付き従いて……

神光寺かをり

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第六節 頓智

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「ええっ?」

 驚嘆の声が二つ上がった。

 簡雍の言った『あの二人』が自分達を指している事を、王索と関平はすぐに悟った。
 この辺りに二人連れは自分達と、先ほど分かれた主従の二組しか居ない。
 二人は驚いて振り返った。
 簡雍と劉備が二人の方を見ていた。
 簡雍は額にしわを寄せ、劉備は目を見張っている。

「憲和、儂の甥達を捕らえよとはどういう意味だ? あの者達に何のとががあると言うのだ?」

 劉備の声には驚きと困惑と怒りが入り交じっていた。
 主君の怒声を聞きながら、簡雍は悠然ゆうぜんと右のたもとに手を入れ、中で何かをまさぐっている。
 そしてようやくさがし当てた「何か」を主君の前に捧げた。

「あの者達は『』を隠し持っております。放っておきませばに及びましょう。どうか、きつく仕置きなされますよう」

「なっ……?」

 二人の若者は、先ず互いの顔を見合わせ、次いで簡雍の顔を見、更に劉備の顔を見た。
 簡雍は僅かに微笑み、劉備は眉を釣り上げている。

淫らな・・・……道具・・だと?」

 劉備は差し出された物……特製の短い巫竹ぜいちく一揃え……を簡雍の手から奪うように取り上げた。
 細い竹ヒゴの中に、数倍太い竹の板がある事に彼が気付いたのは、それが己の手に移った直後だった。
 それの表面には、何か字が書かれている。劉備はしばらくそれに見入った。
 そして急に、

「ははははは、はははははははは」



 はじけるような笑声だった。
 これほど大きな声で笑ったのは久しぶりだ、と劉備自身が驚くほど晴れ晴れしい笑い声だった。
 王索と関平は呆然ぼうぜんと伯父を眺めていた。何が起きたのか解らなかった。

「索、平、戻れ」

 劉備が笑いながら手招きをする。二人は急いで彼の足元へと駆けた。
 かしこまって礼をする王索に、劉備はくだんの竹を手渡し、

「この男、すぐに解き放つように県尉けんいに伝えよ」

 と、命じた。
 王索は受け取った物を見た事があった。

「……これは禁酒法違反者名簿の……?」

 先ほど簡雍が革紐を断ち切ってバラバラにしてしまった竹簡の一部であった。
 あの時、彼の袂が揺れ動いていたのは、を立てていたからではなく、この一枚の『簡』をしまい込んでいたからなのだ。
 その『簡』には、こう記されている。

       『許範 酒造器一式所持』

 劉備は文字通り腹を抱えて笑った。
 ひとしきり笑い、呼吸を整えて、笑みを優しげな微笑に変えると、王索の白い顔をじっと見て、

「何も禁酒令は永遠に続くのではない。兵糧が充分に集まれば、また酒造りを許可するのだ。その暁には道具も要る。なのに道具を持っていただけで、使ってもいないのに捕らえられ、十杖も打ち据えられると言うのなら、のできるを、へその下に持っているだけのお前達をも捕らえ、処罰せねばならぬからのう」

 言い終わらぬうちに、また破顔した。
 主君の隣で簡雍もニヤついている。

「良かったな平。許可が下りれば道具・・も使って良いとよ」

「なななンの道具ですかぁっ?」

 を想像したものか、関平は顔を真っ赤にして叫んだ。

酒造りの道具・・・・・・に決まっとろうが」

 簡雍はゲラゲラと笑った。
 からかわれた若者の方は、彼にからかわれた事と、自分がやましい想像をした事の両方に恥入り、口を噤んだ。

 王索の方はというと、三度吹き出していた。
 からかわれる義兄の様を……彼には悪いと思いつつも……笑っていた。そして笑いながら、簡雍の機知に感心した。
 主君に罪の無い者を罰する「恥」をかかせず、しかも部下から諌められる「恥」も感じさせぬよう、簡雍は知恵を働かせた。その上沈みがちであった主君に、久しぶりの笑顔を呼び込んだ。

『私はその切っ掛けのために使われたのだ』

 彼女は苦笑し、

「とても敵わない」

 嘆息たんそくした。

「お前にアヤツと同じ才を持てとは言っておらんぞ」

 師に羨望せんぼうの眼差しを向ける王索に、劉備が言った。

淳于髠じゅんうこんは一人で充分だ。むしろお前に望むのは蕭何しょうかの才のほうなのだよ。それに頓智とんちならば、もう少し上品なものを聞かせて欲しいからな」

 彼は優しく笑んだ。そして今だもう一人の若者の方をからかっているおとこに向かって言った。

「憲和……お主、やはり姓を元に戻してはどうか?」

「え? 叔父上は改姓なさっていたのですか?」

 王索は驚いて劉備に訊ねた。彼は左のてのひらを開いて、そこに指で字を書いた。

「何と読む?」

 覗き込んだ王索は、自身も指でその字を空中になぞりながら答えた。

「『コウ』ですか?」

 劉備は頷いた。関平をからかうのに飽きたらしい簡雍も、王索の方へうなずきを送っている。

「しかし、我らの故郷・幽州ゆうしゅうでは、かつてその字をと発音していた。ひどいなまりりだがな。
 ……何年昔であったかな、初めて我らが官軍に席を置いた折、あやつは己の名前の音を活かして文字を廃した。『雍』であった姓名を『雍』と書くように、な」

 劉備が言うと、簡雍が続けた。

あきらかおろそかに、な」

 胸を張って言う簡雍に、劉備が、

「お主の才覚はで、決してにはできぬ。どうだ、発音はそのまま通し、文字を元に戻さぬか?」

 簡雍憲和は主君の問にこう答えた。

御主君とのさま、俺は姓を変える・・・気などありませんぜ。今の姓の方が、俺に合っている」

 彼はニヤっと笑った。 



【了】
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