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俺、今、女子オタ充
俺、今、ステルス女子
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下北沢花奈は変わったのか?
週末のイベントで、大観衆の前で大歓声を受けた。自分が肯定される体験を経て、彼女の意識は変わっただろうか?
と俺は考えるが……。
いや、答えは迷うまでもない。
——そりゃ、多かれ少なかれ、変わるだろう。
それが、俺。そして喜多見美亜の予想であり、——多分その通りの結果になったと思う。
サプライズで、「自分」が歌う、——ある意味、主役のはずの俺の体で踊る喜多見美亜を、食うような活躍を見せられたのだ。
あれは、さすがに彼女の自意識と言うか、承認欲求が満たされて何か変化があったのではないか。
——無いわけはない。
俺たちはそう確信していた。
でも……。
その外から見た様子に変化はない。
それが下北沢花奈クオリティーなのだった。
——究極の地味子。
自ら自らを進化させることで至った完全(地味)生命体。
それが下北沢花奈なのだった。
こんなことで一喜一憂しているのならば、今の都合の良いステルス花奈ちゃんの地位など得られなかっただろう。
今回も表立っては何にも様子に変化はない。
いつもどおり……。
目立たず、騒がず。とは言え、悪目立ちしないように、そこそこの最低限のリアクションはする。イベント終わってからの彼女の様子は、ちょっと高揚した顔はしているものの、いつもの彼女とほとんど変わらない感じだった。
——そう、いつもの下北沢花奈。
じっと隠れているわけでない。むしろアクティブに、目立たないために動き回るのだ。自分という存在を忘れてもらうために、存在を消すような存在になるのだ。
ノイズキャンセリングヘッドフォンのようなものを考えて見れば良い。外部の雑音を消すために、遮音を強化するのではなく、音に積極的に関与して、逆の(位相の)音をぶつけて消してしまう。
同じように、自分の存在を消すために、逆の自分をぶつけてやればよいのだ。
目立たないようにと何も動かずにクラスから自分を遮断してしまったら、逆に目立ってしまう。
暗いと思われたら、明るい様子も見せ。調子に乗ってると思われそうに思われたら、謙虚に身を引く。それをうまく場を読んで行うのだ。ならば下北沢花奈はゼロになる。無いものになる。
動の中にこそ静あり。下北沢花奈という楽な存在を作り続けているのは彼女が常に変わっているからだと言える。その絶え間ない積み重ねが、彼女の、今の、クラスでの居心地の良さを作り出しているのだった。
それに俺が気づいたのは——下北沢花奈と入れ替わって——彼女の平穏無事な学校生活にちょっとしたさざなみがたった時のことだった。
それはクラメイトの、気軽な、こんな誘いから始まった。
「花奈さん、今日の放課後だけど、今日部活ない人みんなで集まってカラオケにでも行こうとおもうのだけど……どう?」
「…………」
俺は、クラス女子の誘いに、一瞬、考え込んだ。
下北沢花奈なら、どう反応するのだろうと?
うん。
たぶん……?
あの地味子が、こんな騒がしそうなのに着いてははいかないだろうな、って。
だから、俺は、こう答える。
「今日は、ちょっと用事あって」
でも……?
あれ?
「そっか……用事か……」
少し違和感。クラスメートの表情はなんだか戸惑ってる感じ。いつもの下北沢花奈ではないって目?
