俺、今、女子リア充

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俺、今、女子パリポ

俺、今、女子クラバー

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 代官山の駅を降り立って、もう終電が終わった深夜でもそれなりに人通りもある街中を歩き、俺たちは目的のクラブ(?)に入る。
 ドアをあけ——歓声に包まれる。
 いや、俺が入ったから上がったんじゃないんだろうけど。
「ヒュー!」
 入るなりハイテンションで万歳するよし子さん——後で知った本当の名前は湯島佳奈ゆしまよしなさん——のテンションに俺はついていけずにぽかんとしてると、
「ヒュー!」
 振り向いて俺にハイタッチをしてくるよし子さんに、
「ヒュー……?」
 力なく手を合わせる俺。
「ん? まだ調子出ないかな? でも踊り始めたら元気出るでしょ」
 曖昧に首肯する俺。
「うん。まあ、じゃあ無理しないで徐々に行きますか……まずはドリンク取ってくるけど何かいる。今日は、酒は飲まないんなら……コーラかミネラルウォーターあたり?」
 また曖昧に首肯する俺。
「……? ミネラルウォーターってことかな? いいよ。チケットちょうだい」
 俺が手に持っていたドリンクチケット(?)を取るとよし子さんはそのまま店の奥に消える。
 で……。
 あれ? 俺一人になっちゃったな。
 どうすりゃいいんだ——この後。
 とか思いながら、俺は、壁際に立って所在無げに店内を呆然として見渡す。
 こういうところクラブでは次に何をすれば良いのだろう。
 それがさっぱりと思いつかない俺は、取り敢えずあたりの様子を伺う。
 踊るべきなのか? それともこんな風にずっと突っ立っていても良いのか?
 見渡せば、踊っている人も、ただ突っ立っている人もいて……どっちでも良いのかな?
 バー近くの椅子で座って談笑している人たちもいるな。一人でぼんやりしている人もいる。いろいろな人がいすぎて、俺は、自分が——経堂萌夏パリポとなった自らが何をすれば良いのかがわからない。
 残らずみんな踊っていたり、あるいはみんなじっとしていて音楽を聞いていたりとか。そんな決めと言うか、ルールみたいなものがここにあるのならそれを真似しようと思うのだけど、みんなが、みんなそれぞれ過ぎて、自分が何をするべきかがわからない。
 自分がと言っても、今の「自分」は向ヶ丘勇でなく経堂萌夏だからな。この人萌さんが一体どういう人でmどういう行動取ってたのかまるでわからない——俺にはまったくそう言うの想像できない人種パリポだ——から、次にどうすりゃいいのかさっぱりと想像がつかない。
 取り敢えず、入れ替わった経堂萌夏と言う女性が、大音量の音楽と眩しいライトくらいでびっくりして挙動不審になっていてなどはいけない、とだけは思ったので平静な風を粧おっているが、こんなの初めての体験で緊張してちょっと手に汗をかいている俺であった。
 と、——また歓声が上がる。
 みんなの視線の方向に目を向けるとDJブース(?)の中に立つ人が交代するようだ。俺がその様子をぼんやりと眺めていたら、
「萌ちゃん……来てたんだ。僕のDJには間に合った?」
 ん? 誰この人。
「あれ、間に合わなかったかな?」
 話しかけて来たその人は、正直なんだかあまり冴えない感じの純朴そうな男の人だったが、俺——経堂萌夏——の表情からそんな風に判断したようだった。
 いや、どう答えれば良いかわからないからキョトンとしてただけなのだけどね。それを、この人はそう取ったようだ。俺は、今しがた来たばっかりなのだから、何かに間に合っているか、間に合っていないのかといえば、後者だろうから、結果的には正しかったのだろうけど、
「今日は、残念だけど。こんどこそ聴きに来てね。次はここに出るから」
 手渡されるチラシ(後でこう言うのフライヤーって呼ぶの知ったけど)。そこには二週後くらいの日付のイベントが印刷されていて、DJってかかれた一覧の中に’Suzuki’ってある。
 この人がさっきよし子さんが言ってた鈴木くん(さん)?
