クレール 光の伝説:いにしえの【世界】

神光寺かをり

文字の大きさ
118 / 158
舞台上の戦い

マゾヒスムス

しおりを挟む
 初めはクレールの姿を「盗み取った」くだんの化け物が、フレイドマルに襲いかかったのではないかと疑った。
 だが座長の眼窩がんかに剣を突き立てているのは間違いなく「クレールの若様」だ。マイヨールが「芸術と名声の守護神ポリヒムニア」とも思い決めた人物を、ことあろうかニセモノのバケモノと見まごうはずがない。
 マイヨールは身を起こし、クレールを凝視した。
 人が人を襲う恐ろしい光景であるにも関わらず、マイヨールにはクレールの姿がこの世の者とは思えないほど美しく見えた。

 赤い剣のような物の切っ先がフレイドマルの顔面に突き刺さる深さは、親指の長さの半分よりも浅いようだ。その深さでは、目玉を貫くことはできても、脳に傷を付けるには至らないだろう。

 つまり、クレールの若様はフレイドマルの命を脅かそうとしているのではない――。

「あの方のやることに間違いはないはずだ」

 何の根拠もないが、マイヨールは確信した。
 事実、クレールにはフレイドマルを弑するつもりなどじんもなかった。むしろこの彼を助けようとしている。
 クレールは浅く付き入れた赤い剣――【正義ラ・ジュスティス】のアームが変じた、あかく光る剣――の切っ先を、跳ね上げるような動作でフレイドマルの顔面から引き抜いた。
 太った座長の丸い顔の中から、丸いかたまりが弾き出された。弧を描いて飛び、丁度マイヨールの目の前の、亜麻仁油で固めた合板リノリウムの床に、湿った音を立て落ちた。

 目玉ほどの大きさの腐肉の塊だった。

 初めは赤黒い潰れた玉の形をしていた。しかし見る間に形は崩れた。黄色みを帯びた濁った茶色の、粘りけのある、強烈な臭気を発する液体となって流れ出し、やがて床板の隙間に吸い込まれた。

 フレイドマルの肥体が床に崩落ちるのと、ほとんど同時に、化け物の悲鳴が再び響いた。
 マイヨールが客席へ振り返った。
 薄汚れた石像もどきの化け物が、相変わらずそこにいた。
 右の手に旗指物の柄を握って杖に突き、残った掌で顔の半面を覆っている。
 天を仰いで号泣しているようなポーズだった。実際、指の間からは液体が流れ出ている。
 明らかに涙ではなかった。マイヨールの目の前で流れて消えた、座長の目玉であった腐肉と同じ、濁った茶色をしたどろりと粘る液体だ。
 悲鳴を上げ、泣き叫びながら、化け物は笑っていた。快楽の歓喜に震えている。

「テメェの『分身』をぶった斬られて、口じゃ痛ぇ痛ぇ言いながら涙流して喜ぶたぁ、どうやらこいつがマジモンの変態ってヤツらしい」

 そう言った、低く押し殺した声の主は舞台袖にいた。
 ブライト・ソードマンは腕組みをし、何故か安堵あんどしたような顔つきで化け物を眺めている。

「旦那!」

 マイヨールが叫ぶと、ブライトは目玉だけを彼に向けた。

「おい、チビ助。そこの丸いヤツを引っ張って外に出ろ」

 その言葉は提案でも要求でもない。命令だ。
 もっとも理由や口調の如何を問わず、マイヨールがブライトに逆らえる道理はない。
 床をい、倒れ込んでいるフレイドマルの襟首えりくびを掴み、ブライトが立つのと逆側の舞台袖へ後ずさった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

処理中です...