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「……お嬢様。本日の来客は、当相談所の『受付拒否リスト』の最上位に位置する方のご関係者でございます」
セバスが、かつてないほど深々と頭を下げて報告した。
ファルルは、庭園で新種のハーブの「リラックス効果と市場価格の相関」を調べていたが、顔を上げずに答えた。
「セバス。私は今、非常に重要な研究をしているの。シリウス殿下なら、門の前で三時間ほど反省させておいてちょうだい」
「いえ。……お越しいただいたのは、殿下の『上司』に当たるお方でございます」
その言葉と同時に、庭園の入り口から威厳に満ちた、しかしどこか魂が抜け落ちたような老人が現れた。
この国の最高権力者、国王その人である。
「……ファルル嬢。すまないが、少し時間をくれないか。いや、時間を売ってくれと言った方が正しいか」
ファルルはゆっくりと立ち上がり、完璧な、しかし心のこもっていないカーテシーを披露した。
「これは、陛下。……このような場末の『再建アドバイザー』の元に、直々にお越しいただけるとは。光栄すぎて、見積書の手が震えてしまいますわ」
「嫌味はよしてくれ。……もう限界なのだ。王宮が、文字通り止まっている」
国王は、ファルルが差し出した椅子に力なく腰を下ろした。
「シリウスは使い物にならず、リリアン嬢は厨房のベーコンを盗んで謹慎中。宰相は過労で倒れ、財務大臣は『数字がゲシュタルト崩壊した』と言って辞職した。……このままでは、来月の国家予算が組めん」
「あら。それは、国家としての『経営破綻』ですね。お悔やみ申し上げますわ」
「他人事のように言うな! もとはと言えば、あのアホ息子が君を……!」
「陛下。……『雇用契約』を解除したのは殿下です。私はその決定に従った、極めて法を遵守する一市民に過ぎません」
ファルルは冷めた紅茶を一口飲み、冷徹な瞳で国王を見据えた。
「それで? 陛下は私に、何を求めていらっしゃるのですか? まさか『戻ってきて息子と結婚してくれ』なんて、投資価値ゼロの提案をなさるわけではありませんわよね?」
国王は一瞬、言葉に詰まった。
「……当初は、そのつもりだった。だが、今のシリウスの惨状と、君のこの生き生きとした姿を見て、それがどれほど無慈悲な要求か理解したつもりだ」
国王は、懐から一通の、黄金の封蝋が押された書状を取り出した。
「これは、王室からの『特別経営コンサルタント』としての委嘱状だ。……婚約はしなくていい。シリウスとも会わなくていい。ただ、この国を……この破綻したシステムを、立て直してはくれないか」
「条件を伺いましょう。私は、ボランティアをするほどお人好しではありませんの」
「望むだけの報酬を払おう。……公爵家の税の永久免除、君専用の独立した執務室、そして……」
国王は一度言葉を切り、苦渋の決断を下した。
「……シリウスに対する『無制限の教育指導権』、および『物理的な制裁』の許可を与えよう。彼が仕事をサボるようなら、鞭で打っても構わん」
「陛下、それは魅力的な付帯条項ですわね」
ファルルはくすりと笑い、セバスから受け取った自作の契約書を国王の前に滑らせた。
「では、私からも条件を。私は『王族』には戻りません。あくまで外部の『経営コンサルタント』として、契約に基づいて動きます。……私の指示は、陛下の命令と同等の効力を持つこと。そして、業務時間外の呼び出しは、金貨百枚の緊急対応費を申し受けます」
「……承知した。もはや背に腹は代えられん」
国王は、震える手で国王印を契約書に押し当てた。
「これにて、契約成立ですわね。……セバス、準備を。明日から王宮の『リストラおよび業務改善』を開始しますわ」
「かしこまりました。……お嬢様。まずは、どの部署から着手されますか?」
「決まっているでしょう? まずは、あの『寄生生物』が巣食っている王子の寝室からよ。……カーテンも絨毯も、私が買い戻したものに付け替えるけれど、レンタル料はきっちり頂くわ」
ファルルは、立ち去ろうとする国王の背中に向かって、晴れやかに告げた。
「陛下。……おめでとうございます。これでこの国は、ようやく『正常な経営』に戻りますわよ。……ただし、私のコンサル料で、国庫が少しばかり軽くなることだけは覚悟しておいてくださいませ」
国王は力なく頷き、支えられるようにして去っていった。
ファルルは、手元の契約書を愛おしそうに眺めた。
「……さあ、セバス。第2ラウンドの始まりよ。今度は『婚約者』という名の奴隷ではなく、王室の『救世主』という名の債権者として、たっぷり稼がせていただくわ」
