ダンジョン・エクスプローラー

或日

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088:国軍、威信を示さんとす。

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 焼け落ちた家の後にはなぜかまったく無傷の両開きの扉が残されていた、
 この場で休憩を取ってもいいのだが、だがこの場所が完全に安全なのかどうかはまったく分からなかった。魔物を倒しきったという手応えもなく、先に進んでより安全な場所を見つけてから休憩にするべきだろうと考えるしかなかった。
 両開きの扉を開けるとそこは最初に抜けてきた広間と同じような場所で、幅が広く奥行きがあり柱が立ち並んでいた。最奥には下り階段が見えているのだが、その手前は鉄格子によって遮られている。魔物の姿は今のところないようだったが、だが奥の床には魔法陣があり、そしてそこら中に何物かの気配もあった。何かがいる。それも多数。
 広間に入ると気配が一層濃くなる。
 奥の下り階段にたどり着かなければならないのだが、そのためにはこの気配の主を何とかしなければならないだろう。それに魔法陣の存在も気になった。ここはけが人を抱えながらの戦闘になる。パキの部隊がそれを抱え込み、盾を並べて扉の前で待機する。マリウスが指揮する部隊が中央、右にアエリウスが指揮を取ることにした部隊、そして左にクウレルの部隊が展開する。ここから前進して魔物の脅威度を見ながら掃討していくことになるだろう。
「構え!――前進!」
 マリウスの号令に全体を前へ押し上げる。先ほどのエリアで槍をかなりの数失っていたことが災いして、完全な形では並べられていないが、それでも盾と槍と剣と弓と、これである程度の強度は維持できるだろう。
 カカカカ
 キャキャキャキャキャ
 どこかで獣のなく声がする。
「これはサルですかね」
「そう聞こえるが‥‥頭上に気をつけろ。どこから降ってくるか分からん」
 声は高いところから聞こえていた。
 最初の柱に差し掛かったところで高いところから石が投げつけられ、ガツンッという固い音がしてヘルム越しに衝撃を受ける。大した威力ではないが、それでも頭部へのダメージは怖かった。
「む、見えました。やはりサルですね。魔物の場合はエイプでしたか。弓手、気がつき次第攻撃を許可! やつらを柱から下ろしたいですね」
 とにかく頭上に位置取られるのが邪魔だった。柱を通り過ぎればそれは背後になってしまうということもあり、この場で柱の上にいる分は確実に倒しておきたかった。そこからは頭上に盾をまわして投石を避け、発見したところで弓手が射落とすという作業を繰り返していく。
 どうにか全て撃破しただろうと思えたところで再び前進、そして2本目の柱へ、というところで変化は起きた。
 柱の上からサルどもが一斉に下りてくると、奥にある魔法陣の周りに集まり始める。そして魔法陣から赤い光が漏れ始めたところでキーキー、キャーキャーと叫びながら跳びはね始めた。
「これは本命が来たようですね」
「うむ。だがサルどもが下りたのは好都合だ。弓手、射撃開始! わざわざ待ってやる必要はない! 槍、剣、盾、構え! 現れ次第突っ込むぞ!」
 マリウスの指示を受け、一斉に弓矢による攻撃を開始する。放たれた矢はサルどもに降り注ぎ、その体に突き刺さっていった。それでもサルどもは踊り狂うような動きをやめず、そして魔法陣からそれが姿を現した。

