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俺、今、女子オタ充
俺、今、女子修羅場中
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俺、今は下北沢花奈となった向ケ丘勇は、代々木公子と赤坂律のお姉様方ふたりに拉致られ、ある古いアパートの一室で修羅場中だった。
もちろん修羅場といっても、私の男取ったわね! なによこの泥棒猫! みたいな修羅場ではない。
俺は秋葉原から、多分海側にタクシーで十数分も走ったところにある彼女らの仕事場(?)に連れ込まれると、エアコンの効きの悪いと、あっさりと下着姿になった大学生のお姉様二人に睨まれながら、じっと液タブを見下ろしているのだった。
そんな修羅場であった。
夏コミ出店予定の同人誌制作のデスマーチ現場——修羅場であった
そして、ハイテンションな高揚感と締め付けるような緊張感の漂う、祭りと葬式が一度に来たかのような妙な雰囲気の部屋の中、俺は息を飲み、液タブにペンを下ろそうと手を動かすが決心がつかずに止まる、——を繰り返している。
「なんだか花奈は本気でスランプなのかな」
そんな俺の姿を見ながら、プシュッと、何本目かわからない缶ビールを良い音を立てて開けながら赤坂律、短髪さわやかスポーツ女子大生風を装うっているカップリング厨が言う。
「どうなのかな、ええ? 斉藤フラメンコ先生よ……」
背中に抱きついて、俺の耳元まで、顔を近づけ言うこの女、——酒くせえ。……胸のあたりからふっとのぼってくるいい匂い。さらに、……背中に弾力のあるものがぶつけられて、俺は、女の体の中にいるのに精神的な生理現象により前かがみを強いられながら、
「いえ……がんばります……」
と蚊の泣く様な声でそう答えるのだった。
すると、
「だめだって、律。花奈の邪魔しちゃ。気が散るでしょ、我々はもっとどんと構えて……」
セクシーお姉さん風のショタ厨、代々木公子がショットグラスのウォッカをぐっとあおりながら、氷のような冷たい声で言う。
「花奈を監視して、サボらない様に圧力かけなきゃね」
「…………」
なんだか随分と出来上がってしまっているクールなお姉様である。無意識に尻を掻いてなければもっとクールだったであろう。
——しかし、まあ、女三人(とお姉様がたは思い込んでいる)と、随分とだらしなくなるものである。俺は目のやり場に困って、結局ずっと液タブを見つめていることになるが、だからってサボらずに集中したからってマンガ制作が進むわけでもない。
だって俺は下北沢花奈——斉藤フラメンコの中の人——じゃないんだもの。秋葉原のコスプレショップを出たところで、突然その下北沢花奈にキスをされて入れ替わった、単なるオタク男子高校生に過ぎないんだから。
いや、でも、——最初は、「ひょっとしていける?」のかもなんて思っていた。
実はさっきまで、信じられないことに俺が斉藤フラメンコ先生のマンガのペン入れをできていたのだった。
と言うのも、——この部屋に連れ込まれて、液タブの前でじっと固まっていたら、一体何をさぼっているのだとでも言いたげな冷たい目でお姉様二人に睨まれて、その圧力に耐えきれず、試しに、下書きのラフ絵にペン入れをし始めてみたら、手が勝手に(?)動いて言ったのだった。
それは、……体が覚えていた? って言うのかな。使ったこともない液タブとマンガ制作ソフトを前にして、不思議なことに手が自然に動いて行くのだった。
俺は、ほとんど無意識のうちに、下北沢花奈がすでに描き終えていたラフにペン入れしてみたり、出来上がっている背景に色をいれていったり、効果をつけて見たり。それが、なんのストレスも迷いもなく、やれちゃうのだった。もちろん、ソフトの操作には時々引っかかってヘルプ見たりはしたけれど、なんだか自分でも信じられないくらいスイスイとマンガがかけてしまったのだ。
