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090:絶望に至る病
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ギルドから提供を受けた薬品や道具を使った回復は限界まで行った。明け方までの休息時間で回復できる限界までだ。レストレーション・ウォーターの効果で魅了状態も回復したが、精神的なダメージからは回復しきれず結局戦闘には参加できない。それ以外の衰弱状態が回復しない者たちも全員だ。彼らには彼らの任務がある。
「全快まではいけませんでしたね」
「仕方がなかろう。この強硬手段もまた中央の発案だ。どうすることもできん」
「案内人からの情報収集は」
「相手が何かは冒険者からの聞き取りで判明している。それ以上はなしだ。準備に時間をかけるわけにはいかんよ」
「やむを得ませんか」
「可能な限りの全力で当たる。それだけだ」
「それで、問題の相手は?」
「ドラコリッチだ」
それを聞いたアエリウスが天を仰ぐ。マリウスとて気持ちは分かる。現状では対ドラゴンの装備などない。軍がドラゴンを退治したという事例はない。一応撃退、退けたという事例はあるのだが、いると分かっているドラゴン相手に事前に準備を万全に済ませた軍が総力戦を仕掛けてという話になる。ドラコリッチはドラゴンではない、ただのアンデッドだと声高に言うものもいるだろうが、では誰かが何かがドラコリッチを撃破したという記録はあるのか、調伏に成功したという聖職者がいるという記録はあるのかといったら、そんなものはないのだ。
自分たちが現在有している戦力で挑むしかないのだ。挑む前から無理ですと報告することはできない。せめて一撃入れた上で、無理だったという記録を残さなければならないのだ。それにもしかしたら勝てる可能性だとてあるかもしれないではないか。やる前から決めつけることなどできない。
「仕方がありません。持ってきた道具だけでどうにかできるものなのか、やるだけやってみますか」
ため息とともに方針が決定される。戦闘に参加可能なものは全員が最善の装備に身を包み、そうでないものはそれを支援する形を取る。衰弱していようとも道具の受け渡し、ポーションの投てきといった作業は可能なのだ。
プレートメイル、準備良し。
シールド、準備良し
ロングソード、準備良し。
スピア、準備良し。
ロングボウ、準備良し。
射出式ジャベリン、準備良し。
火炎瓶、毒瓶、準備良し。
ヒーリング・ポーション、準備良し。
リムーブ・ポーション、準備良し。
ブラスト・ボール、準備よし。
バリア・ストーン、準備よし。
一つ一つを確認していく。これでは正直なところ心許ないと言いたいところだった。それでもこの準備だけで挑むしかない。部屋で最後の準備を終えた兵士たちが続々と外へ通じる通路へ集まっていく。この先は屋外になり、そこで大型の魔物との戦闘だ。軍の兵士といえど大型の魔物との戦闘回数はそれほど多くはない。それでも可能性ありとして心づもりはできていた。ここでそれを倒せばいよいよダンジョン攻略、そしてその大型の魔物撃破の功績を得ることができるのだ。ここが勝負所と心得て隊列を組み、そしてその場所へと向かって出発した。
屋外に出たところまでは問題はなかった。
だがそこから木立の合間を縫って先へ進み、門前の魔物がいるという広場まで進んでいくと、額から手のひらから汗が吹き出し、口が渇き、前へ踏み出す足が震え始める。すでに大型の魔物の気配がビシビシと伝わってきていた。時折ゴウッ、ブシュウッという息のような音も聞こえている。近づいてはいる。だがまだ姿も見えていない。それでも恐怖を誰もが感じていた。何か異様なものがいるのだ。
木立を抜け、眼前に空間が広がる。
塔からつながる石壁が見える。頭上には青空が広がり、風は涼やかで梢を揺らす。今日は良い日のようだった。
そこにいたのは巨大な骨の塊だった。朽ちた皮、濁った色の肉、見た目にはそれは死体のようだった。トカゲのような形をした頭部、牙が並ぶ大きな口、暗い黄色い色を放つ濁った眼球、太い腕と脚には鋭い爪があり、長い尻尾を持ち、そして大きな翼があった。その口の牙の隙間からは紫色や灰色や黒色や、さまざまな色をした煙が漏れていて、ブシューという音とともにその煙が激しく立ち上っていく。
暗い黄色い眼球がぐるりと回り紫色に変わる。
胸の崩れた肉の向こうで紫色の煙のようなものが沸き起こるとそれが首の骨に沿って昇っていき口の中にたまる。大きく開いた口からその紫色の煙がゴウッと音をたてて広場にまき散らかされた。
兵士たちはすぐに動くことができなかった。まだ門前の広場に展開すらしていない段階で、ただ紫の煙を吐き出しただけのそれに圧倒されていた。
バン!
