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「次の方、どうぞ。……あら、サラ様。本日のご相談は『婚約者が誕生日に自分の顔が描かれた肖像画を贈ってきた』件でしたかしら?」
ボナパルト公爵邸の優雅な応接室は、いまや予約の取れない「経営コンサルタント事務所」の様相を呈していた。
ファルルは眼鏡をクイと上げ(伊達だが、有能に見えるという理由でセバスが用意した)、手元の顧客カルテにペンを走らせる。
「そうなのですわ、ファルル様! しかもその肖像画、私の寝室の壁一面を覆うほどの巨大さで……。夜、視線を感じて眠れないのです!」
令嬢サラは、半泣きで訴えた。
「典型的な『自己愛過剰型・無価値資産』の押し付けですわね。サラ様、その肖像画に魔力的な防護機能や、金銭的な担保価値はありますか?」
「いいえ、ただの油絵ですわ……」
「即刻、倉庫の奥に放り込みなさい。もし彼が理由を尋ねたら『あなたの美しさはキャンバスに収まりきらないから、直視できないの』とでも言っておけばよろしいわ。それよりも、彼が管理している領地の収支報告書、持っていらした?」
「はい! 言われた通り、夜中にこっそり写してきましたわ!」
ファルルは受け取った書類を三秒でスキャンし、一箇所に鋭いバツ印をつけた。
「ここ。交際費という名の『他の女への貢ぎ物』が計上されていますわ。これを証拠に、婚約破棄ではなく『契約不履行による損害賠償請求』に切り替えましょう」
「まあ! 流石ですわ、ファルル様!」
サラが感激して退室すると、入れ替わりでセバスが新しいカルテと……山のような「お礼の菓子箱」を持ってきた。
「お嬢様、本日の午前分、これにて終了でございます。午後はさらに五名の令嬢が、門の外で『聖女ファルル様の教え』を求めて待機しております」
「聖女はやめてちょうだい。私はただ、市場の不良在庫を一掃して、流動性を高めているだけよ」
ファルルは、差し入れの高級マカロンを一口齧り、満足げに目を細めた。
「それにしても、この国の貴族男性はどうしてこうも『使い物にならない』のかしら。どいつもこいつも、女性を自分の引き立て役か、便利な事務机だと思っているわ」
「左様でございますな。お嬢様が王宮を『退職』されたことで、今まで隠されていた歪みが一気に表面化したようでございます」
「いいことだわ。……ところでセバス、外の行列はどうなっているの?」
「はい。現在、公爵邸の門前には、馬車の列が二ブロック先まで続いております。近隣住民からは『新しい祝祭でも始まったのか』と問い合わせが来ている次第です」
セバスは事もなげに報告したが、その実、公爵邸の警備員たちは整理券の配布と馬車の誘導で戦場のような忙しさだった。
「お嬢様のアドバイスを受けた令嬢たちが、次々と『円満な契約解除』を勝ち取っております。その結果、巷では『ファルル様に相談すれば、自由と慰謝料が手に入る』という神話が完成しつつあります」
「ふふ、やりがいがあるわね。王子の顔色を伺って予算案を作るより、他人の人生を再建する方が、よほどクリエイティブな仕事だわ」
そこへ、再びノックの音がした。
「失礼いたします、ファルル様。……あの、私、もう限界で……」
現れたのは、王宮でファルルの後任……に無理やりさせられかけている、若手の女官だった。
「あら、あなた。王宮の事務方の子ね。本日のご相談は?」
「相談というか、もはや遺言です! シリウス殿下が『ファルルなら、これくらいの書類、ティータイムの合間に終わらせていたぞ!』と言って、三ヶ月分の未決済書類を私の机に叩きつけてきたんです!」
女官は机に突っ伏して号泣した。
「殿下は毎日リリアン様と『愛の詩』を朗読し合っているだけで、判を一つも突いてくれません! もう、王宮の機能が止まってしまいます!」
ファルルは哀れみの目を向け、セバスに目配せをした。
「セバス、彼女に最高級の安定剤……いえ、当家特製の『王宮脱出用・退職願テンプレート』を差し上げて」
「かしこまりました。お嬢様のサイン入り、必勝退職届でございます」
「えっ、いいんですか!? 私、辞めてもいいんですか!?」
「いいですか。人生という名の経営において、最大の損失は『無能な経営者の下で働き続ける時間』です。即刻、損切りしなさい」
女官は、後光が差すファルルの手を取り、何度も頭を下げて去っていった。
「……お嬢様。これで王宮の事務方は、さらに一名、欠員が出ることになりますな」
「あら、私は正しいアドバイスをしただけよ。セバス、次は誰?」
「次は……少々、厄介なお客様でございます。変装はしておりますが、あの独特の『自信に満ち溢れた、中身のない足音』は、間違いなく……」
ファルルは眼鏡を外し、冷たく微笑んだ。
「……いらっしゃい。営業時間はまだ残っているわよ、殿下」