これって、——なんだろ、もう頭で考えているんじゃなくて、体で覚えているって感じ。いったいどれだけ鍛錬したらこんな境地に至るのか。空恐ろしくなる感じだった。
そりゃ、スポーツや芸術なんかでなんでも、体が覚えているみたいな話をよく聞く。考えるのではなく、無意識に行動しても正しく体が動き、それゆえに素早く正確な動きができるみたいな。でも、少なくとも、この間百合ちゃんが喜多見美亜の体の中に入った時はだめだったのだ。中学校をずっとバレーに打ち込んだはずのあいつの体に入っても、運動音痴(失礼)の百合ちゃんが中の人だとトスもろくにできないくらいの悲惨な感じになっていたのだった。中学校時代に一生懸命バレーに打ち込んで、有力高校のスカウトが見に来たと言われる喜多見美亜でも、体は心を差し置いて勝手に動く、とまでは行かなかったのだった。
しかし、この下北沢花奈の体はど素人の俺が中に入ったのに、頭でなく体でどんどんとマンガを描き始めて行くのだった。こりゃ、本物だ。俺は直感的にそう思った。もちろん、バレーとマンガと分野がまるで違う。それに、本気で運動苦手みたいな百合ちゃんと、そりゃオタクなりにマンガ描けないかなとワナビー気分で大河異世界ファンタジーマンガの構想を練って(描き始めて数ページで挫折して)みたりした俺と中の人の条件が違うとかはある。
でもそう言う小さなレベルの違いではないのだ。俺は、下北沢花奈の中に入って見て、それを確信したのだった。
マンガを描こう、そう思うと、下北沢花奈の体全体が引き締まり、鞭の様にしなやか動き出し、頭がすっと無の境地に至ったかの様に明らかになるのだった。迷いが消え、手が自然にすっと動いて行くのだ。達人とはこう言うものかと自らが体験して始めて分かる凄さであった。下北沢花奈はいったいどれだけマンガに自らを賭けていたのだろうかと、俺は感心の気持ちを越え、恐れさえ感じてしまっていたのだった。
しかし、
「花奈、さっきからぴたっと筆が止まってしまったね」
それは途中までのことであった。描き始めてしばらくすると俺の筆はピタッととまてしまったのだった。下北沢花奈の描いたラフはまだ残りがあった。設定やプロットの資料ノートを読んでみるとそのラフは正しく意図通り描かれているし、ラフの後にはその先のネームもだいぶできているようだった。
でもなぜか、その場面から先に行こうとすると手が動かなくなってしまうのだった。さっきまで、ぐいぐい描けていた時は体が勝手に描いていたと表するならば、今の状態は、——体が勝手に拒否しているのだった。体にこれ以上進むなといわれているかのようだった。ペンを液タブにつけて線を引こうとしても、なんだかこれは違うと言う思いにかられて、思わず手を引っ込めてしまう。
物語は確かに展開点であった。ここで迷うのも分かる。と言うか「俺」も迷った。前作と同じ人気ゲームにキャラクターを借りた二次創作ながら設定はおおきく逸脱して学園ラブコメとして再構築されている今回の物語。斉藤フラメンコ先生の十八番、大胆な物語の再創造であった。
その物語とは——。
時間旅行者。読者が自分を同一視するだろう主人公の青年提督は、彼が勤務する学園の様々な美少女に言い寄られながらも決して誰も特別視することなく平等に接する。そのあまりの聖人君子ぶりが度を越していると、少し不信を抱いた提督の秘書が探って見つけた秘密——提督は世界の崩壊をなんどもループして止めようとしているタイムトラベラーであったのだった。
提督が誰か一人に心を決める度に乱れる学園の統一。その乱れはバタフライエフェクト云々で宇宙全体に及びついには時空崩壊に至る。なので提督は心を一人に決めることをせずに、誰とも親しくしないと言う時間線を作り出そうとするのだが実はそれは宇宙の停止、エントロピー増大による熱死へつながる時間線であって……
「ううん……」
