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085:歓待
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クリストたちは地下1階でのあれこれを終えたその日を結局地上で過ごした。10階の施設がまだ整っていないということもあるし、1階での探索で多少疲れていたこともある。どちらで休憩を取るかと言われたらそれはより安全な地上でということになるだろう。クリストたちはまだ宿屋が営業していないという話を聞いていたのでギルド内の空き部屋も引き続き借りて泊まらせてもらった。1階で行動を共にしたステラたちは森の別荘で過ごして翌日10階へ下りるという話だったので、もしかしたらその時も一緒になるかもしれない。エディはレイス戦のダメージをとにかく回復。それ以外にも装備の点検や備品の点検、追加購入などやることはいろいろとある。今日はゆっくりしてそれからまた明日だ。
肝心のエディの回復具合がもう一つということもあって、翌日の出発もゆっくりとしたものだった。普通は一晩休めば完全に回復するものなのだが、今回は勝手が違ったようだ。レイスの何か特殊な攻撃を受けたその影響が残っているとも考えられ、ギルドの鑑定では特に異常も見つからなかったのだが、10階まで行ったらそこでルーナに鑑定してもらうことも考えている。
ギルドの施設を出てダンジョンへ。この日も門の建設作業が朝早くから始まっていて、今日中にはおおまかな形ができ、そして2、3日もすれば出張所と商業棟をつなげる形で門が完成するだろうという話だった。その作業を見ながらダンジョンへの道へと入っていく。数日前に軍が大挙して進んでいった跡はもう確認できない。それでもダンジョン入口まで着くと、その周辺にはダンジョンへ入っていくような形で大型犬の足跡がいくつかあり、これはステラたちはもう10階へ行ったのだなと分かった。
クリストたちもいつもと同じようにダンジョンへ入り、地下1階を隠し部屋の昇降機へと進んでいく。その昇降機の籠は10階にあるようで、レバーを操作してそれを1階へと呼ぶ。ガコガコと音をさせながら到着した籠に全員が乗り込み、鍵を使って今度は自分たちを乗せて10階へとガコガコと降りていくのだ。縦坑の中は相変わらず薄暗くガッコガッコと振動の伝わる籠の乗り心地は快適ではない。次第に明るくなる下方にようやく10階かと一安心したところで籠は光を取り戻した部屋の中へと降り立ち、ガッコンとクリストたちを激しく揺さぶりながら動きを止めた。
10階には最初に来たときとは違い人の気配が多かった。通路を行ったり来たりしているギルド職員。その足元を転がっていくスライム。視線の先ではステラがカウンターに手を置いているような姿勢でぴょんぴょんと小さく跳びはねていて、その傍らにはヴァイオラが静かに立っていた。ギルドが確保した部屋には木材だとか木箱だとか布袋だとかが積み上がっている。対するセルバ家が確保した部屋の入り口側には木材が並べられていていずれここはこれでふさぐのだろうなと想像させた。その部屋の中では1頭の白いオオカミが寝転がる場所を決めようというのかくるくると回っていた。
「あ、来られたのですね、お疲れさまです」
さっきまでぴょんぴょんと跳ねていたステラが声を掛けてくる。
「おー、そっちもお疲れさん。今日はアーシア様はいないんだな」
「はい。お父様と一緒に書類とにらめっこです。わたしたちは今日はいろいろと持ってきたので皆さんが使えるように置いていこうかと」
「お? ここをどう使うのか決めたのか」
「はい。お隣はわたしたちの部屋になりますね。それで向こうの、階段の前のところ。階段に近い2つはトイレにします。もう2つはテントとかベッドとかを展示してお試しで使ってもらって、それで気に入ったら買ってほしいなって」
「え、テントも置いてくれるの? うれしい、あれ使ってみたかった。1人用?」
「1人用ですね。大きなサイズを置くと狭くなってしまうので、そういうのもありますよとはしておきますけれど」
「あれは? あの、えーと、ハンモック。ダンジョンじゃ使えないけど良さそうだった」
「それも置きます。ハンモックはお兄様もお気に入りなんですよね。えっと、結ぶところがなくても使えるように台座ごと置くので使ってみてください」
わーいとフリアが無邪気に喜んでいる。
「私としてはトイレにしますっていう方が気になるんだけど」
