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089:彼方此方
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10階に到達した軍の兵士たちの足取りは重かった。クリストたちの向かいの場所に担架が運び込まれ、負傷者も腰を下ろす。さすがにもう夜遅い時間だったこともあって10階に泊まるギルド職員は少なかったが、それでもこの状況にすぐさま対応してくれた。荷物を積み上げてあるだけだった魔法円の側の場所を開放して軍の兵士たちを休ませ、そしてポーション類を提供したのだ。これでようやくある程度回復することのできた兵士たちに安堵の表情が浮かんでいた。
ギルドのカウンターに寄りかかって忙しなく兵士や職員が行き来する様子を眺めていたクリストのところへアエリウスが近づいてきた。
「情報交換は可能だろうか?」
「そう来るだろうなとは思っていたよ。ああ、いいぞ」
「ここはギルドの施設ということになるのか、それにそこはセルバ家が?」
「そうだな。まあ俺たちが10階に来たのは何日も前だからな。さすがにこれくらいの準備はできたさ」
「そうか。それで、こちらは?」
周囲を見渡していたアエリウスが向かいのカウンターの向こう側から静かにこちらを見つめている銀髪碧眼の人形を方を気にする。
「そういやまだそっちに報告は行っていないんだな。ここの、このダンジョンと外の世界の案内人だそうだ」
頭部が動き、会釈とともに銀髪が揺れる。
「ふむ、案内人。それで、ここの権利はどのようになっているのだ?」
「権利ねえ。あー、そっちではどういう風に受け止めているんだ?」
クリストの問いかけに頭部が傾き銀髪が流れる。
「そうですね、地権者という意味ですとこの地は創造者、神のものとなります。権利者は設定されておりません。それ以外の土地に関してましては国や独立した都市などがそれぞれが権利を主張しております。所有者不明、もしくは存在せずとされる土地も相応にございますが、それは問われてはいないと判断いたします。また天上は現在セルバ家の所有であると確認されております」
「だってよ。てーか今更だがやっぱり国とか何とか、あるんだな」
「もちろんございますよ。詳細につきましては私からは差し控えさせていただきたいと存じます」
「お、つまり俺たちが自分で調べろってことだ」
「はい。簡易的な地図でしたらここを出立される際に差し上げますが、それ以上は皆様自身のお力で、どうぞ」
相変わらず冒険しろと言ってくる。国がいくつもあるような表現だった以上はかなりの広さがあるのだろうこの地下世界を自分たちで調べていけと、そういうことのようだ。
「‥‥問いかけに対して答える人形‥‥オートマタのようなものか? まあいい、天上? ダンジョンの土地がセルバ家の領地であることは確かだ。だがセルバ家の領地であるということは国家の土地だということでもある。ならば最高権者は国王陛下であろう」
やはり案内人といっても人であるとは認識しにくいのだろう。受け答えをする人形に見えるようだった。そして国軍の一人としてはやはり土地の最上位の権利は国の中央にあるという認識を示したいようだ。
「そこがセルバ家が確保した場所か。後で国旗も掲げさせよう。それと、そうだな、中央にも旗を掲げたいところだ」
アエリウスが胸を張って強めの口調で言う。今のうちに国の権利を主張しておきたい気持ちも分からなくはないが、ここではあまりお薦めできない行為だった。
どこかでぷしっという鼻息のような音が聞こえた。セルバ家のオオカミが起きている。
「ステラ様が現在お休みでございます、あまり大きな声は出さないようにご注意ください。それともう一つ、空いている部屋は自由に使っていただいて構いませんが、通路へ物を置くことや壁への物の掲示、施設への勝手な行いなどはおやめください」
さっきから人がバタバタと動き回っているのだから当然もう気がついてはいるのだろうが、それでも介入せずに控えているのだから察してほしい。アエリウス個人の肩書ではステラに勝てない。マリウスが出てきてようやくどちらが上か悩むことになるのだが、これは評価が難しい。だからあまり物事を荒立てるなということだった。
