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俺、今、女子リア重
俺、今、男子同窓会中
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喜多見美亜が戻ってきて言った話。俺たちが、もしかして大きく勘違いしていたかもしれないと言った話。それを聞いた生田緑は、自分か今その中にいる喜多見美亜の体をソファーからすばやく立ち上がらせると、
「へ?」
俺は、生田緑にキスをされていた。(俺が入っている)生田緑の体は、(その生田緑本人が入っている)喜多見美亜の腕でぐっとソファーに押し付けられる。俺は、突然のことに虚をつかれて、きょとんとしてしまうが、彼女は何の躊躇もなく、
——チュ!
野外パーティの森の中で俺の、——俺の中に入っている喜多見美亜の唇を奪った女帝——生田緑。あの朝、俺がキスで人と入れ替わっていく異常体質というか超常現象にとらわれているということを知って、それを利用してやろうという、感情のまるで感じられない事務的な行為。あの時のキスは、今から思えばそういうものだったんだな……、と俺はい思った。
なぜなら、今されたキスと比べればわかる。あの時の単純な感触しかしなかったキスに比べて、今回はなんだか複雑な味がした。
「ごめんなさい」
誰に謝っているのか、多分自分でもわからないままに呟く女帝。
キスをして、彼女と感覚や気持ちが入り混じったような状態の中で聞こえたその言葉は、果たして実際に呟やかれたものなのか、それとも混じった心の中に聞こえてくたものか俺には、多分生田緑にも分からない。
でも、俺は何となく唇に残るその言葉の感触に——。
……あれ、ということは? 戻った?
俺は、女帝——生田緑の顔を至近距離から眺めている自分に気づき、向こうもハッとしたような表情を浮かべ、さっと体を離す。
だけど……。
——あれ?
その瞬間、生田緑は今まで見せたことを無いような表情を一瞬だけ浮かべた。
その時感じる違和感——。
生田緑は、唯一にして全てである。アルファにしてオメガ。
生田緑は、生田緑であるからにして、生田緑である。
生田緑なのだから、生田緑は生田緑なのだった。
他の誰でも無い彼女であるから、彼女は彼女なのである。
そこにブレや迷いなどはない! ——はずであった。
しかし……。
——少なくとも俺は初めて見たその少し後悔したような、戸惑っているようなその顔。
それは、でも、しかし、生田緑なのであり、それは生田緑であるからにして、生田緑そのものである表情——ああ、これも確かに彼女だよな。
俺はその時理解した。
もちろん、生田緑は、俺の視線に気づくとすぐに女帝の顔に戻る。
——しかし俺は見た。
生田緑の、弱々しくも、矛盾するようだが、——強い本当の顔。
それを垣間見て、俺は——。
「……みんなに迷惑をかけた。私、勘違いしていた」
彼女の本当を、……少し知る。
*
さて時はだいぶ経ち、久しぶりに高校のクラスのみんなが集まった同窓会。それは、そろそろみんな若いとは言えない年齢になったころ行われたものであった。で、そんな時間が経てば、やはりみんな大なり小なりおっさんやおばさんといった様子になっていて、——顔が結構変わっていて、高校時代でもろくに同級生の顔を覚えていなかった俺は正直誰が誰だかと言った状態。
ああ、なんでそんなとこに俺がいるのかって?