「えーっと、ここはトイレないですよね。それでギルドの職員さんたちもいるし、これから軍の人たちも来るでしょう? そうすると大勢の人がいるのにトイレがないっていう悲しいことになるので、その辺りをルーナさんに説明したところ」
「はい。階段側2部屋はトイレへと改装いたしました。男女別で2部屋ですね。使い方の説明も掲示してございます」
こう、と動作付きで説明するステラを受けてルーナが答える。どうやらすでに改装済みらしい。詳しく聞くと、トイレは水洗、使った後にひもを引くと水が流れるという仕組みを導入しているのだという。これは地上でもかなりの金持ちだとか王城だとかに設置されているタイプだそうだ。そして水の流れてくる元だとか流れていく先だとかはダンジョンだから気にするなということらしい。
「水が流れるのね。いいわね、スライムを探さなくてもいいってことだし」
「そのスライムがいつの間にかその辺を転がっているのは気になるがな」
「あ、それはルーナさんにお聞きしたら、どうぞということだったので上から連れてきました」
「清掃に役立っているとお聞きしましたから、それならばここにいたとしても問題になるようなことはないでしょう。もっともダンジョンにごみがたまるのかという問題はございますが」
「たまらないのです?」
「どうでしょう。たとえたまったとしてもダンジョンの場合はリセットで全て初期化できますから」
「りせっと? 初期化ってのはまっさらな状態になるってことだよな。ダンジョンてのはそういう仕組みがあるのか?」
「はい。解決が困難な障害が発生した場合に初期化するための機能となります」
「その時中にいたらどうなるんだ?」
「ダンジョンの外、入ってきた場所へと排出されます。有機物、生きているものは排出、無機物、それ以外のものは消滅となります」
何事も聞いてみるものだった。ダンジョンの状態を初期化、一番最初の状態に戻す機能があるということは初めて知ったし、恐らく誰も知らないことだろう。この情報はギルド職員も作業の手を止めて聞き耳をたてるくらいには重要な要素だった。
「なあ、聞いていいことかどうか分からんのだが、聞いてもいいか」
ステラは楽しそうにまたぴょんぴょんと跳ねているが、こんなところにいていいものなのだろうか。
「なんでしょう?」
「学園はどうしたんだ?」
問いかけると口に手を当ててうひひと笑った。何だそれは。
「いえ、学園で授業が始まったと思ったらさっそくいじめられまして。つらく苦しく悲しいので実家に逃げ帰ってきたのです」
「何でそんなに楽しそうに言うんだよ‥‥いじめられてってのはマジか。子爵家の長女だろう? いじめるようなやつがいるもんなのか」
「いるんですよこれが。うち、領地持ちの子爵家筆頭だと思うのですけれど」
お手上げ、というようなポーズをつけて言う。
セルバ家は子爵家では唯一の領主、州知事職にある子爵を頭首に持つ家だ。子爵というとそこまででもなさそうだが、セルバ家となるとそうでもない。領主としては格下だが子爵家としては一番上だ。そこの長女をいじめることができるような格式の家がどれだけあるのか、そしてそういう家の子弟がいじめなどするものか。
「そういう言い方をするってことは‥‥」
「もちろんわがセルバ家の方が上ですね。よくぞと思ってしまいましたが当人分かっているのかどうかはかなり怪しいですね」
「で、これ幸いと遊んで‥‥」
「これはお仕事。お仕事なのです。セルバ家の大事なお仕事」
こう、と手でポーズを付けて言う。わかって言っているなこれはというのが良く分かる。その隣でヴァイオラはうんうんとうなずいているし、ルーナはカウンターの向こうでわれ関せずだ。
「あ、それでわたしも鑑定してもらったのですよ。すごいですよ。何もなさ過ぎてびっくりします。わたしこんななのかってさすがに思いました。これがいじめの原因なのですよねえ」
ぴらぴらと鑑定結果を持ち上げて振る。さっきまでぴょんぴょんとしていたのはこれが楽しかったからか。
「おーい、隠しておけよ。見せびらかすものでもないだろう」
「平気ですよ。わたしの肩書なんてまだセルバ家長女と学園一年生くらいですよ。まあ本当のところ、ルーナさんいわくわたしの能力値自体は多少の高い低いはあっても総じて普通だそうです。スキルとかギフトとかが何もないこと以外はおかしなところはないみたいですね」
さすがに能力値のところは手を置いて隠しながら、こう、と見せてくる。