「だが国の関与は示さねばならん。それに天上といったところで土地は最終的には国のものだ。住民には国家の大事に最大限従ってもらわなければ――」
「そんなことは私の知ったことではない」
アエリウスが主張する言葉を連ねている途中に割り込むように告げる案内人の言葉が冷たく響いた。そのままカウンターに両手を置いて立ち上り身を乗り出すと、アエリウスの上に覆い被さるように影が落ちる。
「声を控えろ、小僧――おまえたちの都合など私の知ったことではない。おまえたちが何を求めてここへ来たのかなど私の知ったことではない。誰が天使を落としたのかなど私の知ったことではない。誰が門前の獣に食われるのかなど私の知ったことではない。天上のことなど天上で解決すれば良いのだ。これ以上私の手を煩わせるな――奈落へ放り込むぞ」
ゴン、と音をさせて案内人の背後から伸びてきた腕のようなものの先端がアエリウスの頭部を小突いた。長い銀髪が垂れ、ガラス細工のような瞳にアエリウスのゆがんだ顔が映り込む。
ぽむぽむと手を打ち合わせる柔らかい音がした。
「みなさん夜遅くまでお疲れさまです。さすがにこんなににぎやかだと寝たふりをしているのも難しいですね」
いつの間にかステラが部屋から出てきていた。傍らにはヴァイオラが立ち、背後のオオカミが大きなあくびをしている。
「あー、済まん。もう少し静かにとは思っていたんだが」
「いえ、仕方がありません。ルーナさんも、困ってしまっていますよ。こちらの方もお仕事なのです。仕方がないのですよ」
ステラがクリストの謝罪に対して応えると、案内人、ルーナがさっと身をひいてカウンターの向こうに収まる。さっきまでの圧は何だったのかというようなすまし顔だ。
「マリウス様も、これくらいでよろしいですよね?」
「済まなかったな。私がやるとどうにも圧が強すぎるらしいのでアエリウスの担当なのだが、まあこれも仕事のうちなのだ。許せ」
通路の向こうには困った顔をしたマリウスが所在なげに立っていた。結局、国の中央から出された軍への指示の一つがこの権利の主張でもあったのだ。国の役人が来れたらそれがまず担当しただろうが、それができずダンジョン突破を軍に依頼するのに合わせて主張をしてこいと指示があったのだ。アエリウスがそれを案内人に対して行った結果がこれだった。当のアエリウスは疲れたという顔を隠さずにその場にしゃがみ込んでしまった。
「もっと建設的なお話をしましょう。お薬、足りていますか?」
手を合わせて言うステラにしゃがんだままのアエリウスが頭をかき、ちらりとマリウスの方を見た。
「軍の内情ではあるが隠しておくよりも協力を得た方がいいだろう。情報交換と合わせて頼めるか」
「良いですよ。セルバ家としても国の方針にいらえはないのです。可能な限りの協力を惜しみません――トーリさん、場所をお借りしても?」
ギルドの受け付けに声をかける、誰もいない、ように見えて受け付けの下からパッと身を起こしたトーリ、この場所に作られた分室の責任者だが、彼女がこちらへこちらへと奥の応接へと案内する。どうも彼らのやりとりを隠れて聞いていたようだ。
軍からはマリウスとアエリウス、先行した冒険者の代表としてクリスト、セルバ家からステラが席に着きヴァイオラとトーリがお茶の用意を始めた。ちなみにオオカミはステラが首筋をぽんぽんと軽くたたくとさっさと部屋へ引っ込んでしまった。やはり眠かったらしい。
「それで、お薬ですが」
「一応足りはしました。足りたのですが‥‥」
ややうつむき加減に答えるアエリウスの声に先ほどまでの調子はまったく感じられなかった。こちらの控えめな雰囲気の方が素なのだろうか。
「どうもな、一部の者の回復具合がおかしいのだ。ポーションを使っても完全に疲労感が取れない、体力が回復した実感がないというものがいる。魅了のような状態異常を受けたものも回復しない。けがも完全には回復できていない」
「できない、できないが多いな、そんなことがあるのか」
「分からん。使っているポーションは一般的なものだ。状態異常に関しては直せる範囲を超えていると考えることもできるが、体力、疲労、ケガに関してはな」
うーんと腕を組んで考え込む。使っているポーションに軍も冒険者もない。せいぜい等級がどうかという程度の話だ。
「‥‥このダンジョン特有の症状という可能性もあるのでは? 聞いてきましょう」
