可愛げのない女とは婚約破棄?では、遠慮なく可愛くない反撃を。

ハチワレ

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夕食のジャガイモスープを完食し、閣下の「残さず食べました!」という幼児のような自慢を無視して、私は夜の執務に励んでいた。


カシアン閣下は、いつもなら私の罵倒を求めて執務机の周りをうろちょろするものだが、今夜は妙に静かだった。
ふと顔を上げると、彼はバルコニーに繋がり、夜風が吹き込む窓辺で、月を見上げて佇んでいた。


「……閣下。風に当たって黄昏れるのは勝手ですが、そのせいで風邪を引いて明日の業務に支障を出したら、私はあなたを氷風呂に沈めますわよ。効率的な体温管理もできないのですか?」


いつものように鋭い言葉を投げかけたが、閣下は振り返らなかった。
ただ、低く、落ち着いた声が返ってくる。


「……ミリアーナ。君は、どうしてそんなに一生懸命なんだい?」


「……は?」


「君の言葉は、確かに鋭い。だが、それは相手を傷つけるためのナイフではなく、膿を出すためのメスのようだ。……君は、あのおバカな王子のことも、この屋敷の無能な使用人たちのことも、本当は見捨てていなかったんだろう?」


私は、持っていたペンをピタリと止めた。
心臓の鼓動が、わずかに、本当にわずかに速まるのを感じる。


「……何を、馬鹿なことを。私はただ、周囲の無能さに私の効率を邪魔されるのが我慢ならないだけですわ。世界を整えるのは、私の精神衛生のため。利己的な動機です」


「そうかな。……君はあの日、婚約破棄された会場で、王子の不摂生を叱った。それは彼が王族として恥をかかないための、最後の教育だったんじゃないのか? ……君は、嘘がつけない。その真っ直ぐすぎる言葉は、この濁りきった社交界で、何よりも心地よく、そして美しい」


カシアン閣下が、ゆっくりと振り返った。
その瞳には、いつもの変態的な法悦の色は微塵もない。
ただ真っ直ぐに、吸い込まれるような真剣な眼差しで、私を射抜いていた。


「……カシアン、閣下?」


「私はね、ミリアーナ。君に罵られるのが好きだ。だが、それは君が『本質』を突いているからだ。君ほど他人のために、嫌われる勇気を持って真実を語れる女性を、私は他に知らない。……私は、君のその魂に、救われているんだよ」


彼は一歩、また一歩と私に近づいてくる。
夜風に乗って、彼の微かな香水の香りと、確かな熱量が伝わってきた。
私は椅子に座ったまま、動くことができなかった。
こんな、正面から「肯定」されるような経験は、人生で一度もなかったからだ。


「ミリアーナ。君は、自分のことを『可愛くない』と言ったね。だが、私にとっては、その凛とした横顔も、容赦のない正論も、震えるほどに愛おしい。……君のすべてを、私が独占したい。私の人生という無駄だらけの荒野を、君の言葉で完璧に耕してほしいんだ」


閣下が、私の机に手を突き、顔を近づけてくる。
月明かりに照らされた彼の美貌は、もはや犯罪的なまでの破壊力を持っていた。


「……本気だ。私は、君のことが、心から――」


「……ば……」


私の喉から、絞り出すような声が漏れた。


「……馬鹿じゃないんですか、あなたは!!」


私は勢いよく立ち上がり、手近にあった厚さ五センチの「領地経営年報」を、閣下の顔面にフルスイングで叩きつけた。


「ぶふぉっ!?」


公爵様の端正な顔立ちが、年報の重みで歪み、彼はそのまま床に崩れ落ちた。
私の顔は、今や沸騰したヤカンよりも赤く染まっているはずだ。


「な、な、何を……何を、そんな……。公務中に不適切な発言をして! 脳が沸騰しているのですか!? あなたのその、甘ったるい台詞は、一キロあたり百リラ程度の価値もありませんわ! 不純物! 感情の不法投棄ですわよ!」


「……あ、ああ……ミリアーナ……。今の『馬鹿じゃないんですか』……最高に感情がこもっていて……心の底から否定された実感が……ああ、幸せだ……」


床に倒れたまま、閣下は鼻血を出しながら、恍惚とした表情で天井を仰いでいた。
……ダメだ。この男、シリアスになっても結局これだ。


「……! もう、知りませんわ! 閣下、今の発言はすべて公式に却下します! 議事録からも削除です! 明日までに、今日の告白がいかに非効率的で恥ずべき行為であったか、分析レポートを千文字で提出なさい! 書けない場合は、来月の給料から私の精神的苦痛代を天引きしますからね!」


私は、バタンと大きな音を立てて執務室を飛び出した。
廊下を早歩きで進みながら、私は自分の胸を強く押さえる。


(……なんなの。何なのよ、あの男は……!)


私の正論を、私の可愛くない言葉を、あんな風に「美しい」なんて。
……ウィルフレッド様には、一度も言われなかった言葉。
「可愛げがない」と切り捨てられた私の本質を、あんなに嬉しそうに、真剣に拾い上げた変態。


「……っ、馬鹿。本当に、死ぬほどの馬鹿ですわ、あの公爵様は」


私は、自分の熱くなった頬を両手で押さえた。
生まれて初めて、私の理論武装が「好き」という非論理的な暴力によって、粉々に打ち砕かれた瞬間だった。


客室に戻り、私はベッドに潜り込んだが、その夜は一睡もできなかった。
目を閉じると、鼻血を出しながらも幸せそうに笑う閣下の顔と、あの熱い眼差しが交互に浮かんでくるからだ。


「……明日の朝食、セロリの量を二倍にして差し上げますわ。……覚悟しなさい、カシアン・ノルド・グランヴィル!」


夜の静寂の中に、私の不器用な決意が、空しく、しかし微かに震えながら響いていた。
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