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「……ええい、衛兵! 何をしている、この不届き者共を捕らえよ!」
ウィフレッドが絶叫する。しかし、会場の入り口に並んだ衛兵たちは、ピクリとも動かない。
それどころか、彼らの口元には微かに「パン屑」がついており、どこか満足げな表情で遠くを見つめていた。
「無駄だぞ、ウィフレッド。お前の配下の衛兵たちは、先ほどマーシャが差し入れた『特製ローストビーフサンド』の味に陥落した。……腹を空かせた男たちに、あんな暴力的な美味を食わせて、なおもお前に忠誠を誓えというのは酷な話だ」
カイルが冷ややかに言い放つと、衛兵の一人が「……あんなに柔らかい肉、初めて食べました」と小さく呟いた。
「き、貴様ら……! たかが肉ごときで王家を裏切るというのか!」
「殿下。食べ物の恨みと恩義を甘く見てはいけませんわ」
マーシャは一歩前に出ると、周囲の貴族たちに向けて、さらに別の書類をばら撒いた。
「皆様、ご覧なさい。これがウィフレッド殿下がリリア様のために使い込んだ『聖女予算』の内訳ですわ。……聖なる水と称して輸入されたのは、ただの高価な砂糖水。人々の癒やしのためと言って買い占められた薬草は、すべてリリア様の『香水』の原料になっておりますの」
貴族たちが、慌てて足元の書類を拾い上げる。
「な……なんだと!? 我々が重税に喘いでいる間に、こんな贅沢を……!」
「しかも、マーシャ様が管理されていた頃よりも、王宮の維持費が三倍に跳ね上がっているじゃないか!」
会場に、ウィフレッドへの非難の怒号が渦巻き始めた。
「嘘だ! それは捏造だ! 私は……私は、この国を救おうとしただけだ!」
「救おうとして、この惨状ですの? ……殿下、あなたが私の実家から奪った『熟成庫の鍵』。あれを返していただきましょうか。……あの中には、私の愛した『三百年物のバルサミコ酢』があるのですから」
マーシャが静かに手を差し出すと、ウィフレッドはガタガタと震えながら腰のベルトから鍵束を落とした。
それをハンスが素早く拾い上げ、マーシャに恭しく手渡す。
「……マーシャ様。これで公爵家の『食の尊厳』は守られました」
「ええ、ありがとうハンスさん。……さあ、ウィフレッド殿下。これで終わりですわ」
マーシャは、冷え切ったスープを一口だけ掬うと、それを床に捨てた。
「味のわからないあなたに、この国を統治する資格はありません。……皆様、私はこれよりバルカ帝国へ参ります。あちらには、私の才能を認め、共に美味しいものを追求してくださる皇太子殿下がいらっしゃいますもの」
「マーシャ様! 行かないでください!」
「あ、あのレシピ……! あのソースの作り方だけでも教えていってください!」
これまでの罵倒が嘘のように、貴族たちがマーシャのドレスの裾に縋り付こうとする。しかし、カイルがそれを鋭い眼光で制した。
「……遅すぎる。お前たちが彼女を追い出したその瞬間に、この国の『美食の光』は消えたんだ」
カイルはマーシャの腰を抱き寄せ、軽やかにエスコートする。
「行こう、マーシャ。バルカでは、お前のために最高級の『スモークサーモン』が届いているはずだ」
「まあ、カイル様! 早くおっしゃってくださればよろしいのに! 急ぎましょう!」
マーシャは、崩れ落ちるウィフレッドや、なおもジャガイモを撫で回しているリリアには一瞥もくれず、颯爽と会場を後にした。
その背中に向かって、王国の民たちの、そして貴族たちの、切実な空腹の叫びが虚しく響き渡っていた。
「……ああ。明日から、またあの不味い豆料理に戻るのか……」
王国の真実。それは、正義や愛よりも先に「胃袋の喪失」という形で、彼らの心に深く、塩っぱい後悔を刻み込んだのである。
