩色硝子ステンドガラスでした。

 その小さな突破口とっぱこうら、外の音が聞こえました。
 鳥の鳴き声、羽ばたき……それは一羽や二羽のさえずりではなく、三羽や四羽の羽音ではありません。
 血を吐くような無数の叫び声です。翼の千切れそうなほどに己の身体を打ちたたく音です。

 お城の外に飛び出した兵隊達が見上げると、天には闇が広がっておりました。
 すずめつばめはと雲雀ひばり椋鳥むくどりうずらかも白鳥はくちょうとびわしたかが、空を覆い隠していたのです。家鴨あひるにわとりまでもが短い羽を精一杯に打ち振るって、空を飛んでいます

 幾百幾千幾万の羽ばたきが、渦巻いています。
 渦は割れた窓からお城に流れ込みました。

 城にいた何十かの人間の悲鳴などは、何万の鳥達の咆吼ほうこうかげに消えて、誰の耳にも届きませんでした。
 いいえ、届いたとして、だれもそのことを覚えていられるはずがありません。
 小さな国から人間が一人も居なくなったのですから――
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