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二
聖域
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四郎兵衛は真面目な顔をしている。その顔色は灰のように白く、唇は紫色になっている。
悟円坊には、眉間に皺を寄せてこちらをにらんでいる四郎兵衛が、
『この大将、泣いてござるな』
と見えた。
『恐ろしゅうて震えてござる』
と思えた。
『侍でいることにしがみついて、ようやく立っていられるようじゃ』
そう読み取った悟円坊は、居住まいを正した。
「然らば――」
塚に正対し、枯れ柴の切れ端を井桁に組みあげる。山牛蒡の葉の裏に生える茸毛を集めて乾かしたものを火口としてひとつまみ入れた。おもむろに懐から火打金と燧石を取り出し、切火を切る。
小さな火花が飛び散った。火口の茸毛が燃える。その小さな火が柴に移り、炎になる。
悟円坊は炎の中に抹香らしいものを投げ入れた。思いのほか良い香気がし、白い煙がまっすぐに天へ昇ってゆく。
薫香は場を清めるものだ。悟円坊は、掘っ立て小屋と石積みの塚のある、食い詰めの牢人達が蜷局を巻いているこの場所を、あっという間に聖域に変えた。
聖なる空間で、悟円坊は算盤玉の形をした木の珠を二尺繋げた「最多角数珠」と呼ばれる山伏独特の長数珠を揉んで、じゃぁらじゃぁらと大な音を立てた。
口の中では経文なのか呪文なのか解らない物をもごもごと唱えている。
燃え上がる炎が、悟円坊の真剣な顔を照らす。
その真摯な祈祷への取り組み方を見て、四郎兵衛の顔に赤みが戻った。
神仏の加護が自分の身体に下りてきた様な気がする。
「よし、よし。それでいい」
何度も頷いた後に自分の「城」の方へ振り返った。視線は「城」ではなく、その更に向こう……東の彼方へ向けられている。
手前に飯縄山、三ツ頭山、それを越え虚空蔵山がある。真田昌幸はそういった険しい山ではなく、千曲川の川縁と言っても良いような低い土地に、ぽつりと城を建てた。
ずいぶん昔に、小泉という一族が館を建てた跡に縄張し直したのだという。
街道を移動させ、川を付け替える、なかなかの大普請であったようだ。
「馬鹿野郎だ。山猿のくせに山を下りて、平らな所に丸裸の住処を作りやがった。徳川が攻めてくれば、一捻りに潰されるぞ」
それが楽しみでならない。四郎兵衛は鼻で嗤った。
悟円坊には、眉間に皺を寄せてこちらをにらんでいる四郎兵衛が、
『この大将、泣いてござるな』
と見えた。
『恐ろしゅうて震えてござる』
と思えた。
『侍でいることにしがみついて、ようやく立っていられるようじゃ』
そう読み取った悟円坊は、居住まいを正した。
「然らば――」
塚に正対し、枯れ柴の切れ端を井桁に組みあげる。山牛蒡の葉の裏に生える茸毛を集めて乾かしたものを火口としてひとつまみ入れた。おもむろに懐から火打金と燧石を取り出し、切火を切る。
小さな火花が飛び散った。火口の茸毛が燃える。その小さな火が柴に移り、炎になる。
悟円坊は炎の中に抹香らしいものを投げ入れた。思いのほか良い香気がし、白い煙がまっすぐに天へ昇ってゆく。
薫香は場を清めるものだ。悟円坊は、掘っ立て小屋と石積みの塚のある、食い詰めの牢人達が蜷局を巻いているこの場所を、あっという間に聖域に変えた。
聖なる空間で、悟円坊は算盤玉の形をした木の珠を二尺繋げた「最多角数珠」と呼ばれる山伏独特の長数珠を揉んで、じゃぁらじゃぁらと大な音を立てた。
口の中では経文なのか呪文なのか解らない物をもごもごと唱えている。
燃え上がる炎が、悟円坊の真剣な顔を照らす。
その真摯な祈祷への取り組み方を見て、四郎兵衛の顔に赤みが戻った。
神仏の加護が自分の身体に下りてきた様な気がする。
「よし、よし。それでいい」
何度も頷いた後に自分の「城」の方へ振り返った。視線は「城」ではなく、その更に向こう……東の彼方へ向けられている。
手前に飯縄山、三ツ頭山、それを越え虚空蔵山がある。真田昌幸はそういった険しい山ではなく、千曲川の川縁と言っても良いような低い土地に、ぽつりと城を建てた。
ずいぶん昔に、小泉という一族が館を建てた跡に縄張し直したのだという。
街道を移動させ、川を付け替える、なかなかの大普請であったようだ。
「馬鹿野郎だ。山猿のくせに山を下りて、平らな所に丸裸の住処を作りやがった。徳川が攻めてくれば、一捻りに潰されるぞ」
それが楽しみでならない。四郎兵衛は鼻で嗤った。
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