「もし来てくれるなら、次はゲストリスト載せとくから」
 ゲストリスト? なんだそりゃ?
 と俺が思っていると、
「うわっ! これにゲストで入れるの? 東京のハウスの豪華メンバーじゃん。助かる。やるね鈴木くん」
 と後ろからの声。
 振り向けば、そこにいたのはドリンクを持って帰って来たよし子さん。
「あ、佳奈さん。こんばんわ」
「ふふ。鈴木くんこんばんわ」
「こんばんわ……でも『ふふ』って?」
「ふふ。だってその目」
「目?」
「萌を見てる目よ」
 さっと目を伏せる鈴木さん。
「……ふふ。でも、目だけじゃだめよ。ちゃんと思ってること伝えなさいよ」
「佳奈さん……また後で」
 よし子さんから逃げるように、すっといなくなる鈴木さん。なんだ、あの人はこの人萌夏のこと好きなのか?
「ふふ。まったく、あの子は感情が全部ばればれなんだから。でも、萌——」
「はい?」
「あんたが、いつもそんあ曖昧な態度だから、鈴木くんも微妙な感じになってるんだからはっきりしなくちゃ帰って失礼よ……」
「…………」
 ううん。なんだかいきなりこの人たちの微妙な人間関係の只中に飛び込んじゃった感じだが、俺がそんな他人の心の機微がわかるわけもない。でも、どうも経堂萌夏も自分を取り巻くそんなものが良くわからない天然さんのようで、
「——ってあんたに言ってもなんか徒労感あるけれど」
 興味なさそうに、また曖昧に俺がうなずいていれば、なんとなくこの場は収まるようであった。そして、
「よっ。やっと来たね。いらっしゃい」
 次に俺たちに声をかけて来たのは、へそだしTシャツにお尻が半分出てそうな小さなホットパンツで、顔も派手派手のメイクのいかにもパーティーピーポーって感じの女の人だった。
 その人によし子さんは言う。
「メグちゃん、今日は遅くなってごめんね」 
 すると、メグさんと呼ばれた女の人はよし子さんの言葉にこたえて言う。
「いいよ。今最高に盛り上がってるとこだから、これに間に合ってくれれば」
 確かになんだか歓声が一段と高くなっていた。
 照明もスポットライトがぐるぐる回り、レーザー光線が飛びまくって、会場内は一段と盛り上がりを増している。よし子さんはその様子を見てさらに言った。
「うわ。DJ。替わって早々、飛ばしてくるね。この曲かけるか」
 印象的なピアノの繰り返す曲にみんなとても喜んでいる様子。これがDerrick Mayという人の'Strings of Life'と言う曲であるのは、後で経堂萌夏から教えてもらうことになるのだけど、それは今回の体入れ替わり騒動がおさまってからの話。俺が喜多見美亜あいつの体に戻ってからの話だ。今の俺は、曲の名前も、なんでみんなこんなに盛り上がっているのかもわからないけど、
「あれ、萌もやっと踊り出したね。やっと具合戻って来たかな?」
 言われてみれば俺は無意識のうちに体を少し動かしてしまっていた。知らないうちに踊っていた?
「あれ、この人が萌さん?」
 そんな俺=経堂萌夏を見ながら、派手な女の人、メグさん(?)がよし子さんに向かって言う。
「そうよ。萌——」よし子さんが俺に振り返って言う。「こっちが今日のパーティのオーガナイザーのメグさんよ。あんた会うの初めてよね」
 オーガナイザー? なんじゃそれ。
 ちなみに、オーガナイザーはパーティの企画者、立案してまとめるオーガナイズする人のことだ。
 もうひとつちなみに、さっきのゲストリストとは、そのオーガナイザーやDJが知り合いとかをタダで入れるゲストにしてくれる。その名前のかいたリストをゲストリストと言うらしい。
 どちらも後で知ったのだけど、その時はそんなパリポ用語知らない俺は何を言われているのかさっぱりわからずに、ボロをださないようになるべく言葉少なくするしか対処のしようがない状態。
「へえ、鈴木くんが気になる子って、あなたなんだ……でも噂よりおとなしい感じだけど……」
「それは昨日——と言うか今日の昼まで飲み続けてまだ具合悪いみたいなのよ」
「それはそれは……でもなおったら思いっきり盛り上がってね。聞いてるわよあなたがいるとフロア大盛り上がりだってこと。期待してるわよ。私のパーティ、思いっきりあげてってね!」