もちろんこれは、まだ検討中の仮のものであるというエクスキューズはつけておかなければならないけど、下北沢花奈のノートによれば、この世界線において、提督は宇宙の停止を避ける為に、自らが虚無に消滅することを選んだのだった。そうすれば宇宙は救われる。なぜなら宇宙を乱すものがいなくなるから。そう決心して、何だかよくわからない装置に入り因果の彼方、無の中に消えようとする提督。しかし提督は装置のスイッチを入れた瞬間、驚愕する。自分が入った装置の中に、いつのまにかこっそりと秘書が入って隠れていたのだった。秘書は言う。「提督一人では寂しいでしょうから」そして……
ドタバタと騒がしくも、甘酸っぱい青春が繰り広げられている学園。提督が消えたことで宇宙は救われ、なので学園にも平凡で楽しい日常が続くのだった。何か物足りなさを感じながらも、楽しい学園生活を過ごす少女たちであった。何か、あるべきものが、大切なものが無いような気がしてならない。そんな何かが欠けたように思える学園生活なのだった。それが何とは言えないのだけれど、大事なものを失ったと言う思いを持ちながら過ごす日々、——しかしそれもついには最後。卒業式の総代に立った少女が呟いた言葉。「提督?」その言葉が学園中の少女によって繰り返される。——ちょうどその時、新たに生まれた宇宙の創生の瞬間、その小さな宇宙に少女たちにとって懐かしい声が鳴り響く。それは新たな世界の誕生を方向づける美しい響きとなって無に消えたかと思われたその人の暖かさが——ビックバン!
「ううん……」
俺が描けなくなっているのは、このプロットのうち秘書が提督の秘密を見つけて、自分の存在を消そうと決心するところから先であった。なんだか、それ以上さきに行こうとすると手が止まってしまうのであった。いや、それはもしかしたら下北沢花奈の体の拒否反応ではない、少なくともそれだけではないかもしれない。なんだか俺もしっくりこないのであった。
自分が消えればそれでうまく行く? で、ちゃっかり綺麗な姉ちゃんも巻き添えにしてしまうし……なんだかちょっと、これって——このプロットって——無責任な感じがしてしまうのであった。
とは言え——。
このストーリーが斉藤フラメンコ先生の絵と一緒に届けられたのなら、俺は、別に文句なく買って、読んで満足すると思うが。なんかこうやって自分がそれを作る側に回ってみれば、なんだか、これでは、この物語では満足できないのだった。なんだか全力でなく、適当なところでバランスを取って届けられた商品。そんな感じがしてしまうのだった。
でも、
「花奈が、なんかまだこのストーリーでしっくりきてないのはわかってるわよ。でも、もうこれで行かないと夏コミ間に合わないじゃない。じゃあやるしかないわ」
と代々木穣に言われて、もう七月も後半、確かにそれはそうなのだが、——と俺は思いながら、とは言っても、どうも下北沢花奈も悩んで逃げ出したっぽい重要な物語の分岐点なのだから、俺が勝手に判断してはだめだろうと、——その責任を取れる人物の帰還を待つのだった。
喜多見美亜たちが、今、必死に探してくれてるだろう斉藤フラメンコの中の人(本物)。酒飲むだけで本気で何もしないで俺(下北沢花奈)をただ監視してるだけの同人サークル仲間のお姉様お二人の厳しい視線に耐えながら、俺は拙速な決断をするのをずっと控えその時を待つのだった。
俺には確信があった。下北沢花奈は、たぶん俺と同じ思考パターンのオタク少女。そんな奴がいきなりリア中の殻を被ったら? そんな奴が行く(行ける)とこは? オタクが考える、都内のリア充スポットに山をはれば、そこに彼女は現れるのでは? そして、そんなオタクの思考にもだいぶ慣れた喜多見美亜であれば、遅かれ早かれ下北沢花奈を捕まえることができるのでは? そう俺は思ったのだった。
そして、
「あれ? こんな時間に誰かな? はーい! 今でますよ……」
インターフォンの鳴る音のあと、そのスピーカーから聞こえてきた声に、俺は待ちに待った騎兵隊の到着を知るのだった。
「はあ? 花奈の同じ学校の向ケ丘さん? そのあなたがなんのご用で?」
律さんの当惑したような声に喜多見美亜は言うのだった。
「理由など決まっています。私は、花奈さんの騎士ですから——危機にはかならず参上仕るのです」
