可愛げのない女とは婚約破棄?では、遠慮なく可愛くない反撃を。

ハチワレ

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翌朝。
私は、昨夜のうちに磨き上げた安宿の部屋で、清々しい目覚めを迎えた。

窓から差し込む朝日は、ホコリ一つない床に反射してキラキラと輝いている。
やはり、環境の整備は精神の安定に直結しますわね。


私は、シワ一つなく整えたドレス(昨夜、寝る前に必死でアイロン代わりの重石を置いて伸ばしたものだ)を身に纏い、一階へと降りた。


「お、おはようございます……。お嬢さん、あんたが掃除してくれたおかげで、ロビーの空気が心なしか美味いよ」


宿の主人が、昨夜とは打って変わって、恐縮した様子で頭を下げてきた。
私はフンと鼻を鳴らし、受付のカウンターを指先でなぞった。


「当然ですわ。掃除とは、空間の質を高めるための最低限の投資です。……あら、まだ隅に磨き残しがありますわね。あと三回は拭き上げなさい。それから、その寝癖。客を迎える顔ではありませんわ。商売人としての自覚が足りなくてよ」


「ひ、ひえぇ! すぐやります!」


主人が慌てて雑巾を掴むのを見届けてから、私は宿を出た。
さて、今日はカシアン閣下の屋敷へ向かう日だ。
昨夜のストーカー行為については、正式な抗議文を提出しなければならない。


繁華街へと続く路地裏を歩いていると、前方の角から、いかにも「治安を乱しています」といった風貌の男たちが三名、現れた。
彼らは私の姿を見るなり、下卑た笑みを浮かべて道を塞いだ。


「おやおや。こんな朝っぱらから、上等な令嬢様がお一人で散歩かい?」


「いいドレスだな。それを売れば、俺たちの酒代がひと月分は稼げそうだぜ」


私は足を止め、無機質な視線を彼らに投げた。
そして、無造作に手帳を開く。


「……。まず、あなた方。午前中から酒の心配をしている時点で、更生の余地がない低所得者層であると自己紹介しているようなものですわよ。恥ずかしくないのですか?」


「あぁ!? なんだと、このアマ!」


「次に、そのファッション。右のあなた、ズボンの裾が擦り切れています。歩き方が不自然な証拠ですわね。股関節の歪みが疑われます。左のあなたは、歯磨きを怠っているのか口臭が致死圏内です。細菌兵器を撒き散らしながら歩くのは、公衆衛生上のテロ行為ですわ」


男たちは、予想外の反応に一瞬呆然とした。
普通、令嬢ならば悲鳴を上げて逃げ出すか、震え上がるはずだからだ。


「テ、テロだと!? ふざけんな! 俺たちはこれから、あんたを……!」


「私をどうするつもりかしら? 誘拐? 強盗? 残念ですが、今の私を襲っても、得られる金品は金貨数枚分。それに対して、オーブリー公爵家の元令嬢を傷つけた場合の刑期は、最低でも十五年。……リスクとリターンの計算もできないのですか? だからあなた方は、いつまでも路地裏でゴミ拾いのような真似をしているのです」


私は一歩、彼らの方へ歩み寄った。
男たちが、逆に一歩引いた。


「今のうちに、職業安定所へ行くことをお勧めしますわ。あ、その前に全身を除菌し、髪を清潔に切りそろえなさい。その不潔な身なりでは、誰もあなた方を雇いませんし、犬だって寄り付きませんわよ。分かりましたか?」


「な、なんなんだよこいつ……。不気味すぎるだろ……」


「……逃げようぜ。関わっちゃいけねぇタイプだ」


男たちは、まるで悪霊でも見たかのように、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
私はパタン、と手帳を閉じると、大きく息を吐いた。


「……ふぅ。時間の無駄でしたわね。五分もロスしてしまいました」


「……素晴らしい。実に、合理的な撃退術だった」


拍手の音と共に、背後の電柱の影から、カシアン閣下が姿を現した。
彼は今日もまた、恍惚とした表情で頬を染めている。


「閣下。……朝から何をしているのですか? 電柱と一体化して風景を汚すのはおやめください」


「君が、あの愚か者たちに『職業安定所へ行け』と言い放った瞬間……! 私の心臓は、これまでにないほど激しく脈打ったよ。ミリアーナ、君はやはり天才だ。暴力を使わず、言葉の正論だけで相手の自尊心を破壊し、再就職まで促すとは……!」


「破壊したのではなく、現実を突きつけただけです。それより閣下。あなたに提出する抗議文書、何枚必要ですか? 昨夜の覗き見に加え、今朝の待ち伏せ。公爵という身分を盾にしたストーカー行為は、国際問題に発展させてもよろしいのですよ?」


「ああ、ぜひ発展させてくれ! 君に公式に抗議され、法廷で徹底的に私の非を責め立てられる……。想像しただけで、私は今夜も眠れそうにない」


「……。本当に、一度死んで脳を洗浄してきた方がよろしいかと思いますわ」


私は冷ややかに言い放つと、閣下が用意していた馬車の方へと歩き出した。


「行きましょう。あなたの屋敷にあるという、その山積みの『無駄』を削ぎ落として差し上げます。覚悟してくださいね、カシアン閣下。私の指導は、そこらの軍隊の訓練よりも過酷ですから」


「願ってもない! さあ、私を徹底的に叩き直してくれ、ミリアーナ!」


こうして、私は正式にカシアン閣下の屋敷へと向かうことになった。
馬車に乗り込む際、閣下が差し出してきた手(昨日注意したにもかかわらず)を、私は無造作に払い除けた。


「……。除菌、忘れたのですか? やり直しです」


「……! す、すまない! 今すぐ消毒してくる!」


馬車の外で、大喜びで消毒液を振りまく公爵の姿を見ながら、私は心底、この仕事の困難さを予感した。
けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。
少なくとも、あのおバカ王子に「可愛くない」と言われていた頃より、私の言葉は、この変態には届いているようだから。
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