マリウスは自分の胸をたたくと、目の前のドラコリッチをにらみつけた。
「総員、戦闘準備!」
こんなところで立ち止まっているわけにはいかなかった。
「予定どおりに展開しろ! 弓手は木の間から狙え! 正面には入るな! 散らばれ! 囲め!」
アエリウスが自分を鼓舞するように大声を出して指示する。正面側にはマリウスの部隊、右にクウレルの部隊、そして改めて編成しなおしたパキの部隊が左へと広がっていく。正面から力押しなどできる相手ではない。全員が大盾を持ったマリウスの部隊が引きつけ、槍、射撃武器、投てき武器を使って遠目から狙い削っていくのだ。
「用意! 撃て!」
号令に合わせて道に設置しておいた射撃式ジャベリンが広場に引き出され、ドラコリッチの正面から発射される。本来なら人が投てきする武器だが、それをバネの力で発射しようという新式の兵器だ。2台並んで置かれたそれからジャベリンがドラコリッチ目掛けて放たれ、そのまま胸部に深く刺さった。
同時に周囲から弓手が矢を一斉に放ち、そしてスリングを使って火炎瓶と毒瓶がまとめて投げつけられる。大量の矢がドラコリッチの体に突き刺さり、さらに体に足に翼に命中した火炎瓶によって炎が発生し、毒瓶によって体中に毒液がまき散らかされる。確かな手応え、誰もがそう思った。
だがドラコリッチの胸に刺さったはずのジャベリンが次第に紫に変色しながらどろりと溶け、体に刺さった矢がぽろぽろと落ち、炎も毒もそのまま体の上を滑るようにして消えていってしまう。
カチカチと牙が打ち鳴らされる。紫色だった眼球がぐるりと回り黄色く変わると、胸の奥の方からも黄色い光が上がっていき、開かれた口から雷撃となって放たれた。
バリバリと激しい音をさせて地をはうように真っすぐに伸びる雷撃がそのまま周囲の兵士を巻き込みながらジャベリンの射撃台に命中し、破壊する。ちょうど横をそれに通られたマリウスは右腕にビリビリと響く衝撃を感じていた。
「攻撃を続行しろ! 手を止めるな!」
アエリウスが指示を出しながらブラスト・ボールを取り出す。この武器も残りこの1個だけだった。ジャベリンを失い、この武器も使い、それでどれだけのダメージを与えられるか。考えている場合ではなかった。
投じられたボールはそのまま雷撃のブレスを吐き終わった頭部の下顎に命中し、そこで爆発を引き起こし炎が発生する。再び弓手から放たれた矢は弾かれるように持ち上がった頭部に集中した。
ドラコリッチは頭を一振りすると翼を持ち上げ、それを背の上で打ち合わせる。するとその体がその場でぶわりと浮き上がった。羽ばたきはしなかった。だが胴が手が足が地上を離れていく。カチカチと牙が打ち鳴らされる音がして、黄色かった眼球がぐるりと回り白く変わる。
グウオオオオオオオッ
大きく開かれた口から発せられた声が広がっていく。
バタリと誰かが倒れる音がした。
ゴトッと何かが落ちる音がした。
はははと乾いた笑い声がした。
嫌だ嫌だとつぶやく声がした。
マリウスは自分の手が震えているのを感じていた。
アエリウスは隣にいた兵士が涙を流し表情をゆがめて膝を着くところをただ見ていた。
恐怖がその場を支配していった。
宙に浮かぶドラコリッチの胸から黒い液体がぼとりぼとりと地面に落ちて水たまりを作っていく。するとそこから身を起こすものがあった。黒く輪郭のにじんだ人影のようであり、そして頭部はドラコリッチと同じようにトカゲのような形をしていた。
ぞわり、と動き出したその人の影のようなものが周囲に散っていく。ぶるぶると震えていた兵士に抱きつくようにして押し倒し、トカゲのような頭部が口を開けて肩にかみつく。膝を着いていた兵士を蹴り倒してから腕を振り上げ、そして振り下ろす。木立の中に飛び込み、弓を持ったまたぼうぜんとしている兵士に飛びかかり押し倒す。