「おーい、さすがにヒットポイントとかも隠しておけよ。‥‥これも普通なのか? 少なくないのか?」
「うーん、ヒットポイント3。少なく見えますよね。でもこれもルーナさんいわく、普通だそうです。あのですね、普通の一般の人、クラスがコモナーというものになるそうですけれど、ヒットポイントは4か5だそうです。6あればすごいと。それでよく考えると当然なのですよね。えっと、ロングソード、あるじゃないですか。片手で振るってダメージが1から8だと聞きました。それで、ロングソードで一般の人を切ったとしたらどうなるのか。当たり所が悪ければ普通に死にますよね。おなかばっさりとか、おなかぐっさりとか、普通に死ぬと思いませんか。そういう切られ方をしたら、それはダメージは最大の8が出るでしょうし、そうなれば当然ヒットポイントはマイナスになりますよね」
ステラがこうで、こう、とポーズを付けながら説明するが、それは確かに死ぬだろうなと思えた。確かヒットポイントが0になれば気絶、マイナスで死亡だったか。一般人で4か5だというのならばそれは当たり所が悪ければ死ぬだろう。ナイフだって包丁だって草刈り鎌だって死ぬことはあるだろう。そうするとステラのヒットポイントが3というのもおかしなものではないし、ここで聞き耳を立てているギルド職員の中にもその程度のヒットポイントのものはいるかもしれなくて、そうして自分たち冒険者というもののヒットポイントの異常さというものも気にはなった。
「ヒットポイントの補正はクラスとレベルによるそうですよ。皆さんはかなり高そうだなと聞いているだけで分かります。冒険者、すごいですね。ロングソードでぐっさりやってもびくともしない?」
「するぞ、普通にする。と思うんだがなあ。話を聞いていると、何というか、自信がなくなってきたな」
もっとこのステータスというものの詳しい話をいろいろとルーナに聞いてみたくなる。クラス、スキル、ギフト、そういうもので補正されることを前提しているのか、その仕組みというものが気になった。
結局わあわあと話していてエディの鑑定がだいぶ遅くなってしまった。結論から言えば回復に非常に時間のかかる状態異常にかかっていたということが確認された。レイスによる体力の吸収という効果で、これは現状のポーション類での治療ができないため、時間経過に頼るしかないのだという。その効果をもたらしたレイスが生きていれば永続、死んでいれば2、3日で解消されるだろうということだ。幸い対象のレイスは倒している。あとは体調次第と言われてしまったので残念ながらこの日の内に門前の魔物に挑むようなことはせず、とにかくもう少し休むことになった。
その間に集めてきた金属板の使い方の説明を聞き、そしてフリアはハンモックに寝転がってゆらゆらと揺らしたり、カリーナは水洗な上に鏡も備えられた大きな洗面台まで完備されたトイレに出たり入ったりしたりと優雅に時間を使っていた。
その状況に変化があったのはもう夜も遅くなった時間だった。クリストたちもそろそろ寝るかと考えていて、居残りのギルド職員も、ステラたちもそれぞれの場所に用意した寝床で休んでいる時だ。管理人室からモノドロンが出てきて階段方向へと移動する。クリストがそれに気がついて通路に出てきてみると、階段の方向から物音とざわざわとした気配が下りてくるのが分かった。人の気配、それも大勢だ。そして鎧の立てるガチャガチャという騒々しい物音がしてくる。
もう来たか、と思う。残念ながらエディの回復が間に合わず門前の魔物にはまだ挑めていない。そこへ軍が到着してしまった。幸いこの場所にはギルドもセルバ家もいるのだ。そうむちゃなことは言い出さないだろうとは思うが、だが、軍がどういう反応を示すのかは気になった。
下りてきた兵士たちの一部は疲れた表情を浮かべていた。担架に乗せられた兵士も何人もいる。傷だらけの鎧、傷だらけの盾。頭や腕を包帯でぐるぐる巻きにしている者もいる。やはり簡単ではなかったのだ。先頭を来るマリウス将軍の表情も厳しかった。その視線がモノドロン、そしてクリストに向く。
「ふむ、やはり先に10階には到達していたか」
「まあな。だがあんたたちもさすがに早いな。もう少しかかるかと思ったんだが」
「ふ、なめてもらっては困る。‥‥とはいえかなり無理をさせてしまった。どこかで休ませることはできるか?」
「ああ、大丈夫だ。俺たちはこっちにいるんだが、そこ、向かいは空いている。そこで休ませるといい。待っていろ、ギルドを呼んでくる」
