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「さあ、記念すべき開拓一日目の朝よ! 起きなさい、レオ! 太陽はすでに私たちのジャガイモ予定地を照らしているわ!」
シャーミーは寝ぼけ眼のレオの掛け布団を、容赦なく剥ぎ取った。
窓の外には、清々しいほどに突き抜けた青空が広がっている。
「……うう、お姉さん、まだ夜明け前だよ……。それに、その格好なに?」
レオが目をこすりながら、シャーミーを指差す。
そこには、高級なシルクのドレスを膝丈まで切り詰め、動きやすさだけを追求した「自称・農作業用ドレス」に身を包んだ公爵令嬢が立っていた。
頭には農婦のようなスカーフを巻き、腰にはピカピカに磨かれた新品の鍬が差してある。
「これ? セバスに頼んで、昨晩のうちに改造してもらったの。見て、この足捌き! これならどんなに深い泥沼でもステップが踏めるわ!」
「お嬢様、そのドレスだけで平民の年収三倍分はいたしますが、機能性は抜群でございますな」
背後でセバスが、なぜか自分も袖を捲り上げてスタンバイしていた。
「いい? レオ。私たちは今日、この呪われた……じゃなくて、素敵な庭を、富の源泉に変えるのよ。草むしり一本につき、朝食のパンが一口分増えると思いなさい!」
「……それ、一本も抜かなかったら僕、餓死するよね?」
「当たり前じゃない。働かざる者、食うべからず。これは王宮で学んだ唯一の真理よ!」
シャーミーはレオの首根っこを掴むと、意気揚々と庭へ繰り出した。
昨日は不気味に見えた庭も、朝日に照らされればただの「広すぎる放置地帯」だ。
シャーミーは早速、一番大きな雑草に手をかけた。
「フンッ! ……あら、意外と抜けないわね。これ、根っこが王家のしがらみくらい深いわ!」
「お嬢様、腰を入れて。殿下の顔を思い浮かべながら引き抜くとよろしいかと」
「名案ね、セバス! おい、リュカ! このナルシスト王子! 私の自由を返せえええ!」
シャーミーが叫びながら力を込めると、バリバリという音と共に巨大な草が根こそぎ抜けた。
その勢いで後ろに転がるが、彼女は泥まみれになりながらも高笑いを上げる。
「見た!? 抜けたわ! あはは、気持ちいい! 書類仕事より百万倍楽しいわ!」
「……お姉さん、本当に公爵令嬢? 僕の知ってる貴族と全然違うんだけど」
レオも呆れながら、隣で小さな草を抜き始めた。
ふと、シャーミーの視界の端に、昨夜見た「白い影」が映る。
その幽霊は、なぜか庭の隅で、透明な箒を使って落ち葉を掃く仕草をしていた。
「あら、おはよう。あなた、掃除担当なの? 悪いけど、そこ後で耕すから、こっちの石運びを手伝ってくれない?」
幽霊はびくりと肩を震わせると、そのままスッと消えてしまった。
「お嬢様、幽霊を労働力にカウントするのは、さすがに慈悲が足りないかと」
「いいじゃない、福利厚生として『お供え物』くらい出すわよ。さあ、次はあの枯れた噴水を解体するわよ!」
その頃。
王都の王宮では、第一王子リュカが優雅に羽ペンを走らせていた。
「ふふ、できた。これぞ最高傑作。愛するシャーミーの心を再び燃え上がらせる、究極の愛の詩だ」
リュカが書き上げた紙には、『君の瞳はエメラルド、僕の心は君を焼くキャンプファイヤー』という、破壊的なセンスのフレーズが並んでいる。
そこへ、死んだような魚の目をしたカイルが入室してきた。
「殿下。シャーミー様から返信が届きました。……読みますか?」
「おお、カイル! やはり彼女は、俺と離れて寂しさに耐えかねたのだろう。早く聞かせてくれ。どれほど俺を求めている?」
カイルは眼鏡の位置を直し、感情を完全に排除した声で代読した。
「『殿下の顔を見るより、泥だらけのジャガイモを見ている方が心拍数が上がります。あと、慰謝料を減額したら殺します』……以上です」
