19 / 28
19
しおりを挟む
王宮の大舞踏会。かつてファルルが「戦場」として管理していたその場所は、今や混沌の極みにあった。
受付では招待客が列をなし、給仕たちはトレイをひっくり返し、音楽隊は調律が合わずに不協和音を奏でている。
その中心で、シリウスは一人、胸を張って立っていた。
「ふふふ……見ろ、この惨状を! これぞ俺が用意した第一の試練『運営の崩壊』だ。ファルルめ、これを見れば泣いて俺に縋り付くはず……」
「……あ、あの、殿下。お言葉ですが、受付の混乱はすでに解消されております」
側近の騎士が、困惑した顔で報告に現れた。
「何だと!? 俺がわざと受付名簿をバラバラにしておいたはずだぞ!」
「それが……公爵家から派遣されたという謎の事務集団が、魔法端末のようなものを駆使して、わずか五分で全員のチェックインを済ませてしまいました」
「な、何だと!?」
シリウスが驚愕のあまり声を上げたその時、会場の巨大な扉がゆっくりと開かれた。
全ての視線が一箇所に集まる。
そこに立っていたのは、夜の帳を纏ったかのような、圧倒的な存在感を放つファルル・ボナパルトであった。
「……遅れて申し訳ありませんわ。受付のシステム構築に少々手間取りましたので、その分のコンサル料は後ほど請求させていただきます」
ファルルは一歩踏み出し、会場を見渡した。
その姿は、かつての「王子の添え物」としての令嬢ではなく、一国の経済を左右する女帝のような威厳に満ちている。
「ファ、ファルル! 来たか! どうだ、俺がいない王宮のこの『自由な空気』は!」
シリウスが、ボタンを三つ掛け違えた正装で颯爽と(のつもりで)歩み寄ってきた。
「自由というより、ただの『管理不足による組織の腐敗』に見えますわね、殿下。……それより、そちらのボタン、四次元ポケットか何かに繋がっているのかしら? 随分と前衛的な留め方ですこと」
「くっ……これはわざとだ! 最新の流行だ! ……それよりお前、そのドレスはどうした。美しすぎて、俺の目が潰れそうだぞ」
「あら、それは光栄ですわ。このドレス、衝撃吸収魔法が付与されておりますので、殿下が突然泣きついてきても、私の身体には一ミリの振動も伝わりませんの」
ファルルは扇子で口元を隠し、冷ややかに微笑んだ。
「さて、殿下。招待状にあった『再雇用試験』とやらを開始しましょうか。まずは、この止まりかけた音楽隊と、腐りかけの料理から片付けましょうか?」
「ま、待て! まずは俺とのダンスだろう! それが夜会のマナーというものだ!」
シリウスが手を差し出したその時、横から長身のイケメン騎士が割り込んできた。
「失礼、殿下。ファルル様には、先ほど『残業代の適正化に関する陳情』の予約を入れております」
「な……! カイル! 貴様、俺の騎士団長だろうが! なぜ俺より先にファルルと話す!」
カイルと呼ばれた騎士は、ファルルの前で優雅に膝をついた。
「殿下、愛では腹は膨らみますが、部下の士気は維持できません。ファルル様、昨日のアドバイス通り、騎士団の夜勤手当を交渉材料に、財務部を落としてまいりました」
「素晴らしいわ、カイル様。これであなたの部下たちの離職率は三割減少するはずよ」
ファルルはシリウスの差し出した手を無視し、カイルと親しげに話し始めた。
「おい! 俺を無視するな! ファルル、俺は殿下だぞ! 真実の愛の当事者だぞ!」
「殿下、業務の邪魔をしないでいただけます? 今は非常に重要な『人的資源の最適化』についての商談中なんですの」
「商談!? 夜会はダンスをする場所だろう!」
「私にとっては、ターゲット層が一堂に会する絶好の『見本市』ですわ。……さあ、次の方どうぞ」
ファルルの背後には、いつの間にか悩みを抱えた貴族たちが列を作っていた。
「ファルル様! うちの夫の無駄遣いを止める方法を!」
「ファルル様、婚約者がポエムしか書かなくて困っております!」
「順番に、番号札をお取りになって。……セバス、相談料の徴収漏れがないようにね」
「承知いたしました、お嬢様」
シリウスは、自分の主催した夜会の中心で、完全に「蚊帳の外」に置かれていた。
「……おかしい。俺が主役のはずなのに。俺が、俺が彼女を試しているはずなのに……!」
シリウスは震える手で、リリアン(今日は体調不良と称して欠席中)の書き置きを握りしめた。
「ファルル……! 俺はお前を再雇用してやるんだぞ! 戻ってこい! このままだと、俺、本当に一人でパンツも履けなくなるんだぞ!」
「殿下、そのご相談は『育児支援窓口』へどうぞ。私の専門外ですわ」
ファルルの冷徹な声が、華やかなワルツの旋律を切り裂いた。
夜会はまだ、始まったばかりであった。
受付では招待客が列をなし、給仕たちはトレイをひっくり返し、音楽隊は調律が合わずに不協和音を奏でている。
その中心で、シリウスは一人、胸を張って立っていた。
「ふふふ……見ろ、この惨状を! これぞ俺が用意した第一の試練『運営の崩壊』だ。ファルルめ、これを見れば泣いて俺に縋り付くはず……」
「……あ、あの、殿下。お言葉ですが、受付の混乱はすでに解消されております」
側近の騎士が、困惑した顔で報告に現れた。
「何だと!? 俺がわざと受付名簿をバラバラにしておいたはずだぞ!」
「それが……公爵家から派遣されたという謎の事務集団が、魔法端末のようなものを駆使して、わずか五分で全員のチェックインを済ませてしまいました」
「な、何だと!?」
シリウスが驚愕のあまり声を上げたその時、会場の巨大な扉がゆっくりと開かれた。
全ての視線が一箇所に集まる。
そこに立っていたのは、夜の帳を纏ったかのような、圧倒的な存在感を放つファルル・ボナパルトであった。
「……遅れて申し訳ありませんわ。受付のシステム構築に少々手間取りましたので、その分のコンサル料は後ほど請求させていただきます」
ファルルは一歩踏み出し、会場を見渡した。
その姿は、かつての「王子の添え物」としての令嬢ではなく、一国の経済を左右する女帝のような威厳に満ちている。
「ファ、ファルル! 来たか! どうだ、俺がいない王宮のこの『自由な空気』は!」
シリウスが、ボタンを三つ掛け違えた正装で颯爽と(のつもりで)歩み寄ってきた。
「自由というより、ただの『管理不足による組織の腐敗』に見えますわね、殿下。……それより、そちらのボタン、四次元ポケットか何かに繋がっているのかしら? 随分と前衛的な留め方ですこと」
「くっ……これはわざとだ! 最新の流行だ! ……それよりお前、そのドレスはどうした。美しすぎて、俺の目が潰れそうだぞ」
「あら、それは光栄ですわ。このドレス、衝撃吸収魔法が付与されておりますので、殿下が突然泣きついてきても、私の身体には一ミリの振動も伝わりませんの」