どうにかそれに反応できた兵士もいた。剣を振るい、槍を振るい、盾を振るって抵抗する。マリウスもまた盾でその魔物の襲撃を受け止め、剣を振るうと影からぽろりと首が落ちる。単体で見ればそれほど強い魔物ではないのだろうか。抵抗することに成功しさえすればあちらこちらでその影を打ち倒すことができていた。
だが頭上にはまだドラコリッチがいた。翼をもう一度背後で打ち鳴らすと、ズドンと激しい音と衝撃をもたらしながら広場へと下り立ち、そしてその場でぐるりと体を回転させると長い尾を振り回した。
影の群れに襲われていた兵士たちは、襲いかかるその尾から逃れることはできなかった。影に組み付かれたまま弾き飛ばされ、影と切り結んでいる最中に弾き飛ばされる。アエリウスは隣の兵士ごと振られる尾によってすくい上げられ宙を舞った。マリウスが目の前を通過していく尾の先端に自分の盾がぐにゃりと曲げられながら吹き飛んでいくのを見送っていた。盾から手を離していたのは影に対抗するために両手で剣を振ったからで、無事に済んだのはただの偶然だった。
カチカチ、と牙を打ち鳴らす音が聞こえた。ここまでと判断するには今しかなかった。
「後退! 後退! 振り返るな、走れ!」
叫んだマリウスの声に反応できたものは幸運だろう。
白い眼球がぐるりと回り、青く変わる。
右へ左へと向きを変えながら叫ぶマリウスの前でドラコリッチの胸から青白いもやが発生し、それが昇っていく。開かれた口から吐き出されたそれが包み込んだマリウスの体に霜が降りていく。倒れた兵士たちの上に霜が降りていく。ピキ、キシ、と木立が音を立てて白く変わっていく。マリウスは自分の体の動きが鈍くなっていくのを感じていた。
ずり、ずりと引きずられる音と背中の衝撃にマリウスの意識が浮上する。
助かったのか、と声を出したかったが口元がかじかんで動かない。だが、これは助かったと言っていいのだろうか。ドラコリッチの吐くブレスに自分もここまでかと観念したのだが。それともあの影どもに引きずられてドラコリッチの口にでも運ばれているのか。
だがまだ動かせない頭の左右を通り過ぎるのは緑の木立だった。
これはやはり、助かったのだろうか。
「‥‥将軍! 良かった! 意識は‥‥良かった!」
この声はパキか、あいつも助かったのだろうか。
とすんとマリウスの頭が地面に落ちる。その軽い衝撃に、むぐ、とうめき声がもれてしまった。
「ポーションです。まだたくさんありますからどうぞ」
幼い子供の声がする。これはステラか。どうやらこれは助かったということでいいようだった。目を閉じていたマリウスの体が誰かに支えられて起こされる。口元に当てられた瓶から液体を飲んでいくと、少しずつ体に力が戻っていくのを感じられた。
「‥‥済まん、助かった」
ため息とともに目を開けたマリウスを支えているのはパキで、ポーションの瓶を持っているのはイェレミアスだった。
「‥‥どうなった?」
聞けるのはそれくらいだった。
「ひどいもんです。けが人多数。損害多数。いまだに意識不明のままの者も多い。ですが今のところ死亡は出ていません。あれの介入がなければたぶんもっとひどかった」
そう言ってパキが示す先にヒトデのような形をした人形がいた。ヒトデ、5本の触手のようなものが広がり、その一本一本に目と口がある。細い5本の足があり、その体高は人と同じくらいだろうか。その向こうでは盾のような形に細い手足の生えた人形が器用に兵士を引きずっていた。
「案内人の眷属らしいですよ。あれ以外にも山ほど出てきてけが人をこっちまで引っ張ってきたんです。どうもね、あいつらはドラコリッチと戦闘にはならんらしく、出てきたところで攻撃が止まったんですよ」
