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「……何ですか、この惨状は。ここは厨房ではなく、生ゴミの集積所かしら?」
王宮の地下にある巨大な厨房。
臨時スタッフとして潜入したマーシャは、一歩足を踏み入れるなり、ハンカチで鼻を押さえて絶句した。
かつて彼女が厳格に管理し、常に磨き上げられていた銀の調理器具は曇り、床には野菜の屑が散らばっている。
何より、漂ってくる匂いが「焦げ」と「酸味」の混ざった不快なものだった。
「ひ、ひぃぃ! 頼む、誰でもいいからこのソースを何とかしてくれ! 殿下が十五分おきに『まだか』と催促に来るんだ!」
厨房の中央では、若手と思われる料理人が、分離して無惨な姿になったベアルネーズソースを前に泣き叫んでいた。
「……ハンスさん。あれを放っておくのは、私の美的センスが許しませんわ」
「承知いたしました、マーシャ様。……おい、お前。そこをどけ。素人が鍋に触るな」
変装したハンスが、凄まじい威圧感で料理人を突き飛ばすと、代わりに行平鍋を握った。
彼はマーシャの指導により、今や「攪拌(かくはん)の魔術師」と呼ばれてもおかしくない腕前になっていたのだ。
「リリア様、あなたも遊んでいないで。そこの山積みのジャガイモ、五分以内にすべて芽を取って皮を剥いてちょうだい」
「わ、わかってるわよ! 今の私には、このジャガイモたちが『断罪されるべき敵』に見えるんだから!」
リリアはもはや聖女の欠片もない手つきで、超高速のジャガイモ処理を開始した。
砦での「修業」は、彼女を立派な戦力へと変えていた。
マーシャは、メインのコンロの前に陣取ると、周囲の料理人たちを鋭い眼光で射抜いた。
「いいですか、皆様。今から私がこのパーティーのメインディッシュを立て直します。不満がある方は今すぐ去りなさい。残る方は、死ぬ気で私の指示に従うことですわ!」
「な、なんだあんたは! ただの臨時スタッフの分際で……」
「――黙りなさい。この肉の焼き加減もわからない無能に、口出しする権利はありませんわ!」
マーシャがフライパンを叩きつけると、その気迫に全員が縮み上がった。
彼女は瞬時に、死にかけの厨房を「戦場」へと作り変えた。
「ハンスさん、そのソースにわずかなエストラゴンを。リリア様、マッシュポテトの裏ごしはもっと丁寧に! ……さあ、本物の『美食』をあの愚か者たちに見せつけて差し上げますわよ!」
その頃、厨房の入り口で衛兵に変装して見張りをしていたカイルは、苦笑しながら廊下を見つめていた。
「……潜入調査というより、ただの厨房乗っ取りだな、これは」
カイルは、マーシャが楽しそうに(そして恐ろしい顔で)指示を飛ばす声を聞きながら、腰の剣を微調整した。
彼の役割は、彼女が「料理に集中しすぎて背後を疎かにした時」の守護神だ。
「……カイル様、こちらです」
影の中から、バルカ帝国の隠密部隊が現れた。
彼らはすでに城内の重要拠点に配置を完了している。
「よし。パーティーが最高潮に達し、ウィフレッドがマーシャの断罪を宣言した瞬間……我々も『お掃除』を開始する。……それまでは、彼女に存分に腕を振るわせろ」
「はっ!」
厨房からは、次第に香ばしい、そして暴力的なまでに食欲をそそる香りが漂い始めていた。
それは、飢えた王宮の人々を誘い出す、甘い罠のような香り。
「ふふっ。準備は整いましたわ」
マーシャは、完成した一皿の肉料理を見つめ、不敵に微笑んだ。
「ウィフレッド殿下。……これが、あなたが手放した『最高の宝物』の味ですわよ。……せいぜい、喉に詰まらせないように召し上がってくださいませ」
パーティー開始の鐘が鳴り響く。
地獄の厨房から、最高に「悪役」らしいフルコースが運び出されようとしていた。
