フレキ=ゲー編ガップ民話集

神光寺かをり

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地上に巨人が生まれて、そのあと絶えた訳

私は生まれなければ良かった者でしょうか?

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 どれほどお辞儀をしていたことでしょう。辺りが急に暗くなったと思うと、二人の頭のずっと上の方から、雷のような声がしました。

「兄弟たちよ、顔を上げなさい。あなた方の声は聞こえている」

 ペネムエルとミーミルは体を起こし、頭を上げました。
 すると祭壇の傍らに、人の姿をしたものが立っているのが見えました。
 立っているのは一人の人でしたが、一人の人のその後ろには、幾万もの軍勢が控えていてます。空はその軍勢で埋め尽くされていて、そのために太陽の光がすっかり遮られていたのでした。
 ミーミルは急に恐ろしくなって、立っている人の足元でまた頭を下げました。
 すると立っている人は言いました。

「顔を上げなさい。私を拝んではいけません。私はこの世で最も尊い御方の使徒です」

 ミーミルは大変恐ろしかったのですが、そっと顔を上げました。立っている人の顔は大変恐ろしく、しかし大変穏やかで、大変優しそうでもありました。
 立っている人は震えているミーミルにほほえみを向けると、ペネムエルに向き直って、大変威厳のある声で言いました。

「兄弟よ。私たちは、かつてあなたが兄弟たちに託した帳面によって、あなた方のしたことを知っている。そして今あなたが捧げた祈りによって、あなた方がしていることも知っている」

「兄弟よ。この大地は人々の欲と怒りと哀しみで満ちています。私たちは何をなすべきなのでしょう?」

 ペネムエルは立っている人の顔をじっと見て訊ねました。立っている人は答えて言いました。

「天の最も高いところにおられるいと尊い御方は、あなた方の罪のために大変悲しんでおられる。兄弟よ、あなたは自分の犯した罪を知っているか?」

 ペネムエルは大変驚いて言いました。

「いいえ、兄弟よ。私は何の罪を犯したのでしょう? そしてその罪が、なぜ私の子供たちを、そして私の妻を苦しめているというのでしょう? 私に罪があるのなら、私だけに苦しみがあればよいと言うのに」

 立っている人は大変悲しそうな顔をしました。

「兄弟よ、あなたはかつて、今の私と同様に肉の体を持たない御使いであった。そして肉の体を持たないままあなたは地上に降り、肉の体を持たないまま人の娘に触れた。それがあなたの犯した罪なのだ」

「ああ、なんと言うことだろう。確かに私は肉の体を持たないまま地上におり、肉の体を持たないうちにフッラと出会った。人の夫となるならば、人と同じに肉の体を持たねばならないと知っていたのに」

 ペネムエルは肩も膝も落として、涙を流しました。

「私は私の犯した罪により、私の子供たちにも罪を犯させてしまった」

 ペネムエルが酷く落胆しているさまを見て、ミーミルはなぜだか腹立たしくなりました。
 そこで彼は、立っている人に言いました。

「私はペネムエルとフッラの子です。あなたの言う罪の結果に生まれた者です。あなたの言うとおりなら、私は生まれながらに罪人ということになります。
 私は生まれなければ良かった者でしょうか? 私の兄弟たちは生まれてはならない者なのでしょうか?」

 ミーミルは言っているうちにどんどん腹立たしさが大きくなって、最後には立っている人の胸ぐらに掴み掛かっておりました。
 立っている人は大変険しい顔をして、静かな声で言いました。

「あなたの怒りは正しい。
 誠にあなたに言います。この世に生まれなければ良かった者などいません。生まれてはならなかった者などいません。
 小さな兄弟よ、さあ行ってあなたの親と兄弟たちに言いなさい。今すぐ高台に逃れるようにと」

 ミーミルは立っている人の衣服から手を離して、訊ねました。

「大きな方、立っておられる方。あなたの仰っていることの意味が解りません」

 立っている人は少しだけ表情を軟らかくして言いました。

「小さな兄弟よ、よく聞きなさい。
 いと高き方のお側にあって、人々の犯した罪を数える役目の御使いがいます。彼がもし地に足を付けたならその頭が高き御国に届くほどに偉大な兄弟です。
 彼は心優しい御使いです。地上の人々が罪を犯し、またその罪のために苦しんでいるさまを見れば、他の兄弟たちは正義の故に怒りますが、彼は哀しみのあまり涙を流すのです。
 彼の涙は頬を伝って流れ落ち、川となって流れ、御国の海を満たしています。そのために御国の海は今にも溢れ出しそうになっています。
 なぜなら地上の兄弟たちが、互いに争い、傷つけ合い、自分たちを穢し、大地を汚しているからです」

 ミーミルは立っている人の言葉を聞きながら考えました。
 天の海が溢れ出て、その水が地に降り注いだなら、いったいどのようなことが起こるだろうかと。
 立っている人は続けて言いました。

「昨日までは、最も尊き御方が私の優しい兄弟を慰め、また涙を拭かれました。そうすると御使いの涙は一時止まり、海の水は一時引きます。ですから今までは水があふれることはありませんでした。
 良く聞きなさい、小さく賢い兄弟よ。
 今日も私の優しい兄弟は泣いています。最も尊い御方は彼を慰められましたが、流れる涙を拭いては下さらなかった。涙は流れ落ち続け、海の水は増え続けています」

 ミーミルは想像しました。そして自分の想像したことがあまりに恐ろしいので、顔を青くして体を震わせました。
 立っている人はミーミルの肩に手を置いて言いました。

「兄弟よ、聞きなさい。
 あなた方の声をお聞きになった最も尊い御方は、大地を水で満たすことをお決めになりました。大地に棲む人々の罪が消えるまで、大地はそこに人々が生きることを拒むでしょう」

 ペネムエルは訊ねました。

「兄弟よ、私は知っています。最も尊き御方は成すとお決めになったことは必ず成される御方です。そして必要なものは総て整えてくださる御方です。大地に棲む人々が助かる術は何処にありますか?」

「兄弟よ。あなたの息子をあなたの土地まで走らせなさい。そしてあなたの土地の人々に、その土地を捨てて高い山へ向かうように告げさせなさい。
 決して自分たちの土地を振り向くことなく、険しい山へ走るように言うのです。あなたの土地の人々があなたの息子の言葉を聞いたなら、その人々は助けられるでしょう」

 ペネムエルはミーミルの顔をじっと見ました。

「息子よ、私は知っている。お前は傷つき、空腹で、疲れ果てている。しかし私はお前に言わなければならない。行って、あなたがすべきことを成しなさい」

 ミーミルは奥歯をかみしめて小さく頷きました。

「お父さん、私は行きます。行って、私の親と兄弟たちに向かって言います。天の海があふれ、水が押し寄せるから、山へ向かって逃れるようにと」

 ミーミルは自分の父親と、それから祭壇の脇に立っている人とにお辞儀をしました。それから祭壇の前で天を仰いで言いました。

「最も尊き御方、私の父の父、善き者のために、良き道を備えてくださる方。どうか私の前に道を整えてください」
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