婚約破棄を待ってました!喜んで帰りますわ!

ハチワレ

文字の大きさ
11 / 29

11

しおりを挟む
「さあ、皆様。続きましては当領地が誇る『氷晶の庭園』へご案内いたします」

翌日。

ルーアは観光ガイドよろしく旗を掲げ、視察団一行を先導していた。

「この庭園の氷の彫刻は、すべて天然の魔力で形成されたもので、見る角度によって七色に輝きます。ちなみに、庭園への入場料は特別価格で金貨三枚となっております」

「た、高い! 高すぎる!」

ロランド王子が寒さに震えながら文句を言う。

「普通の庭園なら銅貨数枚だろうが!」

「殿下、芸術には対価が必要です。それに、この庭園の維持管理費(主に除雪費用)をご存知ですか? 嫌なら入り口で雪だるまを作って待機されていても構いませんが」

「ぐぬぬ……払う! 払えばいいんだろう!」

ロランドは悔しそうに財布の紐を緩めた。

財務大臣のガミール伯爵も、「これも調査費……後で不正経理として告発してやる……」とブツブツ言いながら支払う。

ルーアは回収した金貨をチャリンと鳴らし、満足げに頷いた。

(よし、順調。このペースなら、午前中だけで目標売上の120%を達成できるわ)

一行が庭園に入ると、そこには息を呑むような幻想的な光景が広がっていた。

太陽の光を浴びて宝石のように煌めく氷の木々。

視察団員たちは「おお……!」と感嘆の声を上げ、一時的に敵対心を忘れて見入っている。

そんな中、一人だけ不満げな顔をしている人物がいた。

ミナだ。

彼女は厚着で着膨れした自分の姿と、寒さで赤くなった鼻が気に入らないらしい。

(つまんなぁい。ロランド様もガミール様も、氷ばっかり見て私を見てくれないしぃ……)

彼女はふと視線を巡らせ、庭園の奥で腕を組んで立っている男に目を留めた。

クラウス・フォン・ドラグーン。

氷の彫刻よりも美しく、そして冷たい公爵様。

彼は視察団には目もくれず、少し離れた場所で、次の集金ポイントの準備をしているルーアをじっと見つめている。

ミナの頭の中で、お花畑回路が高速回転を始めた。

(あの公爵様、いつもルーアにいじめられてて可哀想……)

ミナの目には、ルーアがクラウスに指示を出し、こき使っているように映っていた(実際は業務提携だが)。

(あんな怖い顔してるけど、本当は誰かに癒されたいはずだわ。ルーアみたいなギスギスした女じゃなくて、私みたいな「守ってあげたくなる女の子」に!)

ミナは自信満々だった。

何しろ、一国の王子を「か弱さ」と「上目遣い」だけで落とした実績があるのだ。

(私が慰めてあげれば、公爵様もイチコロね。そうすれば、ロランド様と公爵様の二人から愛される最強のヒロインになれちゃうかも!)

ミナはマフラーを少し緩めて首元を見せ(氷点下なのに)、チョコチョコとクラウスの方へ歩み寄った。

「あのぉ、公爵様ぁ?」

甘ったるい猫なで声。

クラウスはピクリと眉を動かし、ゆっくりと視線を落とした。

その瞳は、ゴミを見るような冷たさだったが、ミナには「クールな視線」に変換された。

「……何だ?」

「私、見ちゃいましたぁ。さっき、ルーア様が公爵様に『もっと早く歩いてください』って命令してるところ……」

ミナは潤んだ瞳(寒さのせい)でクラウスを見上げる。

「公爵様、可哀想……。あんな怖い女の人にこき使われて、辛いですよねぇ?」

「…………」

「私ならぁ、公爵様にもっと優しくしてあげられるのにぃ。肩をお揉みしましょうかぁ? それとも、冷えた手を温めてあげましょうかぁ?」

ミナは大胆にも、クラウスの腕に自分の体を押し付けようとした。

「私、体温が高いってよく言われるんですぅ。ほら、触ってみてくださぁい」

その瞬間。

パキィン!

