ダンジョン・エクスプローラー

或日

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091:絶望に至る魂

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 対ドラコリッチ戦は失敗だった。軍の結論としてはそうなるだろう。資料、というよりも物語レベルの伝承しかないような魔物を相手に現有戦力全てをぶつけてもこのありさまだったのだ。アンデッド化しているとはいえ元のドラゴンの能力をそのまま有しているという話は本当なのだろうか。軍にドラゴン戦の経験がまったくないわけではない。これでもブルー・ドラゴンを撃退した経験のある兵士が何人もいるのだ。だというのにドラコリッチに圧倒されてしまった事実が重くのしかかっていた。
 近づくだけで感じる威圧感、攻撃を一斉に加えたというのにそれをものともしなかった防御力、そしてあの圧倒的な攻撃力だ。飛行状態は近接の攻撃ができなくなるという時点ですでに怖い。まき散らされた恐怖や眷属らしき影を大量に召喚した能力。ドラゴンが吐くブレスが何種類も、毒、それから雷と冷気か、もしかしたら他にもあるかもしれない、そんな状況。どう対抗すれば良いのだろうか。
「さて、問題は次は俺たちの番てことなんだが」
「能力の封印がどれだけできるかが全てになるのかな」
「そうだな。1が飛行ってことだから、あの浮き上がる動きはなくなるんだろう。2の畏怖すべき存在ってのは近づくだけで感じる威圧感のことか? それとも恐怖をまき散らしたあれか?」
「3から5の伝説的な行動の封印てのは何をさすんだ? 結局それ次第だよな?」
「魔法でひたすら防御力とか抵抗力とかを上げて挑むのが基本だとは思うのだけれど、あれだけ種類があると全部は無理よ」
「そうだよな。やはり封印できる行動次第って話になるんだが」
 クリストたちは国軍が何とか自分たちだけで回復や撤収の作業を進められるようになったところで、手を空けて壁際に集まって相談を始めていた。
 エディの回復を待つ都合から軍に先に挑んでもらう形になったのだが、無理だろうと考えていた以上の差がドラコリッチとの間にあった。集めた金属板による封印の効果がどの程度のものなのかが分からないということもあって、どうしてもすぐに挑むような気分にはなれずにいたのだ。
 結局現時点の結論は、こんなことをしていても仕方がない、もう少し案内人から情報を得よう、という前向きなのか後ろ向きなのか分からないものだった。

 案内人の前まで戻ると先に戻っていたステラが体をカウンターに、身を投げ出すようにして乗せた姿勢で足をぱたぱたさせていた。ヴァイオラは向かいのギルドの受け付けに背をもたれさせてそれを眺め、その足元では白いオオカミが何か食べているのか口をもごもごさせながら寝そべっている。
「あ、お疲れさまです。落ち着いたようですね」
「そうだな。向こうはもう大丈夫だろう。あとは勝手に何とかするさ‥‥で、いろいろと聞きたいんだが、いいか?」
「やっぱり怖いですね?」
「ああ、怖いね。やれる気がしてこないぞ。てことで追加の情報収集だ」
 体を起こしてぴょんとはねたステラが床に下りる。カウンターの向こうでは奥の棚の方から分厚い本を抱えたルーナが戻ってくるところだった。
「ステラ様からの要望もありまして、ドラコリッチの資料となります。直接ご覧頂くわけには参りませんが、可能な範囲で情報をお伝えしましょう」
「‥‥もんすたー、まにゅある?」
 表紙を眺めたカリーナが文字を読む。
「はい。この世界に存在する獣、魔物、モンスター、異質な存在の類いなどをまとめた書物のうちの一冊となります。現在5冊、全部で3000種ほどの記載がございますよ」
「‥‥多いのか少ないのかも分からんな。ギルドで見せてもらったことがあるが、あれは200とか300とかじゃなかったか」
 ちらりとギルドの受け付けにいるトーリの顔をうかがうと、目があってこくこくと小さくうなずいた。
「細かい種別まで全て網羅しておりますから、その分大量であるとも言えますので。さ、それではドラコリッチについてとなります。アーマークラスやヒットポイント、能力値の詳細については控えさせていただきますが、素体となったドラゴンの能力をほぼそのまま維持していることが知られております。ですからもしも素体がジュエルのエルダーであれば、アーマークラスは上限を突破している可能性があり、ヒットポイントが4桁である可能性がございますね」