「そうか、助けられてしまったか。また謝罪をせねばならんな」
ドラコリッチと案内人の関係性は分からないが、いずれにせよマリウスたちは助けられたのだ。事前のアエリウスとのやりとりでは誰が食われようが知ったことかなどと言っていたのだが、実際にはこうして助けてくれたのだ。
周囲を見渡すとまだ横たわったままの兵士が多い。木に寄りかかるように身を起こした兵士、肩を支え合いながら移動する兵士の姿もあった。その間をステラやヴァイオラ、それにクリストたち冒険者も大量のポーションを抱えて動き回っている。
「失敗したな。撤退の判断が遅すぎた。最初の一撃を入れたところで引いても良かったのだ。それを様子を見てしまった。失敗したな」
「いやあ、一発目がきれいに入ったところで、もしかしてうまくいのかなんて俺も思いましたからね」
うなだれてパキが言う。確かに最初の攻撃がうまくいったことで余裕を持ってしまったのだ。だがあれはドラコリッチに避けるつもりがまったくなかっただけなのだろう。初めて相対する魔物なのだからもっと慎重でも良かったというのに、そのまま二発目を求めてしまった。その結果がこれだった。死亡者がいないことなど単に幸運だっただけだろう。案内人の介入があったおかげで助かっただけで、なければ全滅だっただろう。マリウスはこの結果にもう一度ため息をつき、目を閉じた。
「全快まではいけませんでしたね」
「仕方がなかろう。この強硬手段もまた中央の発案だ。どうすることもできん」
「案内人からの情報収集は」
「相手が何かは冒険者からの聞き取りで判明している。それ以上はなしだ。準備に時間をかけるわけにはいかんよ」
「やむを得ませんか」
「可能な限りの全力で当たる。それだけだ」
「それで、問題の相手は?」
「ドラコリッチだ」
それを聞いたアエリウスが天を仰ぐ。マリウスとて気持ちは分かる。現状では対ドラゴンの装備などない。軍がドラゴンを退治したという事例はない。一応撃退、退けたという事例はあるのだが、いると分かっているドラゴン相手に事前に準備を万全に済ませた軍が総力戦を仕掛けてという話になる。ドラコリッチはドラゴンではない、ただのアンデッドだと声高に言うものもいるだろうが、では誰かが何かがドラコリッチを撃破したという記録はあるのか、調伏に成功したという聖職者がいるという記録はあるのかといったら、そんなものはないのだ。
自分たちが現在有している戦力で挑むしかないのだ。挑む前から無理ですと報告することはできない。せめて一撃入れた上で、無理だったという記録を残さなければならないのだ。それにもしかしたら勝てる可能性だとてあるかもしれないではないか。やる前から決めつけることなどできない。
「仕方がありません。持ってきた道具だけでどうにかできるものなのか、やるだけやってみますか」
ため息とともに方針が決定される。戦闘に参加可能なものは全員が最善の装備に身を包み、そうでないものはそれを支援する形を取る。衰弱していようとも道具の受け渡し、ポーションの投てきといった作業は可能なのだ。
プレートメイル、準備良し。
シールド、準備良し
ロングソード、準備良し。
スピア、準備良し。
ロングボウ、準備良し。
射出式ジャベリン、準備良し。
火炎瓶、毒瓶、準備良し。
ヒーリング・ポーション、準備良し。
リムーブ・ポーション、準備良し。
ブラスト・ボール、準備よし。
バリア・ストーン、準備よし。