ファルルは扇子で口元を隠し、冷ややかに微笑んだ。
「さて、殿下。招待状にあった『再雇用試験』とやらを開始しましょうか。まずは、この止まりかけた音楽隊と、腐りかけの料理から片付けましょうか?」
「ま、待て! まずは俺とのダンスだろう! それが夜会のマナーというものだ!」
シリウスが手を差し出したその時、横から長身のイケメン騎士が割り込んできた。
「失礼、殿下。ファルル様には、先ほど『残業代の適正化に関する陳情』の予約を入れております」
「な……! カイル! 貴様、俺の騎士団長だろうが! なぜ俺より先にファルルと話す!」
カイルと呼ばれた騎士は、ファルルの前で優雅に膝をついた。
「殿下、愛では腹は膨らみますが、部下の士気は維持できません。ファルル様、昨日のアドバイス通り、騎士団の夜勤手当を交渉材料に、財務部を落としてまいりました」
「素晴らしいわ、カイル様。これであなたの部下たちの離職率は三割減少するはずよ」
ファルルはシリウスの差し出した手を無視し、カイルと親しげに話し始めた。
「おい! 俺を無視するな! ファルル、俺は殿下だぞ! 真実の愛の当事者だぞ!」
「殿下、業務の邪魔をしないでいただけます? 今は非常に重要な『人的資源の最適化』についての商談中なんですの」
「商談!? 夜会はダンスをする場所だろう!」
「私にとっては、ターゲット層が一堂に会する絶好の『見本市』ですわ。……さあ、次の方どうぞ」
ファルルの背後には、いつの間にか悩みを抱えた貴族たちが列を作っていた。
「ファルル様! うちの夫の無駄遣いを止める方法を!」
「ファルル様、婚約者がポエムしか書かなくて困っております!」
「順番に、番号札をお取りになって。……セバス、相談料の徴収漏れがないようにね」
「承知いたしました、お嬢様」
シリウスは、自分の主催した夜会の中心で、完全に「蚊帳の外」に置かれていた。
「……おかしい。俺が主役のはずなのに。俺が、俺が彼女を試しているはずなのに……!」
シリウスは震える手で、リリアン(今日は体調不良と称して欠席中)の書き置きを握りしめた。
「ファルル……! 俺はお前を再雇用してやるんだぞ! 戻ってこい! このままだと、俺、本当に一人でパンツも履けなくなるんだぞ!」
「殿下、そのご相談は『育児支援窓口』へどうぞ。私の専門外ですわ」
ファルルの冷徹な声が、華やかなワルツの旋律を切り裂いた。
夜会はまだ、始まったばかりであった。
2
あなたにおすすめの小説
聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした
今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。
二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。
しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。
元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。
そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。
が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。
このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。
※ざまぁというよりは改心系です。
※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。
《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法
本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。
ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。
……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?
やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。
しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。
そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。
自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。
愛はリンゴと同じ
turarin
恋愛
学園時代の同級生と結婚し、子供にも恵まれ幸せいっぱいの公爵夫人ナタリー。ところが、ある日夫が平民の少女をつれてきて、別邸に囲うと言う。
夫のナタリーへの愛は減らない。妾の少女メイリンへの愛が、一つ増えるだけだと言う。夫の愛は、まるでリンゴのように幾つもあって、皆に与えられるものなのだそうだ。
ナタリーのことは妻として大切にしてくれる夫。貴族の妻としては当然受け入れるべき。だが、辛くて仕方がない。ナタリーのリンゴは一つだけ。
幾つもあるなど考えられない。
【完結】恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?―――激しく同意するので別れましょう
冬馬亮
恋愛
「恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?」
セシリエの婚約者、イアーゴはそう言った。
少し離れた後ろの席で、婚約者にその台詞を聞かれているとも知らずに。
※たぶん全部で15〜20話くらいの予定です。
さくさく進みます。
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。
彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。
王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは夫と婚姻してから三年という長い時間を振り返る。
その間、夫が帰宅したのは数えるほどだった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる