フツウな日々―ぼくとあいつの夏休み―

神光寺かをり

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夏休みの間

33.トラックが止まる。

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 今いる場所の周りを見ると、どうやら家もあるし、太い道路を車がびゅんびゅん行き交っているくらいだから、タヌキはやクマは出ないだろうと思った。道路の両側は木や草が生えているから、蛇舅母カナヘビ青大将アオダイショウや、もしかしたら毒のある山楝蛇ヤマカガシなんかは住んでいるかもしれないけれども。

 龍は信号の柱まで歩いて行った。柱に背中をあててもたれかかった。
 クマの出る心配はなくても、家に帰れない不安は残っている。
 一番確実なのは、もう一度あの池に戻って、土手を下って、川に下りて、ちょろちょろした流れと一緒に歩いて行くこと、だ。

『でも……』

 龍は今ほんの少し歩いてきた道を振り向いた。トラックがお尻の方から黒い煙を吐き出して、車体を震わせながら向かってくる。
 
『あの場所に戻るのは嫌だ』

 あの場所に戻らずにあの川に戻る方法はないのだろうか……。龍はまたあたりを見回した。
 道路と、家と、果樹園りんごばたけと、田圃たんぼが見える。

『池に戻らないで、直接川に行けばいいんだ』

 龍はまたまたあたりを見回した。
 道路と家と果樹園りんごばたけ田圃たんぼが見える。
 川は見えない。

 冷静になって考えてみれば、道路と家と果樹園と田圃より一段低いところに水路が造ってあることや、そういった目の高さが合う物の影に埋没して低いところが見えづらくなっていることに気が付いただろう。
 ただ、このときの龍に冷静とか沈着さといった性質を求めるのは無駄だった。まだ小学四年生だった。幼すぎる。

 龍には「川が消えた」と思えた。

 自分がたどってきた「道」が消え失せたのだと思った。
 でも、たどり着いた場所は間違いなくある……ちょっと後ろを振り返ればそこを取り巻いているフェンスが見える。
 知っているのはあの場所だけだ。後は全部知らない。

 トラックが通り過ぎる。なま暖かい排気ガスが吹き出す。のろのろとした風が濡れたシャツとズボンを通り抜け、丸出しのお臍をなでて、体温を奪ってゆく。

 龍の脳みその中で、たどり着いた場所……姫ヶ池は、緑色の呪いになっていた。

 膝ががくがくと震える。龍は信号機の柱にすがりついたまま、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
 ゼブラゾーンの上に、巨大な黒い車輪が止まっているのが見える。
 高い場所から、しわがれた大人の男の声が怒りを帯びて降り注ぐ。
 頭を持ち上げた龍の目玉と鼻の穴から水が流れ出した。
 龍は咳き込んだ。背中を丸めると、涙がポタポタと落ちて、粉塵が積もったアスファルトの上にまばらな水玉模様ができた。

 止まったトラックの、農協のマークと電話番号が書かれたドアが勢いよく開いた。農協のマークの付いた緑がかった薄い黄土色の帽子がそこからぬっと突き出た。
 すこし皺のある白い顔が、優しく笑っていた。

「Yセンセエ……」

 龍は自分の魂が頭のてっぺんから抜けて行くような虚脱感に襲われた。
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