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開拓を始めてから数日。
シャーミーの手のひらには、公爵令嬢にあるまじき「硬いマメ」ができ始めていた。
だが、彼女はそれを見るたびに、勝利の女神が微笑んでいるような気分になる。
「見て、レオ! この土の柔らかさ! 私が踏みつぶしたプライドよりも、ずっと再利用の価値があるわ!」
「……お姉さん、例えが物騒だよ。でも、本当に庭らしくなってきたね」
レオは泥だらけの顔で笑った。
最初は死にかけていた少年も、シャーミーの(スパルタな)介抱と、セバスの(プロ級の)料理のおかげで、見違えるほど元気になっていた。
「さあ、今日は記念すべき日よ。土壌改良の第一段階が終わったお祝いに、王都から隠し持ってきた『最高級種芋』を焼いて食べるわ!」
「えっ、植えるんじゃなくて食べちゃうの?」
レオの当然の疑問に、シャーミーは人差し指をチッチッと振った。
「まずは味を知らなければ、育てる情熱が湧かないでしょう? これは投資よ、投資!」
「お嬢様、火の準備は整っております。別荘の裏で見つけた乾いた薪と、なぜか地下室に落ちていた『古い魔導書の残骸』を混ぜておきました」
「セバス、魔導書を燃料にするなんて最高に贅沢ね。きっと魔法の味がするわよ」
三人は庭の中央に焚き火を囲んだ。
シャーミーは銀の匙ではなく、使い古した火箸を器用に操り、灰の中からホクホクの塊を掘り出す。
香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、彼女の喉が鳴った。
「さあ、実食よ! 熱いから気をつけて!」
シャーミーが皮を剥くと、中から黄金色の湯気が立ち上った。
それを一口、豪快に頬張る。
「……っ! 美味しい……! 何これ、王宮の晩餐会で出たトリュフのジュレより、一万倍は魂に響くわ!」
「本当だ! 甘いし、すごくホクホクしてる!」
レオも目を輝かせて芋に齧りつく。
その様子を満足げに眺めていたシャーミーだったが、ふと、背後に冷たい空気を感じて振り向いた。
「あ、またあなたね。……食べる?」
そこには、例の「白い影(幽霊)」が、羨ましそうに焚き火を見つめて立っていた。
シャーミーは迷うことなく、半分に割った芋を宙へ差し出す。
「お供え物よ。これを食べたら、明日は東側の石運びを手伝いなさい。いいわね?」
幽霊は一瞬戸惑ったように揺れたが、透き通った手で芋を受け取るような仕草をした。
すると、不思議なことに芋の湯気がスッと消え、幽霊の顔がほんのり赤らんだように見えた。
「お嬢様、幽霊との労働契約が成立したようですな。これで我が家の従業員は、人間二人、少年一人、霊体一体となりました」
「素晴らしいわ。人件費(お供え代)も格安ね!」
そんな、世にも奇妙で平和な昼下がり。
別荘の門の外から、「ひいっ!」という短い悲鳴が聞こえた。
「誰かしら? こんな呪われた……じゃなくて、素敵な別荘に。セバス、お出迎えして」
セバスが門を開けると、そこには震えながらカゴを持った老人が立っていた。
この地域の村長だという。
「あ、あの……! 幽霊屋敷に明かりが灯っていると聞いて、お供え……いえ、ご挨拶に……ヒッ、幽霊が出たああ!」
村長は、庭で泥だらけになりながら芋を食らい、背後に白い影を従えているシャーミーを見て腰を抜かした。
「失礼ね、村長さん。幽霊じゃなくて、ここは新しく入居したシャーミー・フォールンの屋敷よ。ほら、見て。この子はただの『掃除担当のスタッフ』よ」
シャーミーが幽霊を指さすと、幽霊は丁寧にお辞儀をした。
村長は白目を剥いて倒れそうになったが、シャーミーが差し出した「焼き芋」の匂いで正気を取り戻した。
「……え、あ、あなたが新しい主で? ……むぐっ、なんじゃこの芋! うまい! 村のどの芋よりも甘いぞ!」
「でしょう? 私、この村を『世界一の芋の里』にするつもりなの。協力してくれるなら、この最高級の種芋を分けてあげてもいいわよ?」
シャーミーは、泥がついた手で不敵な笑みを浮かべた。
彼女の頭の中では、すでに村全体を巻き込んだ「ジャガイモ・ビジネス」の構想が、金貨の音と共に回り始めていた。
「村長さん、まずはそのカゴに入ってる野菜、この芋と交換しない? お互いウィンウィンの関係になりましょうよ」
「は、はあ……よくわからんが、お嬢さん、あんた凄まじい覇気じゃな……」
村長は、圧倒的な「悪役令嬢(ビジネスモード)」のオーラに呑まれ、持ってきた野菜をすべて差し出してしまった。
こうしてシャーミーは、自由を手に入れるだけでなく、村の経済を掌握するための第一歩を踏み出したのである。
「ふふふ……。王子、見てなさい。あなたがポエムを捻り出している間に、私はこの村の女帝になってみせるわ!」
夜空に、シャーミーの高笑いと、焼き芋の香ばしい匂いがどこまでも広がっていった。