その不穏な空気読んで、
「……途中まで一緒に行きます。でも、約束があって……中学校の同級生たちと会う……今日は……」
と、俺は、慌てて取り繕って言う。
すると、
「——そんな。無理しないでね。私たちが割り込んでで頼んでるんだし……」
その女子は、今度は、ピンときたような様子になるが、その、まだちょっと微妙な表情を見て、俺はさらに続ける。
「ううん。カラオケ屋って駅前なら行く私も行く途中だから」
「——それなら……じゃあ授業終わったらみんなで駅前まで一緒にいきましょ」
うん、ビンゴ。俺は、なんとか、正解を回答したようだ。
曖昧な対応である。下北沢花奈が積極的な拒否はしないがけっして同意もしてない——そんな感じでその場は収まるのだった。
そして、その日の放課後。案の定、姦しく気まぐれな女子高生どもが授業が終わってすっぱりと集合してみんなで出発できるわけもない。
誰それが他のクラスの友達とまだ話しているだとか、誰それは彼氏に急に呼び出されたからまずそっち行ったけど今日は絶対行くから待っててとか言ってたとか。今日は日直で職員室に先生と一緒に書類持って行った女子……。
この様子だと、出発までは少なくとも三十分はかかりそうで、
「ごめんなさい。もうそろそろ行かないと……」
ならば、旧友と待ち合わせの設定の下北沢花奈はそれを待っている必要もなく、
「あっ、そうだね花奈ちゃん、友達と待ち合わせなんだよね。ほんと、みんなもう、時間にルーズで……私らにあわせて無理しないでね」
——となる。
すると、俺は、無言で、ぺこりと同意の首肯だけすると、できる限り申し訳なさそうな表情をしながらその場からおさらばとなるのだった。
——なるほど。
決して、場を乱さず、強硬に拒否することもせず、むしろ積極的に関わることによって、結果存在がゼロになる。
それが下北沢花奈の学校での生活。
良い感じに、誰の感情も害することなく、多分「いた」とも「いない」とも印象にも残らないままいなくなる。
俺のクラスでの立ち位置とはまるで違う、下北沢花奈のやり方だ。
俺は(自分の体にいたころの俺ね)、クラスの連中と壁を築き、誰も関わって来ないように、放って置いてもらえるようにしていた。仲間を作って、変なしがらみができて、周りの様子を伺って、自分のしたくないことをしなきゃならなくならないように、——いやそもそも高校入学してすぐにキモオタ認定の俺に誰も声かけえなんて来なかったけど、——まあそれも狙いだったが、——ともかく……俺は無理やり自分をクラスから引き剥がそうとして悪目立ち気味であったとは言える。
それに比べたらステルス花奈ちゃんのメソッドは、とても洗練とされている。まわりを拒絶して、その壁によって、壁という個性を作くってしまう俺のような二流のぼっちにくらべると、ぼっちと思われないように振舞いながら、結果、より自然に周りに忘れられる彼女の方が、より高位のぼっちと言えるだろう。
でも……。
「だからこそ、花奈さんはより問題だって言えるかもしれないわね」
と喜多見美亜が言う。
その言葉に首肯しながら俺は言う。
「幽霊みたいだなってって思う。あの子の生き方」
「そうよね。だからって、——あんたの、ずぼらでロクでもない生き方を肯定するわけじゃないけど、……それでも、みんなと向き合っているわけじゃない——あんたは。勝手に自分を下に見て蔑んでくるくる連中なんか鼻で笑いながら、自分のスタイルを貫いているわけじゃない……」
なんだ? こいつ? 俺を随分持ち上げるな。
「でも、まあ、やっぱ、あんたはロクでもないって思うけど……」
って、やっぱり落とす?
いや、——あいつは、なんだか優しく微笑みながら俺を見て、意味深な表情を浮かべる。その顔は、——自分の顔で、——自分の顔ゆえに、始終鏡を見ているようなナルシストでもなかった俺には、その意味がわからないけど、
「ともかく——」
一瞬、表情と言葉のギャップの意味がわからずに、キョトンとしてしまっていた俺のことなど無視して、あいつは話を先に進める。
「そんな深刻な花奈さんは、自分でその深刻さに気づかない。あまりに楽な今の生活なせいで……なんとなく自分で問題に気づいていてもそれを直そうって思いにはいたらない。すると、ますます、問題の根は深くなるのだけど、——それが深刻になればなるほど、彼女のステルスに磨きがかかって……いや逆かしら? ステルス技術に磨きがかかれば、ますます生活が心地よく、でもそれは問題をどんどんと深くして行く。なので彼女は、それをやめられない」
まあ、それは、その通り。
だから、俺たちはイベント参加で彼女の自意識をくすぐろうと試みたのだけれど、
「イベントで、確かに花奈さんの自意識は高まって、自分が人前で目立つ快感——というか欲求のようなものは感じてると思うのだけど。でも、それも、そもそもって思えば……」
「そうだな……」
