知流姫

神光寺かをり

文字の大きさ
2 / 2

梅乃木さんと樫木先生

しおりを挟む
「良かれと思ってしたことが、相手を傷つけることがあります」

「は? 樫木カシノキ先生、何か仰いましたか?」

「いえ、ね。梅乃木ウメノキさん……ほら、このうろうろの中……見えますか?」

「別の木の幹でしょう? 可哀相かわいそうに、こいつの腐っちまったのをいいことに、乗っ取りやがって。もっと早く気付いて、さっさと腐ったところを全部綺麗にしてやっていれば……」

「違います。梅乃木さん、違うんです。空胴の中の、朽ちたものは取ってはいけないんです」

「いけないって、先生……。放っておいたら、本当に腐って、折れっちまいますよ!」

「梅乃木さん、このうろの中の幹みたいなものは、不定根といって、この木自身の根っこです」

「根っこ? 幹の中にですか?」

「ええ、腐って柔らかくなった自分の幹を養分に、木が自分で、下へ下へと『成長』するのですよ」

「なんですって?」

「不定根が地面まで降りて、充分な太さになると、本当の幹になります。芽が出て、枝が出て、やがて花が咲く」

「なんてこった! それじゃぁ私のしたことは……」

「……あまり気になさらないでください」

「私はこいつ・・・のためにと……」

「気に病まないでください。大丈夫ですよ。まだ間に合います。間に合わせて見せます」

「先生、私にできることはありますか? 何かしてやらないと、こいつに申し訳が立たない」

「では梅乃木さん、この木の根の回りに、ぐるりと柵を作るのを手伝ってください。人が入ってこられないような高さの柵を」

「寄っちゃぁ、いけませんか?」

「根元の土が踏み固められると、根が弱ってしまいますから」

「ああ、やっぱり俺達のせいだ。小さい頃から根元で遊んだり登ったりしてたのが、いけなかった……」

「そんなに悲しまないでくださいよ。ハリネズミの恋ですよ。くっつきすぎちゃぁ相手を傷つける。ちょっと離れて、見守ってあげるのも愛情です」

「はぁ……。ちょいと寂しいですなぁ」

「寂しいですが」

「こいつも寂しいでしょうな。なんだかそんな『顔』をしている」

「梅乃木さんには、そう見えますか?」

「先生にはそう見えませんか?」

「そうですねぇ。ふふふ。お互い寂しいでしょうけれども、少しだけ我慢してください」

「我慢すれば、治りますか?」

「ええ。みなが少しずつ我慢すれば、治ります」

「良かったなぁ。おい、先生がお墨付きをくれたぞ。我慢しような。我慢、我慢」

「ソメイヨシノの寿命は六十年だと言う人がいますけど……」

「そんな話も聞きますなぁ」

「確かにそのあたりがヤマですが、全部が枯れるとは限らない。現にこの木だって七十年生きてきたじゃあありませんか。電卓叩いた平均寿命なんて、当てにはなりませんよ」

「確かに、確かに」

「この木は希望を持っている。きちんと手当をしてやれば、来年も、その次も……百年だって生きますよ」

「ハハハ、それじゃあもしかしたら、私や先生の方が先に逝っちまいますな」

「いや、ごもっとも、ごもっとも……」

―終わり―
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

処理中です...