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「ルーアちゃーん! ママよー! 会いたかったわー!」
「パパもいるぞー! 元気にしてたかー!」
ドラグーン公爵城の応接室は、台風のような騒ぎに包まれていた。
ルーアの両親、バーンスタイン公爵夫妻が、娘を見るなりタックル気味に抱きついてきたのだ。
「お父様、お母様。お久しぶりです。……ですが、密着率が高すぎます。体感温度が上昇して不快指数が上がっていますので、離れてください」
ルーアは冷静に親を引き剥がそうとするが、二人の愛の力(腕力)は凄まじい。
「まあまあ、照れないで! それでね、ルーアちゃん。あなたがこの領地ですごーく活躍してるって噂を聞いて、いろんなお家から『うちの息子をぜひ!』って釣書(プロフィール)が山のように届いたのよ!」
母親が鞄を逆さまにすると、ドササササッと大量の写真と書類がテーブルに雪崩れ落ちた。
「見て見て! この伯爵家の三男、趣味は『詩を書くこと』だって! ロマンチックね!」
「こっちの子爵は『筋肉自慢』だぞ! 岩を砕けるらしい!」
「やだパパったら、ルーアちゃんはインドア派よ? こっちの『眼鏡が似合う税務官』なんてどう?」
キャッキャとはしゃぐ両親。
その向かいのソファで、クラウスは般若のような形相で座っていた。
彼の周囲だけ、室温がマイナス二十度くらいになっている。
「……公爵閣下」
クラウスが低い声で唸るように言った。
「娘さんは、現在私の元で『終身雇用』に近い契約を結んでいる最中ですが? 他家への斡旋は、契約違反に抵触する恐れがあります」
「あら、ドラグーン公爵様! ご挨拶が遅れました!」
母親が悪気なく笑う。
「でもぉ、公爵様とはあくまで『雇用契約』でしょう? 私たちは『結婚相手』を探しているんですのよ。仕事と家庭は別腹じゃないですかぁ」
「ぐぬぬ……!」
痛いところを突かれた。
まだ正式に婚約を発表していない(というか、プロポーズの返事を保留されているような状態の)クラウスにとって、「親公認のお見合い」は最大の脅威だった。
ルーアは山積みの釣書をパラパラと適当にめくった。
「……詩人? 無職の言い換えですね。却下」
ポイッ。
「……筋肉? 脳筋はロランド殿下でお腹いっぱいです。却下」
ポイッ。
「……税務官? 年収が私の現在の十分の一です。生活水準が維持できません。却下」
ポイッ。
ルーアは秒速で写真をゴミ箱へシュートしていく。
「あーん、ルーアちゃん厳しい! じゃあ、どんな人がいいのよぉ?」
母親が頬を膨らませた時、ルーアの手がふと止まった。
彼女はチラリと、向かいで不機嫌そうに腕を組んでいる銀髪の美男を見た。
「……そうですね」
ルーアは小さく呟いた。
「少なくとも、『私の計算速度についてこれて』、『無駄遣いはするけど私の言うことは聞いてくれて』、『冬でも暖房費がいらないくらい体温が高い(比喩)』人でしょうか」
「えっ?」
両親が顔を見合わせる。
クラウスが驚いて目を見開く。
「……それって……」
その時だった。
バンッ!
応接室の扉が乱暴に開かれた。
「た、大変ですルーア様! 閣下!」
ハンスが血相を変えて飛び込んできた。
「非常事態です! 隣国の……隣国の『元』国王陛下と、ロランド元王子が、強行突破してきました!」
「なに?」
クラウスが立ち上がる。
「強行突破だと? 警備は何をしていた」
「そ、それが……あまりに身なりがボロボロで、警備兵が『物乞いか?』と油断した隙に……!」
「ルーアァァァァ!」
廊下から、悲鳴のような絶叫が聞こえた。
ズザザザザッ!
まるでスライディングをするように部屋に滑り込んできたのは、かつての煌びやかな姿を見る影もない、薄汚れたローブを纏った男たちだった。
痩せこけた頬、伸び放題の髭、充血した目。
隣国の国王(父)と、ロランド王子(息子)である。
「ひいぃ、ふうぅ……や、やっと会えた……!」
ロランドが床に這いつくばりながら、涙目でルーアを見上げた。
「ル、ルーア……! 助けてくれ……! もう駄目だ……!」
「……どちら様でしょうか?」
ルーアは冷ややかに見下ろした。
「汚いのでカーペットに触れないでください。クリーニング代がかかります」
「ロランドだ! 元婚約者のロランドだぞ! 忘れたとは言わせん!」
「ああ、あの不良債権ですか。まだ償却されていなかったんですね」
ルーアはハンカチで鼻を覆った。
「で? 何の用です? 不法侵入の追加請求なら、受付を通してください」
「請求書など払えるかぁ!」
後ろにいた国王が、悲痛な叫びを上げた。
「国庫は空だ! パンもない! 兵士は逃げた! 国民は暴動を起こしている! もう終わりだぁ!」
国王はガバッと顔を上げ、すがるように叫んだ。
「ルーア嬢! 頼む、戻ってきてくれ! お前がいなくなってから、国が回らんのだ! お前さえ戻れば、またあの頃のように国が潤うはずだ!」
「そうだ! 戻ってこいルーア!」
ロランドも便乗して叫ぶ。
「今なら特別に、ミナと別れてお前を正妻にしてやる! 王太子の妻だぞ! 嬉しいだろう!」
その発言に、室内の空気が一変した。
まず、バーンスタイン夫妻が激怒した。
「なっ……! なんですって!?」
「うちの大事な娘を散々コケにしておいて、都合が悪くなったら戻れだと!?」
「パパ許さないぞ! 筋肉自慢の婿候補を呼んで殴らせるぞ!」
そして何より。
「……ほう」
クラウスが、ゆらりとロランドの前に立ちはだかった。
その背中からは、物理的に黒いオーラ(と冷気)が噴出している。
「私の婚約者(予定)に対し、随分な口の利き方だな。……殺すか」
ヒュン。
氷の剣が生成され、ロランドの首元に突きつけられる。
「ひいいいッ! ま、待て! 暴力反対!」
「問答無用だ。お前たちの国が滅びようが知ったことではない。だが、ルーアを侮辱する罪は、国が滅ぶよりも重い」
クラウスが剣を振り上げようとした、その時。
「待ってください、閣下」
ルーアが冷静な声で止めた。
「ルーア? 止めるな。こいつらは害獣だ」
「ええ、害獣ですが、ここで血を流すとカーペットがダメになります。……それに、もっと『効率的』な断り方があります」
ルーアは鞄から、一冊の分厚いファイルを取り出した。
表紙には『雇用契約書・附則事項』と書かれている。
「殿下、並びに元国王陛下。あなた方は私を『連れ戻す(引き抜く)』とおっしゃいましたね?」
「そ、そうだ! 我が国の公務員として再雇用してやる!」
「では、こちらの条項をご確認ください」
ルーアはファイルを広げ、とあるページを指差した。
「私がドラグーン公爵家と結んだ契約の第8条、『引き抜き防止(ノン・コンピート)条項』です」
「な、なんだそれは?」
「『契約期間中、他国または他組織が、ルーア・バーンスタインを引き抜こうとした場合、その組織はドラグーン公爵家に対し、違約金を支払わなければならない』」
ルーアはニッコリと笑った。
「その額、金貨一億枚です」
「い、一億ぅぅぅぅ!?」
ロランドと国王の目が飛び出た。
一億枚。それは、彼らの国の国家予算の十年分に相当する、天文学的な数字だ。
「払えますか? 払えるなら、移籍を検討してあげなくもありませんが」
「む、無理だ……! 今の我々には、今日のパンを買う金すらないのだぞ!」
「では、契約不履行です。お引き取りください」
パタン。
ルーアはファイルを閉じた。
「そ、そんな……! 金がないなら、体で払うとか……土下座で許してもらうとか……!」
国王がプライドをかなぐり捨て、その場で平伏しようとした。
「頼む! この通りだ! 国を救ってくれ!」
「僕も頼む! ルーア、お願いだぁ!」
二人が額を床に擦り付けようとする。
王族の土下座。それは本来、歴史を揺るがすほどの大事件だ。
だが。
「あ、ストップ」
ルーアは足先で、ロランドの額が床につくのを寸前で止めた。
「え?」
「言ったでしょう? 汚いのでカーペットに触れないでくださいと」
ルーアは冷ややかに見下ろした。
「土下座に生産性はありません。床が汚れるというマイナス効果しかありません。あなた方の謝罪に、一億枚の価値はありませんので」
「ぐふっ……!」
ロランドは言葉を失った。
かつての婚約者は、もはや情けも涙もない、完全なる『経営者』の顔をしていた。
「お帰りください。そして、自分の力で国を立て直してください。……まずは、そのプライドを売ってパンを買うところから始めてみては?」
ルーアの言葉は、氷の刃よりも鋭く、彼らの心を切り裂いた。
「う、ううう……!」
