148 / 158
お墨付き
署名のない捺印
しおりを挟む
厭味と卑下と慇懃無礼を練り混ぜたブライトの言葉に、村役人は、
「そういうものですか」
素直な感嘆を返した。大きく何度もうなづいている。
「いつだって上つ方々の考えることなんてもなぁ、下っ端には到底理解できないものさ。くだらないといやぁ、とことんくだらないこったがね」
ブライトは鼻先で笑った。彼の言う「上つ方々」に向けた嘲笑だった。
同時に、素直さも純朴さも欠片すら持ち合わせていない自分に対する冷笑でもあった。
やがて、ブライトの手の中の銀の盤の回転が、ある一点で止った。
節くれ立った太い指の先が小さく動く。彼の手の中で、金属の留め金が外れる小さな音が鳴った。
ブライトは「双龍のタリスマン」の本体を卓上へ放り捨てるようにして置いた。彼の掌の中には、タリスマンから取り外された、タリスマンを五分の一程度に縮めたような、丸い金属片が一つあった。
右手で炎にかざしていた封蝋を、充分に熔けた頃合いで取り出し、書類の上に滴らせる。
蝋の質があまり良くない。赤黒い円が紙の上にどろりとながれた。
その上に、ブライトは小さなメダルを乗せた。
指先で軽く押しつけた後にメダルを退けると、蝋の上には鬣のある蛇の様な龍の紋章の印影がくっきりと残っていた。
しばらく書類を眺めていたブライトは、蝋が冷え固まったと見ると、紙の束を役人の前へ少々乱暴に押しやった。
受け取った若い村役人は、浮き彫りに描かれた「貴い紋章」に恭しく礼をしつつ、
「ご署名をいただけませんか? 若君のものでなくとも、貴殿のものかまわないのですが」
遠慮気味に訊ねた。
「そのハンコがありゃ、余計なモノいらねぇのさ。そういうもんなんだよ」
ブライトは唇の端に柔らかい小さな笑みを浮かべた。これも作り笑いだ。
役人も笑った。こちらは心から湧き出る晴れ晴れとした笑顔だった。肩の荷が消えたなくなった気軽さが、おのずと表に出たのだろう。
役人は、書類の束を大事そうに抱持し、幾度も頭を下げた。いそいそと出口へ向かった彼は、ドアを閉める直前室内へ振り返り、また深々と頭を下げた。
廊下の靴音が聞こえなくなった頃、ブライトの顔の上に貼り付いていた笑顔がすっと消えてなくなった。
彼は椅子の上で大きな伸びをした。立ち上がり、窓辺に寄る。眼下に彼の役人が「村一番の大通り」を足早に行き去るのが見えた。
「あの手の真面目な小役人の扱いが一番厄介だ。ぶん殴るわけにも罵り倒すわけにもいかねぇ分、あしらうのがとんでもなく面倒臭ぇ」
独り呟いた後、彼は窓枠に足をかけた。
身を乗り出した頭の上に、上階の窓枠が見える。
窓は空いていた。
直後、ブライト・ソードマンの巨躯はその場から消えた。
「そういうものですか」
素直な感嘆を返した。大きく何度もうなづいている。
「いつだって上つ方々の考えることなんてもなぁ、下っ端には到底理解できないものさ。くだらないといやぁ、とことんくだらないこったがね」
ブライトは鼻先で笑った。彼の言う「上つ方々」に向けた嘲笑だった。
同時に、素直さも純朴さも欠片すら持ち合わせていない自分に対する冷笑でもあった。
やがて、ブライトの手の中の銀の盤の回転が、ある一点で止った。
節くれ立った太い指の先が小さく動く。彼の手の中で、金属の留め金が外れる小さな音が鳴った。
ブライトは「双龍のタリスマン」の本体を卓上へ放り捨てるようにして置いた。彼の掌の中には、タリスマンから取り外された、タリスマンを五分の一程度に縮めたような、丸い金属片が一つあった。
右手で炎にかざしていた封蝋を、充分に熔けた頃合いで取り出し、書類の上に滴らせる。
蝋の質があまり良くない。赤黒い円が紙の上にどろりとながれた。
その上に、ブライトは小さなメダルを乗せた。
指先で軽く押しつけた後にメダルを退けると、蝋の上には鬣のある蛇の様な龍の紋章の印影がくっきりと残っていた。
しばらく書類を眺めていたブライトは、蝋が冷え固まったと見ると、紙の束を役人の前へ少々乱暴に押しやった。
受け取った若い村役人は、浮き彫りに描かれた「貴い紋章」に恭しく礼をしつつ、
「ご署名をいただけませんか? 若君のものでなくとも、貴殿のものかまわないのですが」
遠慮気味に訊ねた。
「そのハンコがありゃ、余計なモノいらねぇのさ。そういうもんなんだよ」
ブライトは唇の端に柔らかい小さな笑みを浮かべた。これも作り笑いだ。
役人も笑った。こちらは心から湧き出る晴れ晴れとした笑顔だった。肩の荷が消えたなくなった気軽さが、おのずと表に出たのだろう。
役人は、書類の束を大事そうに抱持し、幾度も頭を下げた。いそいそと出口へ向かった彼は、ドアを閉める直前室内へ振り返り、また深々と頭を下げた。
廊下の靴音が聞こえなくなった頃、ブライトの顔の上に貼り付いていた笑顔がすっと消えてなくなった。
彼は椅子の上で大きな伸びをした。立ち上がり、窓辺に寄る。眼下に彼の役人が「村一番の大通り」を足早に行き去るのが見えた。
「あの手の真面目な小役人の扱いが一番厄介だ。ぶん殴るわけにも罵り倒すわけにもいかねぇ分、あしらうのがとんでもなく面倒臭ぇ」
独り呟いた後、彼は窓枠に足をかけた。
身を乗り出した頭の上に、上階の窓枠が見える。
窓は空いていた。
直後、ブライト・ソードマンの巨躯はその場から消えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる