誘拐されて、悪役令嬢として断罪されているよです!

ハチワレ

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「……なんだ、この干からびた肉は! これが王太子の夕食か!?」

王宮の食堂に、ウィフレッドの怒声が再び響き渡った。

目の前に並んでいるのは、焼きすぎて炭のようになったステーキと、ドロドロに溶けた正体不明の野菜料理だ。
かつてマーシャが管理していた頃の、宝石のように美しく、完璧な火加減のフルコースはどこにもない。

「も、申し訳ございません! ですが、宮廷料理人の主力がこぞって『バルカ帝国には楽園がある』という書き置きを残して失踪してしまい……残ったのは見習いばかりで……」

「黙れ! あいつもこいつもマーシャ、マーシャと! あの女は国を捨てた反逆者なのだぞ!」

ウィフレッドはガタガタと震えながら、フォークを投げ捨てた。
空腹は人を狂わせる。特に、極上の味を知ってしまった後の絶望的な食事は、精神的な拷問に近かった。

「……こうなれば、もはや慈悲は無用だ。一週間後、王立学園の卒業パーティーに合わせて『断罪の儀』を執筆……いや、挙行する!」

「だ、断罪ですか? しかし、マーシャ様はまだ隣国に……」

「主役が不在だろうと関係ない! 彼女のこれまでの『悪行』を全て公表し、正式に婚約破棄と国外追放を宣言する。そして、私が真の聖女リリアと結婚することを内外に示すのだ!」

ウィフレッドは机上の「捏造された証拠書類」をバサバサと叩いた。
そこには、マーシャが王宮の食費を横領して私的な高級食材を買っていた(実際は王費を節約してやりくりしていた)などというデタラメが書き連ねられている。

「……ところで殿下。肝心のリリア様ですが、まだ『視察』からお戻りになりません」

「ふん、リリアは今、民を癒やすために国境付近で祈りを捧げているのだ。当日までには、神の光を纏って帰還するに決まっている!」

ウィフレッドは、自分の婚約者が隣国でジャガイモの芽を取らされているなどとは、夢にも思っていなかった。

同じ頃、バルカ帝国の砦。

「――というわけで、カイル様。王国では私を正式に『悪役』として断罪する準備が進んでいるようですわ」

マーシャは、ハンスが運んできた王国の密書を読み終えると、ふむ、と顎に手を当てた。

「……驚かないのか。国家反逆罪として、お前の名前は歴史に泥を塗られることになるんだぞ」

カイルが心配そうに覗き込むが、マーシャの関心はそこにはなかった。

「そんなことより、見てください。この断罪理由の三項目め。『マーシャ・ランドールは、王室専用の熟成庫から最高級のハムを三本盗み出した』……心外ですわ! あれは盗んだのではなく、期限が切れそうだったから私が有効活用して差し上げただけですのに!」

「……そこか。そこが一番の不満なのか」

「当然ですわ! 私は美食の守護者。食材を無駄にするなど、万死に値する冒涜です。……でも、良いことを思いつきましたわ」

マーシャは、いたずらっぽく目を細めてカイルを見上げた。

「カイル様。その断罪の儀式……私も出席してもよろしいかしら?」

「何……? 正気か。敵地のど真ん中だぞ。捕まったらどうする」

「あら、カイル様という最強の護衛がいらっしゃるではありませんか。それに、あんなデタラメな理由で私の美食家(グルメ)としての名誉を傷つけられるのは我慢なりません。……きっちり、これまでの『立替金』と『慰謝料』を請求して差し上げなくては」

マーシャは懐から、一冊の分厚い手帳を取り出した。
そこには、彼女が王宮で節約してきた金額と、ウィフレッドのわがままで無駄になった食材のリストが、一分一厘の狂いもなく記録されていた。

「……それは、もはや請求書という名の鈍器だな」

「ええ。バルカ帝国の皇太子妃候補として、恥ずかしくないだけの『持参金』をあちらから毟り取って差し上げますわ」

「ははっ、いいだろう。お前がそう言うなら、俺の精鋭部隊を総動員して、最高の舞台を用意してやろうじゃないか」

カイルはマーシャの腰をぐいと引き寄せ、その額に軽くキスをした。

「……王国には、教えてやらんとな。お前を捨てたことが、どれほど高くつく代償だったかを」

「頼りにしておりますわ、カイル様。……あ、その前に。潜入には体力が必要ですから、今夜は脂の乗った『鴨のロースト』にしましょう。バルドさんに準備を頼んできますわ!」

「……ああ、わかった。お前の胃袋が満足するなら、どこへでも連れて行くよ」

一週間後、王国の卒業パーティー。
そこには、かつてない絶望と、そして最高に「美味しい」大逆転劇が待ち構えていることを、ウィフレッドたちはまだ知らない。

「ハンスさん! 潜入用の衣装は、お腹周りが苦しくないものを用意してくださいね。パーティーのビュッフェも味見しなくてはなりませんから!」

「はっ! 伸縮性に優れた最高級の特注品を準備いたしました、マーシャ様!」

主役不在のはずの断罪劇は、いつの間にか「美食の女神」による復讐劇へと書き換えられようとしていた。
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