全員の前に紅茶の入ったカップを並べていたヴァイオラがそう言うとルーナの方へと向かう。
「そっか、あの、何でしたっけ9階でくんできたっていう」
「ああ、あったな、レストレーション・ウォーターってなっていたか。ん? あんたたちはくまなかったのか?」
「何の話だ? 9階ならば水場はあったが」
マインド・フレイヤー撃破後に湧いた水のことだったのだが、軍は遭遇しなかったのだろうか。あれは水を飲むことで盲目、聴覚喪失、恐怖、魅了、毒、もうろうの状態から1つを終了させることができるというもので、魅了状態だというのならばこれで回復できるはずなのだ。
情報をすりあわせた結果、おもしろい、と言っていいのかどうかは分からないが9階の構造が少しだが判明した。
軍はマインド・フレイヤーには遭っていない。それどころか通過したエリアもミノタウロス、アニメイテッド・アーマ-、ミミックらしきものの集団、そしてエイプの集団と大型のエイプ。この4つだけだった。そもそもエリアのつながりもクリストたちの時とは違っていた。
「俺たちの時はミノタウロスのところは少し移動するたびに迷路のどこかが変わるって形だったな。武器もハンマーじゃなくてアックスだった。あとはアニメイテッド・アーマーのところは奥に旗がかかっていてね、それも動いたんだよ。で、その先は普通に休憩もできるような場所があって、そこから全部で4つか、別のエリアにつながるようになっていた」
「そもそもの形状から異なっていたということか。それでハーピーとメドゥーサに、ドライダーというものは知らないな。最後がデーモンとエンジェル? かなり違いがあるな」
「ああ。入るたびに構造が変わるってことを言っていたが、そういうことか」
9階は踏み入るたびに構造が変わるというのはルーナが言っていたことだ。聞いた限りではクリストたちにとってはミミックらしき魔物のエリアは少々難易度が高そうだったし、ミノタウロスのエリアにも変化があったということはクリストたちの攻略の様子からダンジョンが手を入れた可能性も考えられた。
「‥‥衰弱状態、という状態異常があるそうですよ。これは体力や気力、精神力といったものの最大値が低下した状態で、ポーション類では回復できないそうです」
ルーナに話を聞きに行っていたヴァイオラが報告する。
「そうなると、回復にはどうすれば?」
「適切な治療を受け、安静にしていれば時間が解決するだろうと」
つまりこの場での回復は期待するなということだった。
「フロカートとイェレミアスが駄目ということですね‥‥」
部隊長が2人離脱するということだった。この後のことを考えると頭の痛い問題だ。
「やむを得んだろう。輜重部隊はここで解散、他と合わせて再編する」
「まあパキも経験がないわけではありませんが」
「‥‥やるつもりなのか?」
クリストの問いにマリウスが難しい顔を上げる。
「やむを得ん。これもわれわれの務めだ‥‥やらんのか?」
「その衰弱状態だったか、仲間がそれに近い状態でね、すぐには動けないんだよ。一応それ以外の準備はできたんだがなあ」
「準備があるのか‥‥聞いても?」
「案内人に聞いた方がいい。準備なしなら俺たちは絶対にやらないしできないと判断した。正直準備はしたもののそれでできるようになったのかは確信が持てないでいる」
「それほどか、だが先に一撃は入れさせてもらおう」
クリストが応えるように肩をすくめる。
マリウスとアエリウスはそのまま立ち上がり、部屋を出て行った。
「‥‥わたしも聞きましたし外へも行ってみたのですけれど、無理でしょう」
「無理だろうな。俺たちだって準備はしたもののいまだに無理なような気がしているよ」
「それでもやると?」
「それが冒険者ってもんだ。準備はした。通用するかどうかはやってみなければ分からない。だったらやるさ。無理だったらその時はもう全力で逃げるだけだな」
「軍の皆さんは大丈夫でしょうか」
「どうだろうな。だがまあ先に一撃はって言っている時点で無理だった場合も考えているんだろう。向こうは向こうで立場ってもんがあるからな。やるしかないとは思っているんだよ。で、俺たちも向こうが来た時点でいろいろと考えている」
なるほど、とステラがうなずく。
