クレール 光の伝説:いにしえの【世界】

神光寺かをり

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観客席からの命令

嫉妬心

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 その頭頂部に、声が降り注いだ。

「まだ準備は終わっていないのじゃなくて?」

 甘ったるく、ねっとりとした、うすら寒い声だ。

「しかし閣下はたいそうお急ぎなのでございましょう?」

 マイヨールは頭だけを持ち上げ、ヨハネス・グラーヴの顔色をうかがった。
 帽子のつばに鼻から上を隠したまま、グラーヴ卿は笑っていた。
 これがなにを意味する微笑なのか、白塗りの厚化粧の上からは読み取れない。
 赤い唇がかすかに動く。

「ねえ、マイヨール。アタシは来る途中に、あのお店に寄ったのよ。
 ガップから来たという、あの美しいを探しにね」

 マイヨール・マイヨールは、腰を折り曲げて頭だけを持ち上げた不自然な体勢のまま、硬直した。
 背筋に冷たい物が走り、目の前に薄霞うずがすみがかかった気がする。

左様さよう、で」

 ようやっとの思いで短いあいづちを返した。

「我ながら、愚かしいこと。坊や達がまだあそこにいるだろうと思いこんでいたの……。
 よく考えれば判ることよね。彼らは旅人だもの。一つ所に長居ながいするはずがない」

「左様、で」

 マイヨールは口元に愛想あいそ笑いを浮かべた。姿勢は不自然なまま変わらない。

「坊や達はいなかったけれど、他の者たちはまだたくさん残っていたわよ。
 なんでもあの可愛らしい坊やが、みなにお酒を振る舞ったのだって。騒ぎを起こした詫びだと言って。
 ウフフッ。
 まだ年若いのに、良く気が回る坊やよね」

「左様、で」

 相槌を返した心の底で、

『若様みたいな浮世離れした方が、ああいう飲み屋に集まるぞくでいじらしい連中の腹の内なんかを、判っていらっしゃる筈もない。
 人心をなごませるのに酒を使おうなんて姑息こそくなことは……』

 若様に歪んだ愛を抱いていて、若様のためなら……若様にもらうためであれば……どのようなことでもしてのけるに違いない、ぞくで、頭が回って、手の速い、大男の下男ブライト・ソードマンの発案に違いないと思い至り、マイヨールの頬はゆるんだ。

 直後、グラーヴ卿が小さくわらった。

「そうよね。あの坊やは良い家臣を持って、うらやましいこと」

 本音を見透かされた。マイヨールは背をむちでしたたかに打たれたかのような衝撃を感じた。

「アタシにはそういう賢い家来がいないのだもの。
 アタシをよく助けてくれる、アタシよりも気の回る家来がね。
 だから、あの可愛い坊やごと、彼らをアタシの物にしてしまいたい……できれば直臣に」

「左様、で」

 平静を装って相づちを打ちつつも、マイヨールの腹の中は煮えくりかえっていた。

『冗談じゃない! 若様や旦那をこの白塗りオバケなんかに盗られてなるものか。
 あのお二方は、このマイヨール・マイヨールのものだ!』

 それは嫉妬しっとであり、独占欲どくせんよくだった。
 当人達の考えの及ばない場所で、当人達の気持ちをかえりみることをせず、全くの他人に対して焼き餅を焼いている。
 マイヨールが抱いたのは、はた迷惑なおかやきだ。

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