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「……あのお、ここに行けば、どんな悩みも解決するって聞いたんですけどぉ」
応接室に現れたのは、深いフードを目深に被り、見るからに怪しい風貌の人物だった。
しかし、その声の甘ったるさと、隠しきれないピンク色の髪の毛先で、正体は一秒で判明した。
「いらっしゃいませ。相談料は、当家指定のリストにある高級菓子一箱となっております。……それで、リリアン様。本日はどのようなご相談で?」
ファルルが事務的に告げると、フードの主はビクッと肩を震わせた。
「な、なぜ私だと分かったんですの!? これ、シリウス様から借りた『隠密のクローク(※洗濯に失敗して色あせたもの)』なのに!」
リリアンは観念したようにフードを脱ぎ、涙でぐしゃぐしゃになった顔を晒した。
「……リリアン様。そのクローク、隠密の効果よりも『貧乏くささ』の方が際立っておりますわよ。それで、愛の絶頂にいるはずのあなたが、なぜ私の元へ?」
「ファルル様! 助けてくださいまし! シリウス様が、シリウス様が……使い物にならないんですの!」
リリアンは応接室のソファに崩れ落ち、ハンカチを噛み締めた。
「使い物にならない? 失礼ね。あの方はもともと、鑑賞用としてのみ特化した『高価な置物』ですわ。機能性を期待するのが間違いというものです」
「そんなレベルじゃありませんわ! あの方、私が朝お茶を淹れようとしたら『茶葉のグラム数が違う! ファルルなら、今の湿気に合わせて一・五ミリグラム減らしていた!』って怒るんですの!」
「あら。案外、私の仕事を細かく見ていたのね」
「それだけじゃありませんわ! お風呂に入れば『温度が零・三度高い! ファルルなら私の心拍数に合わせて調整していた!』、寝ようとすれば『枕の角度が五度ズレている!』……。私、愛を語り合いたいのに、あの方は私のことを『劣化版ファルル』としてしか見ていないんですの!」
ファルルは、冷めた目でリリアンを見つめた。
「それは『比較対象』があるからこその不幸ですわね。リリアン様。そもそも、あなたはなぜ彼を選んだのですか?」
「それは……優しくて、かっこよくて、王様になる人だからですわ」
「今の彼に、その要素が残っていますか? 優しさは『私の完璧なルーチンへの執着』に、かっこよさは『ボタンの掛け違った服』に、王様になる資格は『宰相からの廃嫡宣告』に消えかけているようですが」
リリアンは言葉に詰まり、さらに激しく泣き出した。
「ううっ……。最近では、王宮の事務官の人たちが私の部屋の前に並んで『この書類、殿下の代わりに判を突いてください!』って泣きついてくるんですの。私、数字なんて見たくないのに!」
「あら。彼らにとっては、もはやシリウス殿下よりも、隣に座っているあなたの方が『話が通じる相手』だと思われているのでしょうね。……いわゆる、経営代行の押し付けですわ」
「嫌ですわ! 私、ただお花を愛でて、シリウス様と愛を囁き合いたいだけですのに! こんなの、愛の奴隷ではなく、ただの『無給の事務員』ではありませんか!」
ファルルは、心底愉快そうにくすくすと笑い声を上げた。
「おめでとうございます、リリアン様。あなたは、私が数年間味わってきた『地獄のチュートリアル』を、わずか数日で完走されたわけですわね」
「笑い事じゃありませんわ! ファルル様、お願いします。シリウス様を……シリウス様を、お返ししますわ!」
リリアンの衝撃の発言に、背後で控えていたセバスが「おっと」と口元を押さえた。
「お返しする? リリアン様、婚約者は生鮮食品ではありませんのよ。返品不可、クーリングオフ期間もとっくに過ぎております」
「そんな! でも、あの方はファルル様がいないと死んでしまいますわ! 現に、昨日は空腹のあまり、庭園の鯉を食べようとして衛兵に止められていたんですもの!」
「……野生に帰り始めていますわね。面白いけれど、私の知ったことではありませんわ」
ファルルは立ち上がり、リリアンの肩に優しく手を置いた。
「いいですか、リリアン様。今日のアドバイスは無料です。……あなたが本当に『愛』を大切にしたいのなら、今すぐ彼を捨てて、実家に帰りなさい」
「えっ……?」
「彼は、誰かが自分の世話を焼くのが当然だと思っている『寄生型の生物』です。あなたが世話を焼き続ける限り、彼は退化し続けますし、あなたは磨り減り続けます。……共倒れになりたいのなら、ご自由に」
リリアンは、雷に打たれたような顔でファルルを見上げた。
「……捨てる。シリウス様を、捨てるんですの……?」
「ええ。損切りですわ。それとも、一生『黄金のオムレツ』の焼き加減で怒鳴られる人生を選びますか?」
リリアンはしばらく震えていたが、やがて決然とした表情で立ち上がった。
「……分かりましたわ。私、今日から『愛の殉教者』ではなく、『賢い逃亡者』になりますわ!」
リリアンは、ボロボロのクロークを翻し、猛然と応接室を飛び出していった。
「……お嬢様。これで、王子の隣には誰もいなくなりますな」
「ええ。完全なる『独り立ち』のチャンスですわね。……まあ、あの方にそんな能力があるとは思えませんけれど」
ファルルは、リリアンが置いていった(あるいは、シリウスの部屋から盗んできた)高級菓子を一箱開け、満足げに一つ口に放り込んだ。
「甘いわ。……自由の味に、よく似ているわね」
