ダンジョン・エクスプローラー

或日

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087:国軍、家路を急ぐ。

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 群がるアニメイテッド・アーマーを撃破してたどりついた場所はこれまでに輪を掛けておかしな場所だった。入ってきたのと同じような両開きの扉を開けた先に広がっていたのは緑の草原だったからだ。
 扉から奥へ向かってぐねぐねと伸びる道。見渡すとところどころに立木があり、低木が赤い花をいくらかつけて植わり、道沿いには一部に柵もある。その途中では左に農機具小屋のようなものがあり、その向こうにある畑だろう場所に青葉が茂っている。右にはヤギが2頭草を食み、そして正面遠くには平屋の家があった。家の屋根からは煙突が顔を見せ、白い煙を漂わせている。どう見ても田舎の一軒家のようだった。
「これは、何だ?」
「ここが10階の外ってことではないですよね?」
「分からん。あのアニメイテッド・アーマーが最後だったという可能性もないわけではないが‥‥」
 振り返ると背後に扉はある。そしてその向こうには今まさに突破してきた広間があり、崩れ落ちた鎧がまだ残っていた。だが扉が置かれている場所はおかしかった。壁がない。壁がなく草原が広がっていて、そこに両開きの扉がぽつんと置かれているのだ。
「どうも違和感がひどいな。全員入れ、背後に注意しながら左右に広がれ。端を確認するぞ」
 右にフロカートの部隊、左にクウレルの部隊がそのまま開いていく。
「お、これは壁がありますね。何もないように見えますが触ると壁がある」
「ふむ。では左右の確認だ。左右にも壁があるのならばここはまだダンジョンの中である可能性が高い」
 扉から離れたところでその左右が見えない壁に変わっていることを確認すると、その壁沿いにさらに移動し、左右の端を探していく。結果としては左右にも壁はあった。先ほどの広間よりもさらに広く、見えているままにかなり広い範囲に草原が広がっていると考えて良さそうだ。
 そうなると問題はこのエリアに潜むだろう魔物がどこにいるのかということだ。あの見えているヤギだとは考えにくく、草むらに隠れているのか、それとも建物の中かと想像させる。道沿いをマリウス、その右にフロカート、左にクウレルが並び、後ろを警戒しながらイェレミアスとパキの部隊が続く形で進んでいくことに決めると、左右の草むらや木立に向かって槍を振るいながらゆっくりと前進していく。だがどこからも魔物の襲撃はなく、そのまま農機具小屋らしき建物の近くまでたどり着いてしまった。
「これも普通の農機具小屋に見えますね。特におかしなものはなさそうだ」
「それにそこは普通の畑でしょう。植わっているのは何ですかね。葉物の野菜に見えますが」
「ニンジンとキャベツくらいは分かるだろう?」
 遠目に見る限りは普通の小屋、普通の道具、普通の野菜に見える。
「で、こっちは、あー、ヤギに見えますね。こっちを警戒しているのか近づいては来ませんが」
「あとはあれは井戸だな。それと家の方は‥‥む? 誰かいるのか?」
 周囲を見渡していたフロカートが気がつく。家の中から誰かが外に出てきて建物の前を横切り井戸の方へ移動していったようだ。今は植え込みで見えない。いやすぐに向こうに現れた。人、頭に頭巾のようなものを着け、服装から見ると農家の婦人のようであった。手には水桶だろうものを持っている。
「人、か?」
「そう見えますが‥‥何にせよ、もう少し近づいてみないと分かりませんね」
「よし。フロカート、ヤギの方へ回りながら井戸へ向かってみてくれ。クウレル、農機具小屋と畑の確認だ。イェレミアス、前へ。家へ行くぞ」
 幸いこちらは人数がいる。手分けして一つ一つ確認だ。マリウスとイェレミアスの部隊が最も大きな施設である家を目指して移動を開始する。フロカートの部隊がヤギへ近づいていくと、てっと小走りに離れたヤギがメェェと鳴いた。その鳴き声に井戸へ近づいていた人が立ち止まりこちらを向く。どうだろう、エプソンに頭巾、腕まくりをしたその姿は30代か40代か、いかにも農家の婦人といった出で立ちだった。目の上に右手でひさしを作り、少し背伸びをするようにしてフロカートの方を見る。
「※※※※※※※※!」
 右手を振って何事か声をかけてくるが言葉の内容は判然としない。6階で見たメモは古語だった。だとすればこの言葉も古語か、それともこの地下世界特有の言葉でもあるのか。いずれにせよそのしぐさ、反応の仕方はとても普通の人のように見えた。その女性は水桶を井戸のふちに置くと家の方へと引き返していく。
 マリウスとイェレミアスの部隊が急ぎ足で家へと向かうと、ちょうど玄関前に来ていたその女性の姿があった。
「済まない! こちらの言うことが分かるだろうか!」
 マリウスが声をかけるとその女性は首をかしげる。
「※※※※※※※※※※※※※※」
 何を言っているのか分からないという表現か、首を左右に振るとそのまま玄関に向かうためかテラスに上がっていく。テラスにはテーブルやイスが並びテーブルの上にはポットやカップがある。隅に置かれた鉢植えには黄色い花が風に揺れていた。
「言葉は通じないか‥‥」
 右を見るとちょうどフロカートが井戸をのぞき込んでいるところだった。
 女性が玄関を開け、中に入っていく。ちらりと見えた部屋の中は雑多に物が置かれた生活感のあるリビングのようだった。
「ちょっと声をかけてみますか」
 そう言うとイェレミアスが槍を部下に手渡し、盾の裏で剣に手をかけながらテラスに上っていく。その部隊もいつでも戦闘に入れるようにテラスの手前に展開した。
「話を聞きたいのだが‥‥」
 家の中からは何かカチャカチャと食器でも触っているのか音がする。
 イェレミアスが扉から中をのぞきながらノックをしながら声をかけた。

