クレール 光の伝説:いにしえの【世界】

神光寺かをり

文字の大きさ
3 / 158
公女クレールの夢

正義の剣

しおりを挟む
「だがね、賢いクレール……。夢を見ている君は現実であろうよ。すなわち、こうしてここで我と問答している君は現実する。そしてそのことを、君のココは理解している」

 黒光りのする尖ったかぎ爪がクレールの眼前に迫った。爪先が眉間を指している。

「同時に、君は恐れている。ここにある己を認めれば、目の前に見えるものの存在も認めなければならないかと」

 尖った爪の先が、彼女の眉間から離れた。切っ先は彼女の顔の上、皮膚のすれすれを浮遊し、ゆっくりと下降する。

「さらに、君は望んでいる。夢幻ゆめまぼろしの中の『鬼』が存在することを認めれば、存在しないものに抱いていた恐怖から逃れられるやもしれぬ。
『逃れられぬものよりは斬って捨てられるものの方が良い』と。
 故に君の方寸こころは、我が現実のものであることを望んでいる」

 指先がクレールの胸、丁度心臓の上で止まった。

「そうだよ、賢いクレール。君は我を望んでいるのだ。君自身の理性が人でないと蔑むものを、君自身の心は存在して欲しいと願って見つめている」

 反論ができない。奥歯がギリギリと鳴った。

「我が君を欲して君の元に現れたように、君も我が君の元に現れることを欲している。我々は、だ」

 ニタリ、と「それ」は笑んだ。
 今までの――優しげな――笑顔とは違った、下品な笑いだった。
 クレールの不快感は頂点に達した。
 しかし彼女の身体は、頭の先からつま先まで何かに覆われてでもいるかのようで、思うとおりに動かすことができない。
 クレールは歯噛みした。

「腕を振り下ろすことができれば、私の【正義ラ・ジュスティス】でコレを斬ることができるのに」

 押さえつける何かを、彼女は渾身の力を持ってはね除けた。
 すると意外なほどあっさりと、体を覆う不快感が一息に晴れたのだ。
 白鳥の羽ばたきのごとく、クレールは腕を振り上げる。
 鬼神の形相を向けられた「それ」の唇は、相変わらず笑っていた。が、目元には酷く寂しげな色が浮かんでいる。

「それほど怖い顔をしてまで拒絶せずとも良かろうに」

 さながら求愛を断られた優男だ。だが「それ」は気弱な男と違って落胆することを知らなかった。
 黒い影がクレールの視界の隅で動いた。
 素早い動作は、蛇が獲物を捕らえるさまに似ていた。
 しかしそれは毒牙ではなく五本のかぎ爪を持っていた。
 太く節くれ立った指が、剣を振り下ろさんとしていた細い手首に絡み付く。大きな掌が攻撃の力を総て押さえ込む。
 慌てて腕を引いて逃れようとした。しかし「それ」は、それすらも許さない。むしろ彼女の腕を己の方へ引いた。
 腕が引かれれば、当然身体も頭も「それ」の腕の中に引き寄せられる。勝ち誇る眼差しが、クレールの眼前に突き出された。

「放しなさい!」

 逃れようと暴れるものの、力が及ばない。彼女は苦もなく組み伏せられた。
 クレールの身体は「それ」の体で覆い尽くされた。筋張って硬い肉の重みが、彼女の自由を完全に奪う。
 鼻先に「それ」の顔がある。
 泥水色の髪、毛虫の眉、枯れ草色の瞳、楔のように尖った鼻筋、錆鎌の刃に似た唇。
 それらが整然と、そして美しく並んだ顔が。
 クレールは顔を背けた。
 すると「それ」は彼女の耳につぶやいた。

「夜が明ける。残念なことだ」

 深い落胆を吐き出す「それ」の体から僅かながら力が抜けた。それはその身そのもので作りだしていた戒めが弛むことを意味した。
 クレールは両の足を突き上げた。不意を突かれた「それ」の肉体が、大きく跳ばされる。
 大柄な男の身体が床に叩き付けられ、ドサリ、と鈍い音を立てた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

処理中です...