可愛げのない女とは婚約破棄?では、遠慮なく可愛くない反撃を。

ハチワレ

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「……閣下。これは一体、何の騒ぎですか?」


執務室の扉を開けた瞬間、私は思わず足を止めた。
そこには、色とりどりのシルクやベルベットを抱えた仕立屋たちが十数名、私の机を占拠するように布地を広げていたからだ。


「ああ、来たねミリアーナ。舞踏会用のドレスの準備だよ。君が『最高の舞台を』と言ったからね。我がグランヴィル家が抱える最高の職人たちを総動員させた」


カシアン閣下は、まるで新兵器を自慢する少年のように目を輝かせている。
私は、広げられた布地の一枚を指先でつまみ上げ、ため息をついた。


「……このレースの密度、過剰ですわ。一平方センチメートルあたりの刺繍が多すぎて、重量が三パーセントは増大しています。舞踏会で三時間活動することを考えれば、この重さは腰椎への不必要な負荷となりますわよ。閣下、あなたは私の健康を損なわせるつもりですか?」


「……! レースの密度で健康被害を懸念する令嬢! 素晴らしい、その実益主義的な視点! もっと、もっと私の審美眼を否定してくれ!」


「喜んでいないで、仕立屋の方々を帰しなさい。ドレスなど、清潔でサイズが合っていれば何でもよろしいのです。布の面積を増やす暇があるなら、その予算を領地の治水工事に回すべきですわ」


私が冷たく言い放つと、仕立屋の一人が震えながら前に出た。


「お、お言葉ですが、ミリアーナ様! 今回の舞踏会は隣国の王族も集まります。グランヴィル公爵家の威信をかけた一戦。ここで見劣りするような格好をされては、閣下のメンツが……」


「メンツ? そんな実体のないもののために、何百リラもの金をドブに捨てるのですか? ……いいですか。本当の威信とは、着飾った外見ではなく、その者が発する言葉の整合性と、内包する知識の深さによって決まるものですわ。……とはいえ、今回は『査察』が目的。相手を精神的に圧殺するための『装備』としては、多少の投資は認めましょう」


私は数ある布地の中から、夜の闇よりも深い、光沢のあるミッドナイトブルーのシルクを選び取った。


「装飾は最小限。ただし、カッティングは徹底的にシャープに。私を『美しく』見せる必要はありません。私を『正しく、かつ逆らえない存在』に見せる一着を仕立てなさい。……それからそこのあなた、メジャーの持ち方が歪んでいますわよ。正確な採寸ができないなら、今すぐ鋏を置いて引退しなさい」


「ひ、ひえぇ! 申し訳ありません!」


仕立屋たちが慌てて作業に入る中、カシアン閣下が私の背後に音もなく忍び寄った。


「……ミリアーナ。君が選んだその色、私の瞳の色と同じだね。……独占欲を煽るつもりかい?」


「……。閣下、あなたの瞳がその色だなんて、今この瞬間まで一秒たりとも意識したことはありませんわ。自意識過剰も甚だしいです。……それと、パーソナルスペースの侵入、マイナス八十点。今すぐ私の体から二メートル以上離れなさい。あなたの吐息に含まれる二酸化炭素で、私の思考が鈍ります」


「二酸化炭素! 私を歩く汚染物質のように扱う君の態度……。ああ、その拒絶が何よりの栄養剤だよ」


カシアン閣下は恍惚とした表情で後退したが、その目は真剣だった。


「……準備は整った。君を捨て、ルルアという『無害な飾り』を選んだあの王子に、本当の『美しさ』が何かを教えてやろう。……君のその、研ぎ澄まされた毒舌に相応しい、最高の鎧を。……楽しみだよ、ミリアーナ」


「鎧……。ええ、そうですわね。これは戦いですから」


私は鏡に映る自分を見つめた。
そこには、恋に浮かれる令嬢などいない。
ただ、すべてを冷徹に分析し、無能な世界を正そうとする「悪役令嬢」が立っていた。


数日後。
完成したドレスを身に纏った私は、カシアン閣下と共に豪華な馬車に乗り込んだ。
ドレスの裾がささやき、閣下の香水の香りが車内に満ちる。


「……閣下。ネクタイが、ほんの少しだけ右に寄っていますわ」


「おっと。直してくれるかい?」


「お断りします。自分でできないなら、その首ごと切り落とせば、ネクタイの歪みを気にする必要もなくなりますわよ。……。……。……貸しなさい、不器用な男ですわね」


私は文句を言いながらも、閣下の胸元に手を伸ばし、完璧な結び目に整えた。
至近距離で閣下の視線を感じたが、私はそれを無視して彼の胸を強く押し返した。


「……。勘違いしないでください。不完全なものを視界に入れたくないだけですわ。……さあ、行きましょう。ゴミたちのパーティーを、徹底的に解体(オーディット)して差し上げますわよ」


馬車は、華やかな光に包まれた隣国の夜会へと向かって走り出した。
私の手帳には、今日断罪すべき「無能リスト」が、びっしりと書き込まれていた。
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