確か30人程度はいたはずだ、一部屋では足りないだろう。ギルドにも言って他の部屋も使った方がいいだろうと思えた。それにしてもマリウス将軍の口振りだった。やはり軍の威信というものか、相当無理をしてここまで来たのだろう。その行程が気になった。
肝心のエディの回復具合がもう一つということもあって、翌日の出発もゆっくりとしたものだった。普通は一晩休めば完全に回復するものなのだが、今回は勝手が違ったようだ。レイスの何か特殊な攻撃を受けたその影響が残っているとも考えられ、ギルドの鑑定では特に異常も見つからなかったのだが、10階まで行ったらそこでルーナに鑑定してもらうことも考えている。
ギルドの施設を出てダンジョンへ。この日も門の建設作業が朝早くから始まっていて、今日中にはおおまかな形ができ、そして2、3日もすれば出張所と商業棟をつなげる形で門が完成するだろうという話だった。その作業を見ながらダンジョンへの道へと入っていく。数日前に軍が大挙して進んでいった跡はもう確認できない。それでもダンジョン入口まで着くと、その周辺にはダンジョンへ入っていくような形で大型犬の足跡がいくつかあり、これはステラたちはもう10階へ行ったのだなと分かった。
クリストたちもいつもと同じようにダンジョンへ入り、地下1階を隠し部屋の昇降機へと進んでいく。その昇降機の籠は10階にあるようで、レバーを操作してそれを1階へと呼ぶ。ガコガコと音をさせながら到着した籠に全員が乗り込み、鍵を使って今度は自分たちを乗せて10階へとガコガコと降りていくのだ。縦坑の中は相変わらず薄暗くガッコガッコと振動の伝わる籠の乗り心地は快適ではない。次第に明るくなる下方にようやく10階かと一安心したところで籠は光を取り戻した部屋の中へと降り立ち、ガッコンとクリストたちを激しく揺さぶりながら動きを止めた。
10階には最初に来たときとは違い人の気配が多かった。通路を行ったり来たりしているギルド職員。その足元を転がっていくスライム。視線の先ではステラがカウンターに手を置いているような姿勢でぴょんぴょんと小さく跳びはねていて、その傍らにはヴァイオラが静かに立っていた。ギルドが確保した部屋には木材だとか木箱だとか布袋だとかが積み上がっている。対するセルバ家が確保した部屋の入り口側には木材が並べられていていずれここはこれでふさぐのだろうなと想像させた。その部屋の中では1頭の白いオオカミが寝転がる場所を決めようというのかくるくると回っていた。
「あ、来られたのですね、お疲れさまです」
さっきまでぴょんぴょんと跳ねていたステラが声を掛けてくる。
「おー、そっちもお疲れさん。今日はアーシア様はいないんだな」
「はい。お父様と一緒に書類とにらめっこです。わたしたちは今日はいろいろと持ってきたので皆さんが使えるように置いていこうかと」
「お? ここをどう使うのか決めたのか」
「はい。お隣はわたしたちの部屋になりますね。それで向こうの、階段の前のところ。階段に近い2つはトイレにします。もう2つはテントとかベッドとかを展示してお試しで使ってもらって、それで気に入ったら買ってほしいなって」
「え、テントも置いてくれるの? うれしい、あれ使ってみたかった。1人用?」
「1人用ですね。大きなサイズを置くと狭くなってしまうので、そういうのもありますよとはしておきますけれど」
「あれは? あの、えーと、ハンモック。ダンジョンじゃ使えないけど良さそうだった」
「それも置きます。ハンモックはお兄様もお気に入りなんですよね。えっと、結ぶところがなくても使えるように台座ごと置くので使ってみてください」
わーいとフリアが無邪気に喜んでいる。
「私としてはトイレにしますっていう方が気になるんだけど」
「えーっと、ここはトイレないですよね。それでギルドの職員さんたちもいるし、これから軍の人たちも来るでしょう? そうすると大勢の人がいるのにトイレがないっていう悲しいことになるので、その辺りをルーナさんに説明したところ」
「はい。階段側2部屋はトイレへと改装いたしました。男女別で2部屋ですね。使い方の説明も掲示してございます」
こう、と動作付きで説明するステラを受けてルーナが答える。どうやらすでに改装済みらしい。詳しく聞くと、トイレは水洗、使った後にひもを引くと水が流れるという仕組みを導入しているのだという。これは地上でもかなりの金持ちだとか王城だとかに設置されているタイプだそうだ。そして水の流れてくる元だとか流れていく先だとかはダンジョンだから気にするなということらしい。