目と目で話して、首肯する俺ら。
——そもそも、下北沢花奈は学校では地味に目立たなくしてるけど、自意識や、承認欲求が低いやつじゃない。
いや、むしろめちゃくちゃ高いだろ? じゃなきゃ、あんなマンガを書いて、若手同人のホープとなるような活躍はしない。
創作って、そんな——適当にたらたらやってたら当たりましたって言う——甘いモンじゃないって俺は思うのだった。
「それ」をやらなきゃいけないって言う強烈な自意識がないとできないモンじゃないかって、——それがなくて挫折した俺は思うのだった。
でも、なぜか、その自意識を外に出すことを下北沢花奈は異様に恐れ、それがついに作品の中にまで影響してきて、——もともと高い自意識をもつ彼女からすれば、不本意な作品を書くことから逃れた。彼女は俺(と言うか喜多見美亜の体)と入れ替わることを選択したのだ。
でも、
「原因がわかっているんだから——あとはそれをするだけよね」
俺はあいつの言葉に首肯する。
代々木お姉様から、あいつが聞き出した過去。それが俺たちに、下北沢花奈の現状を変えるヒントをくれた。
そして「それ」を実行するために、俺たちはここに来たのだった。
清澄白河。
実は、あの夜は、秋葉原からタクシーで移動したので、土地勘もなく良くわからなかったけど、下北沢花奈と代々木と赤坂のお姉様がたが仕事場にしていたアパートは、——この近頃リア充どもに注目のエリアのごく近くにある。
で、この後、そこにみんなが集まる予定となっていたのだけど、——なら、せっかくだからこのエリアの散策をしたいと、あいつに言われて俺は集合時間よりちょっと早くこの街に来ていたのだった。
今いるのは、現代美術館のモダンな建物近くの公園。激混みのコーヒーショップ(外国からやってきたチェーン店らしいがスタバでないと言うこと以上は俺はよくわからん)に並んでテイクアウトしたホットコーヒーを、炎天下に汗を垂らして飲んでいる俺らだった。
なんで、アイスコーヒーにしないんだって聞いたら、
「そっちの方が通っぽいでしょ」
「そういうもんかね」
なんで俺までそれを強制されないといけないか理解できないが。まあ、美味しいコーヒー飲んで汗かくのも、やってみると悪くない。——と言うかむしろ気持ち良い。
木陰のベンチで風に吹かれながら、キラキラと光る林の葉っぱを見ているうちに汗も乾く。芝生では、元気に遊ぶ子供達や、散歩途中の犬。ハレーションが起きたみたいに、目の前が真っ白になるくらい、眩しい光に照らされたその場所は、都会のオアシス。
いやなんだか天国的に素敵。
そんな公園で、俺らは、しばらく何するでもなくぼんやりと過ごす。
そして、いい加減公園眺めるのも飽きた頃、「まだちょっと時間あるからこの辺見て回りましょ」って喜多見美亜に言われて歩き出す。
民家とおしゃれなショップが絶妙に入り混じる、味わい深い清澄白河の街をブラブラとして、雑貨見たり、ギャラリー見たり、——またコーヒーショップ。今度は焙煎工場が店の奥にあおしゃれな店でマキアート。
そんな風にいろいろ、街中を二時間くらいも散策する。
見慣れた多摩川と違う都市の中の川——隅田川を眺めたり。川を渡って、神社とか寺とか、下町の風景や和菓子の店なんかに参拝してみたり、ちょっと買い食いして見たり。
うん。これは、これで楽しいが……?
なんだか……今日。男と女で一緒にこんな街を二人で回ったら、まるでデートみたいだな。とか、ふとそんなことを思い、
「これって、まるでデー……」
「もうみんな着いてるみたいよ」
ポケットから取り出したスマホでSNSを確認したあいつが言う。
「……と、——そうか」
俺は言いかけた言葉を飲み込みながら、首肯して言う。
すると、ちょっと焦った感じで、
「じゃ、じゃあ、ここからもう数分でつくから急ぎましょう」
とあいつが言って、
「……うん」
俺は、振り返りさっさと歩き出した喜多見美亜を追いかけながら思う。
——そうだな。
デートだとか、あのリア充が、(今は下北沢花奈になってるとはいえ)俺と、そんなものしたいわけないじゃないか。前に、俺が百合ちゃんになってた時には、二子玉で「俺に百合ちゃんとデートさせてやる」とか言って、デートまがいの河原散歩をしたことはあるが、あの時には明らかにふざけていたし、……今日は、話題のおしゃれエリアをオタク男子の体に入って一人で回りたくない、から俺に付き合わせたんだろう。
とかとか……。
俺はそんなことを考えながら、例の下北沢花奈が仕事場にしているアパートに向かう。近づけば、ありえないデートだとかそんなバカなことを考えている余裕もなく、——今日するべき最後(にしたい)作戦。虚無からの創造にむけて、俺の心はどんどんと集中して行くのだった。
週末のイベントで、大観衆の前で大歓声を受けた。自分が肯定される体験を経て、彼女の意識は変わっただろうか?
