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二人の王子様と一人のお姫様

星を見る人

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 このフレイ様のご趣味のことなど、ゲオルグ王子はちっとも知りませんでした。
 ただ、月明かりの無い新月の夜は闇討やみうち暗殺にはもってこいだと思われただけです。ゲオルグ王子は夜遅くになって忍び込み、お城の中庭の柱のかげに隠れて、様子をうかがってりました。
 真っ暗闇に目をらして、フレイ様が星空に夢中になっていらっしゃることと、寸鉄すんてつ帯びていないことを確かめたゲオルグ王子は、足音を立てないように、そっとフレイ様に近付きました。

 手には、足の長さくらいの短い剣……昼間の決闘の時にお使いになった長剣よりは短い、という意味ですが……を持っています。

 そおっと、そおっと、息を殺して。
 そおっと、そおっと、足音を消して。
 そおっと、そおっと、フレイ様の側へ。
 そおっと、そおっと、フレイ様の頭に剣が届く場所まで近づいて。

 ここまで来たなら、もうそおっとすることなんていりません。

 剣を振り上げたゲオルグ王子は、

「わあぁ!」

 と叫びながら、風を切って剣を振り下ろしました。

 刃の下には、小さな頭がございました。
 内から輝くようなプ髪、波無く澄んだ湖のような瞳、朝露受けた薔薇の花びらのようなみずみずしい頬――。

 風を切って落ちた刃が「何か」に当たりました。でも、フレイ様の頭蓋が砕けた音はしませんでした。
 ゲオルグ王子の剣は、手入れされた芝に覆われた地面に、深く深くめり込んでおりました。

 寝転がって広い空を眺めていたフレイ様の目には、耳の後ろの芝の葉っぱまで見えていたのです。
 頭の方角から近づくものが見えないはずはありません。
 剣撃を避けたフレイ様は、身を低く起こして攻撃者の顔をにらみ付けました。
 夜陰に乗じた暗殺だというのに昼間のままの、ヒラヒラとした羽根飾り、キラキラと輝く徽章きしょう、ピカピカに光ったボタンを、金糸銀糸を縫い込んだご衣装に付けた服を着ていたゲオルグ王子の、覆面さえもしていない顔へ向かって、

「卑怯者!」

 フレイ様は叫ぶと同時に、持っていた天文学の本を投げつけました。

「うるさい、チビ野郎!」

 ゲオルグ王子は怒鳴どなりながら地面から剣を引き抜き、もう一度振り上げて、フレイ様めがけて振り下ろしました。
 二人それぞれの二種類の攻撃は、二種類とも目標に擦りました。
 天文学の本はゲオルグ王子の耳を傷付け、剣はフレイ様の頬を浅く切ったのです。
 両方とも大した傷ではありません。大した痛みはないはずでした。
 が。

「クソっ、クソっ、痛い! 痛い!」

 ゲオルグ王子が決闘の時と同じに声をあげて泣きだしました。
 決闘の時と違うのは、王子が泣きながら剣を振り回したことです。

「痛い! 痛い! チビ野郎のバカ野郎! 痛いよぅ」

 何も考えないで振り回しているだけですから、太刀筋を読むとか、次の攻撃を予測するとか、そんなことはできません。
 予想ができないので防ぎようはありません。それに、フレイ様は武器になりそうなものを持っていらっしゃいませんでしたから、じりじりと後ろに下がるしかすべがありませんでした。
 下がって下がって下がりきって、フレイ様のお背中はお城の壁にくっついてしまいました。
 もう逃げる場所はありません。

『せめてつぶて一つもあれば、武器にできようものを』

 フレイ様は悔しくなって歯噛はがみなさいました。それは叶わぬ願いだったからです。
 なにしろキルハのお城は、掃除そうじも手入れもよくされていて、石ころどころかほこり一つ落ちていないのです。

「うわぁぁぁん!」

 体の大きい泣き虫のゲオルグ王子が鼻水を流しながら、剣を振り下ろします。

『我が命運、ここに尽き果てたか』

 フレイ様か目をぎゅっとつむったその時です。

「キャァァァァ」

 という悲鳴が、ゲオルグ王子の背後から聞こえました。
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