誘拐されて、悪役令嬢として断罪されているよです!

ハチワレ

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「……はぁ、はぁ。見てください、マーシャ。この完璧なジャガイモの選別を。私、なんだかこの作業に魂の平穏を感じるようになりましたわ……」

砦の菜園で、リリアが虚ろな目で呟いた。
泥にまみれた聖女の指先は、今やプロの農家も驚くほどの速度でジャガイモの芽を弾き飛ばしている。

「素晴らしい成長ですわ、リリア様。その集中力があれば、どこへ行っても食べていけますわね」

マーシャは、冷たく冷やした自家製レモネードを差し出しながら、リリアの隣に腰を下ろした。

「……それで、リリア様。一つ気になっていたのですけれど。ウィフレッド殿下は、一体私の何が気に入らなくて、あんな手の込んだ罪状を捏造(ねつぞう)なさったのかしら?」

リリアはレモネードを一気に飲み干すと、ぷはーっと下品に息を吐いて笑った。

「決まってますわ。あなたが『怖かった』んですってよ」

「……私が? こんなに穏やかで食いしん坊なだけの令嬢が?」

「ええ。殿下が深夜にこっそり食べようとした夜食を、あなたが『栄養バランスが悪い』と言って没収し、代わりに不味い青汁を飲ませたことが決定打だったらしいわ」

マーシャは記憶を辿った。
確かに、偏食の激しい王太子の健康を案じて、特製のケールスープを振る舞った記憶はある。

「……あれは最高のデトックススープでしたのに。それで『悪逆非道の毒婦』呼ばわりですの?」

「それだけじゃないわ。公式の罪状にはこう書かれる予定よ。『マーシャ・ランドールは、王室秘蔵の最高級マンゴーを独占し、殿下に一口も分け与えず完食した』――これよ!」

その瞬間、マーシャの周囲の空気が凍りついた。
背後で密かに護衛していたハンスが、思わず数歩下がるほどの威圧感である。

「…………なんですって?」

マーシャの声は、低く、そして静かに怒りに震えていた。

「ま、マーシャ……? やっぱり、悪女呼ばわりされるのはショックだったのね?」

「リリア様。……私の怒りは、そんな次元ではありませんわ。……あのマンゴー、追熟が足りなくて糖度が15度しかなかったのよ! あんな『二流品』を私が完食しただなんて、美食家としての名誉毀損ですわ!」

「……そこ!? 怒るところ、そこなの!?」

リリアがひっくり返りそうになる中、マーシャは立ち上がり、空のグラスを握りしめた。

「許せませんわ……。私の舌が、あんな未熟な果実で満足すると思われているなんて。ウィフレッド殿下、私を侮るにも程がありますわ!」

「マーシャ、落ち着け。……というか、お前の怒りの沸点が相変わらず理解不能だ」

苦笑しながら現れたのは、旅支度を整えたカイルだった。

「カイル様! 聞いてくださいませ。あの方は私の名誉を、あろうことか『糖度の低いマンゴー』で傷つけようとしたのです!」

「……ああ、わかった。その復讐は、王国の王宮でたっぷりしてやればいい。……準備は整った。これから秘密の通路を通って、王国の首都へと向かう」

カイルは、マーシャの肩を優しく抱き寄せた。

「お前の『食のプライド』を取り戻しに行こう。……もちろん、俺も全力でサポートする」

「カイル様……。ありがとうございます。……あ、道中の馬車で食べるお弁当は、カツサンドでよろしいかしら?」

「ああ。お前が作るなら、何でもいい」

カイルの甘い言葉に、マーシャは瞬時に機嫌を直した。

「ハンスさん! リリア様! 出発ですわよ。あ、リリア様も連れて行きますからね。あなたの『ジャガイモの芽取り技術』を、王国の皆様にも披露して差し上げなくては」

「ええええっ!? 私、あんな国に帰ったら、また不味い料理を作らされるじゃない! 嫌よ、私はここでジャガイモと添い遂げるわ!」

「問答無用ですわ」

マーシャは、嫌がるリリアをハンスに担がせると、意気揚々と砦の門へと向かった。

目指すは、自分を断罪しようとしている愚かな元婚約者の待つ王都。
マーシャの胸に燃えるのは、国への未練ではなく、「デタラメなメニューを修正してやる」という、料理評論家さながらの執念であった。

「待っていなさい、ウィフレッド殿下。……あなたの用意した卒業パーティーのビュッフェ、私が隅から隅まで厳しく査定して差し上げますわ!」

こうして、バルカ帝国の皇太子と、怒れる美食令嬢による「断罪阻止ツアー」が幕を開けた。
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