殿下、私以外の誰かを愛してください。

ハチワレ

文字の大きさ
17 / 28

17

しおりを挟む
「……もう、ここがどこなのかも分かりませんわ。ミリー様、空気が薄い気がします」


ラブリーは、標高三千メートルを超える聖峰の頂(いただき)に立っていました。
周囲には雲が流れ、神々しい静寂が支配する場所。
そこで彼女を待っていたのは、背中に巨大な聖剣を背負い、全身から黄金のオーラを放つ美青年でした。


隣国の伝説、魔王を討ち果たした勇者・アルカディア。


「ラブリー様、彼こそが究極の護衛対象ですわ。世界を救った力があれば、殿下の過干渉という名の魔の手からも、きっと守ってくださるはずですわ!」


ミリーが、酸欠になりかけながらもメモ帳に『候補者⑩:ガチの勇者』と書き込みました。
アルカディアは、その凛々しい眉を上げ、ラブリーへ手を差し伸べました。


「ラブリー殿。君の噂は聞いている。殿下に捨てられ、行き場を失った孤独な魂……。案ずることはない。俺がその聖剣で、君の行く手を阻むすべての障害を切り裂いてみせよう。たとえそれが、王家の執念であろうともな!」


「聖剣で切り裂く……! なんて頼もしい響きなのかしら。勇者様、ぜひ私を連れて行ってくださいませ! 伝説の英雄の隣なら、いかなる王子も手出しはできますまい!」


ラブリーが歓喜に震え、アルカディアの手を取ろうとしたその瞬間です。
アルカディアが背負っていた、神代の金属で出来ているはずの「聖剣の箱」が、内側から凄まじい力で弾け飛びました。


「……待ちなさい。その『障害』、私がすでに殲滅済みだよ」


「殿下!? 今度は勇者の武器庫の中に潜伏ですの!? 聖剣が、聖剣が真っ二つに折れていますわよ!」


中から現れたのは、勇者よりも勇者らしい「超・伝説級(自作)」の魔導甲冑に身を包んだクロードでした。
その手には、聖剣よりも遥かに禍々しい……いや、眩しく輝く「対・勇者用ラブリー守護剣」が握られていました。


「邪魔をしているわけではないよ、ラブリー。私はただ、君を護る者の『火力不足』を懸念しているだけだ。……アルカディア君。君は魔王を倒したそうだが、彼女の『寝癖』一つ直すための繊細な魔法制御はできるのかい?」


「……寝癖? 俺は邪悪な魔力を断つための剣技を極めた男だ。髪の手入れなど、侍女の仕事だろう!」


「却下だ。ラブリーの髪は非常に繊細なシルク構造をしている。……私はすでに、彼女の髪一本一本に『自動修復・常時艶出し魔法』を付与し、風が吹くたびに彼女の好きな花の香りが漂う『全自動芳香粒子散布システム』を構築済みだ。君に、これほどの精密な加護ができるのかい?」


「殿下、それ、加護じゃなくてただの魔改造ですわ! 私は歩く香水瓶ではありませんわよ!」


「ラブリー様、殿下の執念が、ついに神の領域を超えてしまいましたわ……」


ミリーが酸素を求める魚のように口をパクパクさせながら追記しました。
アルカディアは、己の愛剣が、クロードの「執着という名の物理的な重圧」で粉砕されたことに、膝を突きました。


「……ば、馬鹿な。この聖剣は、世界を救うために女神から授かったものだぞ。それを、一個人の執念が上回るというのか……!?」


「世界を救う? 私は彼女の『機嫌』を救いたいだけだよ。アルカディア君。君は魔王と戦ったそうだが、彼女が『おやつがない』と拗ねた時の、あの絶望的な空気感に耐えられるのかい? 私はその瞬間のために、世界の食料事情を裏で操作し、彼女の好物であるイチゴの品種改良を三十年分先取りさせているんだが」


「品種改良を三十年!? 殿下、公務員どころか、もはや創造主の真似事をしていますわ!」


「さあ、アルカディア君。君に、彼女の笑顔をたった一秒守るために、因果律を書き換え、歴史を再編する覚悟があるのかい?」


「……無い。そんな、たった一人の女のために世界を改変するような狂気、俺の辞書には無い……! 降参だ。俺は世界を救ったが、貴様は一人の女のために世界を滅ぼしかねない。……貴様こそが、真の魔王だ!」


伝説の勇者は、初めて「勝てない敵」を目の当たりにし、涙を流しながら断崖から飛び去って(飛行魔法で)いきました。
またしても、クロードによる「執着が産んだ神殺し」の勝利です。


「……殿下。もう、この世界にまともな男は残っていませんわ。勇者様ですら逃げ出すお見合いなんて、最初から詰んでいましたのね」


ラブリーが虚無の瞳で空を見つめると、クロードは優しく、そして逃がさない強さで彼女の腰を抱き寄せました。


「何を言うんだ、ラブリー。私は君に『最高』を見つけたいだけなんだ。……さて、これで候補者はすべて終了だね」


「……終わりましたの? ついに、この地獄のようなお見合い合戦が?」


ラブリーが安堵の息を漏らしたその時、ミリーが慌てた様子でメモ帳の最終ページをめくりました。


「ま、お待ちください! ラブリー様! まだお一人、お名前が載っていない候補者が……。あ、あれ? この名前は……」


「……おや。リストの最後に、とびきり相応しい男が残っていたようだね」


クロードが、今までにないほど不敵で、甘やかな微笑みを浮かべました。
自由を求めたラブリーの旅路。
そのゴール地点に待ち構えていたのは、皮肉にも、彼女が最も遠ざけようとした「運命」そのものでした。


「ラブリー。最後の一人と、面会してくれないかな? ……彼は、君のためなら世界を敵に回し、因果を壊し、宇宙の果てまで追いかける覚悟ができている男だ」


「……それ、間違いなくあなたじゃありませんことーっ!?」


ラブリーの絶叫が、聖峰の頂から世界中に響き渡りました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。 無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。 再び招かれたのは、かつて母を追放した国。 礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。 これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした

今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。 二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。 しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。 元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。 そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。 が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。 このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。 ※ざまぁというよりは改心系です。 ※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...