「危ない!」
 それに真っ先に気がついたのは振り返って家の方を見ていたトラセレルだった。それまでこの場所に魔物の気配はまったくなかった。危険も何一つ感じてはいなかった。だが今は違う。ぐにゃりとゆがんだ屋根の軒先には大きな牙が並んでいた。テラスを縁取るように牙が並んでいた。テラスの敷物はヘビのように動き、目の前に立っていた兵士に巻き付こうとしている。
 気がついた瞬間、世界が一変した。
 家だけではなかった。農機具小屋をのぞき込んでいた兵士の周りで扉の縁にずらりと牙が並び、その形がぐにゃりとゆがんで兵士にかみつきそのまま飲み込もうとする。小屋の前ではバケツがタルが牙をむいて動き出し、ピッチフォークにシャベルに草刈り鎌に口が現れて、それを開いて牙をむき襲ってくる。畑のニンジンもキャベツも同じように牙をむき、柵もまた板の上に横一線に線が引かれて、その線が口となって開き、牙をむいて動き出した。
 井戸はもっと過激だった。井戸の口はそのまま牙をむいて、のぞき込んでいたフロカートの上半身をがぶりと飲み込む。ふちに置かれていた水桶もまた牙をむいて兵士に襲いかかり、別の兵士の足元では敷石が口を開いてその上の足首に牙を立てた。
 ヤギは胴体が真っ二つに裂けてそこに牙が並び、大口を開けて動き出す。二本足で立ち上がり胴体が真っ二つに裂けて牙が並んでいるという異様な姿になっていた。
 道の上で一歩引いて待機していたパキの部隊の足元に草が巻き付いて動きを封じ、柵が牙の並んだ口を開き、立木がトレントのように口を開け根を足にして動き出す。
 周囲の全てが魔物だった。草も木も野菜も柵も小屋も井戸も敷石も置かれている道具もそして家そのものも、全てが牙をむいて襲いかかってきていた。
 バクリとはっきりとした大きな音をさせて家が口を閉じ、イェレミアスと、もう1人の兵士がその中に飲み込まれてしまう。井戸はフロカートを飲み込み、農機具小屋も兵士を1人飲み込み、また全員が一斉に周囲の何物かに襲われていた。
「敵だ! 切り払え!」
 マリウスが大声を上げて全員の意識を戦場に引き戻す。
「ほうけている場合ではないぞ! やつが口を開いたら槍を立てろ!」
 家に飲み込まれてしまった2人が心配だった。口を開けさえすれば状態も確認できるし槍をつっかい棒にしてそこから突入することもできるだろう。