そうだよね。俺は、本当は、同窓会なんてでるような柄でもない。
けど、美亜に無理やり連れてこられて……。
で、その当人は——俺をほおっておいて久々のみんなと旧交をあっためている。
となると、当時は孤高の存在であった俺には、徳が高過ぎて誰も近づいてこないという最悪の状況だ。
百合ちゃんか、せめて和泉珠琴でもいたなら、どちらかと話して間をもたそうかとと思うのだが、今日はたまたま、どちらも用事があって来ていない。
百合ちゃんはこのクラスにあまり良い思い出はないとはいえ、もう高校時代のことはふっきれているので、むしろ自分を見つめ直すいい機会なので来るつもりであったそうだが、が週末挟んだ仕事の海外出張が入ってどうしようもなかったとのこと。
そして、和泉珠樹はなんでも四人目の子供の出産が近くて安静にしていなければならないということであったが、——いつのまにそんな子供つくてったの? と驚きのその情報も、会話に微妙に入れないまま、他に行き場もないので手酌でビール飲んでる丸テーブルの周りに立つ、見知らぬ(思い出せぬ)おっさんおばさんの会話から知る始末であった。
でも、そんな会話を聞いてびっくりした表情でも俺に浮かんだのか、
「あ、向ヶ丘もびっくりしたか……今時四人ってすごいよな。あの子、そのうち家族で野球チームでも作るんじゃないか」
うわ! いきなり向かいから知らないおっさんに話しかけられて来てびびった。
誰だ、この禿げたおっさん。
「さすがにそれは無理でも、バレーチームくらいならできそうだ……ってバレーといえば思い出すな……このクラスの女子バレー体育祭で優勝したよな。美亜ちゃんとか頑張ってすごかったもんな……」
おっさんの目が会場の反対側でやはり見知らぬ(思い出せぬ)女子というかおばさんときゃっきゃとはしゃいでいる美亜をちらりと見たときに、ちょっとエロい目になったのに内心ちょっとむっとする俺であったが、まあこの枯れた感じのおっさんが青春を思い出してしばしの郷愁にとらわれたと思えば、それくらいで目くじらをたてるのもなんなので、かるく首肯して同意の相槌をうつと、
「——俺が出た男子バレーは一回戦負けだったからな。女帝に期待されてバレーにでたのにあのザマはかっこ悪かったというか、生田さんの目が怖かったよな……それに男の俺がびびってしまってと言うのもさらにかっこわるかったけど」
ん? 男子バレー。体育祭で生田緑に頼まれて出た?
ああ、思い出した。富水、富水だ。
少々ダサい感じの外見のものの、スポーツ万能の才能を生かしてクラスのリア充中堅グループになんとか収まろうと、体育祭の準備のクラス会の時に女帝の前でかっこつけて受け答えしてた奴だ。
そのあとどうしたんだったかな、こいつ? 同じクラスにいてもあまり親交がなかったもんな。次の年の体育祭でサッカーに出た時は何度かゴールを決めてたのを見た覚えがあるが、スポーツの時以外は正直地味な奴だったよな。
と、富永くんの人となりを思い出していると、
「まあ、あの人は特別だったから。今もほら……」
その横の男が俺の半分空になったコップにビールをつぎ足しながら言うが……。
あ、こっちも思い出した。このふとったおじさんはクラス委員だった秦野くんだ。
本来は自らがみんなを仕切る立場となるはずだったのに、たまたま女帝——生田緑と同じクラスにいたがために彼女のカリスマに飲み込まれて、クラス会ではいつも板書マンとなってしまっていた不遇の人だ。
思い出すとなんとなく寂しい気分になるかわいそうな委員長。
俺は、彼につがれたビールになにか哀愁を感じてしまうなと思いながら、向かいからコップを差し出して来た富永くんともあわせて三人で乾杯をしながら、
「しかし、向ヶ丘はよくあんな女たちとつるんでいられたよな。確かにあんな可愛い子たちと一緒の高校生活ってのも自慢できるけど、あんな強烈な子ばっかで俺なら胃に穴が空いてたかもな」
いやいや、たしかに言う通りだけど、入れ替わっていた美亜の胃に穴を空けるわけにもいかないだろ。そこは、なんか慣れたんだよな。まあ喜多見美亜として俺はのグループの中にいたわけだし、——向ヶ丘勇としていなきゃいけないのなら本当に胃に穴が空いたかもしれないけど。