「水が流れるのね。いいわね、スライムを探さなくてもいいってことだし」
「そのスライムがいつの間にかその辺を転がっているのは気になるがな」
「あ、それはルーナさんにお聞きしたら、どうぞということだったので上から連れてきました」
「清掃に役立っているとお聞きしましたから、それならばここにいたとしても問題になるようなことはないでしょう。もっともダンジョンにごみがたまるのかという問題はございますが」
「たまらないのです?」
「どうでしょう。たとえたまったとしてもダンジョンの場合はリセットで全て初期化できますから」
「りせっと? 初期化ってのはまっさらな状態になるってことだよな。ダンジョンてのはそういう仕組みがあるのか?」
「はい。解決が困難な障害が発生した場合に初期化するための機能となります」
「その時中にいたらどうなるんだ?」
「ダンジョンの外、入ってきた場所へと排出されます。有機物、生きているものは排出、無機物、それ以外のものは消滅となります」
何事も聞いてみるものだった。ダンジョンの状態を初期化、一番最初の状態に戻す機能があるということは初めて知ったし、恐らく誰も知らないことだろう。この情報はギルド職員も作業の手を止めて聞き耳をたてるくらいには重要な要素だった。
「なあ、聞いていいことかどうか分からんのだが、聞いてもいいか」
ステラは楽しそうにまたぴょんぴょんと跳ねているが、こんなところにいていいものなのだろうか。
「なんでしょう?」
「学園はどうしたんだ?」
問いかけると口に手を当ててうひひと笑った。何だそれは。
「いえ、学園で授業が始まったと思ったらさっそくいじめられまして。つらく苦しく悲しいので実家に逃げ帰ってきたのです」
「何でそんなに楽しそうに言うんだよ‥‥いじめられてってのはマジか。子爵家の長女だろう? いじめるようなやつがいるもんなのか」
「いるんですよこれが。うち、領地持ちの子爵家筆頭だと思うのですけれど」
お手上げ、というようなポーズをつけて言う。
セルバ家は子爵家では唯一の領主、州知事職にある子爵を頭首に持つ家だ。子爵というとそこまででもなさそうだが、セルバ家となるとそうでもない。領主としては格下だが子爵家としては一番上だ。そこの長女をいじめることができるような格式の家がどれだけあるのか、そしてそういう家の子弟がいじめなどするものか。
「そういう言い方をするってことは‥‥」
「もちろんわがセルバ家の方が上ですね。よくぞと思ってしまいましたが当人分かっているのかどうかはかなり怪しいですね」
「で、これ幸いと遊んで‥‥」
「これはお仕事。お仕事なのです。セルバ家の大事なお仕事」
こう、と手でポーズを付けて言う。わかって言っているなこれはというのが良く分かる。その隣でヴァイオラはうんうんとうなずいているし、ルーナはカウンターの向こうでわれ関せずだ。
「あ、それでわたしも鑑定してもらったのですよ。すごいですよ。何もなさ過ぎてびっくりします。わたしこんななのかってさすがに思いました。これがいじめの原因なのですよねえ」
ぴらぴらと鑑定結果を持ち上げて振る。さっきまでぴょんぴょんとしていたのはこれが楽しかったからか。
「おーい、隠しておけよ。見せびらかすものでもないだろう」
「平気ですよ。わたしの肩書なんてまだセルバ家長女と学園一年生くらいですよ。まあ本当のところ、ルーナさんいわくわたしの能力値自体は多少の高い低いはあっても総じて普通だそうです。スキルとかギフトとかが何もないこと以外はおかしなところはないみたいですね」
さすがに能力値のところは手を置いて隠しながら、こう、と見せてくる。
「おーい、さすがにヒットポイントとかも隠しておけよ。‥‥これも普通なのか? 少なくないのか?」
「うーん、ヒットポイント3。少なく見えますよね。でもこれもルーナさんいわく、普通だそうです。あのですね、普通の一般の人、クラスがコモナーというものになるそうですけれど、ヒットポイントは4か5だそうです。6あればすごいと。それでよく考えると当然なのですよね。えっと、ロングソード、あるじゃないですか。片手で振るってダメージが1から8だと聞きました。それで、ロングソードで一般の人を切ったとしたらどうなるのか。当たり所が悪ければ普通に死にますよね。おなかばっさりとか、おなかぐっさりとか、普通に死ぬと思いませんか。そういう切られ方をしたら、それはダメージは最大の8が出るでしょうし、そうなれば当然ヒットポイントはマイナスになりますよね」