軍は先に10階にたどり着けなかっただけに、門前の魔物に先に一撃を入れたいのだ。先に戦ったという事実を得たいのだ。だが何の準備もなく挑んであれに勝てるのかと問われれば無理だろうと思う。そして準備はしたものの自分たちだけで勝てるのかという疑問はクリストたちも持っていた。互いにその先にあるものは一つなのだ。
ギルドのカウンターに寄りかかって忙しなく兵士や職員が行き来する様子を眺めていたクリストのところへアエリウスが近づいてきた。
「情報交換は可能だろうか?」
「そう来るだろうなとは思っていたよ。ああ、いいぞ」
「ここはギルドの施設ということになるのか、それにそこはセルバ家が?」
「そうだな。まあ俺たちが10階に来たのは何日も前だからな。さすがにこれくらいの準備はできたさ」
「そうか。それで、こちらは?」
周囲を見渡していたアエリウスが向かいのカウンターの向こう側から静かにこちらを見つめている銀髪碧眼の人形を方を気にする。
「そういやまだそっちに報告は行っていないんだな。ここの、このダンジョンと外の世界の案内人だそうだ」
頭部が動き、会釈とともに銀髪が揺れる。
「ふむ、案内人。それで、ここの権利はどのようになっているのだ?」
「権利ねえ。あー、そっちではどういう風に受け止めているんだ?」
クリストの問いかけに頭部が傾き銀髪が流れる。
「そうですね、地権者という意味ですとこの地は創造者、神のものとなります。権利者は設定されておりません。それ以外の土地に関してましては国や独立した都市などがそれぞれが権利を主張しております。所有者不明、もしくは存在せずとされる土地も相応にございますが、それは問われてはいないと判断いたします。また天上は現在セルバ家の所有であると確認されております」
「だってよ。てーか今更だがやっぱり国とか何とか、あるんだな」
「もちろんございますよ。詳細につきましては私からは差し控えさせていただきたいと存じます」
「お、つまり俺たちが自分で調べろってことだ」
「はい。簡易的な地図でしたらここを出立される際に差し上げますが、それ以上は皆様自身のお力で、どうぞ」
相変わらず冒険しろと言ってくる。国がいくつもあるような表現だった以上はかなりの広さがあるのだろうこの地下世界を自分たちで調べていけと、そういうことのようだ。
「‥‥問いかけに対して答える人形‥‥オートマタのようなものか? まあいい、天上? ダンジョンの土地がセルバ家の領地であることは確かだ。だがセルバ家の領地であるということは国家の土地だということでもある。ならば最高権者は国王陛下であろう」
やはり案内人といっても人であるとは認識しにくいのだろう。受け答えをする人形に見えるようだった。そして国軍の一人としてはやはり土地の最上位の権利は国の中央にあるという認識を示したいようだ。
「そこがセルバ家が確保した場所か。後で国旗も掲げさせよう。それと、そうだな、中央にも旗を掲げたいところだ」
アエリウスが胸を張って強めの口調で言う。今のうちに国の権利を主張しておきたい気持ちも分からなくはないが、ここではあまりお薦めできない行為だった。
どこかでぷしっという鼻息のような音が聞こえた。セルバ家のオオカミが起きている。
「ステラ様が現在お休みでございます、あまり大きな声は出さないようにご注意ください。それともう一つ、空いている部屋は自由に使っていただいて構いませんが、通路へ物を置くことや壁への物の掲示、施設への勝手な行いなどはおやめください」
さっきから人がバタバタと動き回っているのだから当然もう気がついてはいるのだろうが、それでも介入せずに控えているのだから察してほしい。アエリウス個人の肩書ではステラに勝てない。マリウスが出てきてようやくどちらが上か悩むことになるのだが、これは評価が難しい。だからあまり物事を荒立てるなということだった。
「だが国の関与は示さねばならん。それに天上といったところで土地は最終的には国のものだ。住民には国家の大事に最大限従ってもらわなければ――」
「そんなことは私の知ったことではない」
アエリウスが主張する言葉を連ねている途中に割り込むように告げる案内人の言葉が冷たく響いた。そのままカウンターに両手を置いて立ち上り身を乗り出すと、アエリウスの上に覆い被さるように影が落ちる。
