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「……お嬢様、またしても『飽きた』というお顔をなさっておりますな」
セバスが、新しいハーブティーを注ぎながら淡々と告げた。
「分かる? セバス。贅沢三昧、昼寝三昧、王子の悪口三昧……。最初は最高だったけれど、私、もともと働き詰めだったせいか、何もしない時間が『資産の浪費』に思えてきたのよ」
ファルルは、庭園のテーブルに突っ伏した。
「有給休暇というのは、三日で飽きるものなのね」
「それはお嬢様が根っからの仕事人間だからでございます。……そんなお嬢様に、少々『刺激的』な来客がございますが、いかがいたしますか?」
「来客? また殿下が土下座しに来たの?」
「いいえ。近隣に領地を持つ、バロン家の令嬢マリエル様でございます。……どうやら、お嬢様に『ご指導』を仰ぎたいとのこと」
数分後。
真っ赤に目を腫らしたマリエルが、ハンカチを握りしめて応接室に現れた。
「ファルル様! お願いです、私に『悪役令嬢』としての心得を教えてくださいまし!」
「……マリエル様。挨拶もそこそこに、随分と不穏な注文ですわね」
ファルルが促すと、マリエルは堰を切ったように話し始めた。
「私の婚約者が、最近現れた男爵令嬢に夢中なのです! 私が注意すると『マリエルは嫉妬深い悪女だ!』と言われ、周囲からも冷たい目で見られて……。私、このままだとファルル様のように婚約破棄されてしまいます!」
ファルルは、冷めた目で彼女を見つめた。
「マリエル様。まず一つ訂正させていただきます。私は『破棄された』のではなく、ブラックな職場を『円満退職した』のです。……それで、その婚約者様との関係において、あなたはどんな利益(リターン)を得ているのですか?」
「り、りたーん……? ええと、彼は将来の伯爵ですし、顔もまあまあ良いですし……」
「それは『含み損』のある不良債権ですわね。顔が良いだけで中身がスカスカなら、維持費ばかりかかって倒産まっしぐらですわ」
ファルルは、手元のメモ帳にさらさらと図解を描き始めた。
「いいですか、マリエル様。恋愛を感情で考えるから苦しいのです。これを『経営』と捉えなさい」
「け、経営……?」
「その婚約者に、あなたの貴重な時間と精神エネルギーを投資する価値がありますか? 浮気をしてあなたを悪女呼ばわりするような男は、市場価値ゼロ。いえ、マイナスです。今すぐ『損切り』すべき案件ですわ」
マリエルは呆然と口を開けた。
「そ、損切り……? でも、親同士が決めた約束ですし、世間体も……」
「世間体という名の『見栄』に固執して、一生をドブに捨てるおつもり? 私が提案するのは、積極的敗北……つまり、『あえて悪役を演じて、有利な条件で契約を解除する』方法です」
ファルルの目が、かつての「有能な婚約者」だった頃の鋭さを取り戻した。
「まず、彼が男爵令嬢と仲良くしている現場を、あえて人前で『寂しそうな顔』をして眺めなさい。怒鳴ってはダメ。そして、彼があなたを責めたら『そうね、私があなたの幸せを邪魔しているのね。……もう、疲れてしまったわ』とだけ言って、その場を去るのです」
「それだけでいいのですか?」
「ええ。その後、即座に実家の全資産を引き揚げる準備をしなさい。彼が『あいつ、急に大人しくなったな』と油断した瞬間が、トドメを刺すチャンスです。……セバス、例の『慰謝料請求のテンプレート』を彼女に」
「はい。お嬢様が昨夜、暇つぶしに作成した『浮気男を社会的に抹殺するためのガイドライン』でございますね」
セバスが、厚みのある書類をマリエルの前に差し出した。
マリエルは、その書類を聖書のように震える手で受け取った。
「……ファルル様。私、なんだか勇気が湧いてきましたわ。私、悪役ではなく『経営者』として、あの男をクビにします!」
「その意気ですわ。……あ、もし向こうが泣きついてきても、再雇用してはダメですよ。時間の無駄ですから」
一週間後。
マリエルは見事に「悲劇のヒロイン」を演じきり、衆人環視の中で婚約者から浮気の言質を取り、莫大な慰謝料と共に婚約解消を勝ち取ったという噂が舞い込んできた。
「……お嬢様。マリエル様の件が口コミで広がり、門の前に令嬢たちの行列ができております」
セバスが窓の外を指差した。そこには、悩み深き表情をした令嬢たちが、整理券を求めるかのように並んでいた。
「あら。……みんな、そんなに『不良債権』を抱えているのね」
ファルルは、新しいハーブティーを飲み干すと、不敵に微笑んだ。
「いいわ。暇つぶしには丁度いいわね。……セバス、看板を出しなさい」
「なんと書けばよろしいでしょうか?」
「『元悪役令嬢の、婚約関係・経営再建アドバイザー』。初回相談料は、美味しいお菓子一箱でいいわ」
こうして、ファルルの「有給休暇」は、思わぬ方向へと動き出したのである。