「うん、そうだね。責任重大だね萌。と言うかこれ、もうフロア行かなきゃだめでしょ!」
 しかし、そんな傍観者状態で一晩過ごすのはさすがに無理なようで、もう待ちきれないといった感じのよし子さんに手を引かれ、俺はみんなが踊っているその只中に連れ込まれ、
「ウォオオオオオ!」
「キャー!」
「イェー!」
 なんだか狂乱状態の周りの様子にあてられて、
「ウワー! 最高!」
 いきなりトップギアのよし子さん。
「……う……うわー……」
 この周りの盛り上がりに溶けこまないといけないと思って、声を出そうと思ったが、ちょっと恥ずかしくて中途半端な発声になったのが却って不自然で、
「……?」
 何か疑わしげな目で俺を見るよし子さん。
 まずいな。変に思われちゃているのか。まさか体入れ替わりなんて発想にはすぐにはいたらないとは思うけど、経堂萌夏がやっぱり変だと思われて注視されちゃうとボロが出やすくなってしまう。
 だから、
「う——ウワアアアアアアアアアアアアアア!」
 やけくそ的に大声で叫ぶ俺。
「うん。いいね……キャアアアアア!」
 どうも、これで良いらしい。ならば俺はむ一度叫ぶ。
「き——キャアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「キャアアアアアアア!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「キャアアアアアアア!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「キャアアアアアアア!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 すると、なんだか叫ぶのが気持ちよくなって来て止まらなくなって来た俺。
「最高! 最高よね!」
 よし子さんの言葉に、良くわからずに首肯する俺。確かに、少し気分良くなって来ているが、正直まだなんだか良くわからない。
 ミラーボール(?)に当たった光が反射して床でグルグル回っているその上で、陶酔した顔で万歳している周りにあわせて両手をあげているのだが、俺はこの後どうすれば良いのかわからずに、きっと不安の表情を顔に浮かべていたのだろうけど……。
 ——それは余計な心配。杞憂だった。
 さっきまで耳が痛いくらいに強烈なドラムの音が消え、繰り返すピアノの音だけになった曲に、ふたたびドラムの音が混ざって来た瞬間、
「ウォオオオオオオ!」
 俺は、周りの人たちと寸分違わないタイミングで歓声をあげていたのだった。
 そして自然に踊り出す。すると笑顔。横にいた、多分、萌さんも面識がないだろう男女が俺に向かってサムズアップをしながら笑いかけて来て——俺もなんか嬉しくなりながら笑顔を返す。
「イエイ!」
 よし子さんが叫ぶ。
「ヒュー!」
 俺も叫び返す。
 踊る。
 前の女の人は優美に体をクネさせて、その横の男は力強くなんどもステップをふむ。
 ああ、俺も……・
 踊り始めて、すぐに楽しくなる。思わず笑みが溢れる。するとまわりから笑顔がかえる。するともっと俺は笑う。
「いいね。もっと、今晩は楽しもう!」
 それに力強く首肯する俺。
 なんだ……だんだんわかって来たぞ。
 ようは、これ。これだろ。こんな風に、自然に楽しめば良いってことだろ。
 そう思って、俺は踊り、叫んだ。
 その様子が、いつもの経堂萌夏の様子からずれていないのかは心配だったけど、
「萌ちゃん今日も最高だね」
「乗ってるね」
「楽しいよね」
 次々に話しかけてくる知り合いらしき人たちは、今日も経堂萌夏は経堂萌夏であると認識してるようで、俺はそれにただ首肯していれば十分に経堂萌夏たることができてるようで……。
 何しろ、ここにはあまり言葉がいらないようだった。言葉でなく、音楽に合わせて漏れ出す感情の交流で、なんだか全てがつたわるような気がする。そんな場所だった。
 だから、俺はろくに休むこともなく、踊る。踊り続け——そしていつのまにか朝。