「声を控えろ、小僧――おまえたちの都合など私の知ったことではない。おまえたちが何を求めてここへ来たのかなど私の知ったことではない。誰が天使を落としたのかなど私の知ったことではない。誰が門前の獣に食われるのかなど私の知ったことではない。天上のことなど天上で解決すれば良いのだ。これ以上私の手を煩わせるな――奈落へ放り込むぞ」
ゴン、と音をさせて案内人の背後から伸びてきた腕のようなものの先端がアエリウスの頭部を小突いた。長い銀髪が垂れ、ガラス細工のような瞳にアエリウスのゆがんだ顔が映り込む。
ぽむぽむと手を打ち合わせる柔らかい音がした。
「みなさん夜遅くまでお疲れさまです。さすがにこんなににぎやかだと寝たふりをしているのも難しいですね」
いつの間にかステラが部屋から出てきていた。傍らにはヴァイオラが立ち、背後のオオカミが大きなあくびをしている。
「あー、済まん。もう少し静かにとは思っていたんだが」
「いえ、仕方がありません。ルーナさんも、困ってしまっていますよ。こちらの方もお仕事なのです。仕方がないのですよ」
ステラがクリストの謝罪に対して応えると、案内人、ルーナがさっと身をひいてカウンターの向こうに収まる。さっきまでの圧は何だったのかというようなすまし顔だ。
「マリウス様も、これくらいでよろしいですよね?」
「済まなかったな。私がやるとどうにも圧が強すぎるらしいのでアエリウスの担当なのだが、まあこれも仕事のうちなのだ。許せ」
通路の向こうには困った顔をしたマリウスが所在なげに立っていた。結局、国の中央から出された軍への指示の一つがこの権利の主張でもあったのだ。国の役人が来れたらそれがまず担当しただろうが、それができずダンジョン突破を軍に依頼するのに合わせて主張をしてこいと指示があったのだ。アエリウスがそれを案内人に対して行った結果がこれだった。当のアエリウスは疲れたという顔を隠さずにその場にしゃがみ込んでしまった。
「もっと建設的なお話をしましょう。お薬、足りていますか?」
手を合わせて言うステラにしゃがんだままのアエリウスが頭をかき、ちらりとマリウスの方を見た。
「軍の内情ではあるが隠しておくよりも協力を得た方がいいだろう。情報交換と合わせて頼めるか」
「良いですよ。セルバ家としても国の方針にいらえはないのです。可能な限りの協力を惜しみません――トーリさん、場所をお借りしても?」
ギルドの受け付けに声をかける、誰もいない、ように見えて受け付けの下からパッと身を起こしたトーリ、この場所に作られた分室の責任者だが、彼女がこちらへこちらへと奥の応接へと案内する。どうも彼らのやりとりを隠れて聞いていたようだ。
軍からはマリウスとアエリウス、先行した冒険者の代表としてクリスト、セルバ家からステラが席に着きヴァイオラとトーリがお茶の用意を始めた。ちなみにオオカミはステラが首筋をぽんぽんと軽くたたくとさっさと部屋へ引っ込んでしまった。やはり眠かったらしい。
「それで、お薬ですが」
「一応足りはしました。足りたのですが‥‥」
ややうつむき加減に答えるアエリウスの声に先ほどまでの調子はまったく感じられなかった。こちらの控えめな雰囲気の方が素なのだろうか。
「どうもな、一部の者の回復具合がおかしいのだ。ポーションを使っても完全に疲労感が取れない、体力が回復した実感がないというものがいる。魅了のような状態異常を受けたものも回復しない。けがも完全には回復できていない」
「できない、できないが多いな、そんなことがあるのか」
「分からん。使っているポーションは一般的なものだ。状態異常に関しては直せる範囲を超えていると考えることもできるが、体力、疲労、ケガに関してはな」
うーんと腕を組んで考え込む。使っているポーションに軍も冒険者もない。せいぜい等級がどうかという程度の話だ。
「‥‥このダンジョン特有の症状という可能性もあるのでは? 聞いてきましょう」
全員の前に紅茶の入ったカップを並べていたヴァイオラがそう言うとルーナの方へと向かう。
「そっか、あの、何でしたっけ9階でくんできたっていう」
「ああ、あったな、レストレーション・ウォーターってなっていたか。ん? あんたたちはくまなかったのか?」
「何の話だ? 9階ならば水場はあったが」
マインド・フレイヤー撃破後に湧いた水のことだったのだが、軍は遭遇しなかったのだろうか。あれは水を飲むことで盲目、聴覚喪失、恐怖、魅了、毒、もうろうの状態から1つを終了させることができるというもので、魅了状態だというのならばこれで回復できるはずなのだ。