王宮崩壊へのカウントダウンは、今、最終段階へと突入した。
応接室に現れたのは、深いフードを目深に被り、見るからに怪しい風貌の人物だった。
しかし、その声の甘ったるさと、隠しきれないピンク色の髪の毛先で、正体は一秒で判明した。
「いらっしゃいませ。相談料は、当家指定のリストにある高級菓子一箱となっております。……それで、リリアン様。本日はどのようなご相談で?」
ファルルが事務的に告げると、フードの主はビクッと肩を震わせた。
「な、なぜ私だと分かったんですの!? これ、シリウス様から借りた『隠密のクローク(※洗濯に失敗して色あせたもの)』なのに!」
リリアンは観念したようにフードを脱ぎ、涙でぐしゃぐしゃになった顔を晒した。
「……リリアン様。そのクローク、隠密の効果よりも『貧乏くささ』の方が際立っておりますわよ。それで、愛の絶頂にいるはずのあなたが、なぜ私の元へ?」
「ファルル様! 助けてくださいまし! シリウス様が、シリウス様が……使い物にならないんですの!」
リリアンは応接室のソファに崩れ落ち、ハンカチを噛み締めた。
「使い物にならない? 失礼ね。あの方はもともと、鑑賞用としてのみ特化した『高価な置物』ですわ。機能性を期待するのが間違いというものです」
「そんなレベルじゃありませんわ! あの方、私が朝お茶を淹れようとしたら『茶葉のグラム数が違う! ファルルなら、今の湿気に合わせて一・五ミリグラム減らしていた!』って怒るんですの!」
「あら。案外、私の仕事を細かく見ていたのね」
「それだけじゃありませんわ! お風呂に入れば『温度が零・三度高い! ファルルなら私の心拍数に合わせて調整していた!』、寝ようとすれば『枕の角度が五度ズレている!』……。私、愛を語り合いたいのに、あの方は私のことを『劣化版ファルル』としてしか見ていないんですの!」
ファルルは、冷めた目でリリアンを見つめた。
「それは『比較対象』があるからこその不幸ですわね。リリアン様。そもそも、あなたはなぜ彼を選んだのですか?」
「それは……優しくて、かっこよくて、王様になる人だからですわ」
「今の彼に、その要素が残っていますか? 優しさは『私の完璧なルーチンへの執着』に、かっこよさは『ボタンの掛け違った服』に、王様になる資格は『宰相からの廃嫡宣告』に消えかけているようですが」
リリアンは言葉に詰まり、さらに激しく泣き出した。
「ううっ……。最近では、王宮の事務官の人たちが私の部屋の前に並んで『この書類、殿下の代わりに判を突いてください!』って泣きついてくるんですの。私、数字なんて見たくないのに!」
「あら。彼らにとっては、もはやシリウス殿下よりも、隣に座っているあなたの方が『話が通じる相手』だと思われているのでしょうね。……いわゆる、経営代行の押し付けですわ」
「嫌ですわ! 私、ただお花を愛でて、シリウス様と愛を囁き合いたいだけですのに! こんなの、愛の奴隷ではなく、ただの『無給の事務員』ではありませんか!」
ファルルは、心底愉快そうにくすくすと笑い声を上げた。
「おめでとうございます、リリアン様。あなたは、私が数年間味わってきた『地獄のチュートリアル』を、わずか数日で完走されたわけですわね」
「笑い事じゃありませんわ! ファルル様、お願いします。シリウス様を……シリウス様を、お返ししますわ!」
リリアンの衝撃の発言に、背後で控えていたセバスが「おっと」と口元を押さえた。
「お返しする? リリアン様、婚約者は生鮮食品ではありませんのよ。返品不可、クーリングオフ期間もとっくに過ぎております」
「そんな! でも、あの方はファルル様がいないと死んでしまいますわ! 現に、昨日は空腹のあまり、庭園の鯉を食べようとして衛兵に止められていたんですもの!」
「……野生に帰り始めていますわね。面白いけれど、私の知ったことではありませんわ」
ファルルは立ち上がり、リリアンの肩に優しく手を置いた。
「いいですか、リリアン様。今日のアドバイスは無料です。……あなたが本当に『愛』を大切にしたいのなら、今すぐ彼を捨てて、実家に帰りなさい」
「えっ……?」
「彼は、誰かが自分の世話を焼くのが当然だと思っている『寄生型の生物』です。あなたが世話を焼き続ける限り、彼は退化し続けますし、あなたは磨り減り続けます。……共倒れになりたいのなら、ご自由に」
リリアンは、雷に打たれたような顔でファルルを見上げた。
「……捨てる。シリウス様を、捨てるんですの……?」
「ええ。損切りですわ。それとも、一生『黄金のオムレツ』の焼き加減で怒鳴られる人生を選びますか?」
リリアンはしばらく震えていたが、やがて決然とした表情で立ち上がった。
「……分かりましたわ。私、今日から『愛の殉教者』ではなく、『賢い逃亡者』になりますわ!」
リリアンは、ボロボロのクロークを翻し、猛然と応接室を飛び出していった。
「……お嬢様。これで、王子の隣には誰もいなくなりますな」
「ええ。完全なる『独り立ち』のチャンスですわね。……まあ、あの方にそんな能力があるとは思えませんけれど」
ファルルは、リリアンが置いていった(あるいは、シリウスの部屋から盗んできた)高級菓子を一箱開け、満足げに一つ口に放り込んだ。
「甘いわ。……自由の味に、よく似ているわね」
王宮崩壊へのカウントダウンは、今、最終段階へと突入した。
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