「終わりだ……本当に終わったんだ……」
二人は泣き崩れ、警備兵によってズルズルと引きずり出されていった。
その背中は、あまりに小さく、哀れだった。
嵐が去った応接室に、静寂が戻る。
「……ふう。朝からカロリーを使いました」
ルーアはため息をつき、お茶を一口飲んだ。
両親は、ポカンと口を開けて娘を見ていた。
「……ルーアちゃん、強くなったわねぇ」
「ああ、パパ感動したぞ。あの国王を追い返すなんて」
そして、クラウスは。
「……金貨一億枚、か」
彼はニヤリと笑った。
「安すぎるな。私にとって、君の価値は測定不能(プライスレス)だ」
「……またそういうことを言う。そのセリフ、減給対象ですよ」
ルーアは顔を赤らめ、誤魔化すように言った。
「さあ、お父様もお母様も! 変なお見合い写真は持って帰ってください! 私は今、仕事が恋人なんです!」
「えー? でもぉ……」
母親が何か言おうとした時、クラウスが静かに、しかし力強く宣言した。
「ご安心ください、バーンスタイン公爵。お嬢様は、私が責任を持って幸せにします。……いや、すでに幸せにしているつもりですが」
彼はルーアの肩を抱き寄せた。
「彼女の計算高いところも、がめついところも、仕事中毒なところも、全て含めて、私が引き受けます。……返品不可の契約でね」
ルーアは真っ赤になって俯いた。
「……か、勝手に契約を結ばないでください!」
「異議は認めん。違約金は私の『愛』で払う」
「通貨が違います!」
漫才のような二人のやり取りを見て、両親は顔を見合わせ、そして嬉しそうに笑った。
「あらあら、こりゃ入る隙間はないわねぇ」
「そうだな。筋肉自慢も詩人も出番なしだ」
こうして、王子の土下座(未遂)事件と、お見合い騒動は幕を閉じた。
ルーアとクラウスの絆は、外部からの圧力によって、より強固なもの(契約?)となったのである。
しかし。
平穏はまだ訪れない。
次なる展開は、二人の関係を『法的』に確定させるための、最後にして最大のステップ。
そう、あの『結婚契約書』の作成である。
「パパもいるぞー! 元気にしてたかー!」
ドラグーン公爵城の応接室は、台風のような騒ぎに包まれていた。
ルーアの両親、バーンスタイン公爵夫妻が、娘を見るなりタックル気味に抱きついてきたのだ。
「お父様、お母様。お久しぶりです。……ですが、密着率が高すぎます。体感温度が上昇して不快指数が上がっていますので、離れてください」
ルーアは冷静に親を引き剥がそうとするが、二人の愛の力(腕力)は凄まじい。
「まあまあ、照れないで! それでね、ルーアちゃん。あなたがこの領地ですごーく活躍してるって噂を聞いて、いろんなお家から『うちの息子をぜひ!』って釣書(プロフィール)が山のように届いたのよ!」
母親が鞄を逆さまにすると、ドササササッと大量の写真と書類がテーブルに雪崩れ落ちた。
「見て見て! この伯爵家の三男、趣味は『詩を書くこと』だって! ロマンチックね!」
「こっちの子爵は『筋肉自慢』だぞ! 岩を砕けるらしい!」
「やだパパったら、ルーアちゃんはインドア派よ? こっちの『眼鏡が似合う税務官』なんてどう?」
キャッキャとはしゃぐ両親。
その向かいのソファで、クラウスは般若のような形相で座っていた。
彼の周囲だけ、室温がマイナス二十度くらいになっている。
「……公爵閣下」
クラウスが低い声で唸るように言った。
「娘さんは、現在私の元で『終身雇用』に近い契約を結んでいる最中ですが? 他家への斡旋は、契約違反に抵触する恐れがあります」
「あら、ドラグーン公爵様! ご挨拶が遅れました!」
母親が悪気なく笑う。
「でもぉ、公爵様とはあくまで『雇用契約』でしょう? 私たちは『結婚相手』を探しているんですのよ。仕事と家庭は別腹じゃないですかぁ」
「ぐぬぬ……!」
痛いところを突かれた。
まだ正式に婚約を発表していない(というか、プロポーズの返事を保留されているような状態の)クラウスにとって、「親公認のお見合い」は最大の脅威だった。
ルーアは山積みの釣書をパラパラと適当にめくった。
「……詩人? 無職の言い換えですね。却下」
ポイッ。
「……筋肉? 脳筋はロランド殿下でお腹いっぱいです。却下」
ポイッ。
「……税務官? 年収が私の現在の十分の一です。生活水準が維持できません。却下」
ポイッ。
ルーアは秒速で写真をゴミ箱へシュートしていく。
「あーん、ルーアちゃん厳しい! じゃあ、どんな人がいいのよぉ?」
母親が頬を膨らませた時、ルーアの手がふと止まった。
彼女はチラリと、向かいで不機嫌そうに腕を組んでいる銀髪の美男を見た。
「……そうですね」
ルーアは小さく呟いた。
「少なくとも、『私の計算速度についてこれて』、『無駄遣いはするけど私の言うことは聞いてくれて』、『冬でも暖房費がいらないくらい体温が高い(比喩)』人でしょうか」
「えっ?」
両親が顔を見合わせる。
クラウスが驚いて目を見開く。
「……それって……」
その時だった。
バンッ!