一つ一つを確認していく。これでは正直なところ心許ないと言いたいところだった。それでもこの準備だけで挑むしかない。部屋で最後の準備を終えた兵士たちが続々と外へ通じる通路へ集まっていく。この先は屋外になり、そこで大型の魔物との戦闘だ。軍の兵士といえど大型の魔物との戦闘回数はそれほど多くはない。それでも可能性ありとして心づもりはできていた。ここでそれを倒せばいよいよダンジョン攻略、そしてその大型の魔物撃破の功績を得ることができるのだ。ここが勝負所と心得て隊列を組み、そしてその場所へと向かって出発した。
屋外に出たところまでは問題はなかった。
だがそこから木立の合間を縫って先へ進み、門前の魔物がいるという広場まで進んでいくと、額から手のひらから汗が吹き出し、口が渇き、前へ踏み出す足が震え始める。すでに大型の魔物の気配がビシビシと伝わってきていた。時折ゴウッ、ブシュウッという息のような音も聞こえている。近づいてはいる。だがまだ姿も見えていない。それでも恐怖を誰もが感じていた。何か異様なものがいるのだ。
木立を抜け、眼前に空間が広がる。
塔からつながる石壁が見える。頭上には青空が広がり、風は涼やかで梢を揺らす。今日は良い日のようだった。
そこにいたのは巨大な骨の塊だった。朽ちた皮、濁った色の肉、見た目にはそれは死体のようだった。トカゲのような形をした頭部、牙が並ぶ大きな口、暗い黄色い色を放つ濁った眼球、太い腕と脚には鋭い爪があり、長い尻尾を持ち、そして大きな翼があった。その口の牙の隙間からは紫色や灰色や黒色や、さまざまな色をした煙が漏れていて、ブシューという音とともにその煙が激しく立ち上っていく。
暗い黄色い眼球がぐるりと回り紫色に変わる。
胸の崩れた肉の向こうで紫色の煙のようなものが沸き起こるとそれが首の骨に沿って昇っていき口の中にたまる。大きく開いた口からその紫色の煙がゴウッと音をたてて広場にまき散らかされた。
兵士たちはすぐに動くことができなかった。まだ門前の広場に展開すらしていない段階で、ただ紫の煙を吐き出しただけのそれに圧倒されていた。
バン!
マリウスは自分の胸をたたくと、目の前のドラコリッチをにらみつけた。
「総員、戦闘準備!」
こんなところで立ち止まっているわけにはいかなかった。
「予定どおりに展開しろ! 弓手は木の間から狙え! 正面には入るな! 散らばれ! 囲め!」
アエリウスが自分を鼓舞するように大声を出して指示する。正面側にはマリウスの部隊、右にクウレルの部隊、そして改めて編成しなおしたパキの部隊が左へと広がっていく。正面から力押しなどできる相手ではない。全員が大盾を持ったマリウスの部隊が引きつけ、槍、射撃武器、投てき武器を使って遠目から狙い削っていくのだ。
「用意! 撃て!」
号令に合わせて道に設置しておいた射撃式ジャベリンが広場に引き出され、ドラコリッチの正面から発射される。本来なら人が投てきする武器だが、それをバネの力で発射しようという新式の兵器だ。2台並んで置かれたそれからジャベリンがドラコリッチ目掛けて放たれ、そのまま胸部に深く刺さった。
同時に周囲から弓手が矢を一斉に放ち、そしてスリングを使って火炎瓶と毒瓶がまとめて投げつけられる。大量の矢がドラコリッチの体に突き刺さり、さらに体に足に翼に命中した火炎瓶によって炎が発生し、毒瓶によって体中に毒液がまき散らかされる。確かな手応え、誰もがそう思った。
だがドラコリッチの胸に刺さったはずのジャベリンが次第に紫に変色しながらどろりと溶け、体に刺さった矢がぽろぽろと落ち、炎も毒もそのまま体の上を滑るようにして消えていってしまう。
カチカチと牙が打ち鳴らされる。紫色だった眼球がぐるりと回り黄色く変わると、胸の奥の方からも黄色い光が上がっていき、開かれた口から雷撃となって放たれた。