王宮の地下にある巨大な厨房。
臨時スタッフとして潜入したマーシャは、一歩足を踏み入れるなり、ハンカチで鼻を押さえて絶句した。
かつて彼女が厳格に管理し、常に磨き上げられていた銀の調理器具は曇り、床には野菜の屑が散らばっている。
何より、漂ってくる匂いが「焦げ」と「酸味」の混ざった不快なものだった。
「ひ、ひぃぃ! 頼む、誰でもいいからこのソースを何とかしてくれ! 殿下が十五分おきに『まだか』と催促に来るんだ!」
厨房の中央では、若手と思われる料理人が、分離して無惨な姿になったベアルネーズソースを前に泣き叫んでいた。
「……ハンスさん。あれを放っておくのは、私の美的センスが許しませんわ」
「承知いたしました、マーシャ様。……おい、お前。そこをどけ。素人が鍋に触るな」
変装したハンスが、凄まじい威圧感で料理人を突き飛ばすと、代わりに行平鍋を握った。
彼はマーシャの指導により、今や「攪拌(かくはん)の魔術師」と呼ばれてもおかしくない腕前になっていたのだ。
「リリア様、あなたも遊んでいないで。そこの山積みのジャガイモ、五分以内にすべて芽を取って皮を剥いてちょうだい」
「わ、わかってるわよ! 今の私には、このジャガイモたちが『断罪されるべき敵』に見えるんだから!」
リリアはもはや聖女の欠片もない手つきで、超高速のジャガイモ処理を開始した。
砦での「修業」は、彼女を立派な戦力へと変えていた。
マーシャは、メインのコンロの前に陣取ると、周囲の料理人たちを鋭い眼光で射抜いた。
「いいですか、皆様。今から私がこのパーティーのメインディッシュを立て直します。不満がある方は今すぐ去りなさい。残る方は、死ぬ気で私の指示に従うことですわ!」
「な、なんだあんたは! ただの臨時スタッフの分際で……」
「――黙りなさい。この肉の焼き加減もわからない無能に、口出しする権利はありませんわ!」
マーシャがフライパンを叩きつけると、その気迫に全員が縮み上がった。
彼女は瞬時に、死にかけの厨房を「戦場」へと作り変えた。
「ハンスさん、そのソースにわずかなエストラゴンを。リリア様、マッシュポテトの裏ごしはもっと丁寧に! ……さあ、本物の『美食』をあの愚か者たちに見せつけて差し上げますわよ!」
その頃、厨房の入り口で衛兵に変装して見張りをしていたカイルは、苦笑しながら廊下を見つめていた。
「……潜入調査というより、ただの厨房乗っ取りだな、これは」
カイルは、マーシャが楽しそうに(そして恐ろしい顔で)指示を飛ばす声を聞きながら、腰の剣を微調整した。
彼の役割は、彼女が「料理に集中しすぎて背後を疎かにした時」の守護神だ。
「……カイル様、こちらです」
影の中から、バルカ帝国の隠密部隊が現れた。
彼らはすでに城内の重要拠点に配置を完了している。
「よし。パーティーが最高潮に達し、ウィフレッドがマーシャの断罪を宣言した瞬間……我々も『お掃除』を開始する。……それまでは、彼女に存分に腕を振るわせろ」
「はっ!」
厨房からは、次第に香ばしい、そして暴力的なまでに食欲をそそる香りが漂い始めていた。
それは、飢えた王宮の人々を誘い出す、甘い罠のような香り。
「ふふっ。準備は整いましたわ」
マーシャは、完成した一皿の肉料理を見つめ、不敵に微笑んだ。
「ウィフレッド殿下。……これが、あなたが手放した『最高の宝物』の味ですわよ。……せいぜい、喉に詰まらせないように召し上がってくださいませ」
パーティー開始の鐘が鳴り響く。
地獄の厨房から、最高に「悪役」らしいフルコースが運び出されようとしていた。
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