殿下、私以外の誰かを愛してください。

ハチワレ

文字の大きさ
26 / 28

26

しおりを挟む
「……ミリー様。私、ついに悟りを開きましたわ」


豪華すぎる宮殿のバルコニーで、ラブリーは遠く沈みゆく夕日を眺めながら、静かに呟きました。
その瞳には、もはや逃走を企てる者のギラつきはなく、すべてを受け入れた賢者のような平穏が宿っています。


「……悟り? ラブリー様、ついに現実逃避が極まって精神が宇宙へ旅立たれましたの?」


ミリーが、ボロボロになったメモ帳の余白に『第26話:ラブリー様、ついに虚無へ』と書き込みながら、隣に並びました。


「いいえ。……考えてみてくださいな。私は殿下を自由にするために、婚約破棄を計画しましたわ。……でも、殿下にとっての自由とは、私を全自動で過保護にすることだったのです。……そして私にとっての自由とは……」


ラブリーは、手元にある「全自動でお菓子を口に運んでくれるマジックハンド」を愛おしそうに撫でました。


「……この、至れり尽くせりの環境で、殿下の重すぎる愛に溺れながら、我儘三昧に生きることだったのかもしれませんわ。……ねえミリー様、私、もう逃げるのをやめますわ」


「ええっ!? あんなに『普通の恋がしたい』とか『自力で歩きたい』とか仰っていたのに、ここでリタイアですの!?」


「リタイアではありませんわ。……『降参』です。……あのお方の執念は、もはや人類の理解を超えていますもの。……それに、気づいてしまいましたの。殿下のいない世界は、あまりに……あまりに『普通』すぎて、退屈なんですのよ」


ラブリーが頬を赤らめて告白した、その瞬間です。
バルコニーの床が、凄まじい勢いでスライドして開きました。


「……今、私のことを『愛おしい』と言ってくれたね、ラブリー!!」


「殿下!? 今度は床下から飛び出してきましたの!? せっかくの感動的なシーンが台無しですわ!」


中から現れたのは、喜びのあまり全身から眩いばかりのオーラ(および、温度調整用の蒸気)を放出しているクロードでした。
彼はラブリーの前に跪くと、彼女の両手を、壊れ物を扱うような、それでいて鉄鎖のような強さで握りしめました。


「聞こえていたよ。……君が、私という名の檻を受け入れてくれるという決意。……ああ、ラブリー! 私の人生に、これ以上の栄光はない!」


「……殿下。一つ確認ですけれど、今の告白、どこで聞いていらっしゃいましたの?」


「このバルコニーの石材一つ一つに、私の聴覚と直結する『愛の集音魔法』を仕掛けておいたんだ。君の溜息一つ、心音の変化一つ、すべて私の脳内でオーケストラのように響いているよ」


「……ミリー様、やっぱり撤回してもよろしいかしら。このお方、一段と気持ち悪くなっていますわ」


「手遅れですわよ。……殿下、見てください。この喜びの表情。……もはや人間ではなく、巨大な愛のエネルギー体と化していますわ」


ミリーが呆れ果てて言うと、クロードはさらにヒートアップしました。


「さあ、ラブリー! 君が私の愛を認めてくれたからには、最終段階(ファイナル・ステージ)へ移行しよう! 私はすでに、私たちの『再婚儀式』のための準備を終えている!」


「……再婚儀式? またパレードでもするおつもり?」


「パレードなんて生温い。……全二十八日間にわたる、国家規模の祭典だ。……一日ごとに、君の美しさのパーツ一つ一つを全方位から称える儀式を行う。……初日は『ラブリーの小指の爪のカーブを愛でる日』。最終日は『ラブリーという概念に感謝する日』だ!」


「……殿下。それ、国民が疲弊して革命が起きますわよ?」


「問題ない。祭典の期間中、全国民の所得を十倍にし、食事をすべて王家が負担する。……文句を言う者など一人もいない。……そうだろう、レオ!」


背後の壁がパカッと開き、武装したレオが顔を出しました。


「……へい。……国民はみんな『ラブリー様バンザイ!』って叫びながら、降ってくる金貨を拾うのに必死っす。……殿下、これ、本当に国が潰れませんかね?」


「愛があれば、富は無限に湧き出るものだ。……さあ、ラブリー。君はもう、逃げる必要はない。……私の腕の中で、世界で一番甘やかされた、究極の『悪女』として君臨してくれ」


クロードがラブリーを抱き上げ、くるくると回りました。
重力緩和魔法のおかげで、ラブリーの体は羽のように軽く、しかし殿下の腕は驚くほど熱く、彼女を包み込んでいました。


「……分かりましたわ。……もう、どうにでもなれですわ。……殿下、私、わがままを言いますわよ? 毎晩、寝る前には宇宙の果ての物語を読み聞かせ、朝は私の好きなイチゴを私のために品種改良した逸品しか食べませんからね!」


「ああ、もちろんだ! 君が望むなら、私は今すぐ宇宙の果てまで観測機を飛ばし、新しいイチゴの惑星を見つけてこよう!」


「……そこまでは言っていませんわよ!」


ラブリーのツッコミに、クロードは至福の笑みで応えました。
嫌われたかった悪役令嬢と、愛しすぎた王子。
二人のズレた想いは、ついに「重すぎる愛の共犯」という形で、一つの完成形へと辿り着こうとしていました。


「……ミリー様。これ、ハッピーエンド……なんですのよね?」


「……ええ。おそらく、人類史上最も『重たい』ハッピーエンドでしょうね。……私のメモ帳、もうページが足りませんわ」


ミリーは最後の一ページに、『ラブリー様、全面降伏。殿下、神から創造主へ進化。愛の重力、ブラックホール級へ』と、震える手で刻みました。


夜空には、殿下が魔法で打ち上げた「ラブリーの横顔を形取った永続的な花火」が輝き始め、世界は彼女を中心に回り始めたのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。 無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。 再び招かれたのは、かつて母を追放した国。 礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。 これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした

今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。 二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。 しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。 元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。 そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。 が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。 このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。 ※ざまぁというよりは改心系です。 ※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...