 大型のサルのようでもあった。赤褐色の毛並み、青黒い肌、赤い目、鋭い牙、短いが太く筋肉の盛り上がった足、分厚い肩の筋肉、極端に太い腕に握る拳は岩のようだ。
 グオオオオオオウッという野太い叫びを上げ、両腕を一度頭上に掲げてから地面へとたたきつけるとグラグラとダンジョンの床があり得ない動きを見せ、突撃しようと踏み出していたマリウスたちは姿勢を崩し、その場に膝を着いてしまう。援護のために放たれていた矢は分厚い皮膚に弾かれ、サルどもこそおおよそ倒せたものの、その大型のサルには効果がなさそうだった。
 大型のサルは手近にいたサルをその手でつかみ上げると、そのままマリウスに投げつけた。正面から勢いを付けて投げ込まれるサルを受け流すために盾を掲げ、そして盾にサルがぶつかりひしゃげる感触を受けながらそらしたところで、目の前にはすでに大型のサルが拳を振り上げて迫っていた。
 それでも盾を戻せたのはさすがはマリウスと言って良いだろう。それでも盾の上から殴りつける拳の勢いを殺すことはできず、衝撃でゆがんだ盾を抱き込むように殴り倒される。さらにそこから大型のサルが空いていた腕を振り上げただけでそちら側にいた兵士が殴り飛ばされてしまう。
「展開! 槍構え!」
 状況のまずさを打開しようとアエリウスが指示し、それに応えるようにあるだけの槍が大型のサルの方へと向けられる。今まさに踏み込もうとしたその目の前で、自分の胸を一度ボンとたたいた大型のサルの姿がかき消えた。
「あ? 消え‥‥」
 うろたえた兵士が一人、殴りつけられ宙を飛んだ。
「突っ込め!」
 殴ることで姿の現れた大型のサル目掛けてクウレルの部隊が駆け込み、槍を剣を突き立てる。分厚い皮膚の表面を流されるように外された攻撃もあったが、それでもいくつかの切っ先が刺さり、切り裂いた。痛みにほえたサルが両腕を広げるとその場でぐるりと回転する。槍は腕に払われ、近づいていた兵士は殴られる。どうにかかいくぐったクウレルの剣が脇腹をとらえて傷を残すことに成功するが、一回転したサルはそこから一歩二歩と後退し、また胸をボンとたたいて姿を消した。
「どこだ?」
「弓手、射撃だ、場所を特定する」
 指示を受けた弓手が一斉に矢を放つと、そのほとんどは何もない空間を切り裂くだけに終わるが、幾本かが何かに当たってはねた。そこの床に落ちていたサルの死体がぐしゃりとつぶれる。
「そこか!」
 その空間にたたきつけられたのはゆがんだ盾で、投げつけたのは口元を血でぬらしたマリウスだった。
「突撃!」
 居場所目掛けて槍が殺到する。アエリウス自身もその手に槍を握りしてめて何もない空間目掛けて突っ込んだ。
 槍の突き刺さる感触。舞い散る血しぶき。
 何もなかった空間が揺らぎ、サルが姿を現す。体中に傷を作り、血が流れている。確実にダメージを積み重ねてきていた。
 そこへ投げ込まれたのは瓶だった。ガシャン、バシャンと大型のサルの体にぶつけられた瓶が割れ、中身が流れ出して体を濡らしていく。そうしてそこに放たれたのは火矢だった。大型のサルの体が炎上する。油の入った瓶を投げつけ、そして火矢を放ったのは柱の上からもサルが消えたことで行動の自由を得たパキの部隊だった。
「将軍、ポーションを。それとハンマーを」
 パキが近づいてくるとマリウスにポーションを渡し、そして殴り倒された衝撃でどこかへ吹き飛んでしまった剣の代わりにとミノタウロスから獲得していたハンマーを渡す。
「済まん、助かった。よし、これで仕切り直しだ。囲め! 仕留めるぞ!」
 炎上する大型のサルを取り囲むようにして盾が並ぶ。合間合間に槍が剣が並び、その時を待つ。
 炎に包まれ身もだえしていた大型のサルが身震いすると、火が収まっていく。赤褐色だった毛並みはすでに赤黒く焦げ、痛みに表情がゆがんでいた。ぐるりと周りを見渡すとグオオウッと大口を開けてほえる。その声に押されるかのように正面にいた兵士が姿勢を崩し、膝を着いた。
「その手の攻撃手段はこっちもあるんだよ」
 そう言ってパキが水晶玉のようなものを投げ込むと、大型のサルの顔の前でそれが割れ、そしてなぜか大型のサルが顔をゆがませてのけ反った。力場を発生させてダメージを与える道具だ。まだ数が少ない試作品で使いどころが分からない道具ではあったが、この場で試せた、そして効果が確認できたことは幸運だった。
「突撃!」
 動きが止まったところを逃す手はない。盾が距離を詰め、槍が顔面目掛けで突き出され、そして胴回りには剣先が集まる。槍を裂けようと腕を振るがそれで空くのは胴周りだ。動きを制限するように盾が迫り、隙間から突き出された剣が体に突き刺さっていく。振り下ろした拳が盾を殴り飛ばし、剣を折る。だが視線が下がってしまったことで今度は頭が空いてしまった。
 マリウスが振り上げたハンマーが頭頂部をとらえた。
 グギャ、と上がった声は悲鳴か。鼻から口から血があふれる。
 だがその一撃を持ってもまだ大型のサルの動きは止まらなかった。体の前で両拳を握り、振り上げ、振り下ろす。左右に振り回し、当たるを幸いに盾を槍を剣を周囲から遠ざけていく。だが力任せの攻撃であり、動きは悪くなっていた。
 左に拳を振って空いた右脇にクウレルが飛び込み、剣を脇の下から突き刺す。
 痛みに悲鳴を上げながら右に拳を振って空いた左脇にアエリウスが飛び込み、剣を脇の下に突き刺す。分厚い肩に遮られて貫くとまではいかないが、こういう人型の魔物の弱い部分など同じようなものだ。脇の下という皮膚の強度の低い部分を狙われて深く剣が刺さってしまい、腕を振り回すことも困難にする。
 視線が左右を向いている間に、マリウスはハンマーを足の甲目掛けて振り下ろしていた。固い物が砕ける感触とゆがむ足の形。大口を開けて出される悲鳴。そこから振り上げられるハンマーが股間をとらえた。結局人型の魔物の急所というものは人とほとんど変わらない。この大型のサルの股間がどういう形状をしているのかは毛皮のせいで判然とはしないが、だが、股間に命中したハンマーの効果は大きかったようだ。開いた口からはもう悲鳴も上がらず、泡のようなあぶくのようなものがあふれてきていた。
 マリウスはそこからもう一度ハンマーを振り上げ、下がってきていた頭頂部にもう一度それを振り下ろした。
 固い物を砕く感触。飛び出す目、口からはゴボッと音をさせながら大量の血があふれ出していた。大型のサルはそのまま崩れ落ち、ビクビクとその体をけいれんさせた。