ステラがこうで、こう、とポーズを付けながら説明するが、それは確かに死ぬだろうなと思えた。確かヒットポイントが0になれば気絶、マイナスで死亡だったか。一般人で4か5だというのならばそれは当たり所が悪ければ死ぬだろう。ナイフだって包丁だって草刈り鎌だって死ぬことはあるだろう。そうするとステラのヒットポイントが3というのもおかしなものではないし、ここで聞き耳を立てているギルド職員の中にもその程度のヒットポイントのものはいるかもしれなくて、そうして自分たち冒険者というもののヒットポイントの異常さというものも気にはなった。
「ヒットポイントの補正はクラスとレベルによるそうですよ。皆さんはかなり高そうだなと聞いているだけで分かります。冒険者、すごいですね。ロングソードでぐっさりやってもびくともしない?」
「するぞ、普通にする。と思うんだがなあ。話を聞いていると、何というか、自信がなくなってきたな」
もっとこのステータスというものの詳しい話をいろいろとルーナに聞いてみたくなる。クラス、スキル、ギフト、そういうもので補正されることを前提しているのか、その仕組みというものが気になった。
結局わあわあと話していてエディの鑑定がだいぶ遅くなってしまった。結論から言えば回復に非常に時間のかかる状態異常にかかっていたということが確認された。レイスによる体力の吸収という効果で、これは現状のポーション類での治療ができないため、時間経過に頼るしかないのだという。その効果をもたらしたレイスが生きていれば永続、死んでいれば2、3日で解消されるだろうということだ。幸い対象のレイスは倒している。あとは体調次第と言われてしまったので残念ながらこの日の内に門前の魔物に挑むようなことはせず、とにかくもう少し休むことになった。
その間に集めてきた金属板の使い方の説明を聞き、そしてフリアはハンモックに寝転がってゆらゆらと揺らしたり、カリーナは水洗な上に鏡も備えられた大きな洗面台まで完備されたトイレに出たり入ったりしたりと優雅に時間を使っていた。
その状況に変化があったのはもう夜も遅くなった時間だった。クリストたちもそろそろ寝るかと考えていて、居残りのギルド職員も、ステラたちもそれぞれの場所に用意した寝床で休んでいる時だ。管理人室からモノドロンが出てきて階段方向へと移動する。クリストがそれに気がついて通路に出てきてみると、階段の方向から物音とざわざわとした気配が下りてくるのが分かった。人の気配、それも大勢だ。そして鎧の立てるガチャガチャという騒々しい物音がしてくる。
もう来たか、と思う。残念ながらエディの回復が間に合わず門前の魔物にはまだ挑めていない。そこへ軍が到着してしまった。幸いこの場所にはギルドもセルバ家もいるのだ。そうむちゃなことは言い出さないだろうとは思うが、だが、軍がどういう反応を示すのかは気になった。
下りてきた兵士たちの一部は疲れた表情を浮かべていた。担架に乗せられた兵士も何人もいる。傷だらけの鎧、傷だらけの盾。頭や腕を包帯でぐるぐる巻きにしている者もいる。やはり簡単ではなかったのだ。先頭を来るマリウス将軍の表情も厳しかった。その視線がモノドロン、そしてクリストに向く。
「ふむ、やはり先に10階には到達していたか」
「まあな。だがあんたたちもさすがに早いな。もう少しかかるかと思ったんだが」
「ふ、なめてもらっては困る。‥‥とはいえかなり無理をさせてしまった。どこかで休ませることはできるか?」
「ああ、大丈夫だ。俺たちはこっちにいるんだが、そこ、向かいは空いている。そこで休ませるといい。待っていろ、ギルドを呼んでくる」
確か30人程度はいたはずだ、一部屋では足りないだろう。ギルドにも言って他の部屋も使った方がいいだろうと思えた。それにしてもマリウス将軍の口振りだった。やはり軍の威信というものか、相当無理をしてここまで来たのだろう。その行程が気になった。
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修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
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