「ほんと、向ヶ丘くんはどうしちゃったのかと思ったよ。高校デビューってのならわかるけど、二年の春くらいからいきなり雰囲気かわっちゃって」
「確かに。向ヶ丘どうしたんだ? そういや女装して動画アップしてるのバレたというかバラしたのもあのころだよな……」
うわ、俺もこいつらのこと思い出したが、こいつらも俺の様々なこと思い出し始めたぞ。
言い訳したい。俺は悪くない。全ては入れ替わった美亜が悪いんだと。
でも、どうせい言っても信じてもらえない上に、最悪久々にあった同級生に精神状態の気を使われる可能性もあり、——言えないよな。
「それは……」
だから、俺は微妙に言い澱みながら、この会話どうやってかわせば良いのかなと考えあぐねるのだが……。
「「「あ、緑さん!」」」
その時、みんなの注目が入り口に集まる。
入って来たのは女帝——生田緑。
生田緑は、少し年齢を重ねてもやはり生田緑であった。一見、高校の時とまるで変わらない若々しいクールビューティな外見であるが、よく見れば年齢を重ねただけの深みが顔に刻まれて、……高校時代よりずっと今の方が良いな。
ああ、そうだ。あの体入れ替わりのキスのあとに一瞬だけみせた、本彼女の内面の本当の姿。それが今では自然に彼女の外見に融合して、より深く魅力的な女性となっていた。それが彼女を前より魅力的に見せてるのだなと、俺は得心をえていると、
「なに、見とれてんの」
いつの間にか俺の横に来ていた美亜が、俺の腹を小突いながら言う。
「もしかして、あっちにすれば良いって思った? あの時あのまま、付き合っちゃうこともできたかもよ?」
「まさか……それは……」
俺は。美亜の言う、向ヶ丘勇が偽彼氏(候補)になって、生田緑が政略結婚であてがわれそうになった御曹司との婚約を無しにしてしまおう。そんな作戦を三人で練ったあのころを俺は懐かしく思い出す。
向ヶ丘勇と生田緑。その時の中身は喜多見美亜と向ヶ丘勇。
偽彼氏作戦といっても、実は、今から思うとそうだったのかと思うけど——当時は無自覚だった——本気で好き合っていた美亜と俺ならそんな作戦も成功できると、女帝は期待していたらしい。というか、それくらいしか思いつかないからそれにかけてみたというのがどちらかというと正解だったようだが……。
でも。その作戦は、やってみたら、——壮大なボタンのかけちがい。
どうにも、だいぶ、本当の問題からずれてしまっていたものであったことであったことがわかる。
早くになくなった両親の意思をついで大物政治家にならならなければならない。そんな期待をじいさんから、一族からかけられていると思いながら必死にその運命から逃れようと思っていた生田緑。しかしその運命というものが、彼女の誤解によりつくられたものであったのだった。
もちろん、政治家としての生田家を生き延びさせて欲しい、そういうことをあのじいさんが一度も言わなかったとは思えないし、そうなっても良いような教育や修行などを彼女にずっとしていたのも事実だ。しかし、その偽彼氏(候補)役を仰せつかった向ヶ丘勇(中身は喜多見美亜)が、ふと聞くことになった生田緑のじいさんの本音。
——政治家としての家の継続なんかより、生田緑には彼女が求める生活をして、幸せになってほしい。
それを聞いてからの彼女の行動は素早かった。
さっさと喜多見美亜の体から自分の体に戻ると、——次の日には例の御曹司に会うとあっさり婚約解消。
理由は、やはりまだ高校生でこんなことは決めるのは早い。
と、正論ではあるが生田家のものが話すにしては安っぽく聞こえる言葉であったという。
——しかし、本当の言葉というのは、たとえ陳腐でも強いものである。
生田緑は、この時、もしかしたら生まれて初めて、本当の自分の気持ちを、本当の自分を、——言葉にして語った。
それは、逃げや、ごまかしではない。
自分で勝手に作り上げた運命が消えた時、彼女は自分の本当の運命に、本気で相対することになったのだった。