応接室の扉が乱暴に開かれた。
「た、大変ですルーア様! 閣下!」
ハンスが血相を変えて飛び込んできた。
「非常事態です! 隣国の……隣国の『元』国王陛下と、ロランド元王子が、強行突破してきました!」
「なに?」
クラウスが立ち上がる。
「強行突破だと? 警備は何をしていた」
「そ、それが……あまりに身なりがボロボロで、警備兵が『物乞いか?』と油断した隙に……!」
「ルーアァァァァ!」
廊下から、悲鳴のような絶叫が聞こえた。
ズザザザザッ!
まるでスライディングをするように部屋に滑り込んできたのは、かつての煌びやかな姿を見る影もない、薄汚れたローブを纏った男たちだった。
痩せこけた頬、伸び放題の髭、充血した目。
隣国の国王(父)と、ロランド王子(息子)である。
「ひいぃ、ふうぅ……や、やっと会えた……!」
ロランドが床に這いつくばりながら、涙目でルーアを見上げた。
「ル、ルーア……! 助けてくれ……! もう駄目だ……!」
「……どちら様でしょうか?」
ルーアは冷ややかに見下ろした。
「汚いのでカーペットに触れないでください。クリーニング代がかかります」
「ロランドだ! 元婚約者のロランドだぞ! 忘れたとは言わせん!」
「ああ、あの不良債権ですか。まだ償却されていなかったんですね」
ルーアはハンカチで鼻を覆った。
「で? 何の用です? 不法侵入の追加請求なら、受付を通してください」
「請求書など払えるかぁ!」
後ろにいた国王が、悲痛な叫びを上げた。
「国庫は空だ! パンもない! 兵士は逃げた! 国民は暴動を起こしている! もう終わりだぁ!」
国王はガバッと顔を上げ、すがるように叫んだ。
「ルーア嬢! 頼む、戻ってきてくれ! お前がいなくなってから、国が回らんのだ! お前さえ戻れば、またあの頃のように国が潤うはずだ!」
「そうだ! 戻ってこいルーア!」
ロランドも便乗して叫ぶ。
「今なら特別に、ミナと別れてお前を正妻にしてやる! 王太子の妻だぞ! 嬉しいだろう!」
その発言に、室内の空気が一変した。
まず、バーンスタイン夫妻が激怒した。
「なっ……! なんですって!?」
「うちの大事な娘を散々コケにしておいて、都合が悪くなったら戻れだと!?」
「パパ許さないぞ! 筋肉自慢の婿候補を呼んで殴らせるぞ!」
そして何より。
「……ほう」
クラウスが、ゆらりとロランドの前に立ちはだかった。
その背中からは、物理的に黒いオーラ(と冷気)が噴出している。
「私の婚約者(予定)に対し、随分な口の利き方だな。……殺すか」
ヒュン。
氷の剣が生成され、ロランドの首元に突きつけられる。
「ひいいいッ! ま、待て! 暴力反対!」
「問答無用だ。お前たちの国が滅びようが知ったことではない。だが、ルーアを侮辱する罪は、国が滅ぶよりも重い」
クラウスが剣を振り上げようとした、その時。
「待ってください、閣下」
ルーアが冷静な声で止めた。
「ルーア? 止めるな。こいつらは害獣だ」
「ええ、害獣ですが、ここで血を流すとカーペットがダメになります。……それに、もっと『効率的』な断り方があります」
ルーアは鞄から、一冊の分厚いファイルを取り出した。
表紙には『雇用契約書・附則事項』と書かれている。
「殿下、並びに元国王陛下。あなた方は私を『連れ戻す(引き抜く)』とおっしゃいましたね?」
「そ、そうだ! 我が国の公務員として再雇用してやる!」
「では、こちらの条項をご確認ください」
ルーアはファイルを広げ、とあるページを指差した。
「私がドラグーン公爵家と結んだ契約の第8条、『引き抜き防止(ノン・コンピート)条項』です」
「な、なんだそれは?」
「『契約期間中、他国または他組織が、ルーア・バーンスタインを引き抜こうとした場合、その組織はドラグーン公爵家に対し、違約金を支払わなければならない』」