セバスが、新しいハーブティーを注ぎながら淡々と告げた。
「分かる? セバス。贅沢三昧、昼寝三昧、王子の悪口三昧……。最初は最高だったけれど、私、もともと働き詰めだったせいか、何もしない時間が『資産の浪費』に思えてきたのよ」
ファルルは、庭園のテーブルに突っ伏した。
「有給休暇というのは、三日で飽きるものなのね」
「それはお嬢様が根っからの仕事人間だからでございます。……そんなお嬢様に、少々『刺激的』な来客がございますが、いかがいたしますか?」
「来客? また殿下が土下座しに来たの?」
「いいえ。近隣に領地を持つ、バロン家の令嬢マリエル様でございます。……どうやら、お嬢様に『ご指導』を仰ぎたいとのこと」
数分後。
真っ赤に目を腫らしたマリエルが、ハンカチを握りしめて応接室に現れた。
「ファルル様! お願いです、私に『悪役令嬢』としての心得を教えてくださいまし!」
「……マリエル様。挨拶もそこそこに、随分と不穏な注文ですわね」
ファルルが促すと、マリエルは堰を切ったように話し始めた。
「私の婚約者が、最近現れた男爵令嬢に夢中なのです! 私が注意すると『マリエルは嫉妬深い悪女だ!』と言われ、周囲からも冷たい目で見られて……。私、このままだとファルル様のように婚約破棄されてしまいます!」
ファルルは、冷めた目で彼女を見つめた。
「マリエル様。まず一つ訂正させていただきます。私は『破棄された』のではなく、ブラックな職場を『円満退職した』のです。……それで、その婚約者様との関係において、あなたはどんな利益(リターン)を得ているのですか?」
「り、りたーん……? ええと、彼は将来の伯爵ですし、顔もまあまあ良いですし……」
「それは『含み損』のある不良債権ですわね。顔が良いだけで中身がスカスカなら、維持費ばかりかかって倒産まっしぐらですわ」
ファルルは、手元のメモ帳にさらさらと図解を描き始めた。
「いいですか、マリエル様。恋愛を感情で考えるから苦しいのです。これを『経営』と捉えなさい」
「け、経営……?」
「その婚約者に、あなたの貴重な時間と精神エネルギーを投資する価値がありますか? 浮気をしてあなたを悪女呼ばわりするような男は、市場価値ゼロ。いえ、マイナスです。今すぐ『損切り』すべき案件ですわ」
マリエルは呆然と口を開けた。
「そ、損切り……? でも、親同士が決めた約束ですし、世間体も……」
「世間体という名の『見栄』に固執して、一生をドブに捨てるおつもり? 私が提案するのは、積極的敗北……つまり、『あえて悪役を演じて、有利な条件で契約を解除する』方法です」
ファルルの目が、かつての「有能な婚約者」だった頃の鋭さを取り戻した。
「まず、彼が男爵令嬢と仲良くしている現場を、あえて人前で『寂しそうな顔』をして眺めなさい。怒鳴ってはダメ。そして、彼があなたを責めたら『そうね、私があなたの幸せを邪魔しているのね。……もう、疲れてしまったわ』とだけ言って、その場を去るのです」
「それだけでいいのですか?」
「ええ。その後、即座に実家の全資産を引き揚げる準備をしなさい。彼が『あいつ、急に大人しくなったな』と油断した瞬間が、トドメを刺すチャンスです。……セバス、例の『慰謝料請求のテンプレート』を彼女に」
「はい。お嬢様が昨夜、暇つぶしに作成した『浮気男を社会的に抹殺するためのガイドライン』でございますね」
セバスが、厚みのある書類をマリエルの前に差し出した。
マリエルは、その書類を聖書のように震える手で受け取った。
「……ファルル様。私、なんだか勇気が湧いてきましたわ。私、悪役ではなく『経営者』として、あの男をクビにします!」
「その意気ですわ。……あ、もし向こうが泣きついてきても、再雇用してはダメですよ。時間の無駄ですから」
一週間後。
マリエルは見事に「悲劇のヒロイン」を演じきり、衆人環視の中で婚約者から浮気の言質を取り、莫大な慰謝料と共に婚約解消を勝ち取ったという噂が舞い込んできた。
「……お嬢様。マリエル様の件が口コミで広がり、門の前に令嬢たちの行列ができております」
セバスが窓の外を指差した。そこには、悩み深き表情をした令嬢たちが、整理券を求めるかのように並んでいた。
「あら。……みんな、そんなに『不良債権』を抱えているのね」
ファルルは、新しいハーブティーを飲み干すと、不敵に微笑んだ。
「いいわ。暇つぶしには丁度いいわね。……セバス、看板を出しなさい」
「なんと書けばよろしいでしょうか?」
「『元悪役令嬢の、婚約関係・経営再建アドバイザー』。初回相談料は、美味しいお菓子一箱でいいわ」
こうして、ファルルの「有給休暇」は、思わぬ方向へと動き出したのである。
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