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  優雅なヴァイオリンの音色が会場に響き渡る。反響して音楽が会場内に充ち、私はワクワクする。取り巻きではなく友人ができてから早数日、今日は新入生の歓迎パーティだ。
  昼間から開催されるパーティは、社交界顔負けの豪華なパーティとなっている。
  私は家から持ってきていた、悪役令嬢らしからぬ淡いパールピンクのドレスに身を包み、ウェルカムドリンクを手に会場の隅に逃げる。
  中央にはキラキラと輝くアインツと、それを取り巻く美しい令嬢たちは目をらんらんと輝かせ、アインツに気に入られようと擦り寄る。
  そんなに王妃になりたいもんかね。私ならエドガー様のお嫁さんになりたいわ。
  
  私は気後れしそうになる中、周囲を見回しブリジットとリディアナを探す。会場にはたくさんの生徒や教師までいて、見つけれる気がしない。
  軽くため息が零れる。

「こんなところで壁の花か?」

  急に声をかけられてドキッとする。声の正体は、ジークだ。

「まぁ、ジークもお相手がおりませんの?貴方なら引く手数多でしょうに」

「面倒臭い」

「酷い言いようね。ご令嬢達が泣くわよ」

  呆れつつも、ダンスが苦手な私はホッとする。
  再び、会場内を見渡すと見覚えのある金髪縦巻きロールのブリジットがチラリと見えた。あちらもキョロキョロと誰かを探している様だ。
  こちらの視線に気がついたのか、ブリジットはパァっと目が輝かせこちらに向かってくる。

「クリスティナ様っ!!探しましたわ!お会い出来て嬉しいですわ。ご一緒しても?」

「私も探していたわ。えぇ、もちろんよ!」

  ねっ?とジークを見やると、ジークは肩を竦めて返事をする。無口にも程があるんじゃないか?と思うがもう捨て置く。
  ブリジットと合流出来て、ホッと息を着くが、リディアナがまだ見つからない。

「ねぇ、ブリジット様。リディアナさんを見ませんでしたか?」

「あの庶民ならあっちの壁際でメモ帳とペンを持って何か描いていましたわ!あんな庶民、クリスティナ様がお気になさることありませんわ」

  ブリジットはそう言うとぷいっとそっぽを向いてしまう。

「私の友人をそんな風に言わないで下さいませ。ブリジット様もリディアナさんも私の大事な友達ですわ」

  私の言葉に一瞬だけブリジットは頬を赤らめるが、ぷいっと目をそらす。

「…申し訳ありません。ですが、私はあの庶民は気に入りませんわ!」

「あら、でも私はブリジット様とリディアナさんは仲良くなれると思ったのだけど…」

  私の言葉にブリジットは不快そうに眉をひそめた。

「では私、リディアナさんを探してまいりますわ!」

  おほほほと誤魔化すように笑って、私は2人から離れた。
  ブリジットが教えてくれた方に足を向けると、確かにそこには目を輝かせて辺りを見渡しているリディアナの姿があった。
  急いで駆け寄ると、ドンッと背中が誰かにあたって、前につんのめるように顔から地面に向かって、身体が傾く。衝撃に備えて目を固く瞑る。

「ぶっ!?」

  誰かの胸板に顔を突っ込んでしまったようだ。

「おやおや、怪我はないかい?」

  たっぷりと色気を含んだ声がして、はっと顔を上げた。
転げそうになった私を支えてくれたのは、攻略対象であり、このゲームでの1番の要注意人物、レオン・ハウエルだ!
  固まっている私に、レオンは軽く首を傾げている。
  彼が要注意人物なのは、唯一このゲームでヒロインの死亡ルートがあるからだ。
  色気たっぷりで、目の下にある泣きぼくろが特徴で、常にニヒルな笑みを浮かべている。怪しさ満点な彼は、その色気でたくさんの令嬢やプレイヤーを魅了してきた。だが、中身が残念だ。
  彼を攻略しようと何度もゲームオーバーになった苦い思い出がある。
  レオンは嫉妬深く、恋仲になった少女が他の男と居るのを目撃すると、翌日には行方不明になり、瞳を収集してホルマリン漬けにして飾る。ヒロインが他の攻略者と仲良くしているのを見ると監禁しようとしたり、最後のバッドエンドではヒロインを殺し瞳を収集して飾られていたりした。とんでもないサイコ野郎なのだ。
  何故そんな事をするのかヒロインが死の間際に聞くと、他の男が君の瞳に映るのが耐え難いだから、自分だけを映せるように傍に置いて飾るんだと言う。
  ハッピーエンドは人里離れたところに移り住み、彼に甲斐甲斐しく世話をされて一生を終えてしまう。
  無事にクリアできれば一途で従順なキャラとなるが…これは絶対面倒臭い!というか、リセットができない今の世界では、関わらない方がいい相手だ。
  悪役令嬢である私は多少は大丈夫だと思うけど、来年入学を控えているエドガーの妹はがっつりヒロインだ!エドガーの妹がこんな変態の毒牙にかかってはいけない!
  敵視するように睨んで見るが、レオンは笑みを浮かべたまま首を傾げるだけだ。

「どこかぶつけてしまったかな?」

「いえ、大丈夫です!助けていただきありがとうございます!」

「いえいえ、こんなに美しいレディが怪我をしてしまってはいけないからね。守るのは紳士の役目だからね」

  キザな台詞を吐いて、レオンは私の手を取った。そして、まるで見本のように美しい所作で私の手の甲に唇を落とした。
  ぞわりと背が粟立って、急いで手を引っこめる。さすが、お色気キャラだ!大人の色気が半端ない。

「っ!私は生徒ですよ!」

「ええ、大事な生徒です」

  平然と甘い笑顔で答えたレオンに、私の頭はますますパニックになる。
  生徒との距離感とか云々言いたいことは山ほどあるが、さすが乙女ゲームのキャラ!顔だけは良いのが腹が立つ!

「し、失礼します!」

  リディアナの元に向かうのも忘れて、慌ててレオンに背を向け会場から抜け出す。

  会場の外は中庭と繋がっていて、5段ほどしかない短い階段を下りるとすぐに外に出ることができた。
  その階段を降りて中庭のベンチに向かおうとした瞬間、大きな影が階段に腰をかけているのに気がついて足を止めた。
  ラベンダー色の美しい髪に、ほわほわとした雰囲気。正体はエドガー様だ。
  アインツのそばにいないと思ったら、こんなところにいたのね!

「え、エドガー様?」

  後ろから声をかけると、肩が跳ねてゆっくりと振り返ったエドガー様の膝の上には、お皿に山盛りに乗ったケーキ。
  左手にはしっかりとウェルカムドリンクとして振る舞われたオレンジジュースまで握っている。

こんなところで隠れてケーキを食べてるとか…あの、可愛すぎませんか?

「あれ? 見つかってしまいましたね」

    エドガー様は照れながらはにかんで言う。甘い物をこっそり食べてるギャップも可愛い。顔に似合わず甘い物好きなのもいい!

「ふふっ、クリスティナ様も一緒に召し上がりますか?」

  誤魔化すように笑ったエドガー様に、なんだか力が抜けていく。というか、もうほとんど浄化に近いのではないだろうか。
  レオンのせいで張っていた気も段々と落ち着いてくる。
  少し熱い頬も心地よくさえ思えてくる。

「ご一緒させてくださいませ」

  私はそう言うとエドガー様の隣に座る。周りには誰も居ない。皆、パーティに夢中でこちらに来る気配もなく。後ろからは心地の良いヴァイオリンの音色と生徒たちの楽しそうな声が聞こえてくるだけだった。
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