情報をすりあわせた結果、おもしろい、と言っていいのかどうかは分からないが9階の構造が少しだが判明した。
軍はマインド・フレイヤーには遭っていない。それどころか通過したエリアもミノタウロス、アニメイテッド・アーマ-、ミミックらしきものの集団、そしてエイプの集団と大型のエイプ。この4つだけだった。そもそもエリアのつながりもクリストたちの時とは違っていた。
「俺たちの時はミノタウロスのところは少し移動するたびに迷路のどこかが変わるって形だったな。武器もハンマーじゃなくてアックスだった。あとはアニメイテッド・アーマーのところは奥に旗がかかっていてね、それも動いたんだよ。で、その先は普通に休憩もできるような場所があって、そこから全部で4つか、別のエリアにつながるようになっていた」
「そもそもの形状から異なっていたということか。それでハーピーとメドゥーサに、ドライダーというものは知らないな。最後がデーモンとエンジェル? かなり違いがあるな」
「ああ。入るたびに構造が変わるってことを言っていたが、そういうことか」
9階は踏み入るたびに構造が変わるというのはルーナが言っていたことだ。聞いた限りではクリストたちにとってはミミックらしき魔物のエリアは少々難易度が高そうだったし、ミノタウロスのエリアにも変化があったということはクリストたちの攻略の様子からダンジョンが手を入れた可能性も考えられた。
「‥‥衰弱状態、という状態異常があるそうですよ。これは体力や気力、精神力といったものの最大値が低下した状態で、ポーション類では回復できないそうです」
ルーナに話を聞きに行っていたヴァイオラが報告する。
「そうなると、回復にはどうすれば?」
「適切な治療を受け、安静にしていれば時間が解決するだろうと」
つまりこの場での回復は期待するなということだった。
「フロカートとイェレミアスが駄目ということですね‥‥」
部隊長が2人離脱するということだった。この後のことを考えると頭の痛い問題だ。
「やむを得んだろう。輜重部隊はここで解散、他と合わせて再編する」
「まあパキも経験がないわけではありませんが」
「‥‥やるつもりなのか?」
クリストの問いにマリウスが難しい顔を上げる。
「やむを得ん。これもわれわれの務めだ‥‥やらんのか?」
「その衰弱状態だったか、仲間がそれに近い状態でね、すぐには動けないんだよ。一応それ以外の準備はできたんだがなあ」
「準備があるのか‥‥聞いても?」
「案内人に聞いた方がいい。準備なしなら俺たちは絶対にやらないしできないと判断した。正直準備はしたもののそれでできるようになったのかは確信が持てないでいる」
「それほどか、だが先に一撃は入れさせてもらおう」
クリストが応えるように肩をすくめる。
マリウスとアエリウスはそのまま立ち上がり、部屋を出て行った。
「‥‥わたしも聞きましたし外へも行ってみたのですけれど、無理でしょう」
「無理だろうな。俺たちだって準備はしたもののいまだに無理なような気がしているよ」
「それでもやると?」
「それが冒険者ってもんだ。準備はした。通用するかどうかはやってみなければ分からない。だったらやるさ。無理だったらその時はもう全力で逃げるだけだな」
「軍の皆さんは大丈夫でしょうか」
「どうだろうな。だがまあ先に一撃はって言っている時点で無理だった場合も考えているんだろう。向こうは向こうで立場ってもんがあるからな。やるしかないとは思っているんだよ。で、俺たちも向こうが来た時点でいろいろと考えている」
なるほど、とステラがうなずく。
軍は先に10階にたどり着けなかっただけに、門前の魔物に先に一撃を入れたいのだ。先に戦ったという事実を得たいのだ。だが何の準備もなく挑んであれに勝てるのかと問われれば無理だろうと思う。そして準備はしたものの自分たちだけで勝てるのかという疑問はクリストたちも持っていた。互いにその先にあるものは一つなのだ。
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KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
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