と俺は考えるが……。
いや、答えは迷うまでもない。
——そりゃ、多かれ少なかれ、変わるだろう。
それが、俺。そして喜多見美亜の予想であり、——多分その通りの結果になったと思う。
サプライズで、「自分」が歌う、——ある意味、主役のはずの俺の体で踊る喜多見美亜を、食うような活躍を見せられたのだ。
あれは、さすがに彼女の自意識と言うか、承認欲求が満たされて何か変化があったのではないか。
——無いわけはない。
俺たちはそう確信していた。
でも……。
その外から見た様子に変化はない。
それが下北沢花奈クオリティーなのだった。
——究極の地味子。
自ら自らを進化させることで至った完全(地味)生命体。
それが下北沢花奈なのだった。
こんなことで一喜一憂しているのならば、今の都合の良いステルス花奈ちゃんの地位など得られなかっただろう。
今回も表立っては何にも様子に変化はない。
いつもどおり……。
目立たず、騒がず。とは言え、悪目立ちしないように、そこそこの最低限のリアクションはする。イベント終わってからの彼女の様子は、ちょっと高揚した顔はしているものの、いつもの彼女とほとんど変わらない感じだった。
——そう、いつもの下北沢花奈。
じっと隠れているわけでない。むしろアクティブに、目立たないために動き回るのだ。自分という存在を忘れてもらうために、存在を消すような存在になるのだ。
ノイズキャンセリングヘッドフォンのようなものを考えて見れば良い。外部の雑音を消すために、遮音を強化するのではなく、音に積極的に関与して、逆の(位相の)音をぶつけて消してしまう。
同じように、自分の存在を消すために、逆の自分をぶつけてやればよいのだ。
目立たないようにと何も動かずにクラスから自分を遮断してしまったら、逆に目立ってしまう。
暗いと思われたら、明るい様子も見せ。調子に乗ってると思われそうに思われたら、謙虚に身を引く。それをうまく場を読んで行うのだ。ならば下北沢花奈はゼロになる。無いものになる。
動の中にこそ静あり。下北沢花奈という楽な存在を作り続けているのは彼女が常に変わっているからだと言える。その絶え間ない積み重ねが、彼女の、今の、クラスでの居心地の良さを作り出しているのだった。
それに俺が気づいたのは——下北沢花奈と入れ替わって——彼女の平穏無事な学校生活にちょっとしたさざなみがたった時のことだった。
それはクラメイトの、気軽な、こんな誘いから始まった。
「花奈さん、今日の放課後だけど、今日部活ない人みんなで集まってカラオケにでも行こうとおもうのだけど……どう?」
「…………」
俺は、クラス女子の誘いに、一瞬、考え込んだ。
下北沢花奈なら、どう反応するのだろうと?
うん。
たぶん……?
あの地味子が、こんな騒がしそうなのに着いてははいかないだろうな、って。
だから、俺は、こう答える。
「今日は、ちょっと用事あって」
でも……?
あれ?
「そっか……用事か……」
少し違和感。クラスメートの表情はなんだか戸惑ってる感じ。いつもの下北沢花奈ではないって目?
