あの日、最高の婚約破棄を。

八雲

文字の大きさ
13 / 28

13

「……お嬢様、またしても『飽きた』というお顔をなさっておりますな」

セバスが、新しいハーブティーを注ぎながら淡々と告げた。

「分かる? セバス。贅沢三昧、昼寝三昧、王子の悪口三昧……。最初は最高だったけれど、私、もともと働き詰めだったせいか、何もしない時間が『資産の浪費』に思えてきたのよ」

ファルルは、庭園のテーブルに突っ伏した。

「有給休暇というのは、三日で飽きるものなのね」

「それはお嬢様が根っからの仕事人間だからでございます。……そんなお嬢様に、少々『刺激的』な来客がございますが、いかがいたしますか?」

「来客? また殿下が土下座しに来たの?」

「いいえ。近隣に領地を持つ、バロン家の令嬢マリエル様でございます。……どうやら、お嬢様に『ご指導』を仰ぎたいとのこと」

数分後。

真っ赤に目を腫らしたマリエルが、ハンカチを握りしめて応接室に現れた。

「ファルル様! お願いです、私に『悪役令嬢』としての心得を教えてくださいまし!」

「……マリエル様。挨拶もそこそこに、随分と不穏な注文ですわね」

ファルルが促すと、マリエルは堰を切ったように話し始めた。

「私の婚約者が、最近現れた男爵令嬢に夢中なのです! 私が注意すると『マリエルは嫉妬深い悪女だ!』と言われ、周囲からも冷たい目で見られて……。私、このままだとファルル様のように婚約破棄されてしまいます!」

ファルルは、冷めた目で彼女を見つめた。

「マリエル様。まず一つ訂正させていただきます。私は『破棄された』のではなく、ブラックな職場を『円満退職した』のです。……それで、その婚約者様との関係において、あなたはどんな利益(リターン)を得ているのですか?」

「り、りたーん……? ええと、彼は将来の伯爵ですし、顔もまあまあ良いですし……」

「それは『含み損』のある不良債権ですわね。顔が良いだけで中身がスカスカなら、維持費ばかりかかって倒産まっしぐらですわ」

ファルルは、手元のメモ帳にさらさらと図解を描き始めた。

「いいですか、マリエル様。恋愛を感情で考えるから苦しいのです。これを『経営』と捉えなさい」

「け、経営……?」

「その婚約者に、あなたの貴重な時間と精神エネルギーを投資する価値がありますか? 浮気をしてあなたを悪女呼ばわりするような男は、市場価値ゼロ。いえ、マイナスです。今すぐ『損切り』すべき案件ですわ」

マリエルは呆然と口を開けた。

「そ、損切り……? でも、親同士が決めた約束ですし、世間体も……」

「世間体という名の『見栄』に固執して、一生をドブに捨てるおつもり? 私が提案するのは、積極的敗北……つまり、『あえて悪役を演じて、有利な条件で契約を解除する』方法です」

ファルルの目が、かつての「有能な婚約者」だった頃の鋭さを取り戻した。

「まず、彼が男爵令嬢と仲良くしている現場を、あえて人前で『寂しそうな顔』をして眺めなさい。怒鳴ってはダメ。そして、彼があなたを責めたら『そうね、私があなたの幸せを邪魔しているのね。……もう、疲れてしまったわ』とだけ言って、その場を去るのです」

「それだけでいいのですか?」

「ええ。その後、即座に実家の全資産を引き揚げる準備をしなさい。彼が『あいつ、急に大人しくなったな』と油断した瞬間が、トドメを刺すチャンスです。……セバス、例の『慰謝料請求のテンプレート』を彼女に」

「はい。お嬢様が昨夜、暇つぶしに作成した『浮気男を社会的に抹殺するためのガイドライン』でございますね」

セバスが、厚みのある書類をマリエルの前に差し出した。

マリエルは、その書類を聖書のように震える手で受け取った。

「……ファルル様。私、なんだか勇気が湧いてきましたわ。私、悪役ではなく『経営者』として、あの男をクビにします!」

「その意気ですわ。……あ、もし向こうが泣きついてきても、再雇用してはダメですよ。時間の無駄ですから」

一週間後。

マリエルは見事に「悲劇のヒロイン」を演じきり、衆人環視の中で婚約者から浮気の言質を取り、莫大な慰謝料と共に婚約解消を勝ち取ったという噂が舞い込んできた。

「……お嬢様。マリエル様の件が口コミで広がり、門の前に令嬢たちの行列ができております」

セバスが窓の外を指差した。そこには、悩み深き表情をした令嬢たちが、整理券を求めるかのように並んでいた。

「あら。……みんな、そんなに『不良債権』を抱えているのね」

ファルルは、新しいハーブティーを飲み干すと、不敵に微笑んだ。

「いいわ。暇つぶしには丁度いいわね。……セバス、看板を出しなさい」

「なんと書けばよろしいでしょうか?」

「『元悪役令嬢の、婚約関係・経営再建アドバイザー』。初回相談料は、美味しいお菓子一箱でいいわ」

こうして、ファルルの「有給休暇」は、思わぬ方向へと動き出したのである。
感想 0

あなたにおすすめの小説

政略結婚の作法

夜宮
恋愛
悪女になる。 そして、全てをこの手に。 政略結婚のために身分違いの恋人のいる王太子の婚約者となった公爵令嬢は、妹の囁きを胸に悪女となることを決意した。 悪女と身分違いの恋人、悪女になるはずだった妹の物語。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

後妻の条件を出したら……

しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。 格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。 だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。 しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。 彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。 さて、どうなりますでしょうか…… 別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。 突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか? 自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。 私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。 それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。 7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

《完結》戦利品にされた公爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
戦いの《戦利品》として公爵邸に連れて行かれた公爵令嬢の運命は?

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)