ウィフレッドが絶叫する。しかし、会場の入り口に並んだ衛兵たちは、ピクリとも動かない。
それどころか、彼らの口元には微かに「パン屑」がついており、どこか満足げな表情で遠くを見つめていた。
「無駄だぞ、ウィフレッド。お前の配下の衛兵たちは、先ほどマーシャが差し入れた『特製ローストビーフサンド』の味に陥落した。……腹を空かせた男たちに、あんな暴力的な美味を食わせて、なおもお前に忠誠を誓えというのは酷な話だ」
カイルが冷ややかに言い放つと、衛兵の一人が「……あんなに柔らかい肉、初めて食べました」と小さく呟いた。
「き、貴様ら……! たかが肉ごときで王家を裏切るというのか!」
「殿下。食べ物の恨みと恩義を甘く見てはいけませんわ」
マーシャは一歩前に出ると、周囲の貴族たちに向けて、さらに別の書類をばら撒いた。
「皆様、ご覧なさい。これがウィフレッド殿下がリリア様のために使い込んだ『聖女予算』の内訳ですわ。……聖なる水と称して輸入されたのは、ただの高価な砂糖水。人々の癒やしのためと言って買い占められた薬草は、すべてリリア様の『香水』の原料になっておりますの」
貴族たちが、慌てて足元の書類を拾い上げる。
「な……なんだと!? 我々が重税に喘いでいる間に、こんな贅沢を……!」
「しかも、マーシャ様が管理されていた頃よりも、王宮の維持費が三倍に跳ね上がっているじゃないか!」
会場に、ウィフレッドへの非難の怒号が渦巻き始めた。
「嘘だ! それは捏造だ! 私は……私は、この国を救おうとしただけだ!」
「救おうとして、この惨状ですの? ……殿下、あなたが私の実家から奪った『熟成庫の鍵』。あれを返していただきましょうか。……あの中には、私の愛した『三百年物のバルサミコ酢』があるのですから」
マーシャが静かに手を差し出すと、ウィフレッドはガタガタと震えながら腰のベルトから鍵束を落とした。
それをハンスが素早く拾い上げ、マーシャに恭しく手渡す。
「……マーシャ様。これで公爵家の『食の尊厳』は守られました」
「ええ、ありがとうハンスさん。……さあ、ウィフレッド殿下。これで終わりですわ」
マーシャは、冷え切ったスープを一口だけ掬うと、それを床に捨てた。
「味のわからないあなたに、この国を統治する資格はありません。……皆様、私はこれよりバルカ帝国へ参ります。あちらには、私の才能を認め、共に美味しいものを追求してくださる皇太子殿下がいらっしゃいますもの」
「マーシャ様! 行かないでください!」
「あ、あのレシピ……! あのソースの作り方だけでも教えていってください!」
これまでの罵倒が嘘のように、貴族たちがマーシャのドレスの裾に縋り付こうとする。しかし、カイルがそれを鋭い眼光で制した。
「……遅すぎる。お前たちが彼女を追い出したその瞬間に、この国の『美食の光』は消えたんだ」
カイルはマーシャの腰を抱き寄せ、軽やかにエスコートする。
「行こう、マーシャ。バルカでは、お前のために最高級の『スモークサーモン』が届いているはずだ」
「まあ、カイル様! 早くおっしゃってくださればよろしいのに! 急ぎましょう!」
マーシャは、崩れ落ちるウィフレッドや、なおもジャガイモを撫で回しているリリアには一瞥もくれず、颯爽と会場を後にした。
その背中に向かって、王国の民たちの、そして貴族たちの、切実な空腹の叫びが虚しく響き渡っていた。
「……ああ。明日から、またあの不味い豆料理に戻るのか……」
王国の真実。それは、正義や愛よりも先に「胃袋の喪失」という形で、彼らの心に深く、塩っぱい後悔を刻み込んだのである。
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