乾いた音が響き、ミナの足元の地面が瞬時に凍結した。

「ひゃっ!?」

ミナは足を滑らせ、無様に尻餅をついた。

「い、痛ぁい……何これぇ?」

見上げると、そこには先ほどまでの無表情が嘘のような、激しい嫌悪感を露わにしたクラウスが立っていた。

彼の全身から、視認できるほどの冷気が立ち上っている。

「……気安く触れるな」

地を這うような低い声。

「その安っぽい香水の匂いが、私の鼻を麻痺させる。ルーアの残り香が消えてしまうだろう」

「え……?」

「『可哀想』? 『こき使われている』? 貴様、眼球が曇っているのではないか? あれは崇高なる業務提携であり、彼女の指示は私にとって至上の導きだ」

クラウスは汚らわしいものを見る目でミナを見下ろした。

「それに、癒しだと? 不要だ。私にとっての癒しは、ルーアが電卓を叩く音と、私を罵倒する際の声の張りだけだ」

「は、はいぃ……?」

ミナは理解が追いつかず、口をパクパクさせた。

この公爵、何かがおかしい。美形なのに、中身が残念すぎる。

「大体、貴様のような中身の空っぽな女に、何の価値がある? ルーアの爪の垢ほどの生産性もないだろう。酸素の無駄だ」

「ひどい……私、ただ優しくしてあげようと……」

「優しさなどいらん。私が欲しいのは『効率』と『利益』、そして『ルーア』だけだ。失せろ。二度と私の半径五メートル以内に入るな」

ゴゴゴゴ……とクラウスの背後に氷の槍が出現する。

「ひいいいいッ!」

ミナは悲鳴を上げ、這いつくばって逃げ出した。

「ロ、ロランド様ぁぁぁ! 公爵様がいじめるぅぅぅ!」

その騒ぎを聞きつけ、ルーアが早足でやってきた。

「何事ですか? 商品である氷の彫刻の前で騒がないでください。振動でヒビが入ったら弁償ですよ」

ルーアは尻餅をついているミナと、殺気立っているクラウスを見て、瞬時に状況を理解した。

「……ははん。さてはミナ様、閣下に色目を使いましたね?」

「ち、違いますぅ! ご挨拶をしただけですぅ!」

「挨拶で上腕二頭筋に触れる必要はありません。それはセクハラです」

ルーアは懐から伝票を取り出し、サラサラと書き込んだ。

「迷惑行為による慰謝料、および公爵閣下の精神的苦痛に対する賠償金……〆て金貨十枚です」

「高っ!? 挨拶しただけで!?」

「閣下は繊細なのです。変な虫がつくと、除菌作業(という名の不機嫌タイム)に半日はかかります。その間の業務停滞による損失を考えれば、これでも安い方ですよ」

ルーアは書き上げた伝票をミナのデコにピタリと貼り付けた。

「支払いはロランド殿下のツケにしておきますね。さあ、次に行きますよ! 次は『極寒体験カフェ』で一杯千円のホットミルクを飲んでいただきます!」

ルーアは何事もなかったかのように旗を振り、再び歩き出した。

ミナは涙目でロランドの元へ走っていく。

残されたクラウスは、怒りが収まらない様子だったが、ルーアが振り返って声をかけると表情が一変した。

「閣下、何をしてるんですか? 早く来てください。雪かきのスタッフが足りないんです」

「……あ、ああ! 今行く!」

クラウスは氷の槍を消し、尻尾を振る大型犬のようにルーアの元へ駆け寄った。

「ルーア、さっきの女が私に触れようとしたんだ。消毒用アルコールはあるか?」

「ありません。雪で洗ってください」

「冷たいな……そこがいいのだが」

そのやり取りを遠くから見ていたロランドは、ガタガタ震えながら呟いた。

「……あいつら、絶対におかしい。あの氷男、ルーアのどこがいいんだ? ただの銭ゲバじゃないか」

「殿下、声が大きいです。悪口料金を追加しますよ」

遠くからルーアの地獄耳が声を拾う。

「ひいっ! なんで聞こえるんだ!」

「風に乗って聞こえるんですよ。さあ、もっとお金を落としてくださいね、大切なお客様♪」

ドラグーン公爵領の観光ツアーは、まだ始まったばかりである。

ミナの勘違いマウントは、公爵の鉄壁の「ルーア愛(という名の崇拝)」と、ルーアの「集金システム」の前には無力であった。

しかし、この視察団の中に、ただ一人、冷静な目でルーアたちを観察し、メモを取り続けている人物がいた。

財務大臣ガミール伯爵だ。

彼は眼鏡の奥の目を光らせ、ブツブツと呟いていた。

「……ふむ。不当労働の証拠はないが……この異常なまでの収益性。もしや、禁制品の取引でもしているのでは? あるいは……」

ガミールの邪推は、思わぬ方向へと転がり始めていた。

彼が狙いを定めたのは、ルーアが肌身離さず持っている、あの『魔導計算機』だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

処理中です...