部屋に沈黙が流れる。
カイルは「さて、これで王子も現実を見るだろう」と確信した。
しかし、リュカの反応は予想の斜め上を突き抜けていた。
「……なるほど。そういうことか!」
「……はい?」
「シャーミーは、自分をジャガイモに例えているのだな! 泥にまみれても変わらぬ愛、そして、心拍数が上がるほどの情熱……。さらに『殺します』とは、『あなたなしでは生きていけない』という強烈な反語的表現! ああ、愛されている。俺はなんて罪な男なんだ!」
カイルは手に持っていた書類を、思わず握りつぶした。
「殿下。……一度、精神科の医師に、いえ、神殿でのお祓いをお勧めします」
「何を言うか。彼女の愛に応えるためにも、俺はもっと素晴らしいポエムを送らねば! あ、それとカイル、この書類の山は何だ? 昨日から全然減っていないのだが」
「それは、これまでシャーミー様が一日で終わらせていた仕事の一時間分です。殿下がポエムを書いている間に、さらに三倍に膨れ上がりました」
「何だと!? ……おかしいな。シャーミーがいれば、鼻歌混じりに終わっていたはずなのに」
リュカは積み上げられた書類の山を見て、初めて少しだけ顔を青くした。
だが、すぐにまた羽ペンを握りしめる。
「わかったぞ。彼女は俺に、あえて困難を与えて成長を促しているのだな! これも愛……すべては愛なのだ!」
「……もう勝手にしてください」
カイルは深くため息をつき、心の中で「シャーミー、早くあいつの口座に金を振り込ませるから、二度とこっちに戻ってこないでくれ」と切実に願った。
一方、別荘の庭では。
「ハクション! ……誰か、私の悪口でも言ってるのかしら。まあいいわ。レオ! サボらない! その石を運んだら、お昼はセバスが作った特製サンドイッチよ!」
「……お姉さん、泥がついた手で食べさせないでね」
「贅沢言わないの! 泥はジャガイモの故郷よ、つまりスパイスと同じだわ!」
泥だらけで笑うシャーミー。
彼女にとって、王宮という名の「牢獄」は、もはや遠い過去の出来事になりつつあった。
シャーミーは寝ぼけ眼のレオの掛け布団を、容赦なく剥ぎ取った。
窓の外には、清々しいほどに突き抜けた青空が広がっている。
「……うう、お姉さん、まだ夜明け前だよ……。それに、その格好なに?」
レオが目をこすりながら、シャーミーを指差す。
そこには、高級なシルクのドレスを膝丈まで切り詰め、動きやすさだけを追求した「自称・農作業用ドレス」に身を包んだ公爵令嬢が立っていた。
頭には農婦のようなスカーフを巻き、腰にはピカピカに磨かれた新品の鍬が差してある。
「これ? セバスに頼んで、昨晩のうちに改造してもらったの。見て、この足捌き! これならどんなに深い泥沼でもステップが踏めるわ!」
「お嬢様、そのドレスだけで平民の年収三倍分はいたしますが、機能性は抜群でございますな」
背後でセバスが、なぜか自分も袖を捲り上げてスタンバイしていた。
「いい? レオ。私たちは今日、この呪われた……じゃなくて、素敵な庭を、富の源泉に変えるのよ。草むしり一本につき、朝食のパンが一口分増えると思いなさい!」
「……それ、一本も抜かなかったら僕、餓死するよね?」
「当たり前じゃない。働かざる者、食うべからず。これは王宮で学んだ唯一の真理よ!」
シャーミーはレオの首根っこを掴むと、意気揚々と庭へ繰り出した。
昨日は不気味に見えた庭も、朝日に照らされればただの「広すぎる放置地帯」だ。
シャーミーは早速、一番大きな雑草に手をかけた。
「フンッ! ……あら、意外と抜けないわね。これ、根っこが王家のしがらみくらい深いわ!」
「お嬢様、腰を入れて。殿下の顔を思い浮かべながら引き抜くとよろしいかと」
「名案ね、セバス! おい、リュカ! このナルシスト王子! 私の自由を返せえええ!」