後で女帝本人から聞いたところによれば、会ってみた渋沢家の御曹司は確かに魅力的で、実は彼女の好みドンピシャでもあり、偽の運命の中、その中で彼女が選べる最適であっただろう、——きっと婚約を続けていただろうとのことであった。
だが、本物の、開かれた運命の中、最適は、絶対ではなかった。
彼女は決意し、本物になり、無限を得た。
生田家の持つ運命。様々なしがらみや因習、恩や怨を買ったり売ったり、いろいろなめんどくさい事柄が絡みつくこの家のことを全て、全部受け入れて、それでも今の自分の本当の気持ちを口にしたのだった。
——それは、同席した並み居る政界の重鎮たちを黙らせるのに十分な迫力を持ったものだったという。
彼女は、この日、本当に生田緑になった。
生田緑は、生田緑であるから生田緑である。俺は高校時代、クラスで、お茶会で、合コンで彼女が彼女としか思えない存在感を発するたび、このトートロジーをなんども心の中でとなえたものだが、その日以来——。
本当の生田緑は、本当の生田緑であるから、生田緑は本物である。
その言葉は、こんな風に変わったのだった。
そして、その本物の生田緑は……。
「よ、大統領! 未来の大統領!」
「ばか、日本だったら首相だろ」
「よ、首相! 日本国首相!」
今日も政務が忙しくて同窓会に遅れたらしい生田緑が入り口に一番近いテーブルに着くと、やはり知らない(思い出せない)誰かが合いの手のように彼女に声をかける。
少しはにかみながら、礼儀良いお辞儀をみんなにする生田緑。
彼女は、自分を誤魔化さず、自分を自分として生きた結果、いまこうやってみんなの目の前にいる。
カエルの子はカエルというか、シロクマの子はシロクマなのか、その華奢な体ににあわない迫力をもちながら、昔のキンキンしたところがなくなり、でもやはり抜群のカリスマがある、ついに昨年衆議院議員に当選したその未来の大物政治家の姿に、俺は彼女と入れ替わっていた少しの間のことを走馬灯のように思い出しながら、
「まあ、他もいろいろあったよな」
その後も続いた他の体入れ替わり騒動のことをしみじみと思い出しながら呟くのであった。
すると、
「ええ、大変な半生だったと思いますわ」
やはりいつのまにか、俺の横、美亜と反対側に来ていたセイラ——片瀬セイラが言う。
「わたくしは、自分が転校して行ってからのことしか知らないのですけど……」
ああ、片瀬セイラ。この女性のことはみんなにはまだ語っていない——それはちょっと先のことになるけれど……。
あの温泉であった片瀬セナという幼女に関連があることと、この女性が横に来た途端、美亜の目つきが途端に鋭くなったことだけを今は語っておこう。
「へ?」
俺は、生田緑にキスをされていた。(俺が入っている)生田緑の体は、(その生田緑本人が入っている)喜多見美亜の腕でぐっとソファーに押し付けられる。俺は、突然のことに虚をつかれて、きょとんとしてしまうが、彼女は何の躊躇もなく、
——チュ!
野外パーティの森の中で俺の、——俺の中に入っている喜多見美亜の唇を奪った女帝——生田緑。あの朝、俺がキスで人と入れ替わっていく異常体質というか超常現象にとらわれているということを知って、それを利用してやろうという、感情のまるで感じられない事務的な行為。あの時のキスは、今から思えばそういうものだったんだな……、と俺はい思った。
なぜなら、今されたキスと比べればわかる。あの時の単純な感触しかしなかったキスに比べて、今回はなんだか複雑な味がした。
「ごめんなさい」
誰に謝っているのか、多分自分でもわからないままに呟く女帝。
キスをして、彼女と感覚や気持ちが入り混じったような状態の中で聞こえたその言葉は、果たして実際に呟やかれたものなのか、それとも混じった心の中に聞こえてくたものか俺には、多分生田緑にも分からない。
でも、俺は何となく唇に残るその言葉の感触に——。
……あれ、ということは? 戻った?
俺は、女帝——生田緑の顔を至近距離から眺めている自分に気づき、向こうもハッとしたような表情を浮かべ、さっと体を離す。
だけど……。
——あれ?