ルーアはニッコリと笑った。
「その額、金貨一億枚です」
「い、一億ぅぅぅぅ!?」
ロランドと国王の目が飛び出た。
一億枚。それは、彼らの国の国家予算の十年分に相当する、天文学的な数字だ。
「払えますか? 払えるなら、移籍を検討してあげなくもありませんが」
「む、無理だ……! 今の我々には、今日のパンを買う金すらないのだぞ!」
「では、契約不履行です。お引き取りください」
パタン。
ルーアはファイルを閉じた。
「そ、そんな……! 金がないなら、体で払うとか……土下座で許してもらうとか……!」
国王がプライドをかなぐり捨て、その場で平伏しようとした。
「頼む! この通りだ! 国を救ってくれ!」
「僕も頼む! ルーア、お願いだぁ!」
二人が額を床に擦り付けようとする。
王族の土下座。それは本来、歴史を揺るがすほどの大事件だ。
だが。
「あ、ストップ」
ルーアは足先で、ロランドの額が床につくのを寸前で止めた。
「え?」
「言ったでしょう? 汚いのでカーペットに触れないでくださいと」
ルーアは冷ややかに見下ろした。
「土下座に生産性はありません。床が汚れるというマイナス効果しかありません。あなた方の謝罪に、一億枚の価値はありませんので」
「ぐふっ……!」
ロランドは言葉を失った。
かつての婚約者は、もはや情けも涙もない、完全なる『経営者』の顔をしていた。
「お帰りください。そして、自分の力で国を立て直してください。……まずは、そのプライドを売ってパンを買うところから始めてみては?」
ルーアの言葉は、氷の刃よりも鋭く、彼らの心を切り裂いた。
「う、ううう……!」
「終わりだ……本当に終わったんだ……」
二人は泣き崩れ、警備兵によってズルズルと引きずり出されていった。
その背中は、あまりに小さく、哀れだった。
嵐が去った応接室に、静寂が戻る。
「……ふう。朝からカロリーを使いました」
ルーアはため息をつき、お茶を一口飲んだ。
両親は、ポカンと口を開けて娘を見ていた。
「……ルーアちゃん、強くなったわねぇ」
「ああ、パパ感動したぞ。あの国王を追い返すなんて」
そして、クラウスは。
「……金貨一億枚、か」
彼はニヤリと笑った。
「安すぎるな。私にとって、君の価値は測定不能(プライスレス)だ」
「……またそういうことを言う。そのセリフ、減給対象ですよ」
ルーアは顔を赤らめ、誤魔化すように言った。
「さあ、お父様もお母様も! 変なお見合い写真は持って帰ってください! 私は今、仕事が恋人なんです!」
「えー? でもぉ……」
母親が何か言おうとした時、クラウスが静かに、しかし力強く宣言した。
「ご安心ください、バーンスタイン公爵。お嬢様は、私が責任を持って幸せにします。……いや、すでに幸せにしているつもりですが」
彼はルーアの肩を抱き寄せた。
「彼女の計算高いところも、がめついところも、仕事中毒なところも、全て含めて、私が引き受けます。……返品不可の契約でね」
ルーアは真っ赤になって俯いた。
「……か、勝手に契約を結ばないでください!」
「異議は認めん。違約金は私の『愛』で払う」
「通貨が違います!」
漫才のような二人のやり取りを見て、両親は顔を見合わせ、そして嬉しそうに笑った。
「あらあら、こりゃ入る隙間はないわねぇ」
「そうだな。筋肉自慢も詩人も出番なしだ」
こうして、王子の土下座(未遂)事件と、お見合い騒動は幕を閉じた。
ルーアとクラウスの絆は、外部からの圧力によって、より強固なもの(契約?)となったのである。
しかし。
平穏はまだ訪れない。
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