その不穏な空気読んで、
「……途中まで一緒に行きます。でも、約束があって……中学校の同級生たちと会う……今日は……」
と、俺は、慌てて取り繕って言う。
すると、
「——そんな。無理しないでね。私たちが割り込んでで頼んでるんだし……」
その女子は、今度は、ピンときたような様子になるが、その、まだちょっと微妙な表情を見て、俺はさらに続ける。
「ううん。カラオケ屋って駅前なら行く私も行く途中だから」
「——それなら……じゃあ授業終わったらみんなで駅前まで一緒にいきましょ」
うん、ビンゴ。俺は、なんとか、正解を回答したようだ。
曖昧な対応である。下北沢花奈が積極的な拒否はしないがけっして同意もしてない——そんな感じでその場は収まるのだった。
そして、その日の放課後。案の定、姦しく気まぐれな女子高生どもが授業が終わってすっぱりと集合してみんなで出発できるわけもない。
誰それが他のクラスの友達とまだ話しているだとか、誰それは彼氏に急に呼び出されたからまずそっち行ったけど今日は絶対行くから待っててとか言ってたとか。今日は日直で職員室に先生と一緒に書類持って行った女子……。
この様子だと、出発までは少なくとも三十分はかかりそうで、
「ごめんなさい。もうそろそろ行かないと……」
ならば、旧友と待ち合わせの設定の下北沢花奈はそれを待っている必要もなく、
「あっ、そうだね花奈ちゃん、友達と待ち合わせなんだよね。ほんと、みんなもう、時間にルーズで……私らにあわせて無理しないでね」
——となる。
すると、俺は、無言で、ぺこりと同意の首肯だけすると、できる限り申し訳なさそうな表情をしながらその場からおさらばとなるのだった。
——なるほど。
決して、場を乱さず、強硬に拒否することもせず、むしろ積極的に関わることによって、結果存在がゼロになる。
それが下北沢花奈の学校での生活。
良い感じに、誰の感情も害することなく、多分「いた」とも「いない」とも印象にも残らないままいなくなる。
俺のクラスでの立ち位置とはまるで違う、下北沢花奈のやり方だ。
俺は(自分の体にいたころの俺ね)、クラスの連中と壁を築き、誰も関わって来ないように、放って置いてもらえるようにしていた。仲間を作って、変なしがらみができて、周りの様子を伺って、自分のしたくないことをしなきゃならなくならないように、——いやそもそも高校入学してすぐにキモオタ認定の俺に誰も声かけえなんて来なかったけど、——まあそれも狙いだったが、——ともかく……俺は無理やり自分をクラスから引き剥がそうとして悪目立ち気味であったとは言える。
それに比べたらステルス花奈ちゃんのメソッドは、とても洗練とされている。まわりを拒絶して、その壁によって、壁という個性を作くってしまう俺のような二流のぼっちにくらべると、ぼっちと思われないように振舞いながら、結果、より自然に周りに忘れられる彼女の方が、より高位のぼっちと言えるだろう。
でも……。
「だからこそ、花奈さんはより問題だって言えるかもしれないわね」
と喜多見美亜が言う。
その言葉に首肯しながら俺は言う。
「幽霊みたいだなってって思う。あの子の生き方」
「そうよね。だからって、——あんたの、ずぼらでロクでもない生き方を肯定するわけじゃないけど、……それでも、みんなと向き合っているわけじゃない——あんたは。勝手に自分を下に見て蔑んでくるくる連中なんか鼻で笑いながら、自分のスタイルを貫いているわけじゃない……」
なんだ? こいつ? 俺を随分持ち上げるな。
「でも、まあ、やっぱ、あんたはロクでもないって思うけど……」
って、やっぱり落とす?
いや、——あいつは、なんだか優しく微笑みながら俺を見て、意味深な表情を浮かべる。その顔は、——自分の顔で、——自分の顔ゆえに、始終鏡を見ているようなナルシストでもなかった俺には、その意味がわからないけど、
「ともかく——」
一瞬、表情と言葉のギャップの意味がわからずに、キョトンとしてしまっていた俺のことなど無視して、あいつは話を先に進める。
「そんな深刻な花奈さんは、自分でその深刻さに気づかない。あまりに楽な今の生活なせいで……なんとなく自分で問題に気づいていてもそれを直そうって思いにはいたらない。すると、ますます、問題の根は深くなるのだけど、——それが深刻になればなるほど、彼女のステルスに磨きがかかって……いや逆かしら? ステルス技術に磨きがかかれば、ますます生活が心地よく、でもそれは問題をどんどんと深くして行く。なので彼女は、それをやめられない」
まあ、それは、その通り。
だから、俺たちはイベント参加で彼女の自意識をくすぐろうと試みたのだけれど、
