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「せ、精算だと……!? この期に及んで、何を馬鹿なことを言っている!」
ウィフレッドは顔を引き攣らせ、震える指でマーシャを指差した。
会場の貴族たちも、手に持ったフォークを止めて呆然としている。
断罪劇という人生の重大局面において、金の話を持ち出す令嬢など前代未聞だったからだ。
「馬鹿なことではありませんわ。私は公爵令嬢である前に、一人の誇り高き美食家。そして、ランドール家の家計を預かってきた実務家ですもの。……ハンスさん、例のものを」
「はっ。こちらに」
変装を解いたハンスが、恭しく一巻の羊皮紙を差し出した。
マーシャがそれを解き放つと、巻物は床を転がり、祭壇の端から入り口付近まで、果てしなく伸びていった。
「な、なんだその長さは……!」
「これまでの十年間、あなたが我が家の温室や熟成庫から勝手に持ち出した食材、及び私の管理下で無償提供された夜食の総計ですわ。……見てください。ここ、五年前の『深夜のフライドチキン、特製ハニーマスタード添え』。これも私の私費で賄われておりますのよ?」
マーシャは冷徹な目でウィフレッドを射抜いた。
「さらに、今回私を追放するために使われた捏造資料の作成費用……これも元を辿ればランドール家が納めた税金から出ておりますわね。……当然、返還を要求いたしますわ」
「ふ、ふざけるな! 婚約者として当然の権利だろう! それに貴様は国費を横領していたではないか!」
「横領? 失礼ね。私は王宮の無駄な装飾費を削って、それをすべて『まともなバター』の購入に充てただけですわ。……おかげで、あなたの肌艶は見違えるほど良くなったはずですけれど?」
マーシャの論理的な反論に、ウィフレッドは言葉を詰まらせた。
確かに、彼女が管理を始めてから、王宮の食事の質は劇的に上がり、ウィフレッド自身の虚弱体質も改善していたのだ。
「……そ、それにしても、リリアへの毒殺未遂はどう説明する! リリアは今も、貴様の呪いで心身を病み……」
「呪い? ああ、後ろにいるこの子のことですかしら」
マーシャがひょいと横にどくと、そこには虚ろな目で泥だらけの服を着たリリアが立っていた。
彼女は周囲の視線に気づくと、ハッと顔を上げ、懐から一つのみずみずしい物体を取り出した。
「……ジャガイモ。……ねえ、ウィフレッド様。このジャガイモ、見て。芽を完璧に取ったの。……これなら、もう誰も毒でお腹を壊さないわ……。ふふ、ふふふふ!」
リリアが狂気を感じさせる笑顔でジャガイモを突き出すと、会場の貴族たちは悲鳴を上げて後退りした。
「リ、リリア……!? その格好は、一体……」
「殿下。彼女が病んだのは呪いなどではなく、単なる『料理の基礎知識の欠如』による自責の念……と、私の元でのジャガイモ修業の結果ですわ」
マーシャは冷ややかに告げた。
「彼女が作った料理で人々が倒れたのは、単に彼女が『洗っていない毒キノコ』を隠し味に入れたからです。……それを私のせいにされては、毒殺界のプロの方々にも失礼ですわ」
「ど、毒殺界のプロ……?」
ウィフレッドの顔が青ざめていく。
マーシャの背後には、先ほどから圧倒的な存在感を放つ衛兵姿の男――カイルが、静かに剣の柄に手をかけて立っていた。
「……おい、ウィフレッド。人の婚約者候補(・ ・ ・)に、ずいぶん勝手な言いがかりをつけてくれたな」
カイルがゆっくりと兜を脱ぐと、その下から現れたのは、バルカ帝国の第一皇太子としての威厳に満ちた素顔だった。
「ひっ……!? ば、バルカ帝国の、カイル皇太子……!?」
会場に戦慄が走る。
小国の王太子に過ぎないウィフレッドにとって、強大国の皇太子は、逆立ちしても敵わない相手だった。
「彼女は今、我が帝国の国賓であり、将来の皇太子妃としても検討されている。……その彼女を『悪女』と呼び、あまつさえ金銭的な負債まで押し付けようとは。……これは、我が帝国に対する侮辱と受け取っていいのだな?」
「い、いえ! これはその、国内の問題でして……!」
「国内の問題? いいえ、経済の問題ですわ」
マーシャは容赦なく請求書をウィフレッドの鼻先に突きつけた。
「さあ、殿下。この合計金額……金貨五万枚。今すぐキャッシュでお支払いいただけますかしら? ……あ、お支払いが無理でしたら、その王冠を担保にいただいてもよろしくてよ?」
「き、金貨五万枚……!? そんな金、今の王宮にあるわけがないだろう!」
ウィフレッドの悲鳴のような叫びが、静まり返った会場に虚しく響いた。
マーシャは満足そうに微笑み、カイルの腕にそっと手を添えた。
「あら、残念。……カイル様。どうやらこの国には、私を養うだけの『甲斐性』も『予算』も残っていないようですわ」
「そうだな。……では、マーシャ。こんな不味い料理しか出せない国、今すぐお掃除(・ ・ ・)して、俺と一緒に帰るとしようか」
カイルの合図とともに、会場の四方に潜んでいたバルカの精鋭たちが一斉に姿を現した。
断罪されるはずだったマーシャが、今やこの場を完全に支配していた。
ウィフレッドは崩れ落ち、リリアはなおもジャガイモの素晴らしさを説き続けている。
美食の女神の怒りは、王国を経済的にも精神的にも、完膚なきまでに叩き潰したのである。