「‥‥じゅえる? えるだー?」
「ドラコリッチとなる可能性を持つドラゴンはアダルト、いわゆる成体以上なのですが、今回のものはどうでしょうか。さて、その今回のドラコリッチの攻撃手段となりますが、多彩でございますよ。吐息の効果は火、冷気、雷、猛毒、麻痺、過重の6種類。音声の効果は恐怖と混乱の2種類。それから羽ばたきによる暴風、重力反転による飛行形態、存在そのものによる畏怖の効果、皮膚から発する腐食の効果、生命力を分け与えることによるシャドーの生成。かみつきは生命力吸収あるいは経験値吸収。そのほか爪、尾、翼による物理攻撃となりますね」
 隣でステラのひえーという小さな声が聞こえた。
 悲鳴を上げたいのはクリストたちも同じだった。
「火、冷気、雷は分かる。猛毒ってのは毒じゃないのか? 猛毒になるのか? 麻痺は分かる、かじゅうってのは何だ?」
「毒ではなく猛毒となります。過重は重力魔法にございますよ。対象に地面よりも下へと引く力を加える、要するに重くなるのです。ブレスに巻き込まれるとヒトも矢弾も魔法も何もかもが重くなるのですよ」
「意味が分からん‥‥いや、分かる、分かるんだが‥‥。恐怖ってのは見たやつだよな。混乱もあるのか。飛ぶ時に羽ばたかなかったってのがその飛行形態ってことになると。で、畏怖の効果ってのはやっぱあれか、近づいたときの威圧感か。シャドーの生成も見た。かみつきの生命力吸収、経験値吸収ってのは何だ?」
「生命力、経験値、どちらも相手から奪い自分のそれに加算するという効果となります」
 話を聞いていたステラがまたカウンターの上にぺたーっと伸びていく。
「それ、絶対受けたらいけない攻撃ですよね。生命力はヒットポイントでしょう? 相手から奪って自分を回復する。経験値はレベルに影響するのでしょう? 奪われたらレベルが下がるかもしれない。レベルは能力値とかヒットポイントとか、使えるスキルとか魔法とか、いろいろなところに影響するのでしょう? 全部、下がるかもしれない。さっきまで使えていたものが使えなくなるかもしれませんね。そしてそれを自分に加算する。レベルが上がってしまうかもしれませんよね」
 待て待て待て、とクリストが手を出して顔をしかめる。
 ちらりと見るとちょうどマリウスが来たところで、腕組みをしたまま壁にもたれかかって渋い顔をしていた。
「話が聞こえたから参加しようかと来てみたが、われわれはそんなものと正面からまともにやろうとしていたのか?」
「最初から無理だろう、良く言ったところで難しいだろうと思ってはいたが、やばすぎないか。ドラゴンのリッチ、いや、マジか。頭を抱えるってのはこういうことだよな」
 倒さなければ地下世界には出て行けず、ダンジョンも案内人もさあ倒せと言わんばかりなのにこれである。
「通常見られるドラコリッチよりもはるかに強力な個体を引き当てましたね。素晴らしいくじ運でございます。これは素体もかなり上等なものとなるでしょう。倒したあかつきには骨や皮膜、真核といった素晴らしい素材が手に入りますよ。これは腕の見せ所ですね」
 案内人が最後にわざとらしく殴り合うかのようなポーズを取ってにこやかに言う。
「勘弁してくれ‥‥で、肝心の封印の効果だ。飛行と、あの威圧感はつぶせるってことだ。それ以外の伝説的な行動ってのはどれになるんだ?」
「指定する必要がございます。ご希望に応じ、こちらでそれを書き込みましょう。お薦めといたしましては吐息の切り替えと音声、もう一つは羽ばたきかシャドー生成になりますでしょうか」
「‥‥吐息の切り替えってことは使うブレスを一つにさせるってことか。なるほどな。音声をつぶせば恐怖も混乱もなくなる。もう一つつぶすなら羽ばたきだろう。シャドー生成はどっちかってーと都合がいい」
「ふむ。生命力、ヒットポイントとやらを使わせるということだな。見た限り、あのシャドーはたいしたことはない。その畏怖とやらと、恐怖と混乱、それがなければ問題にはならんだろう」
「そうだな。自滅に近い行動になるはずだ。行動を絞り込んでやれば勝手に使ってくれるんじゃないか」