「イベントで、確かに花奈さんの自意識は高まって、自分が人前で目立つ快感——というか欲求のようなものは感じてると思うのだけど。でも、それも、そもそもって思えば……」
「そうだな……」
目と目で話して、首肯する俺ら。
——そもそも、下北沢花奈は学校では地味に目立たなくしてるけど、自意識や、承認欲求が低いやつじゃない。
いや、むしろめちゃくちゃ高いだろ? じゃなきゃ、あんなマンガを書いて、若手同人のホープとなるような活躍はしない。
創作って、そんな——適当にたらたらやってたら当たりましたって言う——甘いモンじゃないって俺は思うのだった。
「それ」をやらなきゃいけないって言う強烈な自意識がないとできないモンじゃないかって、——それがなくて挫折した俺は思うのだった。
でも、なぜか、その自意識を外に出すことを下北沢花奈は異様に恐れ、それがついに作品の中にまで影響してきて、——もともと高い自意識をもつ彼女からすれば、不本意な作品を書くことから逃れた。彼女は俺(と言うか喜多見美亜の体)と入れ替わることを選択したのだ。
でも、
「原因がわかっているんだから——あとはそれをするだけよね」
俺はあいつの言葉に首肯する。
代々木お姉様から、あいつが聞き出した過去。それが俺たちに、下北沢花奈の現状を変えるヒントをくれた。
そして「それ」を実行するために、俺たちはここに来たのだった。
清澄白河。
実は、あの夜は、秋葉原からタクシーで移動したので、土地勘もなく良くわからなかったけど、下北沢花奈と代々木と赤坂のお姉様がたが仕事場にしていたアパートは、——この近頃リア充どもに注目のエリアのごく近くにある。
で、この後、そこにみんなが集まる予定となっていたのだけど、——なら、せっかくだからこのエリアの散策をしたいと、あいつに言われて俺は集合時間よりちょっと早くこの街に来ていたのだった。
今いるのは、現代美術館のモダンな建物近くの公園。激混みのコーヒーショップ(外国からやってきたチェーン店らしいがスタバでないと言うこと以上は俺はよくわからん)に並んでテイクアウトしたホットコーヒーを、炎天下に汗を垂らして飲んでいる俺らだった。
なんで、アイスコーヒーにしないんだって聞いたら、
「そっちの方が通っぽいでしょ」
「そういうもんかね」
なんで俺までそれを強制されないといけないか理解できないが。まあ、美味しいコーヒー飲んで汗かくのも、やってみると悪くない。——と言うかむしろ気持ち良い。
木陰のベンチで風に吹かれながら、キラキラと光る林の葉っぱを見ているうちに汗も乾く。芝生では、元気に遊ぶ子供達や、散歩途中の犬。ハレーションが起きたみたいに、目の前が真っ白になるくらい、眩しい光に照らされたその場所は、都会のオアシス。
いやなんだか天国的に素敵。
そんな公園で、俺らは、しばらく何するでもなくぼんやりと過ごす。
そして、いい加減公園眺めるのも飽きた頃、「まだちょっと時間あるからこの辺見て回りましょ」って喜多見美亜に言われて歩き出す。
民家とおしゃれなショップが絶妙に入り混じる、味わい深い清澄白河の街をブラブラとして、雑貨見たり、ギャラリー見たり、——またコーヒーショップ。今度は焙煎工場が店の奥にあおしゃれな店でマキアート。
そんな風にいろいろ、街中を二時間くらいも散策する。
見慣れた多摩川と違う都市の中の川——隅田川を眺めたり。川を渡って、神社とか寺とか、下町の風景や和菓子の店なんかに参拝してみたり、ちょっと買い食いして見たり。
うん。これは、これで楽しいが……?
なんだか……今日。男と女で一緒にこんな街を二人で回ったら、まるでデートみたいだな。とか、ふとそんなことを思い、
「これって、まるでデー……」
「もうみんな着いてるみたいよ」
ポケットから取り出したスマホでSNSを確認したあいつが言う。
「……と、——そうか」
俺は言いかけた言葉を飲み込みながら、首肯して言う。
すると、ちょっと焦った感じで、
「じゃ、じゃあ、ここからもう数分でつくから急ぎましょう」
とあいつが言って、
「……うん」
俺は、振り返りさっさと歩き出した喜多見美亜を追いかけながら思う。
——そうだな。
デートだとか、あのリア充が、(今は下北沢花奈になってるとはいえ)俺と、そんなものしたいわけないじゃないか。前に、俺が百合ちゃんになってた時には、二子玉で「俺に百合ちゃんとデートさせてやる」とか言って、デートまがいの河原散歩をしたことはあるが、あの時には明らかにふざけていたし、……今日は、話題のおしゃれエリアをオタク男子の体に入って一人で回りたくない、から俺に付き合わせたんだろう。
とかとか……。
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