婚約破棄された悪役令嬢の甘い世界征服!

苺マカロン

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「完売でーす! 本日の分は全て売り切れましたー!」

私の声が店内に響くと、並んでいた客たちから「ああっ……!」「嘘だろぉぉぉ!」という阿鼻叫喚の悲鳴が上がった。

開店からわずか二時間。

用意していた五百個の焼き菓子と、限定五十個の『ギャラクシー・マカロン』は、瞬く間に客たちの胃袋へと消え去った。

「すさまじい……」

ガナッシュ様が、空っぽになったショーケースの前で呆然としている。

「まるでイナゴの群れが通り過ぎた後のようだ。……我が騎士団の整理誘導がなければ、店ごと倒壊していただろう」

「感謝します、ガナッシュ様。おかげで売上は過去最高記録を更新しました」

私はレジの中の金貨の山を見て、うっとりと目を細めた。

これだけあれば、さらに高性能なミキサーが買える。

店の増築も夢ではない。

「さて、閉店作業に入りましょうか」

私がエプロンを外そうとした、その時。

ブオオオオオオオッ――!!!

重厚な角笛の音が、森の静寂を切り裂いた。

それは、騎士団の合図ではない。

もっと格式高く、荘厳で、そして絶対的な権威を持つ音色。

「……なっ!?」

ガナッシュ様の顔色が一変した。

「この音は……まさか、王立近衛師団の『王のファンファーレ』か!?」

「王? 王様ですか?」

「なぜ陛下がこんな所へ……! 総員、最敬礼で迎えろ! 粗相があれば首が飛ぶぞ!」

ガナッシュ様が叫ぶと同時に、店外で警備をしていた辺境騎士団たちが、慌てて整列し、膝をつく音が聞こえた。

そして。

カツ、カツ、カツ……。

店のドアが、従者によって恭しく開かれる。

現れたのは、白髭を蓄え、豪華なマントを羽織った初老の男性。

その頭上には、眩いばかりの王冠が輝いている。

この国の頂点。

国王テオドール陛下、その人であった。

「……ここか」

陛下の一言で、店内の空気密度が上がった気がした。

鋭い眼光が、店内を舐めるように見回す。

「我が愚息(アレクサンドル)が、みっともない着ぐるみ姿で宣伝していた店というのは」

「いらっしゃいませ、陛下」

私は動じることなく、深々とカーテシーをした。

相手が誰であろうと、私の店に来れば「お客様」だ。

「……ふん。肝が据わっているな、ショコラ公爵令嬢」

陛下は鼻を鳴らし、カウンターへと歩み寄った。

「アレクサンドルから報告は受けている。『スイートは魔法を使って人々を惑わしている』とな」

「魔法ではありません。製菓技術です」

「さらに、『伝説の砂糖を奪い取った』とも聞いてな。……確認しに来たのだ」

陛下は、空っぽのショーケースを指差した。

「まだ残っているか? その……『ギャラクシー』とやらは」

おや?

威厳のある口調だが、その視線はショーケースの隅々まで必死に探っているように見える。

もしや、この方も……。

「申し訳ございません。先ほど完売いたしました」

「…………」

陛下が固まった。

「……か、完売?」

「はい。大盛況でして」

「……一つも? 予備は? 失敗作の端切れとかは?」

陛下の声が震えている。

「ございません。全て売り尽くしました」

ガタンッ。

陛下が膝から崩れ落ちそうになり、背後の従者が慌てて支える。

「へ、陛下! お気を確かに!」

「……馬鹿な。余は……余は、執務を放り出してまで馬車を飛ばしてきたのだぞ……。あの砂糖の味を、もう一度確かめたくて……」

おや?

「もう一度」?

私はピンときた。

「陛下。……もしかして、『星屑の砂糖』がお好きでしたか?」

陛下はハッとして、バツが悪そうに咳払いをした。

「……昔、一度だけ舐めたことがある。即位の儀式の時にな。あの上品な甘さと、弾けるような食感……。長年忘れられずにいたのだ」

陛下は遠い目をした。

「それを……お前が菓子にしたと聞いて、居ても立っても居られず……」

なんだ。

この人も結局、「甘党の血筋」ではないか。

アレクサンドル王子のスイーツ好きは、父親譲りだったのだ。

「(かわいそうな王様……)」

私は少し同情した。

国一番の権力者が、お菓子一つ食べられずに肩を落としている姿は、哀愁を誘う。

「……仕方ありませんね」

私は溜息をついた。

「ガナッシュ様、厨房の奥の『隠し棚』を開けてください」

「む? ……はっ、まさか!」

ガナッシュ様が目を見開く。

「はい。私の『おやつ用』に取っておいた最後の一つを、特別に放出します」

私は厨房から、桐箱に入った最後の『ギャラクシー・マカロン』を持ってきた。

「陛下。これがラスト・ワンです」

「おお……!!」

陛下の目が、少年のように輝いた。

「こ、これが……! 黒き宇宙に浮かぶ星々……! なんと美しい!」

陛下は震える手でマカロンを受け取ると、従者の毒見も制して、そのまま口へと運んだ。

サクッ。

パチパチパチパチッ……!