「はい……?」
あっけにとられた公子さんの表情を見て思わず、「ぷっ」となりながら、どうでもいいが、こいつ騎士言うの好きだなと思いつつ、でも今日は本物の騎士に思える、自分の声を、俺は聞くのだった。
もちろん修羅場といっても、私の男取ったわね! なによこの泥棒猫! みたいな修羅場ではない。
俺は秋葉原から、多分海側にタクシーで十数分も走ったところにある彼女らの仕事場(?)に連れ込まれると、エアコンの効きの悪いと、あっさりと下着姿になった大学生のお姉様二人に睨まれながら、じっと液タブを見下ろしているのだった。
そんな修羅場であった。
夏コミ出店予定の同人誌制作のデスマーチ現場——修羅場であった
そして、ハイテンションな高揚感と締め付けるような緊張感の漂う、祭りと葬式が一度に来たかのような妙な雰囲気の部屋の中、俺は息を飲み、液タブにペンを下ろそうと手を動かすが決心がつかずに止まる、——を繰り返している。
「なんだか花奈は本気でスランプなのかな」
そんな俺の姿を見ながら、プシュッと、何本目かわからない缶ビールを良い音を立てて開けながら赤坂律、短髪さわやかスポーツ女子大生風を装うっているカップリング厨が言う。
「どうなのかな、ええ? 斉藤フラメンコ先生よ……」
背中に抱きついて、俺の耳元まで、顔を近づけ言うこの女、——酒くせえ。……胸のあたりからふっとのぼってくるいい匂い。さらに、……背中に弾力のあるものがぶつけられて、俺は、女の体の中にいるのに精神的な生理現象により前かがみを強いられながら、
「いえ……がんばります……」
と蚊の泣く様な声でそう答えるのだった。
すると、
「だめだって、律。花奈の邪魔しちゃ。気が散るでしょ、我々はもっとどんと構えて……」
セクシーお姉さん風のショタ厨、代々木公子がショットグラスのウォッカをぐっとあおりながら、氷のような冷たい声で言う。
「花奈を監視して、サボらない様に圧力かけなきゃね」
「…………」
なんだか随分と出来上がってしまっているクールなお姉様である。無意識に尻を掻いてなければもっとクールだったであろう。
——しかし、まあ、女三人(とお姉様がたは思い込んでいる)と、随分とだらしなくなるものである。俺は目のやり場に困って、結局ずっと液タブを見つめていることになるが、だからってサボらずに集中したからってマンガ制作が進むわけでもない。
だって俺は下北沢花奈——斉藤フラメンコの中の人——じゃないんだもの。秋葉原のコスプレショップを出たところで、突然その下北沢花奈にキスをされて入れ替わった、単なるオタク男子高校生に過ぎないんだから。
いや、でも、——最初は、「ひょっとしていける?」のかもなんて思っていた。
実はさっきまで、信じられないことに俺が斉藤フラメンコ先生のマンガのペン入れをできていたのだった。
と言うのも、——この部屋に連れ込まれて、液タブの前でじっと固まっていたら、一体何をさぼっているのだとでも言いたげな冷たい目でお姉様二人に睨まれて、その圧力に耐えきれず、試しに、下書きのラフ絵にペン入れをし始めてみたら、手が勝手に(?)動いて言ったのだった。
それは、……体が覚えていた? って言うのかな。使ったこともない液タブとマンガ制作ソフトを前にして、不思議なことに手が自然に動いて行くのだった。
俺は、ほとんど無意識のうちに、下北沢花奈がすでに描き終えていたラフにペン入れしてみたり、出来上がっている背景に色をいれていったり、効果をつけて見たり。それが、なんのストレスも迷いもなく、やれちゃうのだった。もちろん、ソフトの操作には時々引っかかってヘルプ見たりはしたけれど、なんだか自分でも信じられないくらいスイスイとマンガがかけてしまったのだ。
これって、——なんだろ、もう頭で考えているんじゃなくて、体で覚えているって感じ。いったいどれだけ鍛錬したらこんな境地に至るのか。空恐ろしくなる感じだった。