 意識を切り替えた兵士たちが足元にいる小さなものをとにかく蹴り飛ばし、周囲の家具を敷石を草を木を、とにかく適当に狙って剣を振り回す。跳ね飛ばされ、切り飛ばされることで小さなものはすぐにそのまま動かなくなるが、さすがにそれが木だ柵だ小屋だ井戸だとなると簡単ではなかった。
 家がまた大口を開き、目の前の兵士たちに迫ろうとしたところで待ち構えていた兵士たちによってその中につっかい棒のように槍が立てられる。すぐそこに鎧を着けた足が見えていた。マリウスの部隊がそこへ飛び込み、2人の足をつかんでひきずって外へと引っ張っていく。手の空いているものは援護するためにひたすら家具や壁や扉に向かって剣を振った。引きずり出される1人にはまだヘビのように元敷物だった魔物が巻き付いていて、それは剣を使って切り裂くことで助け出す。イェレミアスは鎧の胴部分がゆがんでいて意識もない。
 奥から引きずり出されるイェレミアスを追って、人のような形のものが姿を見せる。頭巾とエプロン、最初の女性だっただろうものだが、その形は少し崩れていて顔はもう判別もできない。そして足はなくそのまま肉の塊のようなものが奥へとつながって伸びていた。イェレミアスを追うように迫ってくるそれに向かって兵士が思い切り剣を振り下ろすと、肉塊は切断されてビタンビタンとのたうちながら奥へと戻っていく。床に落ちた元女性だった部分がビクビクとけいれんしていた。
「出ろ、出ろ! 口の中にブラスト・ボールだ!」
 つっかえ棒になっていた槍がゆがみ、狭まってきていた口を通り抜けて全員が外へ出たことを確認すると、アエリウスがそこへブラスト・ボールを投げ込む。口の奥に転がりながら炎を上げ始め、そして爆発とともに巻き起こった炎が口の中を覆い尽くす。家はその場でジタバタと暴れ始めた。

 井戸は周りからひたすら盾で殴られ続け、フロカートをくわえていた口がゆるんだところで体を引きずり出すと、その空いた場所に手当たり次第に槍が突っ込まれた。フロカートの鎧もまたゆがんでいて牙によって穴が開いた場所もあった。敷石には剣が突き立てられ、水桶も割れて破片が散乱している。草はやたら雑に刈り払われ、木は根元から折れたように倒れていった。
 農機具小屋には火が放たれ、ゆるんだ口から兵士が引きずり出される。農機具も野菜も皆乱雑に切り払われて残骸となっていった。
 パキの部隊もまた剣を振るって草を刈り払い、奇妙な形になったヤギに剣を突き刺し、柵は蹴り倒し、たいまつに火をつけて立木と向かい合う。
 家、井戸、小屋、立木、そういった大きなものはすぐには片付けられなかったが、小さいものに関しては弱かったことが幸いした。足を取られ、気がつくのに遅れ、襲撃を受けることはあったものの、倒すこと自体は難しくはなかったことが幸いした。そうして最終的に小屋と立木と家は炎上し、井戸は崩壊した。
 だが家の前の比較的開いていた場所に集合した時には多数のけが人を出してしまっていた。やはり魔物と気がつけなかったことが大きい。
 報告でミミックという宝箱に寄生する魔物は見てはいて、今回のものもそれに近い、家や井戸や立木や、そういったものに寄生、あるいは擬態した魔物の群れであろうということは分かるのだが、それがまさかこれほどの規模で行われるとは考えていなかった。
 そして10階の外にあるという地下世界を実際に6階から見ていて、ここがそれのように思えてしまったこと、魔物の気配や危険を感じずに進んできてしまったこと、家の住人のような女性を見てしかも会話らしきものを交わしてしまったこと。さまざまな要因はあったにせよ、この事態を想定できていなかった。
 油断してしまったということもあるだろう。このダンジョンの仕掛けてくるこういった環境そのものを使った罠の経験がなかったということもあるだろう。確かにこれでこのエリアの魔物は撃破できたのだろうが、それにしてもかなりの損失を出してしまっている。フロカートとイェレミアスが重傷を負ったこともそうだが、全体の体力の回復を考えるとポーションが足りていなかった。ケガの治療に使うそれ以外の医薬品も不足している。いくら輜重部隊がついているとはいっても用意できているものにはやはり限りがあったのだ。装備もいくらか失ってしまい、それに加えて破損した武具の修理をしようにもやはりその道具も足りていない。ここまでが順調過ぎたのかもしれない。やはり9階は違うのだ。ダンジョンの9階を攻略するというのは簡単なことではなかったのだ。
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