その瞬間、生田緑は今まで見せたことを無いような表情を一瞬だけ浮かべた。
その時感じる違和感——。
生田緑は、唯一にして全てである。アルファにしてオメガ。
生田緑は、生田緑であるからにして、生田緑である。
生田緑なのだから、生田緑は生田緑なのだった。
他の誰でも無い彼女であるから、彼女は彼女なのである。
そこにブレや迷いなどはない! ——はずであった。
しかし……。
——少なくとも俺は初めて見たその少し後悔したような、戸惑っているようなその顔。
それは、でも、しかし、生田緑なのであり、それは生田緑であるからにして、生田緑そのものである表情——ああ、これも確かに彼女だよな。
俺はその時理解した。
もちろん、生田緑は、俺の視線に気づくとすぐに女帝の顔に戻る。
——しかし俺は見た。
生田緑の、弱々しくも、矛盾するようだが、——強い本当の顔。
それを垣間見て、俺は——。
「……みんなに迷惑をかけた。私、勘違いしていた」
彼女の本当を、……少し知る。
*
さて時はだいぶ経ち、久しぶりに高校のクラスのみんなが集まった同窓会。それは、そろそろみんな若いとは言えない年齢になったころ行われたものであった。で、そんな時間が経てば、やはりみんな大なり小なりおっさんやおばさんといった様子になっていて、——顔が結構変わっていて、高校時代でもろくに同級生の顔を覚えていなかった俺は正直誰が誰だかと言った状態。
ああ、なんでそんなとこに俺がいるのかって?
そうだよね。俺は、本当は、同窓会なんてでるような柄でもない。
けど、美亜に無理やり連れてこられて……。
で、その当人は——俺をほおっておいて久々のみんなと旧交をあっためている。
となると、当時は孤高の存在であった俺には、徳が高過ぎて誰も近づいてこないという最悪の状況だ。
百合ちゃんか、せめて和泉珠琴でもいたなら、どちらかと話して間をもたそうかとと思うのだが、今日はたまたま、どちらも用事があって来ていない。
百合ちゃんはこのクラスにあまり良い思い出はないとはいえ、もう高校時代のことはふっきれているので、むしろ自分を見つめ直すいい機会なので来るつもりであったそうだが、が週末挟んだ仕事の海外出張が入ってどうしようもなかったとのこと。
そして、和泉珠樹はなんでも四人目の子供の出産が近くて安静にしていなければならないということであったが、——いつのまにそんな子供つくてったの? と驚きのその情報も、会話に微妙に入れないまま、他に行き場もないので手酌でビール飲んでる丸テーブルの周りに立つ、見知らぬ(思い出せぬ)おっさんおばさんの会話から知る始末であった。
でも、そんな会話を聞いてびっくりした表情でも俺に浮かんだのか、
「あ、向ヶ丘もびっくりしたか……今時四人ってすごいよな。あの子、そのうち家族で野球チームでも作るんじゃないか」
うわ! いきなり向かいから知らないおっさんに話しかけられて来てびびった。
誰だ、この禿げたおっさん。
「さすがにそれは無理でも、バレーチームくらいならできそうだ……ってバレーといえば思い出すな……このクラスの女子バレー体育祭で優勝したよな。美亜ちゃんとか頑張ってすごかったもんな……」
おっさんの目が会場の反対側でやはり見知らぬ(思い出せぬ)女子というかおばさんときゃっきゃとはしゃいでいる美亜をちらりと見たときに、ちょっとエロい目になったのに内心ちょっとむっとする俺であったが、まあこの枯れた感じのおっさんが青春を思い出してしばしの郷愁にとらわれたと思えば、それくらいで目くじらをたてるのもなんなので、かるく首肯して同意の相槌をうつと、
「——俺が出た男子バレーは一回戦負けだったからな。女帝に期待されてバレーにでたのにあのザマはかっこ悪かったというか、生田さんの目が怖かったよな……それに男の俺がびびってしまってと言うのもさらにかっこわるかったけど」
ん? 男子バレー。体育祭で生田緑に頼まれて出た?