バリバリと激しい音をさせて地をはうように真っすぐに伸びる雷撃がそのまま周囲の兵士を巻き込みながらジャベリンの射撃台に命中し、破壊する。ちょうど横をそれに通られたマリウスは右腕にビリビリと響く衝撃を感じていた。
「攻撃を続行しろ! 手を止めるな!」
アエリウスが指示を出しながらブラスト・ボールを取り出す。この武器も残りこの1個だけだった。ジャベリンを失い、この武器も使い、それでどれだけのダメージを与えられるか。考えている場合ではなかった。
投じられたボールはそのまま雷撃のブレスを吐き終わった頭部の下顎に命中し、そこで爆発を引き起こし炎が発生する。再び弓手から放たれた矢は弾かれるように持ち上がった頭部に集中した。
ドラコリッチは頭を一振りすると翼を持ち上げ、それを背の上で打ち合わせる。するとその体がその場でぶわりと浮き上がった。羽ばたきはしなかった。だが胴が手が足が地上を離れていく。カチカチと牙が打ち鳴らされる音がして、黄色かった眼球がぐるりと回り白く変わる。
グウオオオオオオオッ
大きく開かれた口から発せられた声が広がっていく。
バタリと誰かが倒れる音がした。
ゴトッと何かが落ちる音がした。
はははと乾いた笑い声がした。
嫌だ嫌だとつぶやく声がした。
マリウスは自分の手が震えているのを感じていた。
アエリウスは隣にいた兵士が涙を流し表情をゆがめて膝を着くところをただ見ていた。
恐怖がその場を支配していった。
宙に浮かぶドラコリッチの胸から黒い液体がぼとりぼとりと地面に落ちて水たまりを作っていく。するとそこから身を起こすものがあった。黒く輪郭のにじんだ人影のようであり、そして頭部はドラコリッチと同じようにトカゲのような形をしていた。
ぞわり、と動き出したその人の影のようなものが周囲に散っていく。ぶるぶると震えていた兵士に抱きつくようにして押し倒し、トカゲのような頭部が口を開けて肩にかみつく。膝を着いていた兵士を蹴り倒してから腕を振り上げ、そして振り下ろす。木立の中に飛び込み、弓を持ったまたぼうぜんとしている兵士に飛びかかり押し倒す。
どうにかそれに反応できた兵士もいた。剣を振るい、槍を振るい、盾を振るって抵抗する。マリウスもまた盾でその魔物の襲撃を受け止め、剣を振るうと影からぽろりと首が落ちる。単体で見ればそれほど強い魔物ではないのだろうか。抵抗することに成功しさえすればあちらこちらでその影を打ち倒すことができていた。
だが頭上にはまだドラコリッチがいた。翼をもう一度背後で打ち鳴らすと、ズドンと激しい音と衝撃をもたらしながら広場へと下り立ち、そしてその場でぐるりと体を回転させると長い尾を振り回した。
影の群れに襲われていた兵士たちは、襲いかかるその尾から逃れることはできなかった。影に組み付かれたまま弾き飛ばされ、影と切り結んでいる最中に弾き飛ばされる。アエリウスは隣の兵士ごと振られる尾によってすくい上げられ宙を舞った。マリウスが目の前を通過していく尾の先端に自分の盾がぐにゃりと曲げられながら吹き飛んでいくのを見送っていた。盾から手を離していたのは影に対抗するために両手で剣を振ったからで、無事に済んだのはただの偶然だった。
カチカチ、と牙を打ち鳴らす音が聞こえた。ここまでと判断するには今しかなかった。
「後退! 後退! 振り返るな、走れ!」
叫んだマリウスの声に反応できたものは幸運だろう。
白い眼球がぐるりと回り、青く変わる。
右へ左へと向きを変えながら叫ぶマリウスの前でドラコリッチの胸から青白いもやが発生し、それが昇っていく。開かれた口から吐き出されたそれが包み込んだマリウスの体に霜が降りていく。倒れた兵士たちの上に霜が降りていく。ピキ、キシ、と木立が音を立てて白く変わっていく。マリウスは自分の体の動きが鈍くなっていくのを感じていた。