そりゃ、スポーツや芸術なんかでなんでも、体が覚えているみたいな話をよく聞く。考えるのではなく、無意識に行動しても正しく体が動き、それゆえに素早く正確な動きができるみたいな。でも、少なくとも、この間百合ちゃんが喜多見美亜の体の中に入った時はだめだったのだ。中学校をずっとバレーに打ち込んだはずのあいつの体に入っても、運動音痴(失礼)の百合ちゃんが中の人だとトスもろくにできないくらいの悲惨な感じになっていたのだった。中学校時代に一生懸命バレーに打ち込んで、有力高校のスカウトが見に来たと言われる喜多見美亜でも、体は心を差し置いて勝手に動く、とまでは行かなかったのだった。
しかし、この下北沢花奈の体はど素人の俺が中に入ったのに、頭でなく体でどんどんとマンガを描き始めて行くのだった。こりゃ、本物だ。俺は直感的にそう思った。もちろん、バレーとマンガと分野がまるで違う。それに、本気で運動苦手みたいな百合ちゃんと、そりゃオタクなりにマンガ描けないかなとワナビー気分で大河異世界ファンタジーマンガの構想を練って(描き始めて数ページで挫折して)みたりした俺と中の人の条件が違うとかはある。
でもそう言う小さなレベルの違いではないのだ。俺は、下北沢花奈の中に入って見て、それを確信したのだった。
マンガを描こう、そう思うと、下北沢花奈の体全体が引き締まり、鞭の様にしなやか動き出し、頭がすっと無の境地に至ったかの様に明らかになるのだった。迷いが消え、手が自然にすっと動いて行くのだ。達人とはこう言うものかと自らが体験して始めて分かる凄さであった。下北沢花奈はいったいどれだけマンガに自らを賭けていたのだろうかと、俺は感心の気持ちを越え、恐れさえ感じてしまっていたのだった。
しかし、
「花奈、さっきからぴたっと筆が止まってしまったね」
それは途中までのことであった。描き始めてしばらくすると俺の筆はピタッととまてしまったのだった。下北沢花奈の描いたラフはまだ残りがあった。設定やプロットの資料ノートを読んでみるとそのラフは正しく意図通り描かれているし、ラフの後にはその先のネームもだいぶできているようだった。
でもなぜか、その場面から先に行こうとすると手が動かなくなってしまうのだった。さっきまで、ぐいぐい描けていた時は体が勝手に描いていたと表するならば、今の状態は、——体が勝手に拒否しているのだった。体にこれ以上進むなといわれているかのようだった。ペンを液タブにつけて線を引こうとしても、なんだかこれは違うと言う思いにかられて、思わず手を引っ込めてしまう。
物語は確かに展開点であった。ここで迷うのも分かる。と言うか「俺」も迷った。前作と同じ人気ゲームにキャラクターを借りた二次創作ながら設定はおおきく逸脱して学園ラブコメとして再構築されている今回の物語。斉藤フラメンコ先生の十八番、大胆な物語の再創造であった。
その物語とは——。
時間旅行者。読者が自分を同一視するだろう主人公の青年提督は、彼が勤務する学園の様々な美少女に言い寄られながらも決して誰も特別視することなく平等に接する。そのあまりの聖人君子ぶりが度を越していると、少し不信を抱いた提督の秘書が探って見つけた秘密——提督は世界の崩壊をなんどもループして止めようとしているタイムトラベラーであったのだった。
提督が誰か一人に心を決める度に乱れる学園の統一。その乱れはバタフライエフェクト云々で宇宙全体に及びついには時空崩壊に至る。なので提督は心を一人に決めることをせずに、誰とも親しくしないと言う時間線を作り出そうとするのだが実はそれは宇宙の停止、エントロピー増大による熱死へつながる時間線であって……
「ううん……」
もちろんこれは、まだ検討中の仮のものであるというエクスキューズはつけておかなければならないけど、下北沢花奈のノートによれば、この世界線において、提督は宇宙の停止を避ける為に、自らが虚無に消滅することを選んだのだった。そうすれば宇宙は救われる。なぜなら宇宙を乱すものがいなくなるから。そう決心して、何だかよくわからない装置に入り因果の彼方、無の中に消えようとする提督。しかし提督は装置のスイッチを入れた瞬間、驚愕する。自分が入った装置の中に、いつのまにかこっそりと秘書が入って隠れていたのだった。秘書は言う。「提督一人では寂しいでしょうから」そして……