ああ、思い出した。富水、富水だ。
少々ダサい感じの外見のものの、スポーツ万能の才能を生かしてクラスのリア充中堅グループになんとか収まろうと、体育祭の準備のクラス会の時に女帝の前でかっこつけて受け答えしてた奴だ。
そのあとどうしたんだったかな、こいつ? 同じクラスにいてもあまり親交がなかったもんな。次の年の体育祭でサッカーに出た時は何度かゴールを決めてたのを見た覚えがあるが、スポーツの時以外は正直地味な奴だったよな。
と、富永くんの人となりを思い出していると、
「まあ、あの人は特別だったから。今もほら……」
その横の男が俺の半分空になったコップにビールをつぎ足しながら言うが……。
あ、こっちも思い出した。このふとったおじさんはクラス委員だった秦野くんだ。
本来は自らがみんなを仕切る立場となるはずだったのに、たまたま女帝——生田緑と同じクラスにいたがために彼女のカリスマに飲み込まれて、クラス会ではいつも板書マンとなってしまっていた不遇の人だ。
思い出すとなんとなく寂しい気分になるかわいそうな委員長。
俺は、彼につがれたビールになにか哀愁を感じてしまうなと思いながら、向かいからコップを差し出して来た富永くんともあわせて三人で乾杯をしながら、
「しかし、向ヶ丘はよくあんな女たちとつるんでいられたよな。確かにあんな可愛い子たちと一緒の高校生活ってのも自慢できるけど、あんな強烈な子ばっかで俺なら胃に穴が空いてたかもな」
いやいや、たしかに言う通りだけど、入れ替わっていた美亜の胃に穴を空けるわけにもいかないだろ。そこは、なんか慣れたんだよな。まあ喜多見美亜として俺はのグループの中にいたわけだし、——向ヶ丘勇としていなきゃいけないのなら本当に胃に穴が空いたかもしれないけど。
「ほんと、向ヶ丘くんはどうしちゃったのかと思ったよ。高校デビューってのならわかるけど、二年の春くらいからいきなり雰囲気かわっちゃって」
「確かに。向ヶ丘どうしたんだ? そういや女装して動画アップしてるのバレたというかバラしたのもあのころだよな……」
うわ、俺もこいつらのこと思い出したが、こいつらも俺の様々なこと思い出し始めたぞ。
言い訳したい。俺は悪くない。全ては入れ替わった美亜が悪いんだと。
でも、どうせい言っても信じてもらえない上に、最悪久々にあった同級生に精神状態の気を使われる可能性もあり、——言えないよな。
「それは……」
だから、俺は微妙に言い澱みながら、この会話どうやってかわせば良いのかなと考えあぐねるのだが……。
「「「あ、緑さん!」」」
その時、みんなの注目が入り口に集まる。
入って来たのは女帝——生田緑。
生田緑は、少し年齢を重ねてもやはり生田緑であった。一見、高校の時とまるで変わらない若々しいクールビューティな外見であるが、よく見れば年齢を重ねただけの深みが顔に刻まれて、……高校時代よりずっと今の方が良いな。
ああ、そうだ。あの体入れ替わりのキスのあとに一瞬だけみせた、本彼女の内面の本当の姿。それが今では自然に彼女の外見に融合して、より深く魅力的な女性となっていた。それが彼女を前より魅力的に見せてるのだなと、俺は得心をえていると、
「なに、見とれてんの」
いつの間にか俺の横に来ていた美亜が、俺の腹を小突いながら言う。
「もしかして、あっちにすれば良いって思った? あの時あのまま、付き合っちゃうこともできたかもよ?」
「まさか……それは……」
俺は。美亜の言う、向ヶ丘勇が偽彼氏(候補)になって、生田緑が政略結婚であてがわれそうになった御曹司との婚約を無しにしてしまおう。そんな作戦を三人で練ったあのころを俺は懐かしく思い出す。
向ヶ丘勇と生田緑。その時の中身は喜多見美亜と向ヶ丘勇。
偽彼氏作戦といっても、実は、今から思うとそうだったのかと思うけど——当時は無自覚だった——本気で好き合っていた美亜と俺ならそんな作戦も成功できると、女帝は期待していたらしい。というか、それくらいしか思いつかないからそれにかけてみたというのがどちらかというと正解だったようだが……。
でも。その作戦は、やってみたら、——壮大なボタンのかけちがい。
どうにも、だいぶ、本当の問題からずれてしまっていたものであったことであったことがわかる。