シャーミーが叫びながら力を込めると、バリバリという音と共に巨大な草が根こそぎ抜けた。
その勢いで後ろに転がるが、彼女は泥まみれになりながらも高笑いを上げる。
「見た!? 抜けたわ! あはは、気持ちいい! 書類仕事より百万倍楽しいわ!」
「……お姉さん、本当に公爵令嬢? 僕の知ってる貴族と全然違うんだけど」
レオも呆れながら、隣で小さな草を抜き始めた。
ふと、シャーミーの視界の端に、昨夜見た「白い影」が映る。
その幽霊は、なぜか庭の隅で、透明な箒を使って落ち葉を掃く仕草をしていた。
「あら、おはよう。あなた、掃除担当なの? 悪いけど、そこ後で耕すから、こっちの石運びを手伝ってくれない?」
幽霊はびくりと肩を震わせると、そのままスッと消えてしまった。
「お嬢様、幽霊を労働力にカウントするのは、さすがに慈悲が足りないかと」
「いいじゃない、福利厚生として『お供え物』くらい出すわよ。さあ、次はあの枯れた噴水を解体するわよ!」
その頃。
王都の王宮では、第一王子リュカが優雅に羽ペンを走らせていた。
「ふふ、できた。これぞ最高傑作。愛するシャーミーの心を再び燃え上がらせる、究極の愛の詩だ」
リュカが書き上げた紙には、『君の瞳はエメラルド、僕の心は君を焼くキャンプファイヤー』という、破壊的なセンスのフレーズが並んでいる。
そこへ、死んだような魚の目をしたカイルが入室してきた。
「殿下。シャーミー様から返信が届きました。……読みますか?」
「おお、カイル! やはり彼女は、俺と離れて寂しさに耐えかねたのだろう。早く聞かせてくれ。どれほど俺を求めている?」
カイルは眼鏡の位置を直し、感情を完全に排除した声で代読した。
「『殿下の顔を見るより、泥だらけのジャガイモを見ている方が心拍数が上がります。あと、慰謝料を減額したら殺します』……以上です」
部屋に沈黙が流れる。
カイルは「さて、これで王子も現実を見るだろう」と確信した。
しかし、リュカの反応は予想の斜め上を突き抜けていた。
「……なるほど。そういうことか!」
「……はい?」
「シャーミーは、自分をジャガイモに例えているのだな! 泥にまみれても変わらぬ愛、そして、心拍数が上がるほどの情熱……。さらに『殺します』とは、『あなたなしでは生きていけない』という強烈な反語的表現! ああ、愛されている。俺はなんて罪な男なんだ!」
カイルは手に持っていた書類を、思わず握りつぶした。
「殿下。……一度、精神科の医師に、いえ、神殿でのお祓いをお勧めします」
「何を言うか。彼女の愛に応えるためにも、俺はもっと素晴らしいポエムを送らねば! あ、それとカイル、この書類の山は何だ? 昨日から全然減っていないのだが」
「それは、これまでシャーミー様が一日で終わらせていた仕事の一時間分です。殿下がポエムを書いている間に、さらに三倍に膨れ上がりました」
「何だと!? ……おかしいな。シャーミーがいれば、鼻歌混じりに終わっていたはずなのに」
リュカは積み上げられた書類の山を見て、初めて少しだけ顔を青くした。
だが、すぐにまた羽ペンを握りしめる。
「わかったぞ。彼女は俺に、あえて困難を与えて成長を促しているのだな! これも愛……すべては愛なのだ!」
「……もう勝手にしてください」
カイルは深くため息をつき、心の中で「シャーミー、早くあいつの口座に金を振り込ませるから、二度とこっちに戻ってこないでくれ」と切実に願った。
一方、別荘の庭では。
「ハクション! ……誰か、私の悪口でも言ってるのかしら。まあいいわ。レオ! サボらない! その石を運んだら、お昼はセバスが作った特製サンドイッチよ!」
「……お姉さん、泥がついた手で食べさせないでね」
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