応接室の扉が、ゆっくりと、しかしどこか怯えるようにして開かれた。
ボナパルト公爵邸の優雅な応接室は、いまや予約の取れない「経営コンサルタント事務所」の様相を呈していた。
ファルルは眼鏡をクイと上げ(伊達だが、有能に見えるという理由でセバスが用意した)、手元の顧客カルテにペンを走らせる。
「そうなのですわ、ファルル様! しかもその肖像画、私の寝室の壁一面を覆うほどの巨大さで……。夜、視線を感じて眠れないのです!」
令嬢サラは、半泣きで訴えた。
「典型的な『自己愛過剰型・無価値資産』の押し付けですわね。サラ様、その肖像画に魔力的な防護機能や、金銭的な担保価値はありますか?」
「いいえ、ただの油絵ですわ……」
「即刻、倉庫の奥に放り込みなさい。もし彼が理由を尋ねたら『あなたの美しさはキャンバスに収まりきらないから、直視できないの』とでも言っておけばよろしいわ。それよりも、彼が管理している領地の収支報告書、持っていらした?」
「はい! 言われた通り、夜中にこっそり写してきましたわ!」
ファルルは受け取った書類を三秒でスキャンし、一箇所に鋭いバツ印をつけた。
「ここ。交際費という名の『他の女への貢ぎ物』が計上されていますわ。これを証拠に、婚約破棄ではなく『契約不履行による損害賠償請求』に切り替えましょう」
「まあ! 流石ですわ、ファルル様!」
サラが感激して退室すると、入れ替わりでセバスが新しいカルテと……山のような「お礼の菓子箱」を持ってきた。
「お嬢様、本日の午前分、これにて終了でございます。午後はさらに五名の令嬢が、門の外で『聖女ファルル様の教え』を求めて待機しております」
「聖女はやめてちょうだい。私はただ、市場の不良在庫を一掃して、流動性を高めているだけよ」
ファルルは、差し入れの高級マカロンを一口齧り、満足げに目を細めた。
「それにしても、この国の貴族男性はどうしてこうも『使い物にならない』のかしら。どいつもこいつも、女性を自分の引き立て役か、便利な事務机だと思っているわ」
「左様でございますな。お嬢様が王宮を『退職』されたことで、今まで隠されていた歪みが一気に表面化したようでございます」
「いいことだわ。……ところでセバス、外の行列はどうなっているの?」
「はい。現在、公爵邸の門前には、馬車の列が二ブロック先まで続いております。近隣住民からは『新しい祝祭でも始まったのか』と問い合わせが来ている次第です」
セバスは事もなげに報告したが、その実、公爵邸の警備員たちは整理券の配布と馬車の誘導で戦場のような忙しさだった。
「お嬢様のアドバイスを受けた令嬢たちが、次々と『円満な契約解除』を勝ち取っております。その結果、巷では『ファルル様に相談すれば、自由と慰謝料が手に入る』という神話が完成しつつあります」
「ふふ、やりがいがあるわね。王子の顔色を伺って予算案を作るより、他人の人生を再建する方が、よほどクリエイティブな仕事だわ」
そこへ、再びノックの音がした。
「失礼いたします、ファルル様。……あの、私、もう限界で……」
現れたのは、王宮でファルルの後任……に無理やりさせられかけている、若手の女官だった。
「あら、あなた。王宮の事務方の子ね。本日のご相談は?」
「相談というか、もはや遺言です! シリウス殿下が『ファルルなら、これくらいの書類、ティータイムの合間に終わらせていたぞ!』と言って、三ヶ月分の未決済書類を私の机に叩きつけてきたんです!」
女官は机に突っ伏して号泣した。
「殿下は毎日リリアン様と『愛の詩』を朗読し合っているだけで、判を一つも突いてくれません! もう、王宮の機能が止まってしまいます!」
ファルルは哀れみの目を向け、セバスに目配せをした。
「セバス、彼女に最高級の安定剤……いえ、当家特製の『王宮脱出用・退職願テンプレート』を差し上げて」
「かしこまりました。お嬢様のサイン入り、必勝退職届でございます」
「えっ、いいんですか!? 私、辞めてもいいんですか!?」
「いいですか。人生という名の経営において、最大の損失は『無能な経営者の下で働き続ける時間』です。即刻、損切りしなさい」
女官は、後光が差すファルルの手を取り、何度も頭を下げて去っていった。
「……お嬢様。これで王宮の事務方は、さらに一名、欠員が出ることになりますな」
「あら、私は正しいアドバイスをしただけよ。セバス、次は誰?」
「次は……少々、厄介なお客様でございます。変装はしておりますが、あの独特の『自信に満ち溢れた、中身のない足音』は、間違いなく……」
ファルルは眼鏡を外し、冷たく微笑んだ。
「……いらっしゃい。営業時間はまだ残っているわよ、殿下」
応接室の扉が、ゆっくりと、しかしどこか怯えるようにして開かれた。
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