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柔太郎と清次郎
宇宙堂ニテ
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赤松清次郎と紹介された男は、肩で息をしながら、
「まだ、縁組みは、済んで、いません」
切れ切れに小さく言うのへ、
「正式な縁組みは、な。だが、すでに藩邸でもお前は『巨助の孫』で通っている」
赤松家は代々武門の家柄で、ことに馬術をお家芸としていた。
清次郎から見ると養祖父に当たる巨助は江戸詰であった時期がある。藩の古老の中にはその人物像を覚えている者、あるいは、祖父・父などから伝え聞いている者もいた。
そういう人々は口を揃え、養父・小平太の事を通り越して、
「あの巨助の家が、武術ではなく算術の達者を養子に迎えるとはなぁ」
と驚いたような感心したような口ぶりで言う。よほどに巨助に武辺物の印象が強いのだろう。
「全く以て、面倒、な」
清次郎は無理矢理に息を整えて、女将の横をすり抜けて部屋に駆け込んだ。
「そんなことよりも兄上、これを、どうかこれをご覧下さい」
抱えていた風呂敷包みを柔太郎の膝前に放り投げるように置いて、彼はその傍らに飛び込み、すとんと座った。
柔太郎が包みを開けてみると、中味は糸で閉じて書物の形になった薄紙の束と、まだ閉じられていない薄紙の束があった。どちらとも、表面には細い細い線で文字らしき物が横書きに書き付けてある。文字だけではなく、図版もあった。
筆跡を見れば、徹頭徹尾、同一人物が書き上げたと言うことがわかる。
「これは……和蘭陀語か?」
閉じられている紙束の一冊を手に取った柔太郎が訊ねると、清次郎は大げさなくらいに大きくうなずいてみせた。ただし、柔太郎はそちらに目を向けていない。目玉は横書きの華奢なブロック体を追いかけている。
「これは……GEWEER……銃、か?」
再び疑問系でいう柔太郎の、紙束に落ちたままの目には入らない場所で、清次郎は嬉しげに何度もうなずいた。
「しかし、古くさい火縄銃のことなどではなく、燧石式の銃です」
まるで己を褒められたかのように嬉しげに胸を張っている。
柔太郎は手にしていた紙の束を元入っていた風呂敷の上に置き戻した。
閉じられている紙束の表紙に当たる紙には、
『宇宙堂ニテ写ス』
と小さく書き込まれている。
宇宙堂は瑪得瑪弟加塾塾長・内田弥太郎の号の一つだ。
こういった細かい情報を、こだわってきっちりと書き留めるのは、清次郎の一種のクセのようなものだが、周りの者には往々にして真意が伝わらない。
「これの原本は内田先生が所有なさっているのか?」
柔太郎の目がようやく紙束から離れた。清次郎の顔へ移動した視線は、弟の輝く瞳に注がれた。
「いえ、下曽根桂園先生からお借りいたしました」
「下曽根……というと、あの高島流砲術の? 赤羽橋に塾があるという?」
高島流砲術は、長崎の高島秋帆が、出島のオランダ人から学び取った洋式砲術を基礎にして完成させた砲術大系だ。秋帆はこの砲術を広めるために私塾を開いた。
その塾に、幕命を帯びた旗本寄合の下曽根桂園などが遊学し、習得し、さらにそれを広めるために塾を開いた。
「はい! さすが兄上は物事をよく知っておられる」
清次郎の声が一層明るくなった。
「まだ、縁組みは、済んで、いません」
切れ切れに小さく言うのへ、
「正式な縁組みは、な。だが、すでに藩邸でもお前は『巨助の孫』で通っている」
赤松家は代々武門の家柄で、ことに馬術をお家芸としていた。
清次郎から見ると養祖父に当たる巨助は江戸詰であった時期がある。藩の古老の中にはその人物像を覚えている者、あるいは、祖父・父などから伝え聞いている者もいた。
そういう人々は口を揃え、養父・小平太の事を通り越して、
「あの巨助の家が、武術ではなく算術の達者を養子に迎えるとはなぁ」
と驚いたような感心したような口ぶりで言う。よほどに巨助に武辺物の印象が強いのだろう。
「全く以て、面倒、な」
清次郎は無理矢理に息を整えて、女将の横をすり抜けて部屋に駆け込んだ。
「そんなことよりも兄上、これを、どうかこれをご覧下さい」
抱えていた風呂敷包みを柔太郎の膝前に放り投げるように置いて、彼はその傍らに飛び込み、すとんと座った。
柔太郎が包みを開けてみると、中味は糸で閉じて書物の形になった薄紙の束と、まだ閉じられていない薄紙の束があった。どちらとも、表面には細い細い線で文字らしき物が横書きに書き付けてある。文字だけではなく、図版もあった。
筆跡を見れば、徹頭徹尾、同一人物が書き上げたと言うことがわかる。
「これは……和蘭陀語か?」
閉じられている紙束の一冊を手に取った柔太郎が訊ねると、清次郎は大げさなくらいに大きくうなずいてみせた。ただし、柔太郎はそちらに目を向けていない。目玉は横書きの華奢なブロック体を追いかけている。
「これは……GEWEER……銃、か?」
再び疑問系でいう柔太郎の、紙束に落ちたままの目には入らない場所で、清次郎は嬉しげに何度もうなずいた。
「しかし、古くさい火縄銃のことなどではなく、燧石式の銃です」
まるで己を褒められたかのように嬉しげに胸を張っている。
柔太郎は手にしていた紙の束を元入っていた風呂敷の上に置き戻した。
閉じられている紙束の表紙に当たる紙には、
『宇宙堂ニテ写ス』
と小さく書き込まれている。
宇宙堂は瑪得瑪弟加塾塾長・内田弥太郎の号の一つだ。
こういった細かい情報を、こだわってきっちりと書き留めるのは、清次郎の一種のクセのようなものだが、周りの者には往々にして真意が伝わらない。
「これの原本は内田先生が所有なさっているのか?」
柔太郎の目がようやく紙束から離れた。清次郎の顔へ移動した視線は、弟の輝く瞳に注がれた。
「いえ、下曽根桂園先生からお借りいたしました」
「下曽根……というと、あの高島流砲術の? 赤羽橋に塾があるという?」
高島流砲術は、長崎の高島秋帆が、出島のオランダ人から学び取った洋式砲術を基礎にして完成させた砲術大系だ。秋帆はこの砲術を広めるために私塾を開いた。
その塾に、幕命を帯びた旗本寄合の下曽根桂園などが遊学し、習得し、さらにそれを広めるために塾を開いた。
「はい! さすが兄上は物事をよく知っておられる」
清次郎の声が一層明るくなった。
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