ウィフレッドは顔を引き攣らせ、震える指でマーシャを指差した。
会場の貴族たちも、手に持ったフォークを止めて呆然としている。
断罪劇という人生の重大局面において、金の話を持ち出す令嬢など前代未聞だったからだ。
「馬鹿なことではありませんわ。私は公爵令嬢である前に、一人の誇り高き美食家。そして、ランドール家の家計を預かってきた実務家ですもの。……ハンスさん、例のものを」
「はっ。こちらに」
変装を解いたハンスが、恭しく一巻の羊皮紙を差し出した。
マーシャがそれを解き放つと、巻物は床を転がり、祭壇の端から入り口付近まで、果てしなく伸びていった。
「な、なんだその長さは……!」
「これまでの十年間、あなたが我が家の温室や熟成庫から勝手に持ち出した食材、及び私の管理下で無償提供された夜食の総計ですわ。……見てください。ここ、五年前の『深夜のフライドチキン、特製ハニーマスタード添え』。これも私の私費で賄われておりますのよ?」
マーシャは冷徹な目でウィフレッドを射抜いた。
「さらに、今回私を追放するために使われた捏造資料の作成費用……これも元を辿ればランドール家が納めた税金から出ておりますわね。……当然、返還を要求いたしますわ」
「ふ、ふざけるな! 婚約者として当然の権利だろう! それに貴様は国費を横領していたではないか!」
「横領? 失礼ね。私は王宮の無駄な装飾費を削って、それをすべて『まともなバター』の購入に充てただけですわ。……おかげで、あなたの肌艶は見違えるほど良くなったはずですけれど?」
マーシャの論理的な反論に、ウィフレッドは言葉を詰まらせた。
確かに、彼女が管理を始めてから、王宮の食事の質は劇的に上がり、ウィフレッド自身の虚弱体質も改善していたのだ。
「……そ、それにしても、リリアへの毒殺未遂はどう説明する! リリアは今も、貴様の呪いで心身を病み……」
「呪い? ああ、後ろにいるこの子のことですかしら」
マーシャがひょいと横にどくと、そこには虚ろな目で泥だらけの服を着たリリアが立っていた。
彼女は周囲の視線に気づくと、ハッと顔を上げ、懐から一つのみずみずしい物体を取り出した。
「……ジャガイモ。……ねえ、ウィフレッド様。このジャガイモ、見て。芽を完璧に取ったの。……これなら、もう誰も毒でお腹を壊さないわ……。ふふ、ふふふふ!」
リリアが狂気を感じさせる笑顔でジャガイモを突き出すと、会場の貴族たちは悲鳴を上げて後退りした。
「リ、リリア……!? その格好は、一体……」
「殿下。彼女が病んだのは呪いなどではなく、単なる『料理の基礎知識の欠如』による自責の念……と、私の元でのジャガイモ修業の結果ですわ」
マーシャは冷ややかに告げた。
「彼女が作った料理で人々が倒れたのは、単に彼女が『洗っていない毒キノコ』を隠し味に入れたからです。……それを私のせいにされては、毒殺界のプロの方々にも失礼ですわ」
「ど、毒殺界のプロ……?」
ウィフレッドの顔が青ざめていく。
マーシャの背後には、先ほどから圧倒的な存在感を放つ衛兵姿の男――カイルが、静かに剣の柄に手をかけて立っていた。
「……おい、ウィフレッド。人の婚約者候補(・ ・ ・)に、ずいぶん勝手な言いがかりをつけてくれたな」
カイルがゆっくりと兜を脱ぐと、その下から現れたのは、バルカ帝国の第一皇太子としての威厳に満ちた素顔だった。
「ひっ……!? ば、バルカ帝国の、カイル皇太子……!?」
会場に戦慄が走る。
小国の王太子に過ぎないウィフレッドにとって、強大国の皇太子は、逆立ちしても敵わない相手だった。
「彼女は今、我が帝国の国賓であり、将来の皇太子妃としても検討されている。……その彼女を『悪女』と呼び、あまつさえ金銭的な負債まで押し付けようとは。……これは、我が帝国に対する侮辱と受け取っていいのだな?」
「い、いえ! これはその、国内の問題でして……!」
「国内の問題? いいえ、経済の問題ですわ」
マーシャは容赦なく請求書をウィフレッドの鼻先に突きつけた。
「さあ、殿下。この合計金額……金貨五万枚。今すぐキャッシュでお支払いいただけますかしら? ……あ、お支払いが無理でしたら、その王冠を担保にいただいてもよろしくてよ?」
「き、金貨五万枚……!? そんな金、今の王宮にあるわけがないだろう!」
ウィフレッドの悲鳴のような叫びが、静まり返った会場に虚しく響いた。
マーシャは満足そうに微笑み、カイルの腕にそっと手を添えた。
「あら、残念。……カイル様。どうやらこの国には、私を養うだけの『甲斐性』も『予算』も残っていないようですわ」
「そうだな。……では、マーシャ。こんな不味い料理しか出せない国、今すぐお掃除(・ ・ ・)して、俺と一緒に帰るとしようか」
カイルの合図とともに、会場の四方に潜んでいたバルカの精鋭たちが一斉に姿を現した。
断罪されるはずだったマーシャが、今やこの場を完全に支配していた。
ウィフレッドは崩れ落ち、リリアはなおもジャガイモの素晴らしさを説き続けている。
美食の女神の怒りは、王国を経済的にも精神的にも、完膚なきまでに叩き潰したのである。
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