ずり、ずりと引きずられる音と背中の衝撃にマリウスの意識が浮上する。
助かったのか、と声を出したかったが口元がかじかんで動かない。だが、これは助かったと言っていいのだろうか。ドラコリッチの吐くブレスに自分もここまでかと観念したのだが。それともあの影どもに引きずられてドラコリッチの口にでも運ばれているのか。
だがまだ動かせない頭の左右を通り過ぎるのは緑の木立だった。
これはやはり、助かったのだろうか。
「‥‥将軍! 良かった! 意識は‥‥良かった!」
この声はパキか、あいつも助かったのだろうか。
とすんとマリウスの頭が地面に落ちる。その軽い衝撃に、むぐ、とうめき声がもれてしまった。
「ポーションです。まだたくさんありますからどうぞ」
幼い子供の声がする。これはステラか。どうやらこれは助かったということでいいようだった。目を閉じていたマリウスの体が誰かに支えられて起こされる。口元に当てられた瓶から液体を飲んでいくと、少しずつ体に力が戻っていくのを感じられた。
「‥‥済まん、助かった」
ため息とともに目を開けたマリウスを支えているのはパキで、ポーションの瓶を持っているのはイェレミアスだった。
「‥‥どうなった?」
聞けるのはそれくらいだった。
「ひどいもんです。けが人多数。損害多数。いまだに意識不明のままの者も多い。ですが今のところ死亡は出ていません。あれの介入がなければたぶんもっとひどかった」
そう言ってパキが示す先にヒトデのような形をした人形がいた。ヒトデ、5本の触手のようなものが広がり、その一本一本に目と口がある。細い5本の足があり、その体高は人と同じくらいだろうか。その向こうでは盾のような形に細い手足の生えた人形が器用に兵士を引きずっていた。
「案内人の眷属らしいですよ。あれ以外にも山ほど出てきてけが人をこっちまで引っ張ってきたんです。どうもね、あいつらはドラコリッチと戦闘にはならんらしく、出てきたところで攻撃が止まったんですよ」
「そうか、助けられてしまったか。また謝罪をせねばならんな」
ドラコリッチと案内人の関係性は分からないが、いずれにせよマリウスたちは助けられたのだ。事前のアエリウスとのやりとりでは誰が食われようが知ったことかなどと言っていたのだが、実際にはこうして助けてくれたのだ。
周囲を見渡すとまだ横たわったままの兵士が多い。木に寄りかかるように身を起こした兵士、肩を支え合いながら移動する兵士の姿もあった。その間をステラやヴァイオラ、それにクリストたち冒険者も大量のポーションを抱えて動き回っている。
「失敗したな。撤退の判断が遅すぎた。最初の一撃を入れたところで引いても良かったのだ。それを様子を見てしまった。失敗したな」
「いやあ、一発目がきれいに入ったところで、もしかしてうまくいのかなんて俺も思いましたからね」
うなだれてパキが言う。確かに最初の攻撃がうまくいったことで余裕を持ってしまったのだ。だがあれはドラコリッチに避けるつもりがまったくなかっただけなのだろう。初めて相対する魔物なのだからもっと慎重でも良かったというのに、そのまま二発目を求めてしまった。その結果がこれだった。死亡者がいないことなど単に幸運だっただけだろう。案内人の介入があったおかげで助かっただけで、なければ全滅だっただろう。マリウスはこの結果にもう一度ため息をつき、目を閉じた。
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たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
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