彼女の有給休暇は、史上もっとも「高単価な再就職」へと姿を変えた。
セバスが、かつてないほど深々と頭を下げて報告した。
ファルルは、庭園で新種のハーブの「リラックス効果と市場価格の相関」を調べていたが、顔を上げずに答えた。
「セバス。私は今、非常に重要な研究をしているの。シリウス殿下なら、門の前で三時間ほど反省させておいてちょうだい」
「いえ。……お越しいただいたのは、殿下の『上司』に当たるお方でございます」
その言葉と同時に、庭園の入り口から威厳に満ちた、しかしどこか魂が抜け落ちたような老人が現れた。
この国の最高権力者、国王その人である。
「……ファルル嬢。すまないが、少し時間をくれないか。いや、時間を売ってくれと言った方が正しいか」
ファルルはゆっくりと立ち上がり、完璧な、しかし心のこもっていないカーテシーを披露した。
「これは、陛下。……このような場末の『再建アドバイザー』の元に、直々にお越しいただけるとは。光栄すぎて、見積書の手が震えてしまいますわ」
「嫌味はよしてくれ。……もう限界なのだ。王宮が、文字通り止まっている」
国王は、ファルルが差し出した椅子に力なく腰を下ろした。
「シリウスは使い物にならず、リリアン嬢は厨房のベーコンを盗んで謹慎中。宰相は過労で倒れ、財務大臣は『数字がゲシュタルト崩壊した』と言って辞職した。……このままでは、来月の国家予算が組めん」
「あら。それは、国家としての『経営破綻』ですね。お悔やみ申し上げますわ」
「他人事のように言うな! もとはと言えば、あのアホ息子が君を……!」
「陛下。……『雇用契約』を解除したのは殿下です。私はその決定に従った、極めて法を遵守する一市民に過ぎません」
ファルルは冷めた紅茶を一口飲み、冷徹な瞳で国王を見据えた。
「それで? 陛下は私に、何を求めていらっしゃるのですか? まさか『戻ってきて息子と結婚してくれ』なんて、投資価値ゼロの提案をなさるわけではありませんわよね?」
国王は一瞬、言葉に詰まった。
「……当初は、そのつもりだった。だが、今のシリウスの惨状と、君のこの生き生きとした姿を見て、それがどれほど無慈悲な要求か理解したつもりだ」
国王は、懐から一通の、黄金の封蝋が押された書状を取り出した。
「これは、王室からの『特別経営コンサルタント』としての委嘱状だ。……婚約はしなくていい。シリウスとも会わなくていい。ただ、この国を……この破綻したシステムを、立て直してはくれないか」
「条件を伺いましょう。私は、ボランティアをするほどお人好しではありませんの」
「望むだけの報酬を払おう。……公爵家の税の永久免除、君専用の独立した執務室、そして……」
国王は一度言葉を切り、苦渋の決断を下した。
「……シリウスに対する『無制限の教育指導権』、および『物理的な制裁』の許可を与えよう。彼が仕事をサボるようなら、鞭で打っても構わん」
「陛下、それは魅力的な付帯条項ですわね」
ファルルはくすりと笑い、セバスから受け取った自作の契約書を国王の前に滑らせた。
「では、私からも条件を。私は『王族』には戻りません。あくまで外部の『経営コンサルタント』として、契約に基づいて動きます。……私の指示は、陛下の命令と同等の効力を持つこと。そして、業務時間外の呼び出しは、金貨百枚の緊急対応費を申し受けます」
「……承知した。もはや背に腹は代えられん」
国王は、震える手で国王印を契約書に押し当てた。
「これにて、契約成立ですわね。……セバス、準備を。明日から王宮の『リストラおよび業務改善』を開始しますわ」
「かしこまりました。……お嬢様。まずは、どの部署から着手されますか?」
「決まっているでしょう? まずは、あの『寄生生物』が巣食っている王子の寝室からよ。……カーテンも絨毯も、私が買い戻したものに付け替えるけれど、レンタル料はきっちり頂くわ」
ファルルは、立ち去ろうとする国王の背中に向かって、晴れやかに告げた。
「陛下。……おめでとうございます。これでこの国は、ようやく『正常な経営』に戻りますわよ。……ただし、私のコンサル料で、国庫が少しばかり軽くなることだけは覚悟しておいてくださいませ」
国王は力なく頷き、支えられるようにして去っていった。
ファルルは、手元の契約書を愛おしそうに眺めた。
「……さあ、セバス。第2ラウンドの始まりよ。今度は『婚約者』という名の奴隷ではなく、王室の『救世主』という名の債権者として、たっぷり稼がせていただくわ」
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