シャーミーの手のひらには、公爵令嬢にあるまじき「硬いマメ」ができ始めていた。
だが、彼女はそれを見るたびに、勝利の女神が微笑んでいるような気分になる。
「見て、レオ! この土の柔らかさ! 私が踏みつぶしたプライドよりも、ずっと再利用の価値があるわ!」
「……お姉さん、例えが物騒だよ。でも、本当に庭らしくなってきたね」
レオは泥だらけの顔で笑った。
最初は死にかけていた少年も、シャーミーの(スパルタな)介抱と、セバスの(プロ級の)料理のおかげで、見違えるほど元気になっていた。
「さあ、今日は記念すべき日よ。土壌改良の第一段階が終わったお祝いに、王都から隠し持ってきた『最高級種芋』を焼いて食べるわ!」
「えっ、植えるんじゃなくて食べちゃうの?」
レオの当然の疑問に、シャーミーは人差し指をチッチッと振った。
「まずは味を知らなければ、育てる情熱が湧かないでしょう? これは投資よ、投資!」
「お嬢様、火の準備は整っております。別荘の裏で見つけた乾いた薪と、なぜか地下室に落ちていた『古い魔導書の残骸』を混ぜておきました」
「セバス、魔導書を燃料にするなんて最高に贅沢ね。きっと魔法の味がするわよ」
三人は庭の中央に焚き火を囲んだ。
シャーミーは銀の匙ではなく、使い古した火箸を器用に操り、灰の中からホクホクの塊を掘り出す。
香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、彼女の喉が鳴った。
「さあ、実食よ! 熱いから気をつけて!」
シャーミーが皮を剥くと、中から黄金色の湯気が立ち上った。
それを一口、豪快に頬張る。
「……っ! 美味しい……! 何これ、王宮の晩餐会で出たトリュフのジュレより、一万倍は魂に響くわ!」
「本当だ! 甘いし、すごくホクホクしてる!」
レオも目を輝かせて芋に齧りつく。
その様子を満足げに眺めていたシャーミーだったが、ふと、背後に冷たい空気を感じて振り向いた。
「あ、またあなたね。……食べる?」
そこには、例の「白い影(幽霊)」が、羨ましそうに焚き火を見つめて立っていた。
シャーミーは迷うことなく、半分に割った芋を宙へ差し出す。
「お供え物よ。これを食べたら、明日は東側の石運びを手伝いなさい。いいわね?」
幽霊は一瞬戸惑ったように揺れたが、透き通った手で芋を受け取るような仕草をした。
すると、不思議なことに芋の湯気がスッと消え、幽霊の顔がほんのり赤らんだように見えた。
「お嬢様、幽霊との労働契約が成立したようですな。これで我が家の従業員は、人間二人、少年一人、霊体一体となりました」
「素晴らしいわ。人件費(お供え代)も格安ね!」
そんな、世にも奇妙で平和な昼下がり。
別荘の門の外から、「ひいっ!」という短い悲鳴が聞こえた。
「誰かしら? こんな呪われた……じゃなくて、素敵な別荘に。セバス、お出迎えして」
セバスが門を開けると、そこには震えながらカゴを持った老人が立っていた。
この地域の村長だという。
「あ、あの……! 幽霊屋敷に明かりが灯っていると聞いて、お供え……いえ、ご挨拶に……ヒッ、幽霊が出たああ!」
村長は、庭で泥だらけになりながら芋を食らい、背後に白い影を従えているシャーミーを見て腰を抜かした。
「失礼ね、村長さん。幽霊じゃなくて、ここは新しく入居したシャーミー・フォールンの屋敷よ。ほら、見て。この子はただの『掃除担当のスタッフ』よ」
シャーミーが幽霊を指さすと、幽霊は丁寧にお辞儀をした。
村長は白目を剥いて倒れそうになったが、シャーミーが差し出した「焼き芋」の匂いで正気を取り戻した。
「……え、あ、あなたが新しい主で? ……むぐっ、なんじゃこの芋! うまい! 村のどの芋よりも甘いぞ!」
「でしょう? 私、この村を『世界一の芋の里』にするつもりなの。協力してくれるなら、この最高級の種芋を分けてあげてもいいわよ?」
シャーミーは、泥がついた手で不敵な笑みを浮かべた。
彼女の頭の中では、すでに村全体を巻き込んだ「ジャガイモ・ビジネス」の構想が、金貨の音と共に回り始めていた。
「村長さん、まずはそのカゴに入ってる野菜、この芋と交換しない? お互いウィンウィンの関係になりましょうよ」
「は、はあ……よくわからんが、お嬢さん、あんた凄まじい覇気じゃな……」
村長は、圧倒的な「悪役令嬢(ビジネスモード)」のオーラに呑まれ、持ってきた野菜をすべて差し出してしまった。
こうしてシャーミーは、自由を手に入れるだけでなく、村の経済を掌握するための第一歩を踏み出したのである。
「ふふふ……。王子、見てなさい。あなたがポエムを捻り出している間に、私はこの村の女帝になってみせるわ!」
夜空に、シャーミーの高笑いと、焼き芋の香ばしい匂いがどこまでも広がっていった。
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