 動かなくなった大型のサルの周囲に集まり、一度休憩を取る。
 とにかく細かいダメージが多い状況だった。装備の痛みも激しい。
 目の前にある魔法陣から光は消え、奥の階段の手前にあったはずの鉄格子はいつの間にか消えている。確認するとその先はずっと深くまで続いている階段のようで、どうやら10階への道は切り開かれたのではないかと思えた。
 保持しておかなければならない薬品がどれほど必要か分からない。まだ10階がどのような場所であるのかは分からないのだ。可能な範囲で回復に務め、ポーション以外の塗り薬や包帯といったものでケガを治療していく。
 この場に冒険者がいない以上、彼らは10階にたどり着いているということで、軍としてはいつまでもここで休んでいるわけにはいかなかった。戦闘行動が困難になったけが人は多いが、重傷者はそこまででもない。その重傷者にもポーションを使い最小限ではあるが動ける程度にはなっている。重傷者は担架に乗せ、それ以外のものは杖を使うなどして移動することになるので、その準備を進める。ゆがんだ盾は可能な限り裏からたたいて使える状態まで戻し、折れ曲がってしまった剣はさすがに交換。柄の折れた槍はこちらはさすがに廃棄ということになるか。柄を結べばどうにか使えそうというものは残し、一応予備の武器として確保しておく。
 準備が整ったところで階段を下りて10階へ向かう。この先にも9階と同じような困難が待ち受けているとしたら、できればしっかりとした休憩の時間を取って回復したかった。だが今は立ち止まっているわけには行かないのだ。何度でも言おう。冒険者に先を越された状況がまだ続いている。追いつけるかは現状では分からない。だが今はとにかく進まなければならなかった。
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