早くになくなった両親の意思をついで大物政治家にならならなければならない。そんな期待をじいさんから、一族からかけられていると思いながら必死にその運命から逃れようと思っていた生田緑。しかしその運命というものが、彼女の誤解によりつくられたものであったのだった。
もちろん、政治家としての生田家を生き延びさせて欲しい、そういうことをあのじいさんが一度も言わなかったとは思えないし、そうなっても良いような教育や修行などを彼女にずっとしていたのも事実だ。しかし、その偽彼氏(候補)役を仰せつかった向ヶ丘勇(中身は喜多見美亜)が、ふと聞くことになった生田緑のじいさんの本音。
——政治家としての家の継続なんかより、生田緑には彼女が求める生活をして、幸せになってほしい。
それを聞いてからの彼女の行動は素早かった。
さっさと喜多見美亜の体から自分の体に戻ると、——次の日には例の御曹司に会うとあっさり婚約解消。
理由は、やはりまだ高校生でこんなことは決めるのは早い。
と、正論ではあるが生田家のものが話すにしては安っぽく聞こえる言葉であったという。
——しかし、本当の言葉というのは、たとえ陳腐でも強いものである。
生田緑は、この時、もしかしたら生まれて初めて、本当の自分の気持ちを、本当の自分を、——言葉にして語った。
それは、逃げや、ごまかしではない。
自分で勝手に作り上げた運命が消えた時、彼女は自分の本当の運命に、本気で相対することになったのだった。
後で女帝本人から聞いたところによれば、会ってみた渋沢家の御曹司は確かに魅力的で、実は彼女の好みドンピシャでもあり、偽の運命の中、その中で彼女が選べる最適であっただろう、——きっと婚約を続けていただろうとのことであった。
だが、本物の、開かれた運命の中、最適は、絶対ではなかった。
彼女は決意し、本物になり、無限を得た。
生田家の持つ運命。様々なしがらみや因習、恩や怨を買ったり売ったり、いろいろなめんどくさい事柄が絡みつくこの家のことを全て、全部受け入れて、それでも今の自分の本当の気持ちを口にしたのだった。
——それは、同席した並み居る政界の重鎮たちを黙らせるのに十分な迫力を持ったものだったという。
彼女は、この日、本当に生田緑になった。
生田緑は、生田緑であるから生田緑である。俺は高校時代、クラスで、お茶会で、合コンで彼女が彼女としか思えない存在感を発するたび、このトートロジーをなんども心の中でとなえたものだが、その日以来——。
本当の生田緑は、本当の生田緑であるから、生田緑は本物である。
その言葉は、こんな風に変わったのだった。
そして、その本物の生田緑は……。
「よ、大統領! 未来の大統領!」
「ばか、日本だったら首相だろ」
「よ、首相! 日本国首相!」
今日も政務が忙しくて同窓会に遅れたらしい生田緑が入り口に一番近いテーブルに着くと、やはり知らない(思い出せない)誰かが合いの手のように彼女に声をかける。
少しはにかみながら、礼儀良いお辞儀をみんなにする生田緑。
彼女は、自分を誤魔化さず、自分を自分として生きた結果、いまこうやってみんなの目の前にいる。
カエルの子はカエルというか、シロクマの子はシロクマなのか、その華奢な体ににあわない迫力をもちながら、昔のキンキンしたところがなくなり、でもやはり抜群のカリスマがある、ついに昨年衆議院議員に当選したその未来の大物政治家の姿に、俺は彼女と入れ替わっていた少しの間のことを走馬灯のように思い出しながら、
「まあ、他もいろいろあったよな」
その後も続いた他の体入れ替わり騒動のことをしみじみと思い出しながら呟くのであった。
すると、
「ええ、大変な半生だったと思いますわ」
やはりいつのまにか、俺の横、美亜と反対側に来ていたセイラ——片瀬セイラが言う。
「わたくしは、自分が転校して行ってからのことしか知らないのですけど……」
ああ、片瀬セイラ。この女性のことはみんなにはまだ語っていない——それはちょっと先のことになるけれど……。
あの温泉であった片瀬セナという幼女に関連があることと、この女性が横に来た途端、美亜の目つきが途端に鋭くなったことだけを今は語っておこう。
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