ドタバタと騒がしくも、甘酸っぱい青春が繰り広げられている学園。提督が消えたことで宇宙は救われ、なので学園にも平凡で楽しい日常が続くのだった。何か物足りなさを感じながらも、楽しい学園生活を過ごす少女たちであった。何か、あるべきものが、大切なものが無いような気がしてならない。そんな何かが欠けたように思える学園生活なのだった。それが何とは言えないのだけれど、大事なものを失ったと言う思いを持ちながら過ごす日々、——しかしそれもついには最後。卒業式の総代に立った少女が呟いた言葉。「提督?」その言葉が学園中の少女によって繰り返される。——ちょうどその時、新たに生まれた宇宙の創生の瞬間、その小さな宇宙に少女たちにとって懐かしい声が鳴り響く。それは新たな世界の誕生を方向づける美しい響きとなって無に消えたかと思われたその人の暖かさが——ビックバン!
「ううん……」
俺が描けなくなっているのは、このプロットのうち秘書が提督の秘密を見つけて、自分の存在を消そうと決心するところから先であった。なんだか、それ以上さきに行こうとすると手が止まってしまうのであった。いや、それはもしかしたら下北沢花奈の体の拒否反応ではない、少なくともそれだけではないかもしれない。なんだか俺もしっくりこないのであった。
自分が消えればそれでうまく行く? で、ちゃっかり綺麗な姉ちゃんも巻き添えにしてしまうし……なんだかちょっと、これって——このプロットって——無責任な感じがしてしまうのであった。
とは言え——。
このストーリーが斉藤フラメンコ先生の絵と一緒に届けられたのなら、俺は、別に文句なく買って、読んで満足すると思うが。なんかこうやって自分がそれを作る側に回ってみれば、なんだか、これでは、この物語では満足できないのだった。なんだか全力でなく、適当なところでバランスを取って届けられた商品。そんな感じがしてしまうのだった。
でも、
「花奈が、なんかまだこのストーリーでしっくりきてないのはわかってるわよ。でも、もうこれで行かないと夏コミ間に合わないじゃない。じゃあやるしかないわ」
と代々木穣に言われて、もう七月も後半、確かにそれはそうなのだが、——と俺は思いながら、とは言っても、どうも下北沢花奈も悩んで逃げ出したっぽい重要な物語の分岐点なのだから、俺が勝手に判断してはだめだろうと、——その責任を取れる人物の帰還を待つのだった。
喜多見美亜たちが、今、必死に探してくれてるだろう斉藤フラメンコの中の人(本物)。酒飲むだけで本気で何もしないで俺(下北沢花奈)をただ監視してるだけの同人サークル仲間のお姉様お二人の厳しい視線に耐えながら、俺は拙速な決断をするのをずっと控えその時を待つのだった。
俺には確信があった。下北沢花奈は、たぶん俺と同じ思考パターンのオタク少女。そんな奴がいきなりリア中の殻を被ったら? そんな奴が行く(行ける)とこは? オタクが考える、都内のリア充スポットに山をはれば、そこに彼女は現れるのでは? そして、そんなオタクの思考にもだいぶ慣れた喜多見美亜であれば、遅かれ早かれ下北沢花奈を捕まえることができるのでは? そう俺は思ったのだった。
そして、
「あれ? こんな時間に誰かな? はーい! 今でますよ……」
インターフォンの鳴る音のあと、そのスピーカーから聞こえてきた声に、俺は待ちに待った騎兵隊の到着を知るのだった。
「はあ? 花奈の同じ学校の向ケ丘さん? そのあなたがなんのご用で?」
律さんの当惑したような声に喜多見美亜は言うのだった。
「理由など決まっています。私は、花奈さんの騎士ですから——危機にはかならず参上仕るのです」
「はい……?」
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