瞬間。

カラン……。

陛下の頭から、王冠が滑り落ちて床に転がった。

しかし、陛下は気づかない。

目を閉じ、両手を広げ、天を仰いでいる。

「――――見える」

陛下が厳かに呟いた。

「余の身体が……粒子となって分解され、星空へと還っていく……。これは、建国の父祖たちが見た夢か? それとも、未来への道標か?」

壮大すぎる。

ただのお菓子なのだが、国王が食べると解釈が哲学的になるらしい。

「うまい……。うまいぞ、スイート!!」

陛下が叫び、私に詰め寄った。

「余は感動した! これこそが国宝だ! いや、お前自身が国宝だ!」

「恐縮です」

「決めたぞ! アレクサンドルとの婚約破棄は正式に認める! あんな愚か者に、この才能を縛り付けるのは国家の損失だ!」

「ありがとうございます(ガッツポーズ)」

「その代わり!」

陛下は私の両肩をガシッと掴んだ。

「余の『専属パティシエ』になれ! 王宮に専用の厨房を作ってやる! 予算は青天井だ! 毎日これを作れ!」

出た。

またそのパターンだ。

しかし、私が答えるより先に、横から太い腕が伸びてきた。

「……お断りします」

ガナッシュ様だった。

彼は恐れ多くも国王の手を払いのけ(!)、私を背に庇った。

「へ、辺境伯? 何をする?」

「陛下。……スイートは、俺のパティシエです」

ガナッシュ様の目がマジだ。

「彼女は、王宮のような窮屈な場所では輝けません。この森で、自由に、好きなように焼くからこそ、この味が生まれるのです」

「……む?」

「それに」

ガナッシュ様はニヤリと笑った。

「彼女を王宮に連れて行けば……辺境騎士団五千名が、暴動を起こすかもしれませんぞ? 彼らの『糖分』を奪うことになりますからな」

「……脅しか?」

「忠言です」

陛下とガナッシュ様が睨み合う。

バチバチと火花が散るような緊張感。

しかし、先に折れたのは陛下だった。

「……くくっ、違いない」

陛下は苦笑した。

「『地獄の番犬』たちを敵に回しては、余も枕を高くして眠れんか。……わかった、諦めよう」

陛下は床に落ちた王冠を拾い上げ、埃を払って被り直した。

「だが、条件がある」

「条件?」

「週に一度……いや、三日に一度、余の元へこのマカロンを納品せよ。……もちろん、正規の値段でな」

「喜んで! 定期購入契約ですね!」

私は即座に契約書(常備している)を取り出した。

「ありがとうございます、陛下! こちらにサインをお願いします!」

「仕事が早いのう……」

陛下は呆れながらも、嬉しそうにサインをした。

こうして、私は国王という最強の「太客」を手に入れたのだ。

「では、長居をしたな。……帰るとするか」

陛下は満足げに店を出て行く。

店の外には、まだ着ぐるみ姿でへたり込んでいるアレクサンドル王子がいた。

「ち、父上……? なぜここに……?」

着ぐるみの頭を外した王子が、汗だくの顔で見上げる。

陛下は、息子を一瞥し、冷たく言い放った。

「誰だ、そちのような甘ったるい怪物は知らん」

「えっ!?」

「余の息子は、もっとマシな顔をしておる。……精進せよ、カップケーキの精霊よ」

陛下は他人のふりをして馬車に乗り込んだ。

「ち、父上ぇぇぇぇッ!!」

王子の絶叫が森に響く中、王家の馬車は砂煙を上げて去っていった。

「……ふふっ」

私はカウンターで笑いを噛み殺した。

「ざまぁみろ、ですね」

「言葉が汚いぞ、スイート」

ガナッシュ様が苦笑するが、その顔も楽しそうだ。

「だが、これで王宮からの干渉も減るだろう。陛下のお墨付きをもらったのだからな」

「ええ。これからは思う存分、お菓子作りに専念できますわ」

私はガナッシュ様を見上げた。

「守ってくださって、ありがとうございました」

「……当然だ。俺の分まで陛下に食われてはたまらんからな」

彼は照れ隠しにそっぽを向いたが、その耳が赤いことを私は見逃さなかった。

平和が戻ったカフェ『シュガー・ドリーム』。

しかし、私の野望はまだ終わらない。

王都を制し、国王を制した今。

次なるターゲットは……もしかして、海を越えた「隣国」!?

私の「甘い世界征服」は、まだ始まったばかりなのだ。
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