   *

 俺は、まだ昇ったばかりで、すでにぎらぎらと地を照らす夏の朝日を眺めながら、代官山から中目黒に向かって歩いていくよし子さんの後ろ姿を見送っていた。
 今日は、彼女は萌さんのマンションに一緒についてこないらしい。
 よし子さんは湘南の自宅に親と住んでて、東京で連日遊ぶときは東京の萌さんのマンションに泊めてもらう——昨日もそういうことだったらしい。でも今日の夜は地元で友達と約束あるし、明日は家族で行楽に行くとかで二日あいだあくので、東横線経由で帰るのだとか。
 俺は反対側恵比寿方面に歩く。腕時計を見る。もう始発は走ってる時間だな。なら、とりあえず萌さんのマンションに帰って、今晩の疲れを取るべく眠る。でも良いが……。
 しかし、新宿駅で乗り換えるとき俺は思う。
 このまま行ってしまおうか。
 ——多摩川まで。
 そして、このまましばらく経堂萌夏パリポのままでいろとか、ふざけたこと言ってる喜多見美亜あいつを捕まえて説教を食らわせないといけない。
 と俺は意気込んで思う。きっと今日も早朝ジョギングをしているだろうリア充を論破する自分の姿を想像して、——ほくそ笑む。
 さっさとこんな不健康な昼夜逆転クラブ生活を終わらせて、引きこもり高校生らしい昼夜逆転自宅警備生活を復活させるのだ。
 そう思いながら、電車の中でうつらうつら。危うく乗りすごして、湘南まで熟睡しかけた俺は、逆に喜多見美亜あいつからの着信によりちょうど多摩川の手前で起こされ、

<起きてたら多摩川のいつもの土手に来てね。萌さんと今後の計画を話したいから。じゃあ絶対ね>

 いつもの通りのリア充女あいつの自分勝手な物言いに俺は少しイラっと来るが……。
 まあ良い。
 飛んで火にいる夏の虫。二人まとめて説教して、俺の安穏な夏休みを取り戻すのだ。
 そう思うと、あっというまに眠気も吹き飛んだ俺は、停車した電車のドアを走るように飛び出すのだった。
 もちろん……。その後、女二人相手にして口論して勝てるわけもない俺は、直前までの大言壮語をすぐに撤回するはめとなるのだけどね。その時は、まだそれを知らぬ俺は、爽やかな郊外の朝の空気の中を意気揚々と歩き出し——二人が待っていた河原に到着するのであった。そして、

「どう、パーテイ楽しかった」

 と無責任に言ってのける経堂萌夏パリポの言葉に、

「…………」

 答えを詰まらせてしまう。
 ああ、だって、実のところ。
 ちょっと。
 ちょっとだけだけど。
 今日の夜は——パーティは——楽しくなくもなかったのだった。
 俺は、そんな気持ちが多分顔に出ている様子をニヤニヤしながら見る萌さん——喜多見美亜の顔にまたイラっとしながらも、楽しかったと言う、その感情をどうしても否定できないことに自分自身驚いてしまっているのだった。
 そして、そんな俺らを見ながら、向ヶ丘勇の中にいる喜多見美亜あいつは言うのだった。

「うん、じゃあ決定ね。今年の夏はこの萌夏お姉さんと一緒にわたしらはパーティざんまいよ!」

 ——と。
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