「吐息、ブレスはどうだ。猛毒の程度が分からんが‥‥」
「麻痺は駄目だ。食らったら終わる。かじゅうってのも分かりにくいがやつの足元を動く俺たちには不利になりそうだ。絞るなら火か冷気か雷か」
「冷気と雷は見たが、使わせるのならば雷だろう。多少の幅はあろうが、直線的に放たれる可能性がある。火と冷気はその後が怖い」
「炎上と凍結か、そうだな。これでどうだ、行動が雷のブレス、シャドー生成、あとは爪、牙、翼、尾か。分かりやすくなるな」
「かみつきを止める、尾の振り回しに耐える、ブレスに耐える、生成されたシャドーを手早く倒す。問題はこれくらいか。ふむ、これならば普通にドラゴンとやる想定とそう大差はない。あとはやつの防御を抜けるか、体力を削りきれるかという話になる」
「いいね、希望が見えてきたんじゃないか」
 いつの間にか話を弾ませているクリストとマリウスを見ながらステラはにこにことしていた。
 ぽむ。
 そのステラが軽く手を合わせる。
「これはまだ独り言なのですが、聞こえてしまっていたらごめんなさい。えーっと、ここにいる冒険者のみなさんはセルバ家とギルドから依頼をして来ていただいています。目標は地下世界への到達。この場所はまだダンジョンだと考えると未達成ですね。達成するためにはあのドラコリッチを何とかしないといけません。それから国からの指示を受けて軍のみなさんが来ています。こちらも目標は地下世界への到達。状況は同じですね。
「さて、ここにセルバ家の人間がいます。都合の良いことにダンジョンがあるノッテの代表者で冒険者のみなさんに要望をお伝えする権利があったりします。そして、セルバ家は国のために力を尽くすことにためらいはありません。持っているものを供出する準備があります。とても都合の良いことに、ここにいろいろと持ち込んでいたりします。森で入手したあれこれで作ってみたけれど、危なくて仕方がないからダンジョンに隠しておこうかな、なーんていうものだったりもします。
「ところでお隣の人たちが難しいお話をしています。冒険者さんたちがいて、軍人さんたちがいて、どうも同じ魔物のお話をしているみたいです。もしかしたら協力して戦おうっていうそういうお話なのかなって思ったりもしています。ところでここにセルバ家の人間がいるのですが、こういうお話は聞いてしまっていてもいいのかなって――」
 あー、と天井を見ているのはクリストで目を閉じて考えているのはマリウスだ。クリストたちからすれば準備を終えた今でも、話を聞いていても、現実を目の当たりにしても、案内人から情報を得ても、どうしたものか、やりたい、だがこのまま挑んでも可能性が、そういうはざまで悩んでいるところだったのだ。
 軍からしても現実に直面して戦力を大きく削られ、これ以上打つ手がないという状況だったのだ。
 マリウスがちょっと待てというように手を出して話を止めると通路を戻っていく。それをちらりと見たところでステラは言葉を続けるのをやめ、くるりと回ってギルドの、トーリの方を向いた。
「ギルドは誰がどう突破しようが構わないのですよね」
「結論を言ってしまうとそうなりますね。得られる利益は変わらないでしょう。契約内容にも一番に、とか書いていませんし?」
 うむうむとステラが腕組みをしてうなずいた。ギルドの目標など、ここに受け付けを設置できた時点でほぼ達成されている。あとはドラコリッチの素材が手に入るのかー、すごいなー、という程度の状況だ。
「――済まんが続きをいいか。軍には国の指示を最大限達成するための権利がありそれを行使するための用意もある――」
 言いながら、副官のアエリウスを伴ってマリウスが戻ってくる。当のアエリウスはドラコリッチの尾に吹き飛ばされた結果、鎧はぼろぼろ、体もぼろぼろという状態で回収され、ポーションをがぶ飲みしてようやく動けるようになったところを引っ張り出されてきていた。その表情は疲れ切ってはいたが、だが展望が開けたことによる力強さを取り戻してきていた。そのアエリウスがステラの前で姿勢を正す。
「軍を代表し、セルバ家へ対ドラコリッチ戦への協力を依頼します」